広い国狭い国、そして日本


(当たり前かぁ....)でもどんな感情でどんな目的で、どんな理由で出来た音楽なのか....それはやっぱり国の影響って大きいかなぁ....。昔尊敬している先生に民族チックな曲を書いて持っていったところ、私の曲自体にはいいとも悪いとも感想を言わなかったのですが、「民族音楽はその民族には絶対に勝てない。」と言われた事があります。「確かに!」と私は素直に納得したわけですが、それは私がめざしていたのは民族っぽさであって、完全なる民族音楽ではなく、「私の音楽」だったからなんですが....。余談はさておき....
私も音大に行ったわけでも音楽史を勉強したわけでもないのであまり詳しい事は知りませんが....アメリカに関して言えばこの国の影響の大きさはとてもわかりやすいです。
例えばゴスペルについては....
アフリカ人がアメリカにつれてこられ、その頃白人さんが歌っていた教会の「賛美歌」を黒人さんが歌ったものが「黒人霊歌」となったのですが、当時まだ黒人さんは奴隷として扱われていたためどうしても白人さんのにおいというか白人ぽさが残っていたんです。何故黒人さんが賛美歌を歌ったか?それは白人さんが黒人さんをキリスト教という同じ宗教に従わせる事によって奴隷として支配しやすくするためだったそうです。それが「アへリア.ジャクソン」のように黒人さんらしくその賛美歌(黒人霊歌)を歌ったのがゴスペルとなっていきました。白人的宗教感覚と黒人的コーラススタイルのいりまじりです....
またジャズなんかはその後アメリカでの戦争や恐慌、地域での貧富の差、などその時代と場所を反映した形で発展し、音楽の観点では黒人さんと白人さんがお互いをまねし、それを自分達のテイストにしていくことの繰り返しでどんどん新しいジャンルを生み出して来ました。
ここからは私の勝手な考えかたなのですが、アメリカと言う経済的にも国土的にも人種にしても、とにかく大きな国というのは内部での切磋琢磨により、使われている音階やリズムの種類が多く、非常に複雑であるような気がします。
またクラシックも一つの国ではないですが、ヨーロッパというすぐに隣の国に行き来できる小さな国のあつまりがアメリカと同じく経済や人種などあらゆるところでいりまじり切磋琢磨していく中で発展して複雑なものとなっていったように思えます。
いまや民族音楽とは、かわったもののように私達日本人は聞こえますけど、民族音楽のあの屈託感とはきっと単一民族か、鎖国していた国か、よほど宗教的に結びつきが強く他の文化を受け入れないか....とにかく閉鎖的な国に多いのが特徴だと思います。それは決して悪い意味ではなく、原点を守っているとも言えることですし、音楽は聞く人の自由で好き嫌い判断するものなので、善し悪しはないです。先日母とテレビを見て沖縄の歌の話をしていて、母が「沖縄の曲って独特な音階を使ってるからねぇ....。」と言ったので私は良く耳にする「島唄」を頭のなかでむりやりKey 0f C(ピアノ鍵盤で言う白鍵の部分だけのドレミファソラシド)にして使ってる音を考えてみました。すると、使ってる音は「ド.レ.ファ.ソ.シ.ド」だけで、黒鍵(オルタードテンション)や白鍵の「ミ」と「ラ」の部分を使っていないんです。(一曲まるまる考えたわけではなく沖縄てきなあのフレーズの所だけですけど....)で、他の民族音楽でも言える事が、一つの音階で使う音の数がやはり少ないです。使わない事によってその民族らしさが出ているんだと思いました。(曲を作るときの音の並び順やリズムも大きな要素だと思いますが....リズム?!ムムッ....)うーん....リズムはやっぱ一番のファクターであるとは思うんですけど....そこに関してはまだ私の注目熱が足りないかなぁ.... でもリズムにしてもその国独特なのりやスピード、っていうものがやはり生まれた時からの生活のパターンなどからきていると思うんですよね。
今私達が日本で音楽を「自由だ!」って言えるのは私達が日本という国で自由に暮らせていると言うことがそうさせているのではないでしょうか?
幸せな環境の国では『恋愛』の唄が一番はやると聞いた事があります。それは『恋愛』が一番の悩みであり幸福でありとできる状況であることの証拠だそうです。
日本人で良かったかも....



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