「琉夏」
「ん?なに、おねえちゃん」
「いい写真展になったね。あんたの写真も、蓮の写真もすごくいい」
「うん。蓮も喜ぶよ。だってあいつのお気に入りの写真ばかりだもの」
「あほルカ」
後ろで声がして振り向くと、母と莉久が立っていた。中学二年になった莉久の背丈は
母親とほぼ同じ背丈になった。
「来てくれたんだ」
そう言って肩に手を置こうとすると莉久はそれを払って、面倒くさそうな顔をして写真の
展示してあるギャラリーの中へと進んでいった。莉久は、私が母のうちを出た歳になった。
表に出さない彼の心の中は、いったいどんな風になっているのだろうかと思ったが、
たぶんそれは莉久自身のもので、これからあらゆる思い出を心の底に積み重ねて彼の
未来を生きていく。それが人生を作り上げるソースになることだけは間違いない。誰が
なんと言おうと、私の心の中には私自身を創るありとあらゆるソースが蓄積していった
ように、彼の中にも少しずつそれが始まっているのだろう。
「琉夏、たくさんがんばったね」
眩しそうに私を見る母の目に、涙が浮かんでいるようにも見える。
入り口に設置されたカウンターでは、母と果歩が並んで座り、雑談に花を咲かせている。
そのとなりでは、莉久がゲームに興じている。目じりにしわが目立つようになった母と
果歩は、いつからこんなに仲がよくなったんだっけ・・・。そんなことを考えながら、私は
立ち上がって小さな窓に近寄った。通りには白いパラソルが広げられたオープンカフェで、
のんびりと休日を過ごす人が見える。時折通り抜ける海からの風が、高く空にそびえる
銀杏の葉を揺らし、木漏れ日がチラチラと紋様を変える。静かな空間の中で、心の奥に
静かに沈殿していた昔の記憶がゆっくりと上へ上へと浮上してくる感覚があった。
窓の外に見えるキングと呼ばれる横浜県庁本庁舎は私の好きな建造物だった。
クイーンと呼ばれる横浜開港記念館も、雨の似合う元町商店街も、誰もいないイギリス館の
部屋からの眺めも、全ての記憶はっきりと目の前に浮かび、それらはどれも私の身体に
なじみ、何年もの間私と一緒に時を刻んでいたように思えた。それはもはや思い出ではない。
たぶん、私の中で新たに生まれた感情だった。この街の風景もこの街の空気も、そして
ここにいる家族も、一緒に時を刻み続けた私の一部だった。
湧き上がってくる熱い何かに、私は身体を震わせた。
つづく
魚がおよぐ日 ~final step July 18, 2008 コメント(3)
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