シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2014年07月15日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 前回はカルマが公正さを人間に求めていることを紹介したが、更に、公正さを求めるためには、自らの性格を自由自在に変えられるようになることが必要であることを以下に続けて紹介する。

 ☆   ☆   ☆

シュタイナー語録【A】 (病気予防のカルマの意味)(改変)

【カルマ論 カルマの開示 ルドルフ・シュタイナー著 高橋巌訳 春秋社 P173~】

・・・
 人智学の研究によると、例えば、これまでの文化期のなかでは、極度に利己主義的な冷淡さが広がるような兆候が生じたときに、天然痘が出現した。・・・

・・・さて、近代になって、天然痘に対抗する「種痘」ができた。・・・

・・・冷淡さが広がらないようにする一方で、、他方では、適切な人智学(精神)的な教育によって、性格を変化させる義務を人類は背負っている。その義務を真っ当しなければ、人類は、半分しか役割をこなしていないことになってしまう。・・・

・・・・



 例えば、医学的な予防処置は、一見すると人間が恣意的(思うまま)に思いついたようにみえるが、実は違う。

 ある一定期間忘れていた社会習慣、例えば、清潔さへの傾向が再び出現するのも、勝手に生じたのではなく、人類全体のカルマの法則に従って生じているのである。現在では絶滅した疫(流行)病を、(カルマの清算のために)かつての人類は必要としていた。だから、古代人は、わざと今日のような医学的な予防処置をとらなかった。

 人間社会の基本的な諸制度は、宇宙の進化の法則に従って作られる。ある予防処置が人類全体の進化にとって有益なものにならないうちは、その予防処置を社会が講じる可能性は全くない。というのも、生まれてから死ぬまでの人生で獲得される、恣意的で、知的な(物質)生活から、そのような人類全体の進化に有益な予防処置を生み出せるはずがないからである。

 そのような予防処置は人類全体の霊(精神)的な本性から生み出される。偉大な発明や発見も、人類がそれを行使するのに本当に成熟したときにはじめて可能になった。・・・・

・・・・もしある特定の人々がカルマに反する行為を清算するために、病気を求めていたのに、医学的な予防処置によって、その病気に罹らなくなってしまった場合、そのカルマは清算できなくなる。・・・・

 だから、カルマを清算するために、ある病気に罹る可能性が失われれば、また別のところに求めるようになる。

 当時の人々は天然痘に罹ることで、冷淡さを克服した。

 もし、医学の進歩によって冷淡さが原因で生じた疾患が治療できたとしても、冷淡さが人類にまだ残っている限り、今世あるいは来世において、別の形で、カルマの清算をしなければならない。・・・・

・・・

 病気に罹らなかった人は、病気とは別の形でカルマを清算する。カルマの清算を他の様々な機会に求めなければならない。現代人は、以前よりも健康的な生活、物質的により快適な生活を保証されているが、そのことにより次第に空しさと不満とを感じるようになっている。

 (物質的に豊かな生活ほどかえって不満を感じる。)



物質生活の繁栄と魂の荒廃とは並行して進んでいく

・・・・

 人智学を学ぶ人は、このような事態に直面せずにすんでいる。というのは、人智学はカルマをどう理解したらいいのか、カルマの清算をどの機会に行うべきかを教えてくれるからである。・・・

・・・人智学のような霊的な世界観は、快適に整えられた外(物質)の生活によっては満足できない魂の要求に応えようとしている。



 (以下、妄想の治療について一部抜粋)

・・・人智学を深く身に付けることができれば、他の人に対して治癒的な働きを及ぼすことができる。人智学の研究者が自らの人格を変えるほどになれば、人智学に大きな信頼を寄せることができ、その人の人格を通して、人智学の真実が外へ向かって輝き出るようになる。

 人智学は地上の人生のために働くが、その働きは地上の人生を越え、その認識は、超感覚的世界に由来しているので、単なる理性的な認識よりも魂について遥かに深く働きかける。

■コメント

 数年前はSARSが、最近は鳥インフルエンザが私たちに不安の影を落としています。

 シュタイナーは、「コレラは前世の自我の弱さ」「マラリアは前世の自己感情に歯止めが利かない不合理な性格」「ジフテリアは前世の激情的な性格」をもった人の魂が、その清算のためにカルマとして求めた病気であると指摘しています。

 また、前世の『隣人への冷淡さ』は、死後に魂が『そのカルマの清算』を求め、来世で『天然痘にかかり易い体質』になるといいます。

 つまり、伝染病とは魂の治療・改善のために存在し、カルマを負う魂はそれを自ら求めるわけです。

 しかし、文明の進歩は『種痘によってカルマが清算できない状態』を生じさせます。

 シュタイナーは、文明の進歩による予防医学が、人間のカルマの清算を困難にしているという点で、アーリマン的(唯物論的)な視点で考えてしまうと矛盾し、葛藤すると述べています。

 しかし、こうした進歩自体は、人類に「許されたもの」であるとして、シュタイナーは肯定的な態度を示していますし、自らも食事や病気の治療についての専門的な講義も行なっています。

 とはいえ、その反面では、魂が望んだカルマの清算はできなくなります。

 その意味で、シュタイナーは、現代のような快適な生活状況の中では、人間の魂は荒廃してゆき、魂の渇望は癒されず、しらけた魂が横行する現代社会の原因になっていると洞察しています。

 こうして、現実的には病気の問題が解決しても、霊的なカルマの清算が果たされないような場合、カルマは「別の清算方法」を求めるようになるというわけです。

 それは、例えば、次の転生で「男女の性別」といった先天的なカルマ(宿命)として準備される場合があると、この講義の中で説明しています。

 そして、シュタイナー自身の説く「人智学」も、実はこうした現代のように外的には快適な生活によって荒廃した社会で苦悩する魂のためのもので、人智学は人類全体のカルマの一部として存在するとしています。

 さらに視点を拡大すると、個人のカルマは文明のような人類全体のカルマとも関連し、誕生以前に通り抜けてきた惑星の天使や神的存在との交流によって、今世の宿命や運命を形成してゆくので、宇宙のカルマとも強い関連性を持っていることも説いていますが、これについては、改めてご紹介できればと思います。

 シュタイナーは、今世の人智学的な認識を基にした努力によって、アーリマンやルシファーによる認識の誤謬を改めることができ、自分や他人の魂を癒すことになるとしています。

 さらに、別の講義でも、人智学的な努力によって、今世でよりよい来世の自分を準備できることを示唆しています。

 その意味では、病気の予防と治療には、霊的な魂の認識が不可欠であると同時に、真の霊的認識を深めることは、荒廃した魂に警笛を鳴らし、更生させ、病気のカルマを軽減することにつながるとも考えられます。

 そして、そうした霊的な法則性を認識することは、私たち自身の「幸・不幸」の認識を変化させてきますし、自分の中に沸き起こる周囲への不満、怨み、嫉妬といった、新たなマイナスのカルマの芽を未然に摘み取る感情を育み、未来の大難を小難にしてゆくことになるはずです。

 それは、人類の努力による進歩と、魂の豊かさを両立させてくれるのではないでしょうか。

 ☆   ☆   ☆

 次回に続く。





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Last updated  2014年07月15日 14時59分35秒
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