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致知7月号感想文
「国語力が子供たちの人生の土台をつくる」を読んで
7月号の特集は「学を為す、故に書を読む」で、その中で「国語力が子供たちの人生の土台をつくる」に関心を持ちました。
水泳から始め、漢字どころか私でも困難な古文や漢文を送り仮名なしですらすらと園児が読むそうです。三歳から漢文の『論語』に取り組んでいるとの事で驚きです。私は苦手だった音楽についても、敏感なうちに音感を自然に身に着けさせるそうです。
さらに道徳教育について等も力を入れ「立腰」と「瞑想」を躾の基本としているそうです。
しかしながら「幼児に古典や漢文を読ませても意味がない」といった批判に現在までずっと晒されているそうですが、例えばそれよりも意味がないように見える胎教を信じる人達も多くいます。
幼児に古典や漢文を読ませても意味がないという人が、(それらより世界に通用する人になるために役立つかもしれない)「英語」を子らの教育に取り入れようというなら、矛盾です。
古典も漢文も英語も意味がないか、それら全て大なり小なり意味があるかなのでしょう。
「幼児に古典や漢文を読ませても意味がない」というたぐいの批判は、
水泳も読書も音楽もほぼ9割の子が出来るようになるというのが事実であれば、
その現実の前に、そう言う批判は無意味となります。
私が思うに実際には、古典読みたい、漢文読みたい、英語教室行きたいと自分から言う幼児はいなくて、きっかけは大人が与えています。何事も幼児がしたいからではなく、親の好みが幼児の習い事(教育)に反映されるのでしょう。でも色々複数習わせて、その中から幼児の好きなのを選ばせるという、複数の選択肢を与えるという意味では良いと思います。
あと、国語力がなければどの教科の問題の意図も理解できないし、そもそも相手が言っていることも理解できず、書いてある事も読み取れないと書いてあり、そうであるならまさに国語力が子供たちの人生の土台を作っているのだなとは感じました。最後の方で「何より教育者自身が学び続けなくてはいけない」と書いてあり、子供だけでなく私たち大人も何事も学び続ける必要があるとわかりました。
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