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金谷ホテルの朝は快晴だった朝食開始の7時半ちょっと過ぎにダイニングルームに行くと、多くのお客さんが既に来ている。その時間帯にまず集中するので、卵料理が出てくるのはゆっくりめだった。リゾートだけど、皆さん行動し始めるのが早い。チェックアウト後、車と荷物はホテルに置いておき、徒歩で東照宮へ行くことにした。「しんばし?」「違います、“しんきょう”です。“しんばし”ではおっちゃんが出てきます。」娘の読み間違いを鼻で笑いながら訂正し、神聖な橋「神橋」を見る。先日、飛蚊症を“とびかしょう”と読み、母に「ひぶんしょうや」と大笑いされたことは秘密だ。二荒山神社で挙式をする花嫁さん御一行が、この神橋の上で記念撮影なさっていた。最高の天気で良かったね〜 でもアイツが飛んでるんだよ、あたり一帯に、黄色いアイツが。石段をトントン上り、日光開山の祖、勝道上人(735-817)にご挨拶。輪王寺三佛堂は絵だった。中には入れるようだが、今回はパス。東照宮に着いた。娘は初、私は3年ぶり3度目だ。まずは神厩舎(国の重要文化財)神馬をつなぐ厩。猿は馬を守るということで、猿の彫刻がある。午前10時にお馬さんが出勤してくるそうだが、前回も今回もそれよりも早く来ているので会えず。見ざる 言わざる 聞かざる3年前はかなり傷んでいたけれど、綺麗に修復されていた。"Three wise monkeys"が有名だけど、人の一生を風刺した彫刻で、通しで見てこそ価値があるものだ。一番のパワースポットという石畳に立って見た陽明門北極星→家康さんのお墓→陽明門→お江戸 の線上に立っていることになるそうだ。よくわからなかったが、とりあえず立っておいた。美しく甦った陽明門(国宝)門の中で守っている武将もキンキラキン左右の足の間からこっち見てるのは虎?目があった。勅額の「東照大権現」の文字は後水尾天皇の書。後陽成天皇説もあったが、現在は後水尾天皇で定まっているようだ。武家嫌いで幕府に喧嘩売ってる後水尾天皇が、「東照大権現」としたためて下さったのね。後水尾天皇の奥様(中宮)は徳川秀忠の娘の和子(東福門院)だから、お上から見ると家康は義理のおじいさま。まぁ身内だからしゃーないなと書きはったんやろうか。陽明門には500以上の彫刻があるそうで、細かく見ているときりがない。だから「日暮の門」という別名がある。こういうところも美しい。ニャンコも綺麗に修復されていた。国宝の眠り猫謎多き左甚五郎の作と伝わる彫刻。左甚五郎には貝塚(大阪府)出身説もあるそうだ。ほんまかいなっ(驚)眠り猫のいる坂下門をくぐって、家康のお墓がある奥宮に向かって207段の石段を上った。私ひとりなら、前回にお参りしたのでパスしたが、娘は初日光なので迷いなくひょいひょいと上っていく。石段を上りながら、アイツの気配を感じ、フェイスラインが痒くなった。アイツがかなり活動してるな東照大権現様のお墓にお参りする。東照宮の見学を終え、五重塔前までもどって甘酒飲んでしばし休憩。どんどん参拝客が増えてきた。そしてあちらこちらで、ハーックション!と響いている。アイツのせいだっ! 3月半ば、ちょうどスギ花粉のピークの時期。風が吹き、スギからふわ〜っと花粉の集団が舞うのを見てしまった。ひえぇーーーー
2018.04.27
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ディナーは、泊っていた本館2階のダイニングルームで。何か赤く光ってるすごい装飾ライトね。不動明王の炎に見えなくもない。クラシックホテル独特の雰囲気があるダイニングルームでコース料理を楽しむ。前菜は、日光湯葉と海老のサラダしょっぱなから赤を飲んでるのは、予約サイトの特典でハウスワインが1本サービスされたから。持ち帰りでもディナーの時でもと言われたので、ディナーでいただくことにし、赤のほうをお願いした。白か赤かとなると、赤が好きなの。オニオングラタンスープハート型のル・クルーゼの器。蓋の裏側に“KANAYA HOTEL”と銘が入っている。メインは牛肉か虹鱒(料理法3つ)から選ぶ。赤飲むし、お肉好きだし、、とかなり悩んだが、名物料理の虹鱒のソテー金谷風をチョイス。虹鱒が大きいバターと醤油でソテーした虹鱒はご飯に合いそうなくらい、限りなく和に近い。デザートで〆る。クラシックリゾートらしいゆったりとした時間の流れで、どこにもエッジーな部分がない。「流行りって何ですの?」というセリフが聞こえてきそうなトラディショナルな雰囲気だった。ここではそれが正解ね。
2018.04.26
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益子から宿泊先の日光へ日光宇都宮道路にのる手前で多少渋滞したが、1時間25分(65km)で着いた。日光金谷ホテルに泊る。全館レトロムードが漂うクラシックホテル。重厚さを醸し出す石は、地元栃木名産の大谷石だ。1873年(明治6年)に、金谷善一郎が自宅の一部を外国人向け宿泊施設「金谷カッテージイン」としてスタートさせたのが金谷ホテルの始まりで、1893年(明治26年)に、2階建て全30室のホテルとしてこの地に開業した。館内側の回転扉の上には華麗な彫刻がある。東照宮の世界感だわ。旅行を決めたのが直前の2日前。とりあえず金谷ホテルに泊りたい、それもできればお得なプランでと、いつもの一休.comで探し、本館や別館の建物指定不可・部屋指定不可だが、ポイント20倍の夕朝食付きというプランが見つかったので即ポチッとした。ポイント20倍だと、即利用すると1万円以上お安くなる。部屋の広さは28〜62平方メートルというギャンブル度が高いプランだったが、レセプションのある棟、本館3階のコーナーデラックスツインルームにアサインされた。ばんざ〜い 広めだ。ベッドカバーが古風だけど、ここなら許せちゃう。ここが長ぁーい。無料Wi-Fiあり。使い捨てスリッパあり。冷たいお水が入ったポットと、予め水が入った湯沸かしポットがある。バスルームは普通のユニットバス。バスアメニティは客室のテレビ横にあった。化粧水もあり種類は問題ないけれど、シャンプー類が試供品みたいなのがちょっとなぁ、、いっその事、据え置きポンプ式にしてくれたほうがまだまし。試供品タイプは開封しにくく、量も足りない。窓際にスチーム式ヒーターがあり、これがとても暖かい。運転し始めにカンカンと音がするのは、奈良ホテルと一緒だ。窓からは、右側に1935年(昭和10年)に建築された別館が見える。左側は日光の山々だが、チェックイン日は、一日ぐずついた天気だったので雲多し。しかし夕方には雨はやみ、段々雲がきれてきて、おっ!おお〜!!男体山の頂が姿を現し、瞬時に変化していく光のショーに魅了された。 日光金谷ホテル 栃木県日光市上鉢石町1300
2018.04.24
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お宮さんの庭に牡丹が咲いていた。花言葉に、「王者の風格」というのがあるのもよくわかる。ゴージャスだ。
2018.04.23
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益子といえば、益子焼。体験好きの娘がいるので、益子焼体験がスケジュールに組み込まれた。益子焼の食器でランチできそうなところを探すと、体験教室とカフェが併設されている『益子焼窯元よこやま』がヒットした。益子の町中を走っている時は、「なんて静かな街なのかしら、、」と思っていたが、『益子焼窯元よこやま』さんの駐車場まで来ると、車はたくさん停まっているし、人の出入りもある。カフェにレストラン、ベーカリーに陶器ショップ、体験教室と手広くなさってて、思っていたより広いところだった。手前左がベーカリーショップ。奥が陶器ショップだ。ランチはこの建物の左奥の「かぼ茶庵」でいただくことにした。店内は満席。ママ友ランチが多そう。前菜4種のランチセットをオーダーした。食器も良くて楽しいランチになった。それでは体験教室へ。電動ろくろでの陶芸体験だが、丁寧にご指導下さる先生に申し訳なるくらい出来の悪い生徒で、最初に薄く伸ばす作業がいつまでたっても出来ず、土に振り回されっぱなし。あまりのド下手っぷりに情けなくなっちゃった前で体験してるおにいさんは、ちゃちゃちゃーっと作ってるのよね。初めてだと言ってるのにさ。なんとか作品になるように手助けしていただいて、小鉢のようなもの、湯のみのようなものを作ったが、焼き上がると20%減の大きさになるそうなので、おままごとみたいなものが出来上がりそうだ。娘が楽しそうだったから、まっいいっか。 益子焼窯元よこやま 栃木県芳賀郡益子町益子3527-7
2018.04.23
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3月中に坂東を結願したいと、最後の一ヶ寺の西明寺に参拝する旅をした。宇都宮駅の駅レンタカーで車をピックアップして、西明寺のある益子町へ向かう。益子までは宇都宮駅から30km弱、約50分の距離だ。坂東三十三ヶ所第20番札所 獨鈷山 西明寺(益子観音)石段手前の納経所で納経帳を預け、本陣拝観料の300円を納めて本堂へ。境内拝観だけなら無料だ。小雨が降っていたので、足元に気をつけて石段を上る。まず三重塔が出迎えてくれる。重要文化財の三重塔は、室町後期1537年建立の塔。安定感のある優美な塔だ。こちらも重文指定の楼門と三重塔楼門は室町後期1497年建立。本堂は1601年の建立。本堂内厨子の内部柱には応永元年(1394年)の墨書があり、本堂内厨子は重要文化財指定を受けている。本堂内の鎌倉時代の仏様をじっくりと拝ませていただいた。真言宗豊山派のお寺で、737年(天平9年)に行基によって開山と伝わる。でたー 毎度おなじみの行基さんや!春の息吹を感じる閻魔堂。閻魔堂内には西明寺のアイコン、笑う閻魔さんがいらっしゃる。参拝し終え、納経所で朱印帳を受けとった。父の残した朱印帳にも御朱印をいただき、結願した。父は1982年に浅草寺にて発願したので、のべ36年の月日を経て結願したことになる。亡くなった人がどう思っているかと想像することは、現世にいる人間の自分勝手なこととは知りつつ、父の残した朱印帳を引き継ぎ結願できたことは、喜んでもらえるのでないかと思うことにした。私が発願したのは、2013年の6月鎌倉の長谷寺にて。4年9ヶ月で結願した。宇都宮から西明寺への道すがら、娘がネットで見た末期癌のお坊様の話をしてくれた。亡くなるまでの450日間の密着ドキュメンタリーで、僧侶であり医師でもあるご住職が、癌で亡くなり火葬されるまでの姿を追ったもので、娘はかなり詳しく説明してくれた。このブログを書くにあたって、西明寺のことを検索していると、娘の話がこの西明寺のご住職のことだったと知り、あまりの偶然に大層驚いてしまった。娘は西明寺のご住職だったとは気づいていないのに、たまたまこちらに向かう途中に話した。あまりスピリチュアルとか信じない私だが、この偶然には何かあるのかもと感じてしまうほどで、結願のお寺さんが特別な地で、一生忘れられない場所になった。 獨鈷山 西明寺(益子観音) 栃木県芳賀郡益子町益子4469
2018.04.21
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空港には午後3時までに行けばいいので、まだ時間があった。ランチしてから空港に向かおう。伊万里で〈伊万里牛のハンバーグ〉を食べたい気もしたが、長崎空港に少しでも近い場所で食べたほうが気分がゆったりするので、2日前に観光した有田で食べることにした。国道35号線の九州陶磁文化館交差点すぐのところにある、『ギャラリー有田』でランチ有田焼塗装の車が目印。痛車っぽい(笑)平日のお昼時、次から次へとお客さんが来て、私たちの後には待っている人がいるほどに。オーダーしたのは、『有田名物ごどうふ定食』器はオール有田焼で、弥生3月だったのでお雛様の器があり、母と2人で喜んだ。食後のコーヒー・紅茶は、店内に飾られているカップから好みのものを選ぶことができる。母は紅茶で、私はコーヒー。素敵な食器で、楽しいランチになった。ギャラリー有田 佐賀県西松浦郡有田町本町乙3057 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪有田から長崎空港までは1時間かからず。レンタカー返却後、JAL2376便で伊丹空港に戻った。(長崎・佐賀旅行記 終わり)
2018.04.19
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旅行最終日は、伊万里焼の秘窯「大川内山」へ行くことにした。ハウステンボスから30kmほど、1時間弱で着いた。途中、伊万里の市街地近くになったなと思ったら、針路はぐぃーんと南東方向にふらされて、山あいを目指すことになった。だんだんと山が近づいていきて、「秘窯」ということを実感する。大川内山は鍋島藩御用窯で、技術の漏洩を防ぐ為に関所を置いて人の出入りを制限し、朝廷、将軍家、大名など、いわゆるVIPへの献上品を専門に焼いていた。伊万里・有田焼伝統産業会館横の駐車場に車を停めて散策開始。有田内山同様、ここも案内板は磁器製だ。駐車場から見える橋にまず目を奪われる。欄干に美しい壺がのっている。入口の橋でこうなので、まさに「つかみはOK!」だ。駐車場から歩いてほどなく、ガイドブックに必ず載っている写真の場所に着いた。有田内山に比べると町のサイズがコンパクトで、お店を見ながら歩きやすい。いたるところに磁器を目にする。公園の川の法面にも、磁器のお皿がたくさんはめ込まれている。1675年に有田南川良から大川内山に鍋島藩御用窯が移されてきて、ここで焼かれる磁器は『鍋島』と呼ばれ最高級品だった。製法が外に漏れてはいけないから、陶工たちの行動は制限されたが、待遇は良かったと聞く。いくら待遇が良くても、ここから動いてはならぬ、と命じられたら辛かっただろう。一生だもの。母はここでもじっくりショッピングを楽しみ、南天の絵柄のカップ&ソーサーを購入してた。磁器大好きの母にとって、佐賀は楽しい場所だったようだ。
2018.04.18
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ハウステンボスでの夜のお楽しみは、イルミネーションお昼に不思議に感じたチューリップは、こんなふうに光っていた。ライティングが変化する小技をきかせている。食事を終えたであろう修学旅行生や若いカップルが続々とイルミネーション目当てに入場してて、昼よりも活気があるほど。バレンタインとホワイトデーの間で、時期的にハートが似合う。ハートの中は、自撮りポイントってやつね。ここは色とりどりの傘が開いて美しい場所だけど、この日は強風で閉じていて残念。運河も美しくライティングされていた。ちょっと“盛りすぎ”気味で、色の洪水になっちゃってるが、頑張ってるイルミネーション。ブルーの光の滝には龍が泳いでいた。ドムトールンの展望台からイルミネーションを見下ろしてみた。凄いことになってるねこのイルミネーションのイベントは5月6日まで。
2018.04.17
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春のハウステンボスといえばチューリップ!『100万本のチューリップ祭』の期間中だった。(今年は今日15日まで)ハウステンボスの日が晴れてくれて超ラッキー。テーマパークの雨ほど悲しいものはない。このチューリップのグッズが欲しかったけれど、ぐーっと我慢した。モノを増やさず、本物を目に焼き付けておこう。入口ゲートすぐのところに、不思議なチューリップがあった。あれぇ、生花じゃないよ、変だね。イルミネーション用のチューリップライトだったと、夜に判明した。前回来たのは10年前で、あまりの人の少なさに憐れに感じた覚えがある。テーマパークって、混雑しすぎたら疲れるだけだが、閑散としすぎると悲しくなる所で、ある程度賑わってないと楽しくない。10年前はどん底の頃だったのかな。今は、写真を撮る時に人が写り込むのを気にするようになった。
2018.04.15
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チェックイン開始時刻の15時少し前に、ハウステンボスのホテル ヨーロッパに着いた。平戸からは50km、約1時間かかった。車はホテル裏側の駐車場に停めた。ハウステンボス3回めで、初めてここに泊る。(1度目アムステルダム、2度目フォレストヴィラ)正面玄関を入ったところのチューリップが美しかった。チェックイン列に並んでいると、ラウンジで演奏されている音楽が聞こえてくる。その曲が「シンドラーのリスト」だった。哀愁漂う美しい旋律の曲ですよ。ソチ五輪のときのリプニツカヤちゃんのプログラムは素敵だったしね。でも、私にとってはタイミングが悪すぎた。旅行直前にwowowでこってり3時間、この映画を観てたのだ。ホロコースト題材で、凄惨なシーンが次から次へと続く重い作品で、作品の素晴らしさと観るべき価値のあるものとわかりつつ、ちょっと引きずり気味だったところに、音楽が流れてきちゃった。ちょっとブルーに。映画音楽はその物語をしょっている。「ひまわり」のテーマを聴けば、マルチェロ・マストロヤンニの乗ってる列車を見送るソフィア・ローレンの切ない姿を思い浮かべてウルウルくる。映画音楽とはそういうもので、「シンドラーのリスト」の本編を観ていると、なかなかにキツいものがある曲だ。ラストシーンだけが浮かべがいいが、レイフ・ファインズ演じるアーモン・ゲート少尉が脳裏にチラチラしちゃうのよ〜(悲) あくまで個人的事情で、選曲について文句をつけてるわけではない。映画音楽にはそんな力があるということをわかってもらいたい、という事を言いたいだけなんだけど。あまりに直近に観ていたので、影響を受けて過敏になってたということだ。さてさて、楽しみにしていたお部屋は、フロントと同じ1階のツインルーム。家具にもラグジュアリー感がある。このソファは座り心地がとても良かった。ネスプレッソのマシーンがある。カステラでティータイムにした。長崎だからやっぱりカステラ。トイレは別室型で、洗面台はシングルバスルームは洗い場付きタイプで、使い勝手が良かった。この部屋は、内海に面したウッドデッキのプライベートテラスがある。こだわってこの部屋を予約したが、まだ寒くて、母はテラスに出てこない。私ひとりで無理してお茶してみた。(笑)今ごろはテラスでゆったりできるような気候になったのではないかしら。ここでルームサービスの朝食をいただくのもいいだろう。 ホテル ヨーロッパ 長崎県佐世保市ハウステンボス町7−7
2018.04.13
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次はあのグリーンの教会を目指す。教会には駐車場があるので、車で坂を上る。平戸ザビエル記念教会1931年(昭和6年)に建てられた教会堂だ。モスグリーンの色が清々しく美しい。正面から見ると左右非対称だ。平戸で布教した、この地に縁のあるフランシスコ・ザビエルの像が敷地内にある。聖堂内は見学できるが、写真撮影は不可。平戸での観光はここまで。この日の宿泊地のハウステンボスへ移動する。平戸ザビエル記念教会 長崎県平戸市鏡川町259−1
2018.04.11
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港に面した平戸港交流広場駐車場に車を停め、徒歩でオランダ商館へ向かう。駐車場から平戸城が見える。駐車場から海沿いを400m歩くと、オランダ商館があった。国の史跡としては「平戸和蘭商館跡」と指定されており、建物は1639年築造の倉庫を復元したものだ。オランダ商館は1609年に設置され、幕府の命で長崎出島に移転する1641年までの30年余り、東インド会社の貿易拠点だった。オランダとの交易を一手に引き受けていた平戸藩にとっては、この移転は痛かっただろう。幕府に睨まれたっていうこともあるのかな、移転先の長崎は天領だから。平戸では比較的自由だったのに、長崎に移ったら制約が多く、カピタン(商館長)たちは大変だったそうだ。平戸時代は奥さんを同伴することや日本人と結婚することができたが、長崎では御法度。オランダさんはきっと平戸のほうが好きだっただろう。オランダ商館の中は、海図や肖像画などが展示されていた。オランダ関連の遺構として、商館のすぐ近くに、オランダ井戸がある。井戸の横には、オランダ塀。1618年に築造された塀で、オランダ商館が外部から見えないようにする役目の塀だった。駐車場に戻るのに、1本山側の道を歩いてみた。電柱を地中化して、かなり意識して街並みを整えている。街灯のてっぺんは船で凝っている。いい雰囲気だ。磁器のお雛様が飾られていた。駐車場まで戻ると、郵便ポストが気になった。上にのっかってるのはオランダの家かな。オランダの家というと、こんなのを思い浮かべるけど、ポストのは、上の段々切妻部分ががないので、オランダとわかりにくい。屋根は何処へ?? 平戸オランダ商館 長崎県平戸市大久保町2477
2018.04.10
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学生の頃から一度行ってみたいと思っていた場所「平戸」にようやく行けた。嬉野温泉からは、長崎自動車道嬉野ICで入り、西九州自動車道で佐々まで。佐々からは一般道を25km走り、平戸大橋を渡ってアクセスする。約70km、1時間25分で着いた。(平戸側から見た平戸大橋)この日は強風で海は白波が立っていた。平戸は平戸藩松浦家のお膝元。秀吉にこの地を安堵され、幕末まで松浦家が治めていた。1893年(明治26年)に建てられた松浦家当主のお屋敷が資料館になっているので、そこから見学することにした。松浦資料博物館 (入場料大人510円 オランダ商館との共通券は大人650円)駐車場はこの建物のすぐ横にある。何の気なしに入ったら、見ごたえのある資料館で予定よりも長居してしまった。武家関連、キリスト教、南蛮貿易、季節物のお雛様とバラエティに富んだ展示物は、平戸の歴史の濃さを感じさせてくれた。フラッシュなしなら撮影OKだ。豪華絢爛なお駕籠丹波の国、篠山藩のお姫さんが、天保年間に松浦家に輿入れした時の婚礼道具。大名家の女性が使ったお駕籠は「女乗物」と呼ばれ、外観の蒔絵には様々な文様と家紋、内装には花鳥画が描かれ、婚礼道具のひとつとして、その家の威信をかけた造りになっている。丹波篠山の青山さんが張り切ってこしらえた花嫁道具なんだろう。江戸東京博物館で駕籠の中に座ったことがあるが、ものすごく狭かった。当時の人々は身体が小さいとはいえ、駕籠の中で長時間座っているのは苦痛だっただろう。当人にとっては花鳥画なんてどうでもよかっただろうな。ひとつめの展示からそんな事を考えていたら、時間がかかるかかるお雛さんの道具のおっきいやつやあっ こっちが本物ね。お雛さんのがミニチュアだわ。平戸には1550年6月にポルトガル船が初来航し、フランシスコ・ザビエルが同じ年の8月にやって来て宣教活動している。1550年というのは平戸にとってターニングポイントな年だったのね。この時代の展示も興味深かった。豊臣秀吉キリシタン禁制定書1587年(天正15年)のバテレン追放令だ。「キリスト教を広めるのはけしからんけれど、黒船は商売しにきてるんだからそこはOKだよ〜ん」という、まだソフトタッチの追放令だ。WOWOWで『沈黙−サイレンス−』を観たばかりだったので、この後のキリシタン弾圧につながる最初の追放令を興味深く見た。犬箱(犬筥)子供と安産の守り神で、お雛様と一緒に飾る縁起物アイテム。顔が人間化しているのがシュールよねぇ。お雛様が飾られていた。1808年(文化5年)に松浦家に嫁いできた松平定信の娘、蓁姫(しんひめ)のお道具の雛人形。松平定信といえば、寛政の改革で有名な教科書太字の人物。そんな大物のお嬢様が持ってきたお雛様だ。お道具がまたかわいい。碁に将棋に双六。ちっちゃい百人一首、本になってるんだ。このお道具でおままごとしたら楽しいだろうな。(やったらあかんけど)お雛様といっしょに飾られているのは、松浦屏風(複製)とその屏風の登場人物の人形。人物の大きさが印象的な松浦屏風の本物は国宝で、奈良の大和文華館に収蔵されている。孝明天皇より下賜された御所人形。ぷくぷくで見てると笑みがこぼれる。打ち掛けを着て写真を撮れるコーナーもあった。触ると生地が分厚い。重かっただろうなぁ。さらっと見るつもりが45分ほど見学していた。共通券を買ったので、オランダ商館へ移動するが、オランダ商館には駐車場がないので、港に面した平戸交流広場駐車場に車を停め、そこから歩いた。 松浦資料博物館 長崎県平戸市鏡川町12
2018.04.09
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2日めのお宿は、嬉野温泉の『萬象閣敷島』。個室お食事処でプリンと抹茶をいただいて、チェックイン手続きをする。お着き菓子がプリンというのは珍しい。この旅館で手作りしているプリンで、美味しくいただいた。お部屋はツインベッドルーム。琉球畳にベッドが2台。ソファは母の基地になる。テレビ台横のグレーの引き戸を開けると、左はクローゼット。右はタオル、バスローブ、浴衣類が収納されている。モダン寄りのインテリアで、すっきりしている。部屋付き露天風呂があり、かなり大きめの浴槽で、2人で入浴できるほど。蛇口をひねり、温泉と水とで調節して浴槽に溜める。温泉のみにしたい場合は、早めに溜めておいて、適温になるまでさますといい。湯温は高いので、しばらく時間が必要だ。洗い場もオープンエアエリアにあるので、冬場のシャンプーは寒い。大浴場でシャンプーを済ませ、部屋のお風呂でゆっくりするといいけれど、部屋に屋内シャワーブースがあれば完璧だったのに。そこは残念だった。トイレは別室型だ。バスアメニティの種類は十分。部屋からの眺めは、嬉野の町ビュー。大きめの建物は温泉旅館かも。大浴場の他に、趣の異なる8つの貸切露天風呂があり、1回無料のプランだったので、『日常を忘れるランプの湯』というお風呂に入った。嬉野温泉のお湯はなめらかな肌触りで、つるつるすべすべとして気持ちがいい。夕食は個室お食事処でいただく氷の器に入った海の幸と、先附は生雲丹、車海老、有田名産の呉豆腐もちもちっとした呉豆腐の食感がいい。小海老、鶏などが入った土瓶蒸しと、柚味噌でいただく筍、鰆柚庵焼、新蓮根佐賀牛のステーキとサラダこれがメイン料理。バルサミコソースでいただくのが好みだった。煮物は伊佐木梅煮など。酢物はオニオンドレッシングでいただくレンコン、百合根、アスパラ器も楽しめるのが、さすが佐賀。スープ鍋マテ貝をスープでいただく。やさしいお味でほっこりできた。じゃこ御飯嬉野と言えばお茶デザートはパンナコッタありきたりじゃなく、ひと手間考えてメニューを組み立てているのがわかり、大変満足できた。朝ごはんも夕食と同じ場所で。野菜サラダ、おからひじき大きな鯵の開き一夜干し大きすぎてビックリしたとろける嬉野温泉湯どうふこの湯どうふは嬉野の名物料理。鍋に入っているのは嬉野の温泉水で、炊いていると豆腐の表面が溶けてきて温泉水は白くなる。その温泉水ごといただくのが、ここの食べ方だった。写真はないが、蓮根飛龍頭、蜆のお味噌汁、ご飯、ヨーグルトが出された。ゆったりほっこりでき、いいお湯も楽しめて、楽しい嬉野温泉1泊になった。 萬象閣敷島 佐賀県嬉野市嬉野町大字岩屋川内甲114-1
2018.04.07
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この日の泊まりは嬉野温泉だが、有田から武雄温泉に寄り道してから向かうことにした。武雄温泉で見たい建築物があったのだ。それは、武雄温泉 楼門(国の重要文化財)辰野金吾設計で、1915年(大正4年)完成。東京駅の開業は1914年なので、同時期の作品になる。楼門の天井には、子、卯、午、酉の4つの干支の彫り絵があり、東京駅の南北ドームに残り8つの干支があるので、合わせて12支が揃うことになる。辰野金吾の遊び心だったのかな。楼門の中を見学して4干支を見ることができるが、午前9時から10時までの1時間のみ。公開は2019年(平成31年)3月31日までの期間限定で、火曜日は休み。見学料は400円(大人)で、横の公衆浴場入浴料が込みになっている。見たかったけれど、午後3時ではアウト。竜宮城入口のような楼門の奥には、武雄温泉 新館(国の重要文化財)こちらも辰野作品。東京駅、日銀本店など日本を代表する物件を設計し、東京以外では、京都、大阪などその地方を代表するようなところに作品が多いのに、何で武雄温泉かと思ったら、辰野金吾は佐賀の唐津藩出身だった。(生まれは嘉永年間)地元だったのね。 武雄温泉 楼門・新館 佐賀県武雄市武雄町武雄7425番地
2018.04.06
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香蘭社前の駐車場から車で10分、竜門ダムの近くにある『木もれ陽』でランチした。川魚料理の料亭『龍泉荘』と同じ敷地にあるカフェで、川をはさんで向かい合って建っているのだが、料亭の前に着いてしまったので、場所がそこであっているのか不安になり帰ろうかと思ってしまった。有田内山から来ると、川を渡らず右折すると、カフェ前の駐車場に来られたようだ。川を渡ってしまったので、料亭前に来てしまった。料亭の門を入り、料亭内の橋を渡るとカフェにアクセスできた。橋の上から見た料亭『龍泉荘』こちらのカフェでランチする。座った席から、自然いっぱいの景色が楽しめる。オーダーしたのは、オニオングラタンスープのセット。この日の泊まりは温泉旅館なので、軽めにとオーダーしたが、かなりボリューム満点のオニオングラタンスープ。ほっこり温まるお味で、パンはふわっふわ。食器も凝ってて、母も喜んでいた。梅の器にはバターが入っていた。食後のコーヒーも香り豊かで美味しかった。 木もれ陽(こもれび) 佐賀県西松浦郡有田町広瀬山甲2373-4
2018.04.05
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(4月3日撮影)宇陀の又兵衛桜が満開だと聞き、母と一緒に観に行ってきた。私は2年ぶり3度目で、母は初訪問。「のんびりしてていい所ね」 そうです、奈良のこのあたりはのんびりしてていいのです。桜、桃、モクレン、ラッパスイセン、春の花が勢揃いだ。春爛漫と言いたいが、もう初夏のような陽気で汗ばむほど。この暖かさはちょっと異常気味で、今週末はまた温度が下がると予報が出てる。又兵衛桜も次の雨までだろう。金曜日は雨予報だ。ここのところの晴れ続きで地面はカピカピで乾ききっているので、植物はひと雨欲しいだろうな。売店で柿の葉寿司と草餅を買って、桜を愛でながら食べた。お弁当食べてる人、重装備カメラで撮影専念の人、ワンちゃん連れお花見、みんな個々にお花見を楽しんでいてフリーダムなムードがいい。毎度感じるのは、ここの人々の雰囲気の良さ。売店のおばちゃんも駐車場のおじちゃんも、皆さんにこやかでいい。駐車料金を払う時(500円後払い)、「気をつけて帰ってくださいね。また来年も来て下さい。」と笑顔で言われた。桜の素晴らしさもあるが、ここに漂っている穏やかさと居心地の良さが好きで、リピートしてる。 本郷の瀧桜(又兵衛桜) 奈良県宇陀市大宇陀本郷
2018.04.04
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金戒光明寺からのんびり歩いて15分ほどで平安神宮に着いた。(3月30日撮影)神苑(大人600円)に入苑すると、いきなり満開のしだれ桜が出迎えてくれた。見事です〜前回来た時は、特に南神苑についてあまりいい印象がなかったが、桜が咲くとまるで別物。桜が咲いてこその南神苑だとわかった。紅しだれがほぼ満開で、濃いめのピンクが青空に映える。白いのは山桜かな? 3月中に見頃を迎えることは少ないらしく、今年は特別早かったようだ。そういえば昨年は4月12日に京都に来て“満開”だったから、10日以上早いんだね。よくポスターになっている橋が見えた。京都御所から移築してきた泰平閣。京都博覧会の常設会場として仙洞御所に建てられたものをここ東神苑に移築した。古いものが当たり前の京都にあって、平安神宮は新しいお宮さんで、創建は1895年(明治28年)。だから世界遺産ではないけれど、外国人観光客は多くいる。海外旅行に来て、こんな美しい季節にあたったらいいよね。狙ってもハズレることがあるもの。今年はまず「南禅寺界隈別荘の道」を第1目的地にし、そこから徒歩で巡るコースを組んで、近いという理由だけで「平安神宮」に来たが、最高の咲きぐあいの紅しだれ桜を見ることができラッキーだった。泰平閣の中に腰掛けてしばし休憩していると、人のいない瞬間があった。あ〜 広角を持ってくりゃよかった。失敗平安神宮からは疎水沿いの桜を楽しみながら歩くことにした。遊歩道をのんびり歩く。疎水沿いに「白河南殿跡」の碑があった。白河上皇が造った御所で、このあたりが政治の中心、「院政」の現場だった。川幅が広がって池のようになり、その先に、1914年(大正3年)に運転開始した夷川発電所がある。蹴上インクライン横の蹴上発電所と同様、関西電力の現役水力発電所で、土木学会選奨土木遺産に指定されている。夷川発電所から勢いよく水が放出されていて、その水音の上にも桜歩くと色々発見できて楽しいが、休憩は泰平閣で少し座っただけ。あとはずーーっと歩きっぱなしなので、さすがにそろそろ疲れてきた。「川端通からの疎水の桜」で、今年の京のお花見を終えた。蹴上駅スタートでゴールは神宮丸太町駅。歩いた距離は約5.5kmだった。
2018.04.01
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