I look up when I walk

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ドラゴンズ編


(2005年4月8日の日記より)

皆さんはドラゴンズのユニホームと言うとどれが印象深いですが?
谷沢、田尾、大島が着ていたブルーのラインに赤いロゴのタイプのユニホーム?
星野監督が導入したドジャーズ型のユニホーム?
あるいは「巨人の星」で星一徹やオズマが着ていたスカイブルーのユニホーム?

自分が物心ついた頃にはブルーのラインに赤いロゴのタイプが使用されており、続いて
使われたのがドジャーズ型。前者は13年(多少のマイナーチェンジは除く)、後者は19年(ビジター用は山田監督時代に変わりましたが)使われたそうです。
このため、自分は「あまりユニホームを変えないチームだな。」「チームカラーはブルー」と思っていました。
しかし、これがとんでもない誤りでした。

筆者の綱島氏曰く「最もユニホームの変更が多かった球団」。
そう言われてもあまりピンとこなかったのですが、見てビックリ。
なんと、1974年からあのブルーのラインに赤いロゴのタイプが使われる以前は、1~3年の間隔でユニホームをコロコロ変えていたのです。
しかも、ブルーや紺だけではなく、赤やエビ茶のユニホームまで使っていたではありませんか。
ドラゴンズが赤いユニホームを使ってたなんて信じられます?
特に印象深いのは1968年に使用された日本初のノースリーブのユニホームです。
ちなみにこのユニホームも赤いユニホームの一つでアンダーシャツがスカーレットで、帽子は紺で庇がスカーレット、そしてマークには金色の龍と言うかなり派手なものです。
ノースリーブと言えば、1998年にもサンデーユニホームで採用してますが、こちらの方は覚えているのではないでしょうか。

ちなみにユニホームがコロコロ変わったのは、親会社の都合そうです。
ドラゴンズの親会社である中日新聞は新愛知新聞と名古屋新聞が合併してできた新聞社で、合併前は新愛知新聞が名古屋軍(現在のドラゴンズ)、名古屋新聞が名古屋金鯱軍(後に消滅)を運営しておりライバル関係にあったそうです。
合併後、旧新愛知新聞系の人と旧名古屋新聞系の人が交代でドラゴンズのフロントを務めたため、その度にユニホームを変えてたそうです。

しかし、昔は名古屋にプロ野球チームが2つ存在したんですね。
もし金鯱軍が消滅せずに残っていたら現在のチーム名はやっぱり「名古屋グランパス」でしょうか?いや、「名古屋ゴールデングランパス」かな?

ユニホームを調べただけでこれだけのことがわかるとは。
う~ん、奥が深い。

興味があるかた「プロ野球ユニホーム物語」を購入されてはいかがでしょうか。

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