シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年10月08日
XML
カテゴリ: 人間は芸術である
 蝙蝠(コウモリ)は、光に浸透された空気を好まず、光が、ほんの僅かだけ残っている黄昏の空気を好む。蝙蝠(コウモリ)が鳥と区別されるのは、鳥は、本来常に、空中の存在に目を向け、禿鷲でさえ、例えば子羊を見るとき、子羊が気圏(空中)の端にいるものとして、上空から見、地面に接し、描かれた存在のように知覚する。

 鳥の欲望は、例えば、子羊に向かってくる禿鷲の飛行のなか、鳥の欲求と意志と、欲望の紛れもないダイナミクス(動力学)の飛行として、実際見るときに感じるだろう。

 蝶は地上にあるものを、総じて鏡に映るかのように見、蝶にとっては、地球は1つの鏡である。蝶は宇宙のなかにあるものを見る。

 蝶がヒラヒラと飛ぶのをみるとき、本当は次のように思い浮かべるべきである、

 「地球に蝶は注意を払わない、地球は鏡だからである」、と。

 地球は蝶に、宇宙のなかにあるものを映し出す。鳥は地上のものを見ないが、空中にあるものを見る。

 蝙蝠(コウモリ)に至って初めて、自分の飛行の前を横切っていくもの、飛行の前方を通過していくものを知覚し始める。蝙蝠(コウモリ)は光を好まないので、本来自分が見る全てに接触されるのが不快である。

 だから、蝶と鳥は非常に霊的な方法で見るが、上(天)から降りてきた最初の動物、地上的な方法で見る必要のある動物は、視覚に触れられるのが不快なのである。蝙蝠(コウモリ)は、視覚を好まず、従って蝙蝠(コウモリ)は、自分が見るものと、見たくないものに対する具現化した不安とでもいうべきものを持っている。

 蝙蝠(コウモリ)は物の傍らを、サッとかすめていきたいのであり、見る必要はあるが、見たくない、という風に、至る所で、サッと身をかわしたいと思っている。蝙蝠(コウモリ)は、そのように身をかわしたい為、全てのものに、驚異的に耳をすます。事実、蝙蝠(コウモリ)は、自らの飛行が危険に晒されないかどうか、絶えず、自分の飛行に耳をすませている動物である。



 これが蝙蝠(コウモリ)の耳である。これは全く奇妙な形成物で、世界を密かに通過し、宇宙の不安に正確に適合させられている。蝙蝠(コウモリ)を、いま据えた関連のなかで観察するときに、以上の全ては、初めて理解できる。

 蝙蝠の宇宙言語;その耳が宇宙の不安に適合

 もう少し述べるが、蝶は霊化された素材を絶え間なく宇宙に与え、そして蝶は土星作用の申し子である。

 さて、以前、土星は太陽系の記憶の大いなる担い手であると述べた。蝶は、この惑星の想起能力と正に関連している。霊化された素材は、蝶のなかに生きている想起的思考である。

 鳥は(これも既に述べたが)全体として本来一個の頭であり、そして宇宙空間を貫いて飛翔していく、熱に浸透された空気のなかで、鳥は本来生きて飛翔する思考である。人間が、思考として持つもの、実際、熱エーテルとも関連するものは、人間のなかの鳥の本性、鷲の本性である。鳥は飛翔する思考である。

 これに対し、蝙蝠(コウモリ)は、飛行する夢、飛行する宇宙の夢である。従って、次のように言うことができる、

 「地球は蝶により、織りなされた。蝶は宇宙の記憶である。そして鳥類については、鳥類は宇宙の思考である。そして、蝙蝠(コウモリ)は宇宙の夢、宇宙の夢をみることである」、と。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007年10月08日 12時10分08秒
コメント(0) | コメントを書く
[人間は芸術である] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: