Happy Rich - 我、今、ここに、生きる -

Happy Rich - 我、今、ここに、生きる -

PR

×

Profile

リンロン88

リンロン88

2010.07.13
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

 先日から何回かにわたって、高橋信次氏のこと、あるいは氏の著書についてここに書いてきた。

今回、氏の著書を2冊ほど読んだので若干の感想を書き残しておきたい。

その一つは、氏が、自身が工学、科学、医学を学び、自分の超常体験と重ね合わせて、「神理」なるものを述べているのが、氏の著書の内容である。

氏の希望としては、世の中の全ての人がこの「神理」を理解し、それを実際の生活に活用してこそ、世の中に平和と調和が訪れる、というものだろう、と思う。

ただ、その著書の中で、しばしば「科学」的にも実証されている、とか、「科学」的に考えるとこうである、と言う語りが登場する。

確かに氏のバックグラウンドを見ると、そのような切り口で説明すれば、世のいわゆる「科学信仰」一辺倒の人にも理解してもらえる、という希望があったと思われる。

しかし、はっきり言って、氏は「科学者」ではない。「科学」の「科学」たる必要十分条件を理解しているとは、その著書を読む限り思えない。

「科学的」と私たちが言うとき、それに対する要求事項というのは、まず「疑問」「質問」から発して、実験と論理を駆使してある「仮定」を導き出してその疑問に答え、それをいろいろな条件を変えて、再現できる限りにおいて、その答えや考え方は「科学的」と言えるものになるのだと思う。



科学は日進月歩である。昨日の「科学的常識」は今日の常識とはなりえない。したがって、一度、そんな言い方、あるいは考え方を表明すると、その理由づけになっていいる「科学的事実」が覆されたときには、その人の論理そのものが全て崩れ去る。

氏の著書を読んでいると、真空管の話、トランジスターの話などから始まって、脳の機能・構造、宇宙の成り立ち、これらの話が、やはり数十年も前の「常識」にとらわれている観がある。

これでは、せっかくの内容も、今の時代の知識を持つ読者にはなんの説得力も持ち得ない。

宗教家や、哲学者が、最先端の科学知識、あるいは科学的常識をわきまえることは至難の業かもしれない。しかし、今、この科学信仰のきわまっている時代にあって、「真理」あるいは「神理」を、科学的な裏づけの元に説明するとしたら、その辺への配慮は欠かすことができないものだろう。

せっかく、内容的にはなかなかいいものを書いているのに、そんなことで、その内容が全否定されるのであれば、もったいない、という以上に、それを継承して、あるいは、科学は仮定だ、との認識を持ちながら、こういった「思想」を表現することが望まれる。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010.07.13 12:26:20
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

仮想仕事の定理の覚… ミカオ建築館さん

Diary hy312619さん
ノンたろくんの明日… ノンたろくんさん
☆幸せ風船のちょっと… バルーンsuzukiさん
ちょっと本を作って… 秦野の隠居さん

Comments

ミネルヴァ@ Re:アメリカに長く居すぎた、と思うとき(01/15) 明後日アメリカに向かいます。 参考になり…
リンロン88 @ Re[1]:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) プチプチ大家さん >リンロンさん、もう楽…
プチプチ大家@ Re:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) リンロンさん、もう楽天ブログは止められ…
リンロン88 @ Re[3]:存在そのものの「罪」(03/19) なみがしらMさん > 私が,言っているの…
なみがしらM @ Re[2]:存在そのものの「罪」(03/19) リンロン88さん >なみがしらMさん >…

Archives

・2026.08
・2026.07
・2026.06
・2026.05
・2026.04

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: