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1年間ありがとうございました。皆様にとって、迎える年がより豊かなものでありますように。駅前コブクザクラ
December 31, 2025
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ネイピア数eは「金利の複利計算」と「微分しても元の数と等しくなる指数関数の底」という異なる2つの追究から生まれました。 eを導き出すために都合のいい形に変形できれば、このeの定義を使って極限を求めることができます。
December 31, 2025
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泉鏡花は明治後期から昭和にかけて活躍した作家。夏目漱石・芥川龍之介と同時代ですが、鏡花は幻想的・観念的と言われる作品を多く残しました。 『外科室』は1895年に発表された短編で、『夜行巡査』と共に本格的な作家生活に入る契機となった作品です。婚姻という因習の制度に捕らわれない愛を、高峰の友人である画家を語り手にして描きます。 医学士の高峰は、貴船伯爵夫人の手術を執刀することになっていました。しかし、当日になって、夫人は麻酔なしでやってほしいと言い出します。その理由は「麻酔がかかるとうわごとを言ってしまうから」というものでした。 もちろん、麻酔なしでは痛みに耐えられない虞も、身動きして手術に差し支える虞もあるので、周囲は大反対です。(ちなみに全身麻酔手術を世界で初めて成功させたのは花岡青洲で、1804年のことです。) 反対を押し切った高峰の決意があって夫人の手術が始まりますが… 痛みを問う高峰に「あなただから」と答えた夫人は「でも、あなたはわたしを知りますまい!」と言い高峰のメスを持った手を握り、夫人は自らの胸に引き付け、掻き切ります。「忘れません」という高峰の答えに微笑み、夫人は命尽きます。 現代の日比谷公園 高峰と夫人の出会いは9年前でした。つつじが咲く小石川植物園で、まだ医大生だった高峰と語り手は、見るからに上流階級の夫人たちの一行とすれ違いました。夫人と出会った直後、高峰は女性関係を持たないことを決め「真の美の人を動かすこと、あのとおりさ」と言います。 その言葉の通り、高峰は独身を貫いていました。 9年前の刹那の出会いから、夫人以外の女性を見なかった高峰。あの時、夫人もまた高峰への思いを胸に抱き、9年間をすごしてきました。そして、死に直面してやっと互いの思いを確認できたのでした。 手術の当日、時を経ず高峰も亡くなりました。 夫人は伯爵に嫁ぐほどの家柄、対して高峰はただの医学生、医師です。今でこそお医者様は上級ステータスですが、特別家柄がいいのでなければ、ふたりが結ばれることなどあり得ませんでした。 現代人の私からすると、令嬢を大事にしろよ、娘の気持ちを考えろと言いたくなりますが、時代背景を考えると、秘めた純愛の美しい物語と言わざるを得ません。 手術室での簡潔なふたりの会話から伝わる思いは、純粋できれいだと思います。 ふたりの愛が宗教的に許されるか否かは、人に判断できる問題ではないでしょう。裁くのは神のみです。自分に何の罪のないと言える人だけが裁きの礫を投げればよいのです。 参照元:泉鏡花『高野聖』角川文庫から 『外科室』
December 29, 2025
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本の声が聞こえる少年榎木むすぶは、町の小さな図書館で泉鏡花の本『外科室』の声を耳にします。この本は、自分を借りては返す、また借りて返すを1年間繰り返してきた大学生に恋をしていました。でも、最近大学生の様子がおかしいことに悩んで、むすびを頼ってきたのです。 むすびは、彼に接触し…。 人生を変えてくれるくらいの、大切な本との出会いがあった人は幸せです。 本の声が聞こえるなんて設定は突飛で噓のようですが、野村美月氏の短編集を読むうちに、聞こえる人には聞こえるのだと思えました。 むすびのように全ての本の声は聞こえなくても、聞く耳を持てば、大切な大切な本の言いたいことは聞こえてくるかもしれません。 一時的にでも他者を不幸にして貫く愛が正しいかどうかは、当事者でない私にはわかりません。この作品でも、泉鏡花の作品でも、です。取り残された人にも、次の幸せな出会いがみつかることを願うばかりです。 [むすぶと本。『外科室』の一途]は連作短編集。『羅生門』『長靴下のピッピ』『十五少年漂流記』も、原作の本にも知り合えるといいですね。 参照元:野村美月[むすぶと本。『外科室』の一途]ファミ通文庫
December 27, 2025
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良子は夫と、一人息子を亡くした海に来ていました。息子の弘は、クリスマスにママにお花をプレゼントするねと言ってくれていたのに。たったひとりの愛する人のプレゼントを考えることもない、空っぽのクリスマスを考えると良子は耐えられない思いでした。 クリスマスの日、友人宅にいた良子のもとに花束が届きます。 突然絶叫する海、追いすがるように薄墨色の空間に拡がる海のどよめきーー背景の海の描写が、子を亡くした母の心情と1つになって波濤のように迫ります。 クリスマスを迎えるころ、良子の心境には変化がありました。花束は、息子とともに海に沈んでいった自分から、新しい自分への切実な愛のしるしではないかと良子は考えます。 未来は途轍もない灰色の壁のように感じられていたのに「時の流れは一つの欠落のように素早かった」という表現や波の描写が詩的で印象的です。 山川方夫は昭和5年生まれ。『三田文学』の編集者・執筆者であり、ショートショートでも活躍しました。残念ながら、34歳で交通事故で亡くなっています。 短い作品の中に、風景や心情の描写が丁寧に描かれ、きれいな文章です。 参照元:山川方夫『夏の葬列』集英社文庫 より『一人ぼっちのプレゼント』
December 25, 2025
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ホワイトクリスマスならぬ雨のクリスマス・イヴになってしまいました。 クリスマスの夕食も年々手抜きになりました。今年はチキンを買って、予約しておいたケーキを受け取って終わりです。後は、テリーヌをつけたサラダと青菜の胡麻和え、しめじと白菜のコンソメ炒めと、生活習慣病対策?メニュー。 昔は、星形にくりぬいたチーズをサラダにトッピングしたり、人参のグラッセも星形にしてみたりしましたが、だんだん面倒に。 お節も、どうしても塩分過多になるので、最小限にしようと思っています。 自分へのクリスマス・プレゼントは、THE ALFEEのアルバム。昨夜には届いていました。高音までのびやかな桜井さんのボーカル、坂崎さんの歌と楽器のテクニック、アコギの音色、高見澤さんの全力疾走のボーカル、詞も曲、どれもよかったです。 70、71歳になってもがんばれそう。 メリークリスマス
December 24, 2025
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クリスマスイブに救急搬送されてきた男は、本から破り取った大伴黒主の歌を握りしめていました。ダイイングメッセージらしいのですが、4人の容疑者の誰を指したのでしょう…。 整形外科医の「ぼく」和藤は、叔父のはからいで、《緊急推理解決院~EDS》に配属され、「探偵師」外嶋女史の「助師~ワトソン」として働くことになりました。 歴史も探偵も門外の和藤は不満たらたらです。 『QED』で有名な高田崇史氏の短編集から。医療と推理を融合する設定も突飛ですが、古今和歌集にもミステリー的な解釈がされて、興味深いところです。 著者は歴史・古典に造形深く、著作には、史書にも教科書にも書かれない歴史を描く『時の時空』シリーズもあり、『QED』シリーズの中にも歴史・古典が関連してくる作品が多くあります。 ダイイング・メッセージと思われる歌は「鏡山いざたち寄りて見てゆかむ 年経ぬる身は老(おい)やしぬると」(鏡山の名の通りなら、わたしの姿を映してくれるだろうから立ち寄ってみよう。すっかり年を取ってしまっただろうから。) 正直ダイイングメッセージは、かなり無理があると思います。受け取ったほうはまず理解できないかと。 それよりも、大伴黒主の歌に隠されたメッセージのほうがずっと面白いと感じました。ただ、外嶋の推理の通りなら、勅撰和歌集に名前を出せず「よみびと知らず」になるのが常なので、あくまでもミステリー・フィクションとして面白いと思います。 本作とは直接関係しませんが、大伴(大友)黒主は、大伴旅人・家持の大伴家とは関係なく(大伴氏は伴氏に改姓しています)大友皇子の末裔でもありません。 参照元:高田崇史『クリスマス緊急指令 ~きよしこの夜、事件は起こる!~』より 『鏡影 EDS 歴史推理科』
December 24, 2025
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具体的に解の値が求められなくても、ある区間の中に方程式の実数解があることを知る方法があります。関数の連続性を用います。 2点のy座標の値が+と-だったら、この2点をどんな直線、曲線で結んでも必ずx軸と交わります。x軸と交わる点はy=0なので、方程式f(x)=y=0の実数解が必ず存在するわけです。
December 22, 2025
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関数の連続とは、おばばの文系脳ではグラフがつながっていることですが、数学的には「関数が連続である」条件は次のようになっています。 関数のある区間で微分可能な時、その区間で関数は連続であると言えます。ただし、関数がある点で連続であっても、微分不可能な場合があります。関数が滑らかにつながっていないと微分はできません。(「微分」で学習します)
December 21, 2025
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妹からもらった紅茶とメリーチョコ。紅茶はジャンナッツの「ポムダムール」です。 ジャンナッツは猫がトレードマーク7のフランスの紅茶メーカー。「ポムダムール」はセイロン茶に焼き林檎のフレーバーがついています。フランス語で「愛の林檎」という意味だそうです。林檎の香りがします。 メリーチョコは包装や形がクリスマスらしくかわいいですね。 ルピシアのアッサム茶とりんごのクッキー(ロンポワン)とほうじ茶です。紅茶のクッキーと言えば大体アールグレイが使われますが、あの香りは、紅茶ではなくベルガモット(柑橘)の香りです。「アッサム&りんご」は、アッサム紅茶とりんごの香り。 チョコレートケーキにはほどよい酸味の「ミックスベリー&ハイビスカス」のお茶。アーマッドのフルーツ&ハーブ茶です。カフェインがないので夕食後でも安心して飲めます。
December 20, 2025
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y=sinx・y=cosxのグラフは−1と1の間を行き来する波型になります。したがって、xが無限大に大きくなった時と無限大に小さくなった時の極限値は存在しません。 ただし、グラフからもわかるように、xがある定数に近づく時の極限値は存在します。たとえばxが0に近づくとき、sinxは0に近づく(+方向、-方向とも)ので極限値0が存在し、cosxの極限値も存在し1です。 三角関数の極限でとても重要なのが、xが0に向かう時のsinx/xの極限値です。直角三角形をかいて、直角以外の1つの角をどんどん小さくしていけば(角xを0に近づける)sinxはxに近づくのがわかります。なので、sinx/xの極限値が1だろうという予測ができます。 証明では、面積と「はさみうちの原理」を使います。 xが0に向かう時のsinx/xの極限値が1になるという公式から求められる三角関数の極限もあります。sin◇/◇(◇は同値)の極限値は1になるので、sin◇/◇(◇は同値)の形を作ることで解きます。 tanxもxが無限大、無限小に向かう時の極限値はありません。また、xがπ/2の倍数である値へ向かう時のtanxの極限値も存在しません。左右の極限値が異なるからです。xがそれ以外の定数に向かう時のtanxの極限値は存在します。
December 18, 2025
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指数・対数関数の極限は、グラフから考えます。底が0と1の間にあるか、1より大きいかでグラフの形が変わり、極限も変わります。
December 17, 2025
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渋谷のヒカリエホールへ「ハンス・ウェグナー展」を見に行ってきました。東急ロイヤルクラブの鑑賞日でした。上下とも会場外です。 アンティークの椅子になりますが古い感じは全くありません。座面、背もたれ、アームチェアーのアームレストのカーブが絶妙です。「あらゆる角度からの視線に耐えるように」作られた「芸術作品ではなく日用工芸品」とウェグナーが断言する通り、見て良し、座って良しの椅子でした。(一部座って可の椅子があります) 図面の展示もありましたが、綿密に計算されて、座り心地の良い落ち着く椅子ができるのですね。職人技とはこんな作品をいうのでしょう。 「ハンス・ウェグナー展」は1月18日まで、渋谷駅すぐのヒカリエホールで展示中です。 *写真は2月9日撮影です。
December 15, 2025
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辛うじて廃線にならずに済んでいるような、ローカル線沿線の村に、垢ぬけた女がやってきました。彼女は名家の娘で文江。家を飛び出してから7年ぶりに帰ってみれば、なんと彼女は殺されたことになっていました。 『過去から来た女』のタイトルは秀逸です。文江が帰ってきたため、掘り出されては困る過去を持つ者たちが動き出し、いくつも事件が連鎖して起こります。 現在では「村」にも都会と同じ情報が瞬時に流れてきますし、閉塞感も薄れてきました。 この作品の時代は40年以上も前なので、村の閉鎖性も相当変わってきたと思いますが、出来上がったコミュニティの一蓮托生的な側面や、外からの入りにくさは今にも通じることです。 「身内」集団の考え方から外れる者、利害が対立しそうな者は排除される、その怖さが迫るミステリーでもあります。 文江は強い。そして、母公江の強さは、もっとしなやかな強さ。文江の彼も味がありますが、赤川次郎氏の小説の魅力の1つは、さりげなく強い女性像だと思います。 冒頭の、のんびりした村の駅の描写から、物語は一気に加速してテンポよく展開します。普通に言葉を交わしていた普通の人が殺されたり、犯人だったりという状況は異常なはずですが、なんだか当たり前の日々のように読み進んでしまいます。 赤川次郎氏の文章は、無駄も気取りもなく、さらりと読めます。ですが、ここぞという箇所ではっと気づくことがあったり、感銘を受ける文章に出会えます。 飄々としていながら、ごく真面目に人と社会と向き合う姿勢が感じられて、好きな作家さんです。 参照元:赤川次郎『過去から来た女』改定版 角川文庫
December 14, 2025
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数列の極限と関数の極限の違いをまとめておきました。 関数上のある点の極限を求めるとき、関数がその点で連続していれば、右左どちらから近づいても目標値は1つです。 でも、右から(大きい数から小さくなる方向へ)近づく場合と左から(小さい数から大きくなる方向へ)近づく場合で極限(目標値)が違ってしまうなら、双方の極限を調べる必要があります。 おなじみの反比例のグラフf(x)Y=1/xで、0に向かう極限を考えると、0でグラフが切れ、左右で全く違う値をとることがわかります。 このとき、0での極限値はありません。 左右の極限が一致しないとき、その点での極限値は存在しません。その1点が関数上にないときにも、左右の極限が一致すれば、一致した値が極限値になります。極限は、ジャストの値ではなく、あくまでも「限りなく近づく」「目指す」値だからです。
December 12, 2025
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数列の極限の次に考えるのは関数の極限です。数列は、無限大にしたときの項の値がどこへ行くのかという極限を考えました。第n項目の変数nは自然数しかとりません。極限も無限大の方向しかありえません。 関数は数列と異なり変数が実数なので、連続性があります。変数がある値aまたは0に向かったときの関数の極限が考えられます。 定数aに向かうときの極限は、単純にf(x)にaを代入したf(a)を計算することで求められる場合もあります。0/0になってしまう場合は不定形なので、因数分解→約分で不定形を解消します。 ∞、−∞に向かう極限は数列の極限でも用いた不定形解消の手段を使って求めます。関数では−∞に向かう極限も求めるので、無理関数には注意が必要です。-3=−√(−3)²の符号を間違えるおそれがあるので、正数に置き換えてから計算したほうがよさそうです。 連続した関数の極限には方向性の要素もあるので、次回に見てみます。
December 11, 2025
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数学には、直観を裏切る現象がいくつも現れます。0.99999…=1もしかり。なかなかストンと納得はできないのですが、無限級数の和として考えると、この結論に落ち着きます。 大学レベルの数学になって「極限」というものが厳密に定義されると、納得できるそうですが。 循環小数の循環する部分は等比数列だと考えられます。循環する数字が1個なら公比0.1の、2個なら公比0.01の…、n個なら公比10のn乗分の1の等比数列です。この無限数列の和が循環小数の値になります。 公比が0より大きく1より小さいので、極限を考えるとこの等比級数は収束し、公式によって和が求められます。 この和は分数の形になります。したがって無限等比級数を考えることで、循環小数を分数に変換できます。一部は約分でき、整数になることもあります。 1を3で割る割り算の商が0.3333333…になるので、0.333333…=1/3は納得できます。0.33333…の3倍が0.999999…(本当は無限についてこんなことは言えないのですが)と考えれば、1/3の3倍が1なので間違っていないような気はします。 まだまだ難しいことだらけの数学です。
December 9, 2025
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こっくりしたピスタチオは、ナッツの女王と呼ばれます。ミネラル類とたんぱく質が豊富で、不飽和脂肪酸を含むのでコレステロール値のコントロールにも効果があるといいます。ほかにも、鉄分、ルテインと体に良い要素が多いピスタチオですが、カロリーも高いので食べすぎには注意!です。 ブルボンの「大人のプチ」シリーズは手軽に手に取れます。紅茶はルピシアのカシス・オレンジです。 ヨーカドーには、「シュガーバターの木」のピスタチオ・ショコラが売っていました。プレーンより好きかも。紅茶はアーマッドのイチゴの紅茶です。
December 8, 2025
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お仕事小説の『タクジョ!』の主人公は、タクシードライバー女子で「タクジョ」の夏子です。女性ドライバーは全体の3%なのだとか。 夏子は運転が好きで、大学卒業後すぐにタクシードライバーになりました。乗車したお客さんは大抵「若いね」「ここまで若い女性ドライバーは初めてだ」とびっくりします。 ナンパするお客さんあり、駕籠抜け(降車時に待たせて料金を払わず逃げる)あり、強盗の恐れありの毎日ですが、悩みつつ前進していく夏子の若さはまぶしい。 知られざるタクシー社会のしくみが知られるのも面白いです。 会社ごとに営業区域が決まっていて、お客さんの目的地が長距離で区域外に出るのは構わないが、帰りに区域外から区域外へのお客さんを乗せることはできないんですね。「回送」の表示を出して走行しているタクシーには、そんな事情があったのかと納得しました。 「わたしはこれからもタクジョ。…地球の表面を全力で走り回りたい。」という一文が爽やか。 参照元:小野田文宣『タクジョ!』実業之日本社
December 7, 2025
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無限級数を調べるとき用いる部分分数分解を復習しておきます。 1/k(k+1)を1/k-(1/k+1)の形に部分分数分解することで、n=1からn=kまでの部分和は簡単に求めることができます。(1/1-1/2)+(1/2-1/3)+(1/3-1/4)+(1/4-1/5)+…+{(1/n-1)-(1/n)}+{(1/n)-(1/n+1)}=1-1/nのように中間の項がうまく消えてくれるからです。真ん中の項を消すために部分分数分解を使って引き算の形を作るわけです。 1/n(n+1)(n+2)のように3項が並ぶ場合も部分分数分解が使えます。
December 5, 2025
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新橋駅構内「くじゃく窓」 新橋駅まで来たのはよかったのですが、どこにあるのか迷いました。南改札口側のB1へ降りる階段に設置されているステンドグラス作品です。 新橋から有楽町まで山手線で移動、東京駅方面へ向かいます。「小さな魚を大事そうに運ぶ女の子」何気ない水彩画のような作品ですが、実は見る方向によって女の子の顔が違って見えます。道行く人たちも「え?」と足を止めていました。「バルセロナ・バラッド」「意心帰」東京国際フォーラムにて 「平和の鐘」「きりん」 東京駅八重洲口から総武線ホームを目指しましたが、またまた迷ってしまいました。1駅分ほど歩いた気がします。 *写真は12月1日撮影です。
December 3, 2025
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もう何十年も足を運んだことがなかった大学へ行ってきました。ホームカミングデーという、在校生と卒業生が演技や物品販売で参加する企画がある日でした。 院友会(卒業生の会)支部(県ごと)のいくつかが名産品を販売していました。 教員をしていた頃、都内の学校が集まる合同運動会で、写真を撮っていた私は、撮り終わったフィルムを落としてしまいました。後日「フィルムを拾いました。現像したら学校名がわかったので、送ります」と、某学校からフィルムが届きました。 校長先生がわざわざ送ってくださったのです。院友会の大先輩でした。冷や汗が出ましたが、ひたすら感謝でした。 卒業生は教諭になる人が多く(国語の先生は特に)校長先生になられた方も多かったのです。 発表もマンドリン、フラメンコ、踊りから應援團(さすが國學院、この字なんですね)までバラエティー豊かでした。若木タワー18Fから サークルの同期生が集まると連絡をもらって参加しました。?十年ぶりでしたが、しばらく話してると昔の顔が重なって、あの頃に戻ったみたいでした。 幹事を引き受けてくださった方、こまめに連絡をくださった方に感謝です。 *写真は11月30日撮影です。
December 1, 2025
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ここまでは、無限数列の項がどこを目指して変化していくのか、という話でしたが、ここからは「無限級数」つまり無限数列の和の話になります。 有限の数列でしたら、初項から末項までの値を足したものが「数列の和」です。無限級数の場合は、無限級数が収束するときのみ和が定義され、その和は級数の極限値になります。無限級数が発散する場合の和はありません。 無限数列の和を求める基本は、部分和を求めてから、その終点を無限大方向に伸ばしていって1つの値に行きつくのか、発散してしまうのかを考えます。 また、数列が0に収束しなければ、無限級数も収束しません。単純に考えて、数列の項が正または負の無限大に発散すれば、和もまたどんどん大きくなるか、どんどん小さくなるかなので、発散します。 なので、数列が0に収束しないとき、級数の和を求めなくても、発散することが言えます。
December 1, 2025
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