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会社の仕事は、12月28日まで。今年は、親父の病院のこともあり忙しい一年でした。年末は、家の片づけ、親父の病院、おふくろの事、やることが山の様にあります。女房は、今年も3軒分の「おせち料理」を作る予定で午前中はお買い物にお付き合いです。午後からは、家の窓拭きや片づけで大忙しです。女房作の、正月飾りです。 去年はバタバタしていて、作らなかったのですがやはり一年の区切りとして飾りました。こんな時だからこそ気分を切り替えてみようと思います。 ・しいま・
2011.12.30
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親父の泌尿器の方があまりよろしくなく病院から、「自己導尿」を告知された。親父も高齢なのでなかなか自分では出来なくて看護士にお願いしていた。一日に3回から4回はしなくてはならず夜中にナースコールすることもしばしばであった。このままでは、ずっと病院生活を続けないといけないような状況である。病院側も長く入院していると「今後、どのようにされますか?」と言う話しが出てくる。親父の状況おふくろの状況私の家のこと。胃の痛くなる思いである。 ・しいま・
2011.12.26
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親父も病院では暇らしく寝てばかり----。 退院してもおふくろに世話が出来るのだろうか。 車椅子生活ならば 家の改造も考えなくてはならない。 二人だけでの生活がどこまで出来るのか。私の頭の中は不安だらけで顔からは笑顔が消えいつも苦虫を噛み潰したような顔をしていた。当然ながら女房も疲れが溜まり家庭での会話も少なくなっていった。女房には申し訳ない気持ちでいっぱいである。本当によく世話をしてくれている。感謝しても仕切れない。以前テレビで見た『ドラマ』そのものである。「大変だなぁ」と思って見ていたがいろんな事が絡んでくるので本当に大変である。他人事ではないこの現状を受け入れなくてはならない。前向きにポジティブに考え乗り切ろう。なるようにしかならないのだから----。 ・しいま・
2011.12.22
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転院した今度の病院は我が家からかなり離れておりおふくろもタクシーを使っての病院訪問となった。母のカレンダーに「親父の病院」項目が増え毎日「何か」をする予定になった。何もせずに一日過ごすよりは認知症対策には良いと思い出来るだけ親父のそばに居させるようにした。ただ行く度にお菓子や果物を持参し一人で食べて帰っていた。親父は普段からあまり間食はせず病室にはお菓子類があふれ出した。今まであさ10時と午後の3時には必ず「お茶」をしていた二人なので病院に茶菓子を持参しおふくろはのんびりと「お茶」をしていた。自宅で一人の「お茶」は楽しくなく一人なので、話し相手もなく病院での「お茶」は快適なのであろうと思う。憎めないおふくろです。 ・しいま・
2011.12.19
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病院のこと今度の病院にもリハビリ科はあり車椅子から歩けるようになる様リハビリもお願いしました。親父もがんばって励んでいますがなかなか足が動くようにはならなかった。炎症の方は、投薬と尿カテーテルのおかげで微熱もなくなり少しずつ良くなって行った。以前の病院と違い、病室が狭く荷物も多く身動きが取れない。看護師の不足もありなかなか身の回りの世話がしてもらえず家族に依頼されることが多くなった。口腔ケアやひげそり、つめ切りなどさらには、食事時間にいると「お願いします」と依頼された。この病院にかわってから週末の「休日介護」が本格的にはじまった。 ・しいま・
2011.12.16
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親父の転院親父の手術の経過もよく安心していたが1ヶ月が経過した頃から微熱が出て下がらない。病院も色々検査するがよくわからない。数日検査が続いた。どうやら膀胱と腎臓が炎症を起こしているらしく寝たきりで、おしっこが逆流したためらしい。この病院には秘尿科はなく転院することになった。私は仕事中で女房が親父に付き添っている時のこと。突然に状況を告げられ「これから転院です。次の病院には連絡済です。・・・」これには女房も大パニック。骨折が直れば、自宅に帰りまたおふくろと一緒に生活できる---。なんて考えていたのですがそんな話はどこかへぶっ飛んでしまいました。私は仕事もそこそこに慌てて入院中の病院に急行。途中女房から電話が入り「もう転院先に着きました」と。親父は到着すると、レントゲンを取り家族には、状況の説明があり「2ヶ月くらいは、投薬で様子を見ましょう」といわれた。もうすぐ退院。。。と思っていたので、余計にショックが大きかった。私より、女房の落胆は大きかったようだ。 ・しいま・
2011.12.13
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彼女は手みやげ持参で現れた。経緯を聞きたいとお金を借りた日と、その時の状況など細かく説明してもらった。その日は、私の休日で午前中はおふくろと一緒にいた。午後用事を済ませ、夕方にはおふくろの家に帰っていた。その数時間のことらしい。録音内容の「お久しぶり。誰だかわかりますか」と言った日にちと、数日前の訪問とがつじつまが合わない。この件を尋ね「そんなはずはない。」と事情を説明すると「返していただかなくてもいい。」とのこと。何を言いに来たのかわからずさらに聞こうとすると姉や、姉の同級生の話をし始め本題の「お金の話」に触れない。「おふくろを連れて来ましょうか」というと「いやいや、結構です。」との返事。会う場所を私の自宅にしたかった理由がわかりました。念のため、今回も録音して置いた。しつこく請求するようであれば以前の録音のことも含め話をしようと思っていたが「返していただかなくてもいい。」と言い早く帰りたい、落ち着かない様子。まったくの他人ではなく、姉の同級生だったのでそれ以上は表ざたにしなかった。世知辛い世の中である。なんとも後味の悪い出来事であった。その日の夜、姉と仲のよかった別の同級生に尋ねてきた彼女の近況を聞く為電話を入れたが同級生は「一人暮らしの母親の所にときどき顔を出して気を使ってもらい、先日も喫茶店で久しぶりに会った」といわれた。ちょっと気にはなったが、今回の我が家の件は話せなかった。 ・しいま・
2011.12.07
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前回の「録音」の話の続きでおかげで、詐欺に会わずに済んだ話がある。私の姉の知人と名乗る女性が「お久しぶりですが、お元気ですか?○○ですがわかりますか?」とたずねてきた。他の同級生の名前を出しながら色々話をするのでおふくろも信用して「はあはあ、そうですか。○○さん? 久しぶりですね」と話をあわせて、世間話をしていました。夜に仕事から帰り「今日誰か来ましたか」とたずねるとしばらくしてから「○○さんが久しぶりに来た。」との事。今回は、なぜか覚えていた。。実は私も知っている人だったのでたずねてくれたお礼を兼ねて電話を掛けた。知り合いなので、こちらの事情も話し先方の現状も聞いた。ところが、翌日に女房に電話があり「お話があるので、至急会いたい」との事。なぜ女房に会いたいのか 面識もないのに---。しかも私の自宅の電話はしらせていない。どうも、電話帳で調べたらしい。不思議におもいつつ、連絡を取ると「今日にでも会いたい」との事。話の内容は、おふくろが3万円を貸してくれ。と言ったらしく「親父の病院に支払う」お金らしい。借りた日にちは、僕が電話して色々話をした4~5日前のことらしい。『留守録』の内容では、その日が久しぶりでちょっと寄って見た らしいのにその日より以前に、たずねて来てお金を貸したことになる。そのあたりも含め、話を聞く為に会うことにした。 ・しいま・
2011.12.05
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訪問販売。おふくろは人がいいので訪問販売に来た人からいろんな物を購入しています。夏にはすいか。冬にはみかん。海産物から漬物・味噌類まで。高い羽毛布団はもちろんのこと羊毛毛皮のコタツ敷き。このコタツ敷きは高かった。なんと26万円の領収書と保証書が出てきた。そんな中、京都?から「漬物」と「味噌」は二ヶ月に一度のペースで購入しこれがまた高くてまずい(とても塩辛くて食べれない)。「もう購入しないよう」にお願いをして置いたが断ることの出来ないおふくろの性格なのでこまったものだ。仕方なく財布の中身を小銭(5~6千円)のみにして置いた。案の定「新商品が出ました」と販売にきた。おふくろも初めは私が言ったとおり一生懸命断っていたが相手の方が一枚上手で押し切られてしまい「お金を持って来るわ」と奥へ入った。ところが、財布にはお金がなく「お金がないので買えない」と断ると「一緒に銀行に行きましょう」と言ってきた。おふくろはその言葉にはなびかず「ごめんね。お金がないから」と応戦。漬物屋さんは、退散した。年寄り相手にあくどい商売をしている訪問販売が居るのは事実である。すべての人ではなく、ごく一部だと思いたい。仕事から帰り「今日、漬物屋さんが来たらしいね」と聞くと「あんた、どうして知っとるん?」と返され返事に困ったが実は留守番録音である。おふくろの記憶がはっきりしないので来客があってもよく解らず伝言があっても伝わらず------なのである。仕方なく、録音している。 ・しいま・
2011.12.02
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