朝6時 曇り、12℃、出がけ時12℃。戻り時13℃
”午後には晴れる”の天気予報、きのうと違って、8時には気温が上がりだしました。
早めの6時25分発~8時5分で歩いてきました。きょうも映画。
早朝ウォーキングの元日からの距離が、八王子駅から北へ八高線、上越線、信越本線、そして新潟県・直江津駅から西へ北陸本線、小浜線、舞鶴線、山陰本線、そして山口県・幡生(はたぶ)駅からは東へ、山陽本線、宇部線、山陽本線、呉線、山陽本線、神戸線、大阪環状線、阪和線、紀勢本線、関西本線・関西線、そして東海道本線の![]()
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静岡県・静岡市・由比(ゆい)駅を通過して蒲原(かんばら)駅で付近です。
写真はウィキペディアから借用です。
ネコとカラス![]()
6時57分、堰の上で朝寝のネコの所にカラスが近づいて来てちょっかいです。子育ての季節ではありませんから、カラスは遊びに来たのだと思います。けれどネコは迷惑がっていました。
ハムちゃんと2人でMOVIX橋本に出かけて「 グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札
」を観てきました。![]()
作品紹介に 「気品に満ちた風貌はもちろん、『喝采』でアカデミー賞主演女優賞に輝くなど、ハリウッドのトップスターだった名女優グレース・ケリー。モナコ公妃となり、表舞台から姿を消した彼女が、国の運命を左右する重大な任務に携わっていたという知られざるエピソードを映画化した、二コール・キッドマン主演による伝記ドラマ。」
とあります。
またストーリーは 「1956年、オスカー女優のグレース・ケリーは、モナコ大公レーニエ3世と結婚。1961年12月、2人の子供に恵まれるも王室の中で孤立していたグレースの前に、脚本を手にしたヒッチコックが現れる。『マーニー』という新作映画の出演依頼に訪れたのだ。そんな中、モナコ公国に危機が降りかかる。アルジェリアの独立戦争で戦費が必要になったフランスが、無税の国モナコに移転したフランス企業から税金を徴収して支払うよう要求、『従わなければモナコをフランス領とする』と声明を出したのだ。もし戦争になれば、軍隊もない小国モナコは、一瞬で占領されてしまう。政治で頭がいっぱいのレーニエに無視され、ますます居場所を見失ったグレースはハリウッド復帰を望むが、国家の危機的状況に発表は控えられる。だが宮殿から情報が漏れ大々的に報道、グレースの相談役で後見人のタッカー神父は、フランスのスパイがいると警戒する。1962年7月。国民の公妃への不満が高まる中、励ましてくれるのは義姉のアントワネットと、オナシスの愛人マリア・カラスだけだった。やがてレーニエはフランス企業への課税を了承。しかしド・ゴールは、モナコ企業にも課税してフランスに収めろと脅し同然の要求を突き付ける。レーニエは行き場の無い怒りをグレースにぶつけ、映画界からの引退を迫る。結婚式の記録映像を見ながら離婚を考え、涙にくれるグレースの傍らで優しく見守る神父は『人生最高の役を演じるためにモナコに来たはずだ』と諭す。数日後、神父はグレースを外交儀礼の専門家であるデリエール伯爵の元へ連れて行く。モナコの歴史、王室の仕組み、完璧なフランス語、公妃の作法、正しいスピーチ・・・グレースの夏は厳しい特訓で過ぎていった。9月22日、レーニエはヨーロッパ諸国の代表に軍事支援を募るサミットを開くが、ド・ゴール暗殺未遂の報せが入り失敗。さらに王室内の裏切り者が判明し、レーニエとグレースは深い衝撃を受け、2人は絶望の中で長らく眠っていた互いの愛を確認し合う。翌朝、グレースはヒッチコックに電話をかけて出演を断り、国際赤十字の舞踏会開催を発表、世界中の要人に招待状を発送する。1962年10月9日、侵攻を目前にモナコで開かれたパーティは大変な盛況を博し、そこにはド・ゴールの姿もあった。マリア・カラスの魂を震わす歌の後、主催者のグレースが舞台に上がり、この日のために練り上げた一世一代のスピーチが始まった・・・・」
グレース・ケリーはきれいだったのでしょうか、二コール・キッドマン、きれいだ~。
7時16分の(6キロ先の)高尾山頂(横山橋近くから)
7時47分、(60キロ先の)富士山頂(鶴巻橋を渡って北詰から)見えません
*朝の散歩*
本日の歩数: 12、400(端数切捨て)(シッカリ 12362)
月累計歩数: 299、200(1日から 209km)
年累計歩数:3,794、000(元日から 2656km)
対向者(散歩又は健康走):87(横川橋-南浅川橋間往復6キロ間)
今月の劇場映画鑑賞本数: 9
今年の劇場映画鑑賞本数:88
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