シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年01月17日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、肉食、菜食などから、人間と、人間の自我、つまり自己意識との関係について、シュタイナーの話を紹介した。繰り返しになるが、再度、肉食、草食の問題を、また違うサイトから、シュタイナーの話を抜粋紹介し考えてみる。

 というのも、国家間の紛争や、金儲けに固執するアホどもを生み出す元凶が、肉食にあるのではないか、と思うからである。肉食が導く軍事産業で金儲けするよりは、菜食産業で金儲けするほうがまだマシでもある。

 以下に紹介する話は、シュタイナーの考えをうまくまとめている。

 ☆  ☆  ☆

シュタイナー式とは(改変)
http://inedia.jp/steiner.html

 ルドルフ・シュタイナーは、オーストリア帝国クラルイェヴェク出身の神秘思想家で、プラトン哲学、アリストテレス哲学、ゲーテ自然科学を通して、人智学を樹立していました。スイス・バーゼル市近郊ドルナッハに自ら設計した教育施設・ゲーテアヌムを建設し、普遍人智学協会本部とし、哲学、教育、芸術、農業、医療などの諸分野で活躍していました。

 1921年、ルドルフ・シュタイナーは、オランダの女医イタ・ヴェーグマンらと共に、人智学療法に基づいた医薬品や化粧品を作る株式会社ヴェレダをスイスのアーレスハイムに設立。創業以来、体の内側から本来の美容と健康を取り戻すための製品を開発し、ヨーロッパのみならず、世界50ヶ国以上の人々に愛される企業へと成長しました。



 幽体離脱や臨死体験というのは、アストラル体と肉体が離れて、肉体は朽ちるもののアストラル体は残り、その波動に相応しい世界で生き続けます。そして、機が熟せば再び新しい肉体に宿ってこの世に誕生し、別の学びに進んでいくのです。

 肉体に一番近いのがエーテル体で、これは肉体の感覚体と呼べるものです。エーテル体より微細なのが、アストラル体と呼ばれるものです。これは欲望、あるいは感情を司る体であり、低位精神体と高位精神体(自我)がこの中に浸透しています。これら二つの精神体の上にあるのが霊体(マナス)、直観体(ブッディ)、原因体(アートマン)です。

 (全部で7つだが、マナス、ブッディ、アートマンは、現進化段階では、萌芽にすぎない。だから、現段階では、肉体、エーテル体、アストラル体、自我の4つと考える。)

 このように私たちの誰もが七つの体を持っています。この七つの体から発散する放射線(光)がオーラ、あるいは磁場を形成しています。オーラの放つ光と色の波動が、多かれ少なかれ、私たちの性格、才能、健康、病気を決定します。

 生命体にとっては、肉体よりもオーラの方が大切です。その理由は、病原となる因子がオーラの深くにまで穴を広げ、その触手を肉体の対応部に広げて病気を現わす事にあります。

 オーラは色の振動数の不足によって大きく乱されるものであり、本来の光輝を回復するような方法で再編成しなければなりません。オーラを再調整する事がなければ、仮に病気を治したとしても、一時的で、全くの誤謬であると言わざるを得ないのです。

 人間が生命を維持するためには、糖質、脂質、たんぱく質、塩が必要です。人間が第一に絶対に必要とするものは、たんぱく質です。人間が第二に必要とするのは、脂質です。人間が第三に必要なのは、糖質です。さらに、人間に必要なのは、塩です。


 脂質⇒心臓と血管
 糖質⇒肺、食道、口葢
 塩⇒頭


 という作用関係があります。

 菜食には大きな価値があります。菜食を続ければ、簡単に疲れる事はなくなります。肉食による尿酸塩の分泌がなくなるので、疲れなくなるのです。疲れなくなると同時に、頭に尿酸塩が溜まらないので、物事をよく考える事ができるようになります。

 (前回説明したが、菜食に用いられる消化力が、肉食すると用いられなくなり、余剰力となって、尿酸をつくり、尿酸が溜まると、尿酸塩となる。狂牛病で明らか。)

 アジアの一部の厳格な菜食主義者は、温和な性格で、ほとんど戦争をしません。中近東の肉を食べる人々は、勇敢で、果敢で、堅固で、個人的で、好戦的です。

肉食は思想と知恵を鈍らせ、菜食は人を温和にし賢者を作る 」という考え方があるそうです。

 (このような考え方があっても実践しないと無意味。)

 ルドルフ・シュタイナーは、完全菜食を勧めている訳ではありません。菜食主義者にも乳製品は必要であると説いています。

 (これも前回述べたが、菜食主義者が現実離れしないために、乳製品を摂るべきである。釈迦のスジャータの逸話などの例。)

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食事について(改変)
http://higuchi08.exblog.jp/6976031

シュタイナーは、次のように述べている。

 「私は、どのようなものを食べるのがよいのか、を扇動するつもりはありません。それぞれの食べ物がどのように作用するかをお話しするだけです。菜食主義者がきて、「軽い無力感があります。」と訴えることがあります。そのようなとき私は、「それは肉を食べていないからだ」といいます。客観的に考察しなければなりません。何かを強制することがあってはなりません。」と

砂糖と個性(改変)
http://www.bekkoame.ne.jp/~topos/steiner/note/S-note2.html#19●砂糖と個性

 人生の秘密を探求しようとすると、全てが複雑であることがわかる。人智学の修行をおこなうなら、誤った没我、つまり人格の喪失に陥らないため、ときどき砂糖を摂取する必要がある。

 修行者は砂糖の摂取にあたり、自我が本来もつ道徳(秩序)性の衰微を招かずに、かえってそこに確かさを与えるように摂取すべきである。

 砂糖を従来どおりに摂取すると個性が高まってしまう。砂糖を好む人は、そうでない人よりも容易に個性を促進する。砂糖が好きといっても、健全な量に限られることはいうまでもない。砂糖の摂取量から、ある程度、性格が観察できる。

 砂糖の摂取量の多い国の人々は、砂糖の摂取量の少ない国の人々よりも個性がはっきりと現われる。個性を現わし、自分というものをはっきりと感じている人々の国では砂糖の消費量が多く、没個性的で、むしろ民族全体がもつ性格に従う人々の多い国では砂糖の消費量が少ないのがわかる。〔シュタイナー「健康と食事」イザラ書房/P146-147〕

 ☆  ☆  ☆

 上記の砂糖の摂取量から、シュタイナーは、当時(1920年頃)の英国の人々が個性的なのは、砂糖の摂取量が多いからで、逆にロシアの人々が没個性的なのは、砂糖の摂取量が少ないからだと述べている。

 例えば、以下に国別の砂糖摂取量を掲載する。

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sugar2011cn.png
 (一人当たりでない。)

0442.gif
 (2001年から2003年の頃なのでデータが若干古い)

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 上述の、現在よりも10年前のデータから、シュタイナーの砂糖摂取量説を当てはめると、ブラジル人、オーストラリア人などは、日本人、中国人よりも、個性的であることになる。更に日本人は、中国人よりは砂糖摂取量が多いので、個性的である、ということになる。

 個性を比較するのは困難だが、次のブラジル人と日本人の性格の違いを表わす話からなんとなく感じることができる。

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ブラジルと日本の比較
http://blog.goo.ne.jp/yuki-poa/e/695c227271f24396d3bc5c6c061436c9

 今日はブラジル人の価値観を日本人の価値観と比較しながら紹介したい。

 ブラジル人は過去や未来について深く考えない。基本的には今のことしか考えない。明日の食事の心配より、今日の食事が食べられればそれでいいのだ。つまり、今が楽しければいいという発想である。

 だから、将来の家計危機に備えて貯金したりするということはしない。どちらかと言うと、何でも分割払いにして、借金して商品を買って、もし自分が死んだら借金を払わなくてもいいから、得したという感覚を持っている。

 何か困ったら、必ず誰かに助けてもらえると信じている。親戚に頼ったり、友達に頼ったりする。そして、頼られたほうは無下にそのお願いを断れない。なぜなら、その人との人間関係を壊したりするからである。この考え方は特に下層階級に顕著である。いい意味で言えば、お互い助け合いの社会であり、悪い意味で言えば、お互い利用し合いの社会である。

 家族の中で1人でも成功者が出ると、その周りに遠い親戚がたかってくる。スラム街出身のサッカー選手のロマーリオがプロとして成功してから親戚の数が増えたと言うのは有名な話である。とにかくみんなたかるのである。

 また、ブラジル人女性もお金目当てで結婚する人が多い。ローリングストーンズのボーカルのミック・ジャガーの恋人となったブラジル人モデルは子供を身ごもり、それを武器に養育料をせしめ、今はブラジルのテレビで司会者をして成り上がっている。

ブラジル人は裁判が好きである 。労働裁判、離婚裁判。ブラジルでは法律上労働者が必要以上に保護されているため、 従業員が労働裁判を起こすと大抵の場合雇用主が敗訴する 。だから、従業員は何かあったらすぐ裁判を起こすため、雇用者のほうは気がきではない。今日の友は明日の敵なのだから。

 この労働裁判も今のお金のことしか考えない短絡的な発想から来ている。同じ仕事を長く続けて給料をもらい続けるよりは、裁判で勝って多少まとまったお金を一度にもらって、後は野となれ山となれ。別にそれで社会的信用を落とすわけでもなく、何もなかったかのように新しい仕事を探すわけだ。 多分日本人には絶対に理解できない発想である

国民がこの発想なのだから、当然政治家も同じである 。90年代前半汚職により弾劾裁判で職を追われた大統領は、去年州知事として政界に戻ってきて再選を果たしたのである。日本だったら絶対に起こりえないことだ。 人生は何度でもやり直せるという発想である

 他人は利用するために存在する。自分にとって不必要なものは捨てる。我慢して仕事したり、結婚を続けたりはしない。常にその時々で自分の利益にかなうものかを判断し、自分に正直に行動する。良く言えば、人間らしいと思う。でも、 悪く言えば、自己中心的であり、モラルがない

日本人は義理と人情の世界である。もらった恩は返す。会社には尽くす。嫌な仕事でもなるべく我慢して続ける。うるさい嫁でも我慢する。自分に利益にかなわなくても、自己の犠牲を払ってでも頑張る

 (上記から、ブラジル人が個性的で、日本人が没個性的であることがわかる。)

 ☆  ☆  ☆

 次回に続く。





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Last updated  2014年01月17日 16時29分39秒
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