シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2025年01月07日
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カテゴリ: 神秘体験空間
正月のブログ更新は元旦だけにして、自由気ままな悠々自適の生活を送ったが、先日NHKで面白い番組をみた。それは「朝までラーニング!10000分後、時間の正体を発表するエントロピー池崎」という番組である。

10000 分後、 時間の正体 を発表するエントロピー池崎。 - 朝までラーニング ! - NHK


この番組は、お笑い芸人の池崎氏に、心理学、物理学、哲学の、それぞれの時間の正体についての現在考えられる見解をそれぞれの専門家がレクチャーし、10000分後に池崎氏がまとめて発表をする、という大胆な企画で、短期間個人セミナー発表会のようなものである。現代人の考えている時間についての思想がわかるので、面白かったが、残念なのは、生物学がレクチャーにはなく、ほんの少しの過去の映像でお茶を濁し、また宗教学が完全に抜け落ちていたところにある。古代人と比べて、現代人が視野が狭く、遥かに枝葉末節に拘っているのかがわかる。

現代では、宗教は観念論化され、科学とは別物として現代人が考えるのが、このセミナーからもわかるが、とりあえずは、この3分野を要約統合した、時間の正体についての見解がわかるので、現代人の時間感覚を把握するのには面白い試みに思えた。しかし、肝心な宗教が抜け落ちているので、人智学や神智学が古代叡智により解き明かしている時間の正体に比べれば、物足りないのは明らかである。精神を語ってはいるが、観念論化された、物質感覚に置き換えた肉体上での、つまり覚醒意識上での感覚でしかないのである。

というのは、肝心な時間の精神的な源流が抜け落ちているのが、このレクチャーからもわかるが、現代人は起きているときの覚醒意識での、時間感覚しか把握していないところにある。面白いのは、発表会で、聴衆の一人の、猫の時間感覚と人間の時間感覚は同じか、という質問に対して、池崎氏は、生物学のレクチャーをほとんど受けていなかったので、他の3分野の知識から同じと誤って応えてしまったところである。ネコの進化とヒトの進化の違いから、唯物的にも、時間感覚の違いが科学的に究明できるはずなのである。

この番組では、過去の番組で、生物学専門家が、生物の個体の大きさ、つまり体重による心拍数の相違を基にして、例えば、ヒトを心周期1秒とすると、クジラは9秒、ゾウは3秒、馬は2秒、ネズミは0.2秒、ネコは0.3秒という大体の目安が割り出されているので、ヒトが1秒と感じる運動感覚が、ネズミでは、5倍も遅く感じ、ネコでは約3倍も遅く、逆に、馬では2倍速く、ゾウでは3倍、クジラではなんと9倍も速く感じるという、生物学的な心運動の法則から、時間感覚が予測されている。

これはヒトの心運動を基準にした生物学的な時間の相対性理論といえるものである。だから、この過去番組の生物学専門家が提唱しているように、ヒトがネコと30分遊んだ感覚は、ネコには約2時間遊んだように感じるわけなんである。これはまた例えば、ハエや蚊を叩くヒトの速度感覚が、ハエや蚊には遅く感じるので、ハエや蚊の動きにヒトはついていけずに速く感じるのと同じである。

余談だが、この運動論を、アリストテレスの運動論にまで遡れば、無秩序から秩序へとバランスの安定を求めるために運動がなされるわけで、大自然の運動は、四大元素霊に辿りつくはずなのだが、悲しいかな、現代の哲学者は近代に芽生えた唯物論で細分化された覚醒意識に拘るために、近代しかみえていない。それで十分だと思い込んでいる。だから、生物種を越える時間感覚などは思いもせずに、物体運動に規定された客観的な概念に取り込まれてしまい、主観と客観を人間の覚醒意識上での時間感覚で分類せざるを得なくなっている。

だから、あえてアリストテレスの運動論に言及し、生物学上の時間感覚を、物理的に解釈し、端的にいえば、小さい個体ほど時間感覚に優れるわけで、質量が小さい、ほとんど無いと思われている素粒子の仮想量子の、光子などが生物だとすれば、ヒトに比べれば、時間感覚が無限に近いほど素早く運動できるわけなんである。

実際、物質界での覚醒意識による数式化を用いて、光速度が観測測定されているが、それは生物的な感覚を度外視した、物質界での一応、以下の如く、天文学的スケールで、およそ30万km/sと概算されているが、これはあくまで、ローレンツが、エーテルを数式化した、ローレンツ変換をアインシュタインが特殊相対論の仮説で持ち出した時空という空間での光の運動に従った時間を、最小原理の作用から概算した数値といえるだろう。マクスウェルが、真空での電磁波の速度を方程式で定式化したことに端を発しているのは有名である。

光速 - Wikipedia




それでも、超対称性粒子は発見できていないわけで、約30年前の私が院生のときに、電磁力と核力の弱い力の統一に必要なウィークボゾンに質量を与えるヒッグス粒子が、約90GeVから150GeV辺りの欧州原子核研究機構CERNの実験から観測実証されたのがほぼ現代の限界であろう。

欧州原子核研究機構 - Wikipedia

ヒッグス粒子 - Wikipedia


時間論を紹介し始めると、物理畑出なんで、どうしても物理論に偏ってしまい、結局は、質量の時間との整合性から、ダークマターにハマってしまう。このような質量を伴う時空での運動からくる時間感覚が、物理学の、覚醒意識での知性の限界を示しているわけで、池崎氏が、ヒトとネコの時間感覚が同じと応えてしまった、知性の限界の、時間の壁に辿りついてしまうわけなんである。だから、物理学や、ほぼそれを基にしている、覚醒意識での、時間感覚論では、時間感覚は、所詮空間での運動や変化の概念でしか捉えられないので、心理学や哲学といっても、覚醒意識上での運動の概念を細かく枠ごとに分類し、割り当てているにすぎないので、まずは生物学での時間論を取り込むために、手始めに、シュレーディンガーのネコのヒトからみた観測だけでなく、ネコからみたネコの一生や、夏目漱石のように「吾輩は猫である」のようなネコのヒトの観測論から観測しないと片手落ちなんである。

シュレーディンガーの猫 - Wikipedia

吾輩は猫である - Wikipedia


つまり、シュレーディンガーのネコは、ヒトの覚醒意識上での、思考実験で、ハイゼンベルグの不確定性関係を、物質界から想定したものにすぎない唯物論なのである。そこにはヒト、ネコ、毒ガス粒子、放射性崩壊などのそれぞれの時間感覚の相違がすっかりと省かれてしまっている。生物を全て唯物化して、人間の時間感覚で、物体の運動論に割り当てて、統計確率論で概算しているわけなんである。簡単にいえば、非線形現象を省略して、線形近似化して、割り当てているわけである。

つまり、ここでも、以前紹介した、計算機の父チューリングの、科学は微分方程式で、宗教は境界条件という言葉が蘇る。

生物には境界条件の死があり、生命があるのを忘れてしまい、生命から時間感覚が生まれるのを度外視している。だから、アインシュタインは、神様はサイコロを振り給わずと言ったのだろう。ハイゼンベルグの不確定性関係は、人間の時間感覚が、覚醒意識上での壁の限界となるのを露呈しているわけなんである。そこには、人間がなぜ生きるのか、なぜ物質界に転生するのか、が全く語られずにただ、物質界の壁のなかをあれこれと定義づけているだけで、その姿は、プラトンが、イデア論で持ち出した洞窟のなかの囚人の比喩なのである。だから、物質界を越える時間論が出てこない。少なくとも睡眠中の時間がどうなのか、他の動物種との脳波の相違なども観測できるはずなのである。そうすれば全てが波動の節の波数の相違でしかないのに気づくはずである。

プラトンのイデア論「洞窟の比喩」とは?図と具体例でわかりやすく解説! | ズノウライフ


つまり、早い話、以前紹介した量子もつれを忘れてしまっているのである。量子もつれとは、覚醒意識が、潜在意識のなかの氷山の一角なのを示しているのである。人間は、光という叡智の、物質界での振る舞いから、時空という時間感覚をつくりあげて、質量という構造的な負荷、つまり肉体感覚をもって生きている。だから負荷の軽い生物は、負荷をすみやかに解消できるだけの運動のための知識で充分で、負荷の重い生物は、それだけ充分な知識を得るための一生の経験が必要なんである。

だから、愛という宗教が根本的に人間には必要なのである。知識を得るには、自分以外の他の誰か、何らかの生物に愛を与えないといけないのが、この世で生きる目的である。愛を与えることで、負荷は解消される。だから、小さな生物ほど多産で、大きな生物の生きる栄養となる。つまり、時間感覚には、愛を与える時間と、愛を奪う憎しみの時間がある、ともいえるかもしれない。大きなものほど、大きな愛を食物として得ているので、それだけ負債も大きく、長い一生で、負債を返していかないといけない。人間の場合は、一生で返し切らないと、次の転生で、また新しい時間で、前世の負債を返していかないといけない。これが宗教での愛の修行で、時間感覚といえるだろう。

だから、宗教を基にした生物学でいうなら、ネコから見たヒトが長生きなのは、ネコがヒトよりも約3倍も時間感覚が速く、それだけ負債を返しているせいともいえるわけで、シュレディンガーのネコでいうなら、更に、青酸ガスの運動や放射線粒子の運動からみれば、ネコの運動、つまり寿命は充分に長くみえるわけで、それは、ネコの肉体を構成している粒子や素粒子が、ネコの肉体のために、不自由な負債を抱えているだけの違いなのである。自由な素粒子ほど消滅しては生成し放題で、タイムマシンのように過去から未来や、未来から過去へと、無限に旅する量子もつれ、なんである。

例えば、小さい動物は寿命が一般的に短いのが、ある程度、生物学からわかっている。以下のように、ゾウは、損傷した細胞の周期を止めて細胞死を促す、ガン抑制遺伝子として有名なp53遺伝子を20個ももっているという。

「ゾウはガンにならない」!「大きい生物は長生き」で「小さい生物は早く死ぬ」理由(小林 武彦) | 現代新書 | 講談社( 1/3

p53 遺伝子 - Wikipedia


つまり、大きな生物はそれだけ大きな肉体をささえるだけの愛が必要なので、食物として受け取った愛を返すために長生きしないといけないのである。愛を受け取れば、返さないといけない。それは、人智学的にいえば、愛のやり取りとして、自我のなかに記録されているのである。愛のやり取りを行うところが、アストラル体の心で、愛を実際に物質などに交換するのがエーテル体である。そして、返し切れない愛の負債の憎しみを背負うと、返し切れなくなって細胞増殖が増長し、肉体が腫瘍化し、がんなどに罹って、肉体を捨てる死となるわけである。

だから、宗教的に、人智学的にいえば、一生を形作る時間感覚は、潜在意識の今生での愛の返済計画といえるかもしれない。つまり、前世からの愛の負債のローンを組んで、今生の経験から、愛の与え方を少しづつ学んで、叡智を獲得するための、愛の教育プログラムが、人間の時間の正体といえるかもしれない。人間の場合は、それが個人の自我で行われているので、個人の時間をもち、時間感覚も十人十色といえるだろう。だから、同じ物質界の時間を生きていても、老けて見える人や若くみえる人がいるのである。



このように、現代人は、覚醒意識による光の物質的な観測から時間の概念を創出しているが、あらゆる宗教が説いているように、それは光の一面にすぎない。光速度で、光を観測しない限りは、時間の正体である光の上辺を特異点の近傍として捉えるだけしかできない。幸運の女神には後ろ髪がないのである。神秘学では、光は叡智であり、神の言葉ともいわれている。光の捉え方で、人間の時間感覚が決まるといえるかもしれない。それはつまり、その人の知性レベルの限界を意味する。光速度で愛を万遍なく宇宙の隅々までに与えるのが、神の御業といえるかもしれない。一灯照隅、万灯照遇。

一燈照隅 萬燈遍照|致知出版社


この番組で、素晴らしいかったのは、エントロピー池崎氏が、最後に、自分はお笑いで愛を返済する人生、つまり個人的な時間を背負っているのを自覚していたことだった。

ちなみに、古典物理学で有名なニュートン力学は、弟子たちが曲解して、絶対時間を力学的にガリレイ変換で、定義したために、絶対時間が先走りしているが、ニュートンのプリンキピアでの、古代ギリシアへのユークリッド幾何学への傾倒や、スウェーデンボルグの霊視から、ニュートンが、絶対時間を、宇宙を流れる愛の源とし、そこから一時期、愛を借りているので、運動の時間を、デュレーション(英: duration)と、愛の返済期限と呼んでいるのがわかる。つまり、ニュートンは、物体だけの運動に拘っていないわけで、神学者だった。ホンモノの神学者なら、霊能力に言及できないと嘘つきで、死後火あぶりの刑なのである。

絶対時間と絶対空間 - Wikipedia

宗教の無い時間論は、悪魔の戯言にすぎない。だから個人の時間が必要で、自分の愛の宗教を打ち立てるべきである。真のニュートン力学とは、時間が愛の通貨であるのを示したカルマ論なのである。我々は、宇宙から潜在意識により愛を与えられているのである。そして、その活用法を覚醒意識で観測実証し、確認しているのである。





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Last updated  2025年01月07日 06時29分36秒
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