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AIFREAD血盟(サリアス日記)
破望の章-1-
人間達の住む地表を目指し、延々と続くこの長いトンネルを、魔族を先頭に突き進んでいるのだった。
その進軍の最後尾に、1人の女性が溜息をついていた。
真鍮を磨いた様な明るい金髪の女性だ。
しかし普通の女性と違うのは、彼女の背中に龍を思わせる巨大な翼があるのだった。
やがて、彼女の周りに誰もいなくなる。
すると、彼女は覚悟を決めるように光の扉に身をゆだねるように飛び込んでいくのだった。
「酷い有様だ」
空間を抜けた先は白銀の雪に囲まれた城だった。
彼女は、城のバルコニーに降り立つと、その光景に思わずそう呟いた。
元は美しかっただろう、その城下町は、魔物が放つ火炎と、人々自身の流す血で真っ赤に染まっていた。
眼下で殺戮を行っている魔物や魔族をあきれたまなざしで見ていると、一条の光と共に城門を攻めていた魔物の群が次々となぎ倒されていくのが見えた。
その光と共に、数人の人間が突破を果たし、その場から逃げ去っていった。
彼女はその豪快さに少し興を覚え、近づいてみようとした瞬間、背後の魔族を蹴散らし突進してくる者があった。
やがて、彼女の周りを一掃すると同時に、彼は蒼い剣の切っ先を彼女に突きつけ言い放つ。
「貴様ら、このアイフリード城を、我が城と知っての狼藉か?!汝らにいかなる理由があろうと、決して許されないぞ!!」
「アイフリード?この国はアイフリードというのか。・・・しかし、残念だな。この城は我ら魔族によって地上支配への拠点となるのだ。諦めよ」
「・・・魔族?」
「ああ、そうだ」
瞬間、男の剣が空を切り裂き、女の槍をはじき飛ばす。
あわてて女が槍を構えるが、閃光のような剣さばきの前に圧倒された。
だが、何とか体制を整え、相手の剣を辛くもかわし、彼女は反撃に出る。
しかし、今一歩およばず、槍はスパリと二つに切り裂かれてしまった。
女は観念したのか、残った槍を握りしめ、屈辱に俯いた。
それを見た男は剣を引くと女に問うた。
「お前は何が目的なんだ?他の奴らとは目的が違うようだが」
「!!」
女はその言葉に初めて人間の目を見た。
獅子の如きたてがみのような髪を奮い、50半ばを過ぎているだろう出で立ちにも関わらず、威厳と覇気をひしひしと感じる。
我が城というのであれば、なるほど、王という器にふさわしい人間であることに違いない。
それにこの洞察力。
女は一瞬言葉を失い、絶句した。
「わ、私は、こんな事を望んだわけではない。ただ、魔王をもうち負かす人間の持つ力・・・、愛が知りたかっただけなの」
「魔族の?御主が?愛?・・・」
「・・・」
「ふはは・・・愛とな?」
「・・・」
女は赤面し、王は笑った。
「よもや戦場で御主の様な輩に出会えるとは。フフ、何とも不思議な運命よの」
「・・・愛とはなんだ?どうして人間にそのような力がある。魔族にない唯一のちから・・・私はそれが知りたい」
「・・・娘よ。ここは戦場だぞ?私はここの王だ。私を討ち取れば魔族の勝利だ。だが、お前はここで何をしている?」
「私は・・・」
「まぁ、よい。愛を知りたければ・・・」
王が口を開き賭けたとき、バルコニーが音を立てて崩れていった。
「あぶない!」
呆然とその場に立ちつくす女を、王は寸前で突き飛ばし、自ら瓦礫に埋まってしまう。
一瞬、何が起こったのか分からず、女はその場に倒れたままふらふらと視線を彷徨わせていた。
すると、一点の瓦礫に目が留まり、そこにうずくまっている人影を発見した。
「・・・なに?何をやっているの?!どうして私をかばったの?」
「・・・怪我はなかったか?」
「そんなことどうでも良いでしょ?!私は敵なのよ。この国を襲って侵略し、貴方を殺そうとしたのよ!なのに、なのに・・・」
「・・・女よ。娘よ・・・愛が知りたくば、まず人を知るがよい。愛を手に入れたくば恋を知るがよい。さればそなたはこの私がお前をかばった意味も少しは分かるだろう・・・」
「わからないっ、分からない!!貴方は強い。私よりも。なのに、どうして?どうして?」
女は懸命に男に覆い被さる瓦礫を退かし始めた。
「・・・無理だ。・・・私はもう、助からない・・・」
「そんなことない!貴方ならきっと私に教えてくれる。私は貴方を・・・」
「もう、無理だ・・・」
「いやだ!」
しかし、苦痛の表情からやがて安らかな顔に変わっていくのを見て、女は絶望した。
「おお・・・ア・・アス・・・私を迎えに来てくれたのか・・・いま、そちらにいくぞ・・・」
そう言い残すと、王は安らかに息を引き取るのだった。
「・・・ッ」
声もなしに、涙を流す魔族の女は、その城が陥落してなお、その場を動こうとはしなかった。
「プネレーネ」
出し抜けに名を呼ばれ、魔族の女はびくりと体を震わせる。
あのあとどうなったのか覚えていない。
今いる場所も先ほど王が息を引き取った場所ではなく、城門の前で呆然と空を見上げていたのだ。
「どうした?プネレーネ」
もう一度問われ、今度は相手を確認する。
「ザティラスか」
プネレーネと呼ばれた彼女は、声を掛けた同胞の名を呼んだ。
「何かあったのか?」
ザティラスと呼ばれた魔族の男は、静かにたたずむプネレーネを見て、そしてから城の外を見渡した。
「いや・・・」
「ここから俺達の道が始まるんだ。魔王様の代わりに地上を制覇し、オレが地上の王に君臨する」
「・・・ザティラス」
「・・・お前はどうするんだ?プネレーネ」
「私は、もう少し人間を観察したい」
「なに?」
「・・・今の魔王様には、何とか言っておいてくれ」
「お前・・・。分かった。お前のことだ、また何か突拍子もないことを思いついたのだろう。・・・しょうがない、ここはオレに任せておけ」
「すまない。ザティラス・・・恩にきる」
「ふん。だが、忘れるな。魔族の裏切りは死だと言うことを」
「ああ、分かっている」
そう言うとプネレーネは背中の翼を大きく広げ空に飛び立つ。
それを眺めながら、やがてプネレーネの姿が曇天の雲の中に消えて無くなると、うっすら笑みを浮かべ囁いた。
「・・・惜しいな」
雲はますます濃くなり、白い結晶を生み出し赤く染まった城や町を覆いはじめる。
雪が降ってきたのだ。
ザティラスは感傷に浸ろうとはせず、ただプネレーネが去った虚空を眺め続けるだけだった。
「・・・誰か!」
「ハッ」
ザティラスが部下を呼びつけ、虚空を睨み続けながら言う。
「魔王様に、プネレーネは裏切ったと、お伝えして置け」
「ハッ」
ニヤリ、と貪欲に唇を曲げながら部下の魔族は闇に消えてその場から去っていった。
「・・・惜しいな。だが、お前が悪いのだ・・・」
そう言い残すと、ザティラス自身も闇の中に溶けて消えた。
漆黒の闇夜。
雪原にオイルを吸って燃えるランタンがチロチロと揺れる。
一歩一歩、深い雪に足を取られつつ、それでも旅人は急いでいた。
魔族の手から逃れる為に。
燃ゆるアイフリードの城を背に、ひたすらそこを離れることが、今の旅人に出来る精一杯のことだった。
旅人は青年で戦士だった。
青年は後ろを振り向くと、ランタンの影に二人の姿を確認する。
それをみて安心したかのように、山肌の洞窟を指さし示す。
「ここまで来れば、大丈夫だろう」
「じゃあ、今日はここで休むのね」
ランタンの明かりから麗しい女性と女の子が顔を出す。
その表情はいかにも安心したようで、安堵に満ちていた。
「じゃあ、夕食の準備をしましょう?お頭は木の枝拾ってきてね」
10歳くらいだろう。
小さな青い髪の女の子が、青年からリュックを抱き取ろうとする。
しかし、青年は「お頭じゃない!」と、少女の頭を小突くと荷物を預け、雪の林に姿を消していった。
辺りは森の中だというのに真っ白で殺風景だった。
青年は、一晩過ごせるだけの十分な薪を集め終えたあと、一息つくために何処か休める場所を探した。
森の中を進んでいくと、突然開けた場所に出た。
そこは何処かしら神聖な雰囲気を漂わせていて、神秘的な場所だった。
その中央に青い何かが倒れていた。
辺りが真っ白な分、そのただ一つの青は寂しげな感じがした。
青年が近づいてみてみると、それは青い髪の少年だった。
少年の傍らには、大層立派な巨剣が突き刺さっていた。
その剣は、少年を心配そうに見つめているように青年には思えた。
青年は静かにその少年を抱き起こす。
脈を測れば問題なく心臓の音を叩いているし、息もしている。
「・・・生きている」
安堵して、ほっとすると、自然に傍らの巨剣に目がいく。
青年は巨剣を手に取ろうとするが、しかしあまりに強烈な畏怖を覚えて、ただ見つめる事しかできなかった。
何かを感じ、何かを思い、青年は剣から視線を外す事が出来ずにいた。
青い空、青い海、青い宝石、青い星。
どれとも付かないあまりに超常的なその青い剣は、青年の心を持て遊ぶようだった。
「ん、ん・・・」
いつまでそうしていただろう。
腕に抱いていた少年が目を覚まし、青年はようやくそれで現実に引き戻され、その剣から視線を外すことが出来た。
「おい、大丈夫か?」
目覚めた少年の顔を覗き、青年は少年を気遣う。
「こ、ここは?」
少年は気がつくと辺りを伺い、それだけ話した。
「オレが、気がついたときには、お前は既にここで倒れていたんだ。アイフリードの町から逃げてきたんだろう?」
「うう・・・」
少年はつらそうに頭を振る。
心配して、青年は水筒を差し出した。
「・・・思い出せません」
一息ついて、少年はつらそうにそう言った。
「おもいだせない?」
「・・・はい」
「名前もか?」
少年は傍らの剣を眺めると、「・・・サリアス」
と、そう答えた。
「サリアス?お前の名前か?」
「たぶん」
「・・・しょうがないな。お前、記憶喪失か。よほどつらい目にあったのか。まぁ、自分の故郷をああ、されちゃそれもあり得るかもな」
「・・・」
青年は少年を立たせると、親指で自分を指さした。
「オレはアルスだ。まぁ、しがない旅人さ」
「アルスさん。ぼく・・・」
「そうだな、とりあえずここにいては魔族の餌食だな。オレは港町ラティンに向かっているが、どうだ?一緒にいくか?」
サリアスは押し黙ったままじっと何かを考えているようだった。
アルスはそんな少年の返答をじっと待った。
「アルスさんは何処へ向かうのです?」
「え?だからラティンに・・・」
サリアスはクビを横に振って、違いますと答えた。
「アルスさんのその先の目的のことです。まさかラティンで船に乗って終わると言うことはないでしょう。魔族がこの国を蹂躙しているのですから」
「あ、ああ・・・」
戦士の出で立ちなのに、戦わず逃げ出してきたんだという視線の前に、アルスは返答に困っていた。
「オレは・・・」
とにかく簡単に目的を説明しようとしたアルスを、サリアスの警戒の声が彼を制す。
「アルスさん!うしろ!」
「なに!?」
驚愕に背後を振り向くと、いつの間に集まったのだろうか、瞳を殺意で真っ赤に染めた、真っ白いトカゲがアルスをにらみつける。
その身体を雪原に保護色として進化したのだろうが、その体躯は有に1m以上あり、大きい。
がぱぁ!
と、その巨大な口を開いて、アルスに猛毒の息を浴びせようと大きく息を吸い込み、その腹が風船のように膨らむ。
あわてて、魔物を向かい打つべく剣を抜こうとしたが、それより早く動くものがいた。
サリアスだった。
その小さな身体にはおよそ信じがたいほど、巨大な剣を、いとも軽々振りかざし、身体全体で大きく横薙ぎにする!
一線の青い閃光と共に、アルスは何が起こったのか分からず、両断された表情の魔物を見ていることしかできなかった。
「アルスさん」
しばらく呆然としていたのか、気がつくとサリアスは既に目の前にいた。
「ああ、悪い悪い。おまえ、サリアスは強いんだな?その剣と良い、技と良い」
「いえ、でも、ここにいては危険みたいですね」
サリアスは頭を垂れると、アルスに慎重に申し出た。
「ボクを連れて行ってはもらえませんか?何か目的があるのならアルスさんのその旅に、ついていきたいのです。記憶はありませんが、お願いできるでしょうか」
「ああ、そうだな。確かにここにいては危ない、それにお前1人置いていくことは出来ないからな。とりあえずキャンプにいこう。オレの仲間も待っている。そこで、行く先とか話そう」
「ありがとうございます」
サリアスと共に仲間の待つ洞窟に戻ろうと、アルスは一瞬アイフリードの城を背後から見やった。
何かの気配を感じたようなのだが、それがなんなのか分からず、気のせいだったと頭を振りその場所から離れた。
洞窟の中は外の寒さを遮断し、火を焚けばそれなりに暖かかった。
フードつきの可愛いコートと、毛糸で編まれた服で防寒している青い髪の少女は、アルスの連れてきたサリアスのことを大層気に入っていた。
頻りにサリアスとおしゃべりを繰り返している。
記憶が曖昧なサリアスは、それでも嫌な顔一つせずに、相槌を打っては少女とうち解けている。
少女はティナと名乗った。
ティナの傍らで静かに酒を飲んでいる女性が、アイティーだとアルスが教えてくれた。
彼らはあの惨劇の中から突破を果たし、アイフリードの城から逃げおおせたのだという。
たった3人でしかも女の子と女性の2人で、なんというか豪快な旅をしている人達だな、とサリアスは思った。
当のアルスは早々に寝てしまっている。
洞窟の入り口は雪でしっかり塞さいだので狭い洞窟だが、魔物の心配もないのだろう。
今はただ静かに眠っている。
サリアスや、ティナも床に就くことにした。
相当疲れたのだろう、ティナは毛布にくるまるとすぐに寝息を立て始めた。
だが、サリアスはなかなか眠れなかった。
既に先ほど戦闘をした興奮もあるのか、それとも記憶がないせいか、赤い炎が照り返す洞窟の天井をぼんやり眺めていた。
「サリアスは眠れないのかな?」
しばらく天井を眺めていると、突然声をかけられサリアスは驚いた。
アイティーがサリアスに背を向けたまま声をかけていたのだ。
「・・・何で分かったんですか?」
「ふふ、私にはな~んでも見えるのよ」
「何でも、ですか」
「そうそう、何でも、ね」
アイティーが振り返りサリアスを見つめるその瞳は酔っているのだろう、瞳が炎で真っ赤に燃え、頬も艶っぽく赤い。
「サリアスが来たせいか、ティナも元気になったわ。アイフリードの城下町から出ていく時、とてもつらそうだったから。故郷があんな風にされて辛くない人なんていないと思うけどね。サリアスもそうでしょ?」
「・・・そうですね。でも、ボクは記憶がないし、気持ちは分かります。ボクの記憶がないのもきっとその戦争のせいだから」
アイティーは静かに杯を懐にしまうと、横に掛けてあった毛布を広げ、そこに寝転がった。
「戦争、戦争ね・・・わたし酔っているわね・・・。サリアス、私もう寝るね。おやすみ、火はそのままで良いわ」
「・・・はい」
理不尽な魔族の侵略。
失った記憶。
サリアスに思い出はない。
見るもの全てが新鮮で、アルス一行はとてもいい人達だ。
自分の今すべきことを考えなければ。
そのためには・・・
いつしか、サリアスも夢の中に墜ちていった。
アイフリード城の遙か上空。
プネレーネは雪の降る厚い雲を突き抜ける。
そして満天の星々の、夜空の中に身を漂わせた。
魔界では決して見ることの出来ない光景に、彼女はしばし先ほどの決闘の事を忘れる。
だが、後悔の念はすぐ蘇り、自分の行為を思い改めさせる。
アイフリードの王との決闘は、明らかに彼女に何かを与え、変えた。
「・・・アイフリードの王は、あの時私に何を言おうとしたのだろう」
眼下には黒く厚い雲が、うごめいている。
それは魔界の症気と似ていた。
「ザティラスは間違っている。人間にも人間の生活があるんだ。それを今更支配などと・・・」
『お前の方が、本来魔族にない考えなのだ』
魔界を出るまえ、人間界に乗り込もうと計画したザティラスに、プネレーネは賛同できなかった。
確かに、人間界に行けるのは魅力的だ。
魔界にはない自然のマナが満ちあふれていると聞く。
しかも、文献や噂でなく直接見に行ける。
これほどの機会はそうそうないだろう。
しかし。
『魔界と人間界を繋ぐ扉を抜けるのは、時の女神がいないこのときがチャンスだ!プネレーネお前も来い。共に人間界を支配するのだ!』
断ることも出来たのだが、人間界に行けるという誘惑には勝てず、一時的になら協力しようと言うことで扉を潜るにいたった。
先代魔王である父が不在であったことが恨めしい。
かといって、父がいようといるまいと結果は目に見えていたのだが。
プネレーネは一度も父である魔王と顔を合わせたことがなかった。
唯一の親子のやりとりが手紙の文面のみであった。
大半のわがままは手紙のやりとりだけであっても叶うことは出来たし、不自由はなかったのだが。
とにかくプネレーネは人間のまねごとをするのが好きだった。
父に人間界の事が知りたいと申し出れば、出来るかぎりの資料や文献、情報をプネレーネに提供してくれた。
衣食住から人間界の環境。
何から何までプネレーネの住まう魔界とは違かった。
なかでも特にプネレーネが興味を持ったのは、過去の天地戦争の文献だった。
それは、今から3000年の昔に起こった戦争で、今も魔界で語り継がれる悪夢の戦争である。
当時魔王を勤めていたデモンズバーン5世は、本来戦に負けるはずがなかった。
地獄門と呼ばれる魔界と人間界を繋ぐ階段から、2億を誇る軍勢で人間界を容易く制圧できるはずだった。
しかし、待ち受けていたのは天空界にいるはずの天空人達だった。
魔界と人間界を繋ぐゲートは破壊され、それでも何とか通過できた三千万ほどの魔族で果敢に天空人と渡り合った。
3年にも及ぶこの戦いを制したのは、まったく戦争に関与しないはずの無力である人間だった。
ただ、事の成り行きを見ているだけの人間は、この時、密かに作り上げていた兵器、魔爆砲によってこの戦いに参加していた魔族、天空人のほとんどを消滅させた。
しかしいくら満身創痍とはいえ、魔王という肩書きは伊達ではない。
魔爆砲は一度きりで沈静していたし、マナは魔爆砲によって一気に枯渇していた。
マナのない天空人など恐れるに非ず。
現に天空人は急激なマナの枯渇に耐えられず、次々と命を失っていった。
魔王は天空人から標的を人間に切り替え、最後の最後まで人間を地獄の業火で焼き尽くさんとした。
しかし、人間側に奇跡が起きた。
それが英雄ルミアだった。
ルミアはたった1人で魔物や魔族を駆逐し、魔王をも圧倒した。
時をも切り裂く力を持つ『エターナルブレイド』で魔王は倒されたと言われる。
それきり、天空人は天空界を失い絶滅し、魔族は魔界に押し込められ、扉は時の女神が封印管理をして、人間が地上を制し、世界は二分された。
プネレーネが気になったのは、このルミアが持つ驚異的な力だった。
最後に伝えられた魔王の言葉、イレギュラー。
その力は神々をも圧倒するとさえ伝え聞いた。
ルミアはティアラという女性に思いを寄せていて、その思いこそが彼の力なのだと人間界の文献で知った。
その思いによる力『愛』。
プネレーネは『愛』を知りたかった。
だからこそ人間界に来ることを望んだ。
そして、今、ここにいる。
眼下に広がる闇色の雲の隙間から、赤い炎の明滅が沈静していく。
如何に魔族といえども休息しなければ戦えない。
明日からこの国は全面的にザティラス達と戦争を始めるだろう。
どちらが勝つかはプネレーネには興味はなかった。
いそがなければ、魔族の裏切りとして魔王の追っ手が来るだろう。
あわよくば人間達がザティラスを倒してくれるかもしれない。
期待は薄いが、とにかくザティラスの手の届かないところに逃げつつ、『愛』を探さなければ。
決意を新たに、プネレーネは疲労した体で空を飛び続けるのだった。
翌朝、寒気を感じサリアスは目を覚ますと、まずその三角形の穴に驚いた
洞窟をふさぐ雪の壁が、鋭く三角形に切り裂かれていた。
その入り口では、朝食の準備をアイティーが行っているところだった。
アイティーやティナは武器を所持していなかったので、それがアルスの仕業だとすぐに判断が付いた。
雪の壁は凍ればそれなりの強度になるし、溶かすか割るかしなければ退けられない氷の壁を、たった二振りで成し遂げていた。
その切れ味は凄まじく、有に10センチほどはある氷の壁を易々と切り裂いていた。
一体どういう力の持ち主なのだろう。
サリアスは毛布の中でアルスの偉業を尊敬した。
「魔族が来たせいか、瘴気で生態系が侵されつつあるみたいだ」
アルスが洞窟の前に戻ると、手に数匹の魚を抱え、そう話した。
「魚は大丈夫なの?」
アイティーは心配そうにアルスが抱えた魚を受け取る。
「一応大丈夫だと・・・」
「そうじゃなくて、食べられるの?」
アイティーの心配そうな瞳は単純に食べ物としてみているだけだった。
「・・・あのなぁ。今、生き物が魔界の瘴気にあたって大変な事になっているって話して・・・」
「大丈夫よ」
ティナはアルスの言葉を遮る。
「大丈夫って、ティナ・・・」
「それ、サーモンっていう魚だからとってもオイシイよ。焼いても、燻製にしても良いんだから!」
ティナもまた、食べ物の事にしか興味が無いようだった。
アルスは「今日の昼にはラティンの港に着きたい」とだけ話して、サリアスのいる洞窟に潜ってしまった。
彼女たちは調理方法の話で盛り上がっていて、聞いているのかいないのか分からなかった。
魔族の進軍は今日明日では無いだろう。
何より戦争への準備や、戦闘員の補充など様々な問題があるだろう。
と、ラティンに向かう途中、アルスはサリアスに説明した。
女性陣は先の、朝食の味付けなどの話で今だ盛り上がっている。
異常な魔界の空気に触り、気性を乱した野生の動物たちや、何処から這い出たのか魔界の生物らはアルスがほとんど屠りさった。
サリアスの出番は全くと言っていいほど無かった。
助けられたあのときは相当隙があったんだなと、やけにサリアスは納得してしまった。
アルスの剣技はサリアスには理解できないほど凄まじかった。
しかも本人は全く本気ではないのは目に見えている。
恐ろしいほどの威力に、流れるような剣捌き、隙を自分で操れるのか、自らを囮にしたり牽制したりと、戦闘の教科書のような戦い方だった。
アルスの握る剣は、細身の銀剣と、柄の頑丈そうなバスターソードだった。
相手によって使い分けているのは分かるが、片手剣と諸手剣を瞬時に使い分けるその技は見ていて呆れるほどだ。
それほどの腕前なのにアイフリードの侵略を許して逃げてきたのだ、よほどの理由があるんだな。と、サリアスは思った。
「あの、洞窟の氷を斬ったのはバスターソードですか?」
サリアスはアルスを見上げ、興味本位で質問する。
「シルバーソードじゃ威力に耐えられないからな。使ったのはバスターソードだ。でも、それだけじゃ氷は切れない」
「力じゃダメなんですか?」
「そうだ。まぁ、割と薄い奴なら話は簡単なんだけどな。試しに・・・」
と、アルスは手頃なつららを指さし、顎をしゃくった。
「サリアス、あれ切れるか?」
「うん・・・やってみます」
両手に剣を構え、力任せに叩き斬る!
が、太さが5センチほどのつららは途中で折れたような切り口を見せていた。
「この位ならな、卓越した力があれば、それだけで綺麗に切れることもあるんだ」
アルスはバスターソードをティナに放り投げると、やってみろ。といった。
「ティナがやるんですか?」
「まぁ、みてろ」
そういうと、ティナに頷いて見せた。
ティナはアルスのそれに答えると、間合いを軽快なステップで量り、跳躍する。
足場の悪さを物ともせず、空中で一回転すると、そのままの勢いで氷の柱に叩き付ける!
ティナの見せたその技の威力は、氷をまるで野菜のような切り口を見せて2つに切り裂いた。
「ティナでも工夫をすればこんな物だ。サリアスも力だけでなく技を磨けば容易いだろう」
「技、ですか」
「ああ、別に力だけ特化させれば、技の必要性は無いんだけどな。サリアスはパワーではなくテクニックを磨いた方が強くなれる気がする。前に見せたホライゾン。あれはアイフリード剣術の壱の太刀と見受けるが、記憶のない御前には無意味な話だけどな・・・」
「ホライゾン」
「あと、サリアスの剣には属性の付加が有るようだ。弱点、相性、これは敵と戦う際にも重要な判断力を要する。サリアスの剣は氷だろうから、同じ属性の氷柱を斬るには効果が薄くなってしまう」
「なるほど。アルスさんはいろんな事知ってるし、強いし、とてもすごいです」
「生きていくのに必死だったからな、実力の差は仕方ないさ。だが、経験を積めば誰でもオレのようになることが出来るよ。オレより強い奴なんかごろごろいるだろうし・・・」
そういうと、アルスはシルバーソードを構えた。
同様にサリアスは蒼い剣を、ティナはアイティーをかばうようにバスターソードを構える。
今日何度目か分からない、魔界の生物との戦闘だ。
「だから、サリアス。御前はオレより強くなれ。そして・・・生きろ!!」
アルスは晴眼に構えた剣を振りかざし、先陣を切った!
道中、空を飛ぶ魔界の生物を倒すと、そいつは黒い木の実を落としていった。
ティナがそれをめざとく見つけたのだった。
「なんだろうな?見たこと無い木の実だな?なんかの種か?」
丁度クルミの様な殻で細長く、ぬめぬめしていて黒い生き物のようだった。
「アイティー、わかるか?」
「どれどれ、う~ん・・・」
アイティーが真剣にそれを眺めるのを見て、サリアスはアルスに問う。
「わかるんですか?」
「アイティーはこれでも大商人の娘でな、まぁ、オレの仕事請け合い人、パトロンとかスポンサーとか言ったところかな。これでも、かなりの物知りだから・・・」
「もー、うるさい!それじゃ私が普段アホみたいな言い方じゃない!」
「いやいや、頼りにしてるってことだって」
「ほんと~?」
「本当だ」
「ん、ならいいけど・・・う~ん。食べ物じゃないみたいね、人間界には存在しないわ。魔界の産物かしら・・・」
そう言うと、アイティーの右目から不思議な光が発生し、その種子を包み込んだ。
「な、なに?アイティーさん」
「形状、色素、硬度、臭い・・・味は・・・アルス食べてみる?」
「冗談じゃない!」
アルスは両手を前につきだし、クビを横に振った。
「アイティーさんは、いろんな物をデータにして、記憶できるんだよ。だから、これもアイティーさんの能力なんだよ」と、ティナはサリアスに説明する。
「とりあえず現状で分かることは記憶したわ。魔界の生物が所持していたから、魔界の産物である可能性は高いわね。でもこれ、このままここに放置していくのも怖いわね。持って帰ってギルドに登録して、管理して貰いましょう」
アイティーは魔界の種子をクリスタル状の形に氷を生成し、種子を封じて小瓶に詰めた。
「これでよし。もしかするとこの先いろんな魔界の生物がこれを持っているかもしれないわ。あくまでも憶測だけど」
アイティーの予想は当たっていた。
この日以来、アイフリードだけでなく世界全体に魔物が大量に出現するようになった。
加えて世界中のあらゆる箇所から同様な種子の様な物体が次々と発見されるようになったのだ。
後に悪魔の種子と名づけられた。
「日が大分上がってきたな。休憩がてら昼食を取ったら一気にラティンに向かおう。もう一息だ」
「はい」
昨日の吹雪がウソのように晴れ渡るアイフリードの空は、昨日の出来事があたかも夢であったようだった。
「はやく、この国から出ないとな・・・」
アルスは顔をしかめると、なにかから逃げるように近くの河に水を汲みに行った。
ラティンの港は人々がごった返していた。
それもそのはず、アイフリードが魔王軍に制圧されたというおふれが出たからだ。
脱出の為の船のチケットは、目もくらむほど跳ね上がり、ダフ屋や詐欺が当然のように横暴しているのだった。
しかし、当のアイフリードの住人らはいたって落ち着いている。
騒いでいるのは外から来た、旅行者、冒険者、バスターと呼ばれるギルドのパーティー達だけだった。
ティナは、この国は王様の影響力が大きくて、国民全体が国を愛しているからだという。
サリアスは自分の髪の色と、ティナの髪の色が同じなのを見て、自分もこの国を愛していたのだろうかと考えた。
アルス一行がラティンに着いたのは夕刻間近だった。
辺りは夕焼けに真っ赤に染まり、海と、雪と、太陽で地上全体がルビーのようだった。
防波堤で、ティナと二人アルスとアイティーをまつ。
アイティーは先の種子をギルドに渡すため、アルスは旅券のチケットの購入と、宿の確保を任せていた。
混乱している旅店や、航海士らとは打ってかわって、宿も酒場も普段より一層賑わうだけで、あとは何も変わらぬ様子である。
そんな風景を眺めながらサリアスは、手持ちぶさたなのと、女の子と二人きりなのとで、なんだか居心地が悪い様な感じだった。
「ティナはどうしてアルスさん達と旅しているの?」
旅、ともちがうかな?と、聞いてからサリアスは思ったが、ティナ自身は気にしてない様子だった。
「お頭はこっちに用事があって、私はここの出身だから、家を貸しててね。両親はいないからわたし達で住んでたの」
「じゃあ、ティナの両親は戦火を免れたんだね」
「ううん。もっと、ずっと前にいなくなっちゃった・・・。姉妹、というか、姉さんは二人いるんだけどね・・・」
「そっか、ごめん」
「いいよ、もうず~っと前のことだし」
ティナは変わらない笑顔だったが少し声色が悲しみを含んでいた。
帽子をずっといじっているのでちょっと泣いているのかもしれない。
ティナの帽子はナイトキャップのような三角帽子で先端に毛玉のついた明るい水色の帽子だ。
寝るときもつけていたし、お気に入りなのだろう。
その時、海風のいたずらか、突風がティナとサリアスを吹き付け、ついでにティナの帽子を吹き飛ばしてしまった。
「わ、私の帽子!」
サリアスとティナはあわてて帽子を追いかける。
帽子は突風にあおられ、路地に引っ掛かっていた。
急いで帽子をすくい上げると、ティナはその帽子を抱きしめた。
風に髪があおられ、ティナの蒼い髪の毛が舞い上がった。
サリアスはそんな彼女の様子をじっと見つめていた。
「帽子、取ると別人みたいだね」
「か、からかわないで」
いそいで帽子を被って、ようやく落ち着いたのかいかにもほっとした様子だった。
さっきの防波堤に戻ると、アルスが二人を待っていた。
しかし待っていたのはアルス1人でアイティーはそこにいない。
「いたいた、宿が取れたぞ。とりあえず、ゆっくり休もう」
「あの、アイティーさんは?」
それを聞くとアルスとティナは顔を見合わせ、同時に「酒場」と答えた。
どうやら無類のお酒好きらしい。
宿につくとアルスとサリアスは荷物と一緒に部屋に案内された。
ティナは別の案内人と別館に向かっていった。
ティナとアイティー、サリアスとアルスとで別々の部屋を取ったため、館が離れているのだ。
食堂で夕食を摂るため合流して、卓につくとアルスはさっさと注文を取ってしまう。
夕食が届き、幾分か食事が進んでいった後、アルスは思い出したように話した。
「船のチケットだが、手に入らなかった」
「やっぱり、ウチの資金じゃ今のチケット買うのも困難よね」ティナは相づちを打つ。
「何とか、船で国外に出られませんかね?」
「う~ん」
ティナとサリアスは考え込む。
「船なら民間じゃなくて、軍船が使えれば良いんですけど」と、サリアスは思い当たる。
「軍船か。確かに良いアイディアかもしれないな」
「心当たりあるんですか、アイフリードの軍人に知り合いでも?」
「まぁ、そんなところだな。明日オレとアイティーとでいってみる。無理ならアイティーに金を借りるしかないな」
「もう、借金はいやね」
「だな。出来れば二度とアイティーに借りたくはないがね」
そんなこんなで食事が終わり、ティナと別れてもアイティーは姿を見せなかった。
いつものことだ、とアルスは頭をかいて苦笑いしている。
「さっきお金がないと言っていましたけど、アルスさんの実力なら傭兵なりギルドなりで稼げるのではないですか?」
「ギルドは、まぁ、所属はしてるんだけどな。これでも、オレ、色々やったんだぜ」
城の兵士から隊長、指導員、教官など様々な軍職から、神官や神父、学校の教師、料理人、数えればキリがないほど職を転々としてきたらしい。
ティナとはアイフリードで指導した間柄らしい。
アイティーについては多く語らなかったが、医師として治療してやったら勝手についてきたんだ、と話す。
「これだけやって、自分なりに流浪にしてた方が気楽だって分かったんでね。アイフリードにいたのは王様に用事があって、アポイントとった矢先にこれだ」
「アルスさんらしいですね。これから何処へ向かうんですか?」
「しばらくは魔族との闘いに備えるために、各国が軍隊を整え始めるだろう。おれは、一度故郷に戻ってディスティニアに潜ろうかと思う」
「ディスティニア・・・軍事大国ですか」
「表向きはな。裏ではいろいろこそこそやっているみたいで、それを探ろうと思っている」
「僕、記憶がないから、落ち着くまで一緒に行動していたいのですが・・・」
「ああ、構わないよ。それこそオレの故郷で鋭気を養うのも良い。抜けたければいつでも構わないし」
「ありがとうございます!」
「いや、いいって。こっちもティナの面倒見てくれていて助かるし」そういうとアルスは頭をかいた。
「はい」と、サリアスは笑顔で答える。
夜も明け、朝焼けに煙る海原は、今日は真っ白な雪でつつまれていた。
どうやら深夜当たりから降り出したらしいその雪は、折角歩行のために開けた道をも埋め
尽くしていた。
真っ白い早朝の雪は、何処かはかなげだった。
そんな中アルスは知人であるアイフリードの軍人を訪ねた。
数年前に彼の父である将軍に、何度か世話になったことがあり、ティナも彼の事を知っている。
名をガードンという。
ガードンはアルスが船を使いたいという願いを、快く承諾してくれた。
どうやら軍船の関係者と折り合いがつくらしく、アルスの頼みならと快諾してくれたのだった。
アルスが戦わずしてこの国を出ていくことに疑問はあったが、彼はそれよりも気になることがあった。
「アルスさん、王様は、この国は無事なのでしょうか?私はここを離れるわけにも行かず、しかしこの国を護りたいのです!」
「ディクリウス王は立派だった。国の住人を逃がし、しかもたった1人で城をお守りになられた。オレも共に戦いたかったが、王はそれを許さなかった。だから、その後の王の生死は分からない・・・だが、必ずしも無事とは行かないだろうな」
アルスは、王はほぼ死んでいる、そうガードンに伝えた。
だが、ガードンはまだ諦めた様子はなかった。
「そうですか・・・ですが、まだ希望は残っています。まだ姫が居られになられております。昨年の春に、成人の義の為に海外へと旅立たれております。まだ、アイフリードは戦うことが出来ます!」
「姫か・・・」
「帰ってくるのは3年の修行の後ですが、あと2年、きっと私達は闘い続けるでしょう!ミリア姫という希望の元に!」
「そうか。希望か・・・」
アルスはミリア姫とは会ったことがある。
去年、15歳になるミリア姫の、成人の儀式とやらで国中お祭り騒ぎであったことは覚えている。
アルスはそのとき城の招待客としてミリア姫に謁見したのだった。
彼女は、美しいと言うより可憐で、可愛いと言うより神聖で、女性に興味が全くと言っていいほど無いアルスの心すらもとらえた少女。
ミリア姫。
だが、何処に所行にでているかは本人しか知らず、たった1人で3年間の旅に出ているのだ。
しかし、それでもアイフリードの国民は信じているのだろう、決して屈せず、諦めない心。
そんな気持ちがディスティニア大帝国の君主にひとかけらでも有れば・・・
と、考えたアルスは首を振り、思考を切り上げた。
ひとまずは帰ろう、自分の故郷に。
そう、考え直し、船の出航の日時と、時間を確認してガードンに別れを告げた。
外に出ると、そこにはアイティーが待っていた。
「アルス・・・お姫様の話してた・・・」
アルスの姿を確認すると、アイティーはうつむきながらそう言った。
この国のことを心配しているのだろうと、アルスは考えた。
「そうだな、早く見つかると良いな」
「見つけて、この国を平和にして、アルスはどうするの?」
「どうするって?」
アイティーはアルスをキッと見上げると、涙目で言い放つ。
「アルスはお姫様をお嫁さんにしたいんでしょ!」
「はぁ!?」
アルスは素っ頓狂な声を上げた。
「お姫様見つけて、この国平和にしたら、さぞご都合なラブストーリーなんでしょうね!」
「あのなあ、オレがいつそんなこと言った?」
「だって、あのとき、女の子に興味ないとか言っておきながらミリア姫の事にとっても興味もってたから・・・」
去年のそんなことまで見ていて、根に持っていたのかと、アルスは呆れかえった。
「オレは結婚に興味はないし、お姫様のことも端にあの年で武者修行とはえらいなあと思っただけだ。勘違いするな」
「じゃ、じゃあ私と結婚してくれるのね~!」
アイティーは、がばっとアルスに抱きついた。
アルスは必死になって彼女を引き剥がそうとする。
「だ?!やめてくれ。はなせってば、恥ずかしいだろ!」
「アルス~」
こいつは朝から出来上がってるんじゃないか?と、不謹慎にもそんなことを思ったが、案の定酒の臭いがした。
アルスは頭痛とめまいを覚えた。
我に返って、辺りを見渡すと、通行人が立ち止まってアルスらを見ている。
あわててアイティーを抱き起こし、宿に引き返した。
昼中頃、ティナは装飾品店のショーウィンドウに釘付けだった。
中には頭だけのマネキンが、金色の縁に白い羽の付いた濃い藍色の帽子を飾っていた。
ティナは帽子が好きだった。
もっと幼い頃、両親に帽子を貰って、可愛いと言われたときからすこぶる帽子を愛した。
帽子を被った自分でないと心配だった。
帽子を被っていないと自分でいられないような気がした。
だから、ティナは寝るときも帽子をつけていた。
「なにしてるの?」
「あ、サリアス・・・」
気がつくと既に夕刻で、彼は自分を捜しに来たのだという。
心が痛んだが、しばらくここを離れる気はなかった。
しばらく何も言わず、サリアスはそんな自分と中の帽子を見比べていた。
「ティナは、帽子が好きなんだね?」
と、ショウウィンドゥの中の帽子を見つめながら、サリアスは問う。
「う、うん」
みれば分かるようなことを真顔で言われて、ティナは返答に困った。
「でも、ボクは昨日のティナの方が好きだな」
「え?」
「ちょっと待っててね」
そう言うと、サリアスは店内に消えていった。
先の言動からすると、どうやら目的はこの帽子ではないらしい。
そう思うとティナはくるりとショウウィンドウから背を向け、天を仰いだ。
「昨日の私・・・」
昨日風に帽子がとばされて、サリアスに「別人だね」と言われたのを思いだした。
まだ雪が降り続くこの空は、だんだんと暗くなっていくのが分かった。
店からサリアスが出てきたのは日が沈んでからだった。
辺りはすっかり帰宅目的、酒場目的の人々らがどこからとも無く右左に去っていく所だった。
サリアスはそんなティナの手に小さい包装紙の小箱を手渡すと、「さ、帰ろう」
といって、ニコニコしながら宿に向かうのだった。
ティナは中身が気になるのと、サリアスがとっとと去って行ってしまうのとですっかり帽子のことを忘れてしまって、サリアスを追うしかなかった。
宿屋のエントランスにはアルスが待っていた。
食事の用意が出来ているらしい。
アイティーはいつものように酒場に繰り出しているだろう、と説明した。
ティナは、食事中もサリアスがくれた小箱の中身が気になってしかたがない様子で、食事ものどを通らない始末だった。
夕食が終わり、急いで部屋に戻り、緊張で手が震えながらも、ゆっくりと、慎重に包装紙を剥がす。
そして、いよいよ包装紙の中から箱を取り出した。
箱は白い二重の箱になっていた。
どきどきと、自分の心臓の音を直接感じながら両手で蓋を押し上げる・・・
「たっだいま~!ティナちゃん~」と、蓋を開ける寸前で、相部屋のアイティーがお酒をたらふく飲んで帰ってきた。
相当酔っているらしい。
あわててティナは箱を背に隠したが、めざとくアイティーに発見されてしまった。
「んん?ティナちゃんいまなんか隠したでしょ?なぁに?またなんかの帽子?」
「え、あの。これは・・・」
あせって返答に困っていると、突然アイティーはにやりとわらった。
「どれ、おねーさんに見せなさいっ!それ!」
アイティーの右目がまばゆい光を発生させて、閃光がティナの視界を奪う!
アイティーの相手の目を眩ませる術、フラッシュサイトだ。
ティナが両手で目を塞ぎ、その隙に素早くティナの背中にあった小箱を奪うと、サッと箱の蓋を取り上げてしまう。
「あ~!アイティーさんずるい!」
しかし、酔っぱらって気が大きくなっているアイティーは耳を貸さない。
箱の中身を覗かれてしまった。
ティナはとても悲しくなってちょっと泣いてしまった。
閃光のせいで目が痛かったからかもしれないが。
とにかくアイティーは箱から布きれを取り出し眺める。
「なにこれ、下着?ティナもお年頃かしら・・・まぁいいわー」
といって、ティナに小箱を放り投げる。
とっさにそれを受け取って、ティナは小箱を胸に押し抱く。
「私はもー寝るから。あ、明かりはティナが寝るまでつけて置いていいよ」と、言うが早いが早々寝息を立てて寝てしまうのだった。
酒と術とで睡魔が急激に襲ってきたのだろう。
しばらく物も言えず呆けて、思い出したように箱の中身を覗いてみる。
そこにはピンク色の可愛いフリルが付いた布きれが入っていた。
「下着って、まさかサリアス・・・」
真っ赤になって、中身の布を取り出すと、それは長い一枚のシルクのリボンだった。
「!」
ティナの体中に衝撃が走った。
サリアスは帽子でなくリボンを自分にプレゼントしたのだった。
「やだ、私・・・」
不思議と涙があふれ、だけど急いで帽子を脱ぎ、鏡を取り出して髪を整える。
けれど、帽子を被っていたおかげで、あまりに髪に無頓着だったためか、髪はまとまらず
跳ね上がる。
業を煮やし、急いで浴場に駆け込み、丁寧に髪を洗う。
未だかつてあり得ないほど丁寧に髪を梳かし、改めてサリアスのくれたリボンに向き合う。
一拍置いて、祈るように深く深く深呼吸すると、サッとリボンで髪をまとめる。
後ろに髪をまとめ上げ、鏡でろくに自分を確認せずにサリアスの部屋に向かう。
しかし、アルスと相部屋なのを思い出して、急に足取りが重くなった。
「・・・どうしよう」
いまはとにかくサリアスだけに見て貰いたい。
でも、さっき自分の姿を確認してなかったな、と思い立ち、エントランスホールから立ち去ろうとした。
だが、宿の入り口からサリアスが現れたのだった。
ティナは息をのみ、だけど、サリアスを呼んだ。
「サリアス!」
「え、あ。ティナ!待っててくれたの?・・・リボン着けてくれたんだ」
「うん、うん。どうかな?わたし、変じゃないかな?おかしくないかな?」
サリアスはじっとティナを見つめて頷く。
「うん。帽子の時よりずっと綺麗でかわいいよ」
「ありがと・・・うれしい」
ティナは急に恥ずかしくなって、身体を縮こませた。
サリアスはホールの一角にあるイスを示して、ティナを促した。
二人で隣り合ってイスに座ると、サリアスの体温を感じてなんだかほっとしたような、安心した気持ちになる。
「サリアスはこんな夜中に何処に行ってたの?」
「氷を斬る技の訓練をしていたんだ」
「え」
サリアスは両手を目の前で開いたり閉じたりした。
「だって、ティナにだって斬れたでしょ。ボクなんかてんでダメだったし」
「そんなことないよ、サリアスの武器は氷の剣でしょ?力が半減しちゃうって言ってたじゃない」
サリアスは両手を眺めながら頭を振る。
「それじゃあダメだ。誰も守れない。ティナを守れない・・・」
ティナは心臓がギュッと音を立てて縮むような間隔に襲われた。
「ボクはアルスさんみたいに強くなりたい」
キッと虚空を睨み、サリアスの両手は先にある物に挑むかのように突き出された。
真剣な眼差しをするサリアスをティナは見つめる。
「私・・・きめた」
「え?」
ティナは真剣な表情で、サリアスを見つめる。
「サリアスが戦うなら私も戦う。私も、サリアスを護る」
「ティナ?」
「だから、今の私を、私は捨てるわ」
そう言うやいなやティナは、だっとかけだし、アルスの部屋に飛び込む。
サリアスも急いでティナの後を追うのだった。
「うお?なんだティナ?ノックもせず飛び込んでくるなんて」
突然飛び込んできたティナの訪問に、アルスは読みかけの書物をびっくりして、とり落としてしまった。
が、そんなことはお構いなしにティナは叫ぶ。
「お頭、剣を貸して!」
「な、何だ?敵、か?」
油断無くアルスは隙を消し、周囲を伺うが、殺気は感じられない。
「違うの、サリアスと戦うの!」
「は!?」
「私、シーフファイター辞める!」
シーフファイターは盗賊の技を似せて編み出された剣技を活用する職業。
アサシンとも似ているが、実用的な技のみをまねて暗殺などにも精通する技を特技としている。
違うのはサバイバルに向くように戦士と盗賊の中間のような形であるため、暗殺術とは違った形の特技を獲得する。
職業と言っても、ギルドに冒険者として登録して、初めて得られる職業の事であるから本当に盗賊になったわけではなく、技のみを会得していく。
ティナは前々から剣を使うのを嫌がったが、その才能だけはアルスに看破されていた。
だから、アルスはそんな彼女にシーフファイターの道を選ばせた。
身のこなし、剣の技、盗賊の技術。
アルスのことを『お頭』と呼んでいたのは、シーフギルドでの生活の癖がそのまま残っているまま、戦士ギルドにいたアルスに出会ったためだ。
盗賊の技術、ファイターの特性はティナの大きな力となったが、アルス自身彼女をあまり積極的に戦わせなかった。
だが、彼女はいま剣を求めている。
アルスはそんな真剣な彼女と、後からやってきたサリアスを見届けると、ゆっくり頷いた。
「シーフファイターを辞める。それで、なんでサリアスと戦わねばならない?」
「私は生まれ変わるの。サリアスが戦うかぎり、私も戦うために!これまでの自分では駄目な気がして。だから、サリアスに過去の私を斬ってほしいの」
「サリアスはどうする?・・・うける、んだな」
アルスはサリアスに同意かどうか聞こうとしたが、既に結論は出ているようだった。
「分かった。明日、模擬戦用の修練所を借りよう。どうせ明日は暇だし、オレが手配してやる、今日の所は寝ておくんだな」
二人は同時に頷いた。
アルスはそんな二人を見てほほえましく思った。
オレとあいつもこんな時があったのにな。
いつから道を行き違えたんだろうな。
アルスはティナが部屋を出るのを見て、遠い自分の過去を思い出しながら床に就いた。
夜は更け、時が静かに動き出した。
一瞬、雲が開け、三日月があらわになる。
そして、闇の深淵の月がニヤリと笑ったような気がした。
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