シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年11月21日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、外からの脾臓マッサージを簡潔にまとめたが、内的な脾臓マッサージも可能で、それは、例えば、表象プロセスに伴われる毒状態に起因する内的器官活動が強い人の場合(具体的にいえば理屈ばかり言って、働かない人、理論闘争を好む文化人のような人たち、理論闘争を好むのは、器官に毒状態がある証拠でもある)、主な食事(例えば夜食)以外にも間食を入れて、主な食事の時にはできるだけ少なく食べて、何度も食べ、食事の間隔が短くなるように食事時間を配分すればよいという。

 このように食事活動を配分することが内的な脾臓マッサージとなり、本質的に、脾臓の働きに影響を及ぼすことができるという。

 ただ、これにも当然、短所があり、今日の慌ただしい時代にあっては、大多数の人々は常に外的な消耗活動に追われ、脾臓機能は、そのような外的消耗活動により極めて強く影響されているので、人間は、動物とは異なり、外的活動による妨害を受けないように、横になって消化を行い、健康を維持することが困難な状態にあるという。

 動物たちが脾臓の働きをいたわっているのは事実で、それに比べ、人間は、外的な神経症的な慌ただしい活動にあり、脾臓の働きをほとんどいたわっていないので、その結果、文化人等は、全般に、脾臓の働きが次第に大変異常なものになっていく。なので、脾臓マッサージのような手段で、脾臓機能の負担を軽減することが特に意味のあることになるという。

 このような脾臓マッサージに注目すれば、無意識を媒介する器官と、意識を媒介する器官との間の関係について、マッサージが、特に作用を及ぼすのは人間のリズミカルな活動の調節で、状況によっては強力な治癒作用ももつことがわかるという。

 マッサージは主として人間におけるリズミカルな活動の調節に作用するという。

 しかし、マッサージの成果を上げるなら、人間の生体組織をよく知る必要があり、例えば、人体の腕と脚が大変異なっていることに着目すれば、人間の腕は、重力に組み込まれることを免れ、自由に動き、この人間の腕でのアストラル体は、人間の脚よりも物質体との結びつきが弱く、逆に、人間の脚でのアストラル体は、非常に密接に物質体と結びついていることがわかるという。

 腕におけるアストラル体は皮膚を通じて、外から内へと作用するほうが多く、アストラル体は腕と脚とを包み込み、外から内へと作用し、いわば包み込む作用をしている。脚と足では、アストラル体を貫いて意志が、内から外へと極めて強く遠心的に、強く放射しつつ作用しているという。

 アストラル体の結びつきが違うので、足と脚をマッサージする場合と、腕と手をマッサージする場合では根本的に全く異なり、腕をマッサージすると、そのマッサージはアストラル的なものを外から内へと引き入れ、腕は、通常よりもむしろ意志の道具となり、腸と血管との間で生じる新陳代謝を調節するような作用が引き起こされるという。



 対して、足と脚をマッサージすると、(脳の活動の)表象に応じて、物質的なものが変換する割合が増し、排泄-分泌プロセスと関連する新陳代謝、つまり排泄-分泌プロセスに関連する新陳代謝を調節する作用が起こされるという。

 腕のマッサージでは、腕から発して内部の構築的な新陳代謝領域の方へとつながり、脚のマッサージでは解体する領域への作用へとつながっていくように、マッサージの作用の継続のなかに、人体組織がいかに複雑なものであるかを見て取ることができるという。

 マッサージ(腕、脚)=新陳代謝調整(構築、解体)

 事態を神秘学的理念にのっとって探究すれば、事実、人体のどんな箇所も、その他の箇所との関わりを持っていて、マッサージというのは正に、生体組織と、この内的な相互作用を適切な方法で見通すことに基づいていることがわかるという。

 下腹部をマッサージすることは、呼吸活動にも良い成果をもたらすことができ、しかも、心臓の下あたりを直接マッサージする場合、上(心臓の下)から下(臍の下)へといくほど呼吸への影響は強くなり、更に下へ進むと、今度は咽喉の器官への影響が強まるという。

 つまり丁度、人体の位置と作用は逆になっていて、胴体のマッサージにおいては、下へと進むほど、上に向かって位置している器官が影響を受け、これに対して、例えば腕のマッサージは常に、胴体の上部を同時にマッサージすることによって促進されるという。

 実際、下部人間と上部人間の相互作用、生体組織内の離れた位置にある器官の密接な関係と、各部分全般の相互作用、このような相互作用が、例えば偏頭痛のような場合にとりわけ顕著に現われてくることがわかるという。

 偏頭痛というのは、本来は人体の他の位置、つまり下腹部(下部人間)にあるべき消化活動が、頭のなかに(上部人間)移行されたものであるという。従って、例えば月経のような、下部の生体組織を非常に強く用いるプロセスによって、偏頭痛も相応に生じてくることがわかるという。

 このように本来、頭部に組み込まれていない消化活動が起こることによって、頭部の神経に、通常の生活では免除されている負担がかけられると考える必要があり、頭部では全くの規則的な消化活動、つまり表象摂取活動だけが生じているということによって、頭部神経は負担を免れ、知覚神経に作り替えられているという。

 今特徴を述べたような無秩序(リズミカルでない)な活動が頭部で生じると、この特徴は頭部神経から取り去られ、内的に感じやすく敏感になり、内部組織が本来感受すべきではないものを、一種の消化プロセスとして感じ取ることが原因となって、偏頭痛の場合の痛みが生じてくる。

 周囲、つまり外界を知覚する代わりに、突然自分の頭の内部を知覚するように強いられた人がどの様に感じるか、容易に想像できるだろう。これは二日酔いの人にも生じる状態である。



 これは社会的生活を送るためには、全く当然のことであり、人間の社会的立場を通じて生じる害を受け入れて、場合によっては更に生じてくる、その後遺症を完治させる方向性も考える必要が生じる。





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Last updated  2006年11月22日 11時07分55秒
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