私の音楽年表


何故自分が3年生の時に音楽好きと意識したか....それは部活です。私は転勤族の娘で、小学1.2年はそれぞれ別の学校で3年からは卒業まで同じ学校に通ったのですが、3年で引っ越ししてきてまもなく私の行った学校では器楽部があることをしりました。しかもかなりうまいときていて、母が「器楽部に入れたらいいね。」と言ってくれた時の嬉しかったことといったら。丁度3年生から入部できるようになっていたので、学校で入部届けを配り始めたら早速もらい、胸たからかに家に帰り、絶対に入れると思っていたので、自分がフルートやサックスを吹く姿を想像しながら母にその入部届けを差し出しました。母はその時「お父さんに聞いてみようね。」と言い私は父の帰宅を心待ちにしていました。が、父の返事は迷いもなく「ノー」。私はその晩一睡もせず泣きつづけて、朝も父が会社に行く支度をしているところになきながら「お願い。はんこおして。」と何度も何度もせまりましたが結局ダメでした。(今考えれば父の考え方の違いであって、私の事を思っての答えであったのはわかるのですが)その後もずっと器楽部に入っている人が羨ましくって羨ましくって、音楽室掃除の時に楽器庫にそっと入って楽器ケースをそっと開いてみたり、サックスのリードらしきものを祖父の家に遊びにいった時竹で作ってみたり....その時位から絶対に音楽の道に進む!って意識しはじめました。
中学時代は小学生の時から親に有無を言わせまいと「中学に入ったら部活やるから」と相当しつこく言っていたかいあり無事吹奏楽部に入部。楽器はテストで落ちてしまいホルン、と希望どおりではなかったのですが、ホントに充実した楽しい3年間でした。相当あれてる学校でやりたい放題の学校でしたが多分今までの人生で一番楽しかったかもしれません....。
高校ではまた親とのぶつかりで大学受験の為部活は出来ず....また入学の時点で転勤もあったので....
でもやはり学生時代は親にお金も出してもらっているし、親にたよりっきりだったのである程度のところまでしか反発できなかったんですよね....弱気だったというか、転勤族で何度となく友達との別れを経験しているうちに諦めることになれてしまっていたというか....
そんな感じで音大に行きたいという夢はすててしまったんですけど、いつかは音楽で食ってやる!と言う気持ちはすてられず....社会人になって自分で稼ぎができる状態からフル活動スタート!しました。(ここんとこさぼってるけど。)
6年間OLをやっていたんですけど、相当自分の時間(殆ど睡眠時間)をきりさいて勉強しました。コードというものの正体をしらなかったので....その時にお世話になった先生は相当有名な方で著作権協会でもかなり活躍されている方でしたが、とにかく教える時に迷いがない。すごい人でした。おそらくかなり自分で研究熱心な方でいろいろ迷いも常にもっていると思うのですが、生徒に教える時に絶対に「こっちもいいけどこっちも....」というような曖昧な教え方をせず、「こっちが絶対にいい」と言い切ってくれるのです。それをどうとらえるかは生徒側の問題で、私はとにかくはじめて本格的に音楽を学んだ事もあるし、その先生の努力家な部分が凄く何故か伝わってきたので、必死でついていきました。その後軽いのりで「うちで働く?」と聞かれて、結局OLをやっていた会社で新人ちゃんを育ててる年だったことと、会社自体6ヶ月前に止めると言わなければならなかった事などその他私がなかなかハッキリふみだせなかったなどの理由でそこには就職出来なかったんですけど....今でも自分の作曲の方面での音楽の原点になる先生でした。
でもそれをきっかけに今OLをやめ、しがないフリーターですがいろいろ音楽にまつわる楽しいこと、苦しいことを経験出来てきていると思います。
他のページで書くつもりですが、音楽を通じて人間的に尊敬できるひとや本当にいろんな人に出会って来ていると思います。そして、音楽の聞き方、変わって来たように思います。それまでの音楽はじゃまものになった事なんてなかったのですが....邪魔ものな音楽も存在するんです。心にひびきすぎて....これからも音楽の聞き方どうなるかわからないですけど....ね。

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