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AIFREAD血盟(サリアス日記)
破望の章-4-
翌朝、アルスはみなで朝食をとりながら今後のことについて話すことにした。
「サリアスの記憶の手がかりが見つかった」
朝食が終わり、テーブルを囲みアルス達は今後の話を始める。
初めの話題がサリアスの記憶の事とあって、みな神妙な面もちでアルスの話に耳を貸す。
「サリアスにはこれを拒む権利もある。なにせ占いの結果だからな。現実性は薄い。しかし、あまりに手がかりが少なすぎる。どうだ?聞くか?」
サリアスはティナを見、アイティー、プネレーネそしてアルスをみて、うなずいた。
「・・・分かった。昨日のことだが・・・」
アルスは昨日占い師に聞いた話をそのまま伝える。
サリアスの記憶の手がかりがユングリーにあること。
アルス達はユングリーにいけないこと。
サリアスはなぜアルス達がいけないのか問うと、アルスの代わりにティナが答えた。
「私達はお尋ね者なのよ。あそこの鉱山からちょっと・・・」
「ま、過ぎたことはしょうがない。あそこのレントケンナの港から東に向かって4日くらいの場所にセルモアという小さな村があって、そこの孤児院に向かうと良いだろう。オレの名前を出せば融通してくれるはずだ。そこを拠点に記憶の手がかりを探ると良いだろう」
「船は・・・」
「それについては心配はいらない。他の商船は幸い無事に航海出来るようだ。ユングリーはアースクライから近い。アイティーにチケットを買ってきて貰おう」
アイティーはしょうがないという面もちでうなずいた。
「サリアスのためだからね」
「お頭・・・私・・・」
ティナはうつむき、声が幾分かしめっぽくなっている。
「ティナ」
サリアスはティナの手を取り、顔を上げさせると、静かに微笑んだ。
「僕はいくよ。大丈夫。記憶が戻っても僕は僕だと思うし、それに僕もアルスさんを追ってディスティニアに向かうよ」
ちょっとより道するだけだから、とティナに言う。
「絶対、また、逢えるよね?忘れちゃ嫌だよ!」
「忘れるわけ無いよ。大丈夫」
ひとしきり泣き、ティナとサリアスが落ち着いてきた所を見計らって、アルスは次の話をしたいのだが・・・と、切り出した。
「まぁ、今日明日に別れるわけでもない。でも、ここから先の議題はサリアスには関係ない話だ。あまり、踏み込んで欲しくはないんだ」
「そうですか、なら僕は席を外しますね」
「いや、うん。すまないな・・・巻き込みたくはないんだ。俺達の闘いに・・・」
「・・・」
ティナとアイティーは目を伏せ、サリアスは席を立つ。
「そうだ、プネはどうするんだ?」
アルスはサリアスを呼び止め、プネレーネを見る。
いままで一度も口を開かず、ただ押し黙っていただけだったが、アルスを睨むように視線を返した。
「私は、サリアス様に忠義を誓いました。私はサリアス様と共に参ります」といって、サリアスの後を追うように席を立った。
「サリアス・・・様ね。一体何を知っているんだ?」
プネレーネの背中を追うように視線を投げかけながら、一人つぶやく。
「アルスだってディスティニアに戻ったらアルス様でしょ」
にやにやと笑いながらアイティーはアルスをつっつく。
心底嫌そうに頭を振ると、カップについであった茶を一息に飲んだ。
「いうな!オレはそう言うのは嫌いなんだって」
「はいはい」
「サリアス様!」
プネレーネはサリアスに追いついた安堵からか笑顔になる。
一方サリアスはかなり深刻そうな表情だった。
「・・・サリアス様・・・私・・・」
「ねぇ、プネ・・・。さっき言ったこと、本当?」
「さっき、ですか?」
「うん、僕と一緒に行くって・・・」
プネレーネははっと息をのみ、すぐにサリアスの手を取った。
「サリアス様!私は、サリアス様と何処へでも参りましょう。私は、サリアス様の僕です」
サリアスはそんなかしこまったプネレーネを見て笑った。
「・・・ありがとう、プネ。でもねその、様とか、しもべとか、変だと思うし、出来れば普通にいて欲しいな」
「・・・私はサリアス様の・・・」
困ったようにうつむくプネレーネを見て、サリアスはプネレーネよりもっと困った。
「だから・・・もう、しょうがないなあ。でも、本当に一緒に来てくれるなら嬉しいよ。本当はとっても、寂しかった・・・」
プネレーネは胸を突かれる思いだった。
アイフリードを滅ぼした張本人である自分を、このアイフリードの名を持つ少年は頼ってくれている。
「・・・私は、サリアス様を命に替えても守り抜きます」
「あ、ありがとう。・・・でも、プネは武器持ってないよ」
「ああ・・・そうでした。そうですね」
自分の愛用の槍はあのとき壊してしまった。
今更悔いてもしかたがないが、まずはこの少年を護る牙を手に入れた方がよい。
そう、思い至った。
「ね、一緒に武器を見に行こうよ。なにか良いものがあれば、買ってあげるよ。プネはお金無いでしょ?」
記憶のない1人旅、それほど心が苦しい旅はないだろう。
だけど、二人なら。
サリアスはプネレーネと一緒に昼の繁華街へと足を運ぶのだった。
サリアスが去ったことで、食堂の一角はなおしんと静まりかえっていた。
まるで暗殺か窃盗の算段をするかのように、アルス達は息を潜めていた。
昼ももう近い。
そろそろ、食堂に人が集まる時刻だ。
そして、急くかのようにアルスは話し始める。
「さて、俺達の今後を話し合おうか」
アイティー、ティナは共にうなずいた。
「そういえば、ティナは、転職は済んだのか?」
「うん。昨日のウチに済ませておいたよ。今はダンサーの職に就いてるよ」
そうか、とアルスは一つうなずく。
「ティナは破亡の舞って知っているのか?」
ティナはこくこく頷く。
「有名なおとぎ話でしょ?」
おとぎ話か。
アルスは少し安堵する。
既に禁じられた舞について手を出していたなら、手遅れではないか。
一呼吸おいて、なるべく刺激しないよう釘をさしておけばそれでいいと思った。
「ティナの目指す道の果てには、滅びが待っている。決して無理をするな。破亡の舞には手を出すなよ。いいな」
「分かったよ、お頭」
ティナが破亡の舞に手を出さなければ大丈夫だろう。
監視を続ければ、大事には至らない。
「回り道したが本題だな。・・・ディスティニアの国王の行動だが・・・」
アルスはさも辛そうに目を伏せた。
「よもや魔爆砲、とは・・・」
「アイフリードが滅んだことによって、望みは絶たれたわね。作戦のウチかしら」
「魔族、魔物、魔爆砲・・・いったいどうなっているんだ!」
「私は、お家無くなっちゃったから。お頭についてくよ。だからディスティニアに行って王様を止めようよ。私も戦うから・・・」
「でも、マナエネルギーの消費がこのところ激しいの。魔爆砲、完成間近なのかしら。ティナは危険すぎる」
「アイティーさんだって!」
ティナとアイティーは互いに声を荒く感情をむき出しにした。
そこに数名の料理人だろう、どやどやと準備のためか調理場に姿を現した。
おかげでティナは声をつぐみ、アイティーはおとなしくなった。
再び静かになったところでアルスは続ける。
「分かっているよ。ティナもアイティーもオレの大事な仲間だ。おいていく分けないだろ」
あえてこれ以上は話すことは無理だろうと、周囲を気にして中断させた。
ディスティニアの王はアルスの親友だった。
親友が悪事に手を出していたことには前々から気がついていた。
だが、魔爆砲・・・
気がついたのはつい最近だった。
決定打は、本人の誘いだった。
「オレと共に、オレの世界に来い」
それはアルスがユングリーで鉱山を盗掘し、高純度のレアメタルを採掘て、逃走。
命からがらディスティニアで任務を果たしたときに、言われたのだ。
アルスは親友を見捨てることにした。
魔爆砲はマナエネルギーを破壊の力に変えて打ち出す砲である。
すなわちマナエネルギーを魔爆砲に与えなければいい。
アイフリードに伝わる永久凍土の氷を使えばマナを氷らせられる。
しかし、それもまた不可能になった。
何しろ永久凍土の氷の在処を知っているのはアイフリードの国民のごく一部だ。
ティナはもちろんのこと、ギルドのメンバーも知らない。
サリアスは記憶喪失だし、何しろ現在魔族に支配されている。
打つ手は潰えた。
こうなったら単身ディスティニアに潜り込み、悪の元凶を叩きつぶすしかない。
そのための話だった。
既に昼食を摂りに来た客でいっぱいになっていた。
ティナとアイティーを促し、アルスは宿を出た。
太陽は、常変わらずアルス達、人間を照らしていた。
その、暖かく優しい光は、この世界に悪など存在していることを忘れさせるように皆に降り注いでいた。
「夢であれば・・・」
いっそのこと夢ならばどんなに良かったと思っただろうか。
しかし、これは現実であり、やはりアルスはディスティニアに向かわなければならないのだった。
剣、槍、斧・・・
様々な武器が並ぶそこは、ただただプネレーネを圧巻させた。
魔界にも武器はある。
それは自らが加工して作るのではなく、精霊を使役してそのように形作ることで武器にする。
プネレーネの槍も元は精霊だった。
ドワーフ程ではないが、これはこれでこのような技術を扱える人間はすごいと、素直にプネレーネは思った。
店は広く、エリア毎に綺麗に整頓され、全てができたての新品同様客を待っている。
それはまるで自分を扱う主をじっと待っているようだった。
サリアスは剣のエリアにいる。
多種多彩のデザインはプネレーネや、そういった戦士でないにしろ心奪われる装飾だった。
それでも、やはり武器は戦うものだ。
己の身を護り、サリアスを護るために。
プネレーネは試しに手近な槍を手に取ってみた。
「軽い・・・」
それは以前使っていた槍とは重さが違っていた。
当たり前だ。
むしろ鋼鉄を使った槍を、いとも軽く木の棒の様に扱うプネレーネの方こそ驚異だった。
しかし軽装の槍はプネレーネには扱いにくい様だった。
次に手に取ったのは先端に戦斧が付いた槍、ハルバート。
重槍の部類に値し、その威力から使い手をえらぶ。
「おお・・・これは」
重さは申し分ない。
試しに斬る、裂く、突くと空を相手に素振りをしてみる。
重さは申し分ないが、やはり先端の斧によって動作がいちいち固まる。
これでは旨く攻撃を裁けないだろう。
「だめなのかい?」
武器屋の主人だろう、さっきから頻りに武器を、槍を探すプネレーネを見かねて声を掛けたのだろう。
「ええ、だめですね」
こともなげにはっきりプネレーネは言う。
自分の売り物をあっけなくダメよわばりされて、店主は呆気にとられたが、すぐに笑い出した。
「はは、おまえさんのような若い女が一丁前に重槍など扱うからどうしたものかと思ったが、おまえさんは重槍使いかい?」
「いえ、でも、槍の方が慣れているから・・・」
店主は眉を上げた。
「珍しいな、ギルドに所属してないフリーファイターか。まぁ、女といえども傭兵や、戦士なんているだろうからな。名声を上げてからギルドにはいるのも悪くないよな」
などと、1人で喋り始めた。
困ったプネレーネはハルバートを元の場所に戻し、違う武器を探した。
「何か見つかった?」
サリアスがいつの間にかプネレーネの元におり、プネレーネが手ぶらなのを見て、残念そうな顔をする。
そっか、ないんだね。
とサリアスは辺りを見渡す。
「サリアス様はいかがなさりますか?」
「ん、僕は良いよ。こいつがあるし」と、背中の剣をさする。
「お金は心配いらないよ、遠慮しないで。金貨1枚あるんだ」
サリアスは懐から金貨1枚取り出した。
金貨1枚は銀貨1000枚と同価である。
銀貨1枚は銅貨1000枚と同価である。
金貨は平民など一生に一度目に係れるか係れないかの物である。
武器屋の主人は更に目を丸くした。
「ウチにある武器の槍でこれ以上良い物はない」
そういって、さっきプネレーネが手にしたハルバートを示す。
「だが、もしかすると明日開かれるパーティーに出られればあるいは、この国最強のヴァングウィッシュが拝めるかもしれないな」
「ヴァングウィッシュ・・・」
「かつて闇の王が残したとされる曰く付きの剣らしい。以後誰も扱うことを許さずにこの国に奉納してある」
だが、と主人は声を潜め、辺りを伺ってから、小声で話した。
「実は誰も扱うことが出来ていないのではないか、と言う噂もある。貴族達はそれを狙って、ロージェリア姫の婿の座を狙っているらしい。水面下ではかなりの争いになってるって噂だ」
「それは、王様になるってこと?この国いま王様いないの?」
しっ!と、人差し指を唇にあて、さらに声を潜める。
「・・・おまえさん子供だからわからんかもしれないが、どうやら暗殺されたらしい」
「ええ!」
静かにしろって、と主人は眉をひそめる。
「お前達、ヴァングウィッシュ見てみたいか?」と、声を元に戻し、改めてプネレーネの顔を覗く。
「プネ、見て見ようよ。もしかしたら、プネに使えるかも」
「サリアス様がそうおっしゃるのなら」
サリアス様、ね。
先の金貨といい、少年の背中にある剣と良い、言いしれぬ予感のような物を主人は覚えた。
「明日の正午から儀式が始まる。表向きはロージェリア姫の婿選びだが、内容はさっきもいったとおり、ヴァングウィッシュだ。どんな武器か、わからんがな。参加者は冒険者から貴族まで、何でも良いらしい。女性の参加も受け付けている。はっきりいって無理難題を押しつけることによって、婚期を先延ばしにしようって魂胆だろう」
「出場資格はないなら、受付は?開催場所は?」
「まぁ、落ち着けって。ここに参加案内が出てる。これを御前さんにやろう」
サリアスはそのチラシを受け取った。
「でも、そしたらなおさら武器が必要だね」
「ここの武器は相性悪そうです。残念ですが・・・」
「剣や斧は?」
そうだとばかりに店主はうなづく。
「この際贅沢いってらんないぞ」
プネレーネはハルバートを元の場所に戻し、ほかの武器を見渡した。
「そう、ですね。一通り見ていきましょう」
結局夕暮れまで武器を探したが、なかなかプネレーネにあった武器は見つからず、途方に暮れていた。
仕方なく宿で夕食を摂ってから再び探すことにして帰還する。
宿ではティナがサリアスを待っており、サリアスの姿を見つけると飛びかかって抱きついた。
「てぃ、ティナ!」
「おかえり、サリアス」
もう、ユングリーに行っちゃったかもしれないっておもって。
涙目で訴えられると、サリアスは困った。
いざわかれるとなれば、本気で別れにくくなってしまうではないか。
しかし、それがサリアスには嬉しかった。
優しくティナをほどくと、食堂に促して、食卓に着いた。
アイティーは珍しくお酒を飲んで居らず、アルスとふたりでサリアスを出迎えてくれた。
「おかえりサリアス」
「ただいま還りました」
ふとサリアスはアルスの剣をおもいつく。
「そうだ、アルスさんは剣を二振り持っていましたよね」
「ん、ああ」とアルスは生返事で返す。
「プネの武器を探しているんですけど、どうにもしっくりくる武器が無いらしくて・・・」
その言葉にアルスはプネレーネの表情を伺う。
朝、睨まれたときとは違う、どこかかしこまった表情のプネレーネは何処かかわいらしい。
ふと、アルスは不意に思った。
「で、オレの剣を見てみたい。ということだな?」
「はい、見せてもらえませんか?」
「いいのか?」
アルスはサリアスでなくプネレーネに向かって問いかける。
プネレーネは真っ赤になってよろしくお願いします。とだけ答えた。
なぜ真っ赤になるのか分からないが、きっと今朝怒気荒くアルスに喰いかかったからであろうとおもえた。
「夕食が終わったら、持ってきてやるよ」
「ありがとうございます」
「・・・ありがとう、ございます」
サリアスとプネレーネで良いコンビだなと、アルスは目を細めた。
「そうだ、その前に船のチケットだ。どうやら出航は4日後らしい。準備しておけ」
アルスはアイティーが手に入れてきたユングリー行きのチケットを二人分サリアスに手渡す。
「プネも、いくんだろ?」
「どうして、わかったんですか?」
「そりゃ、誰でもわかるさ」と、アルスは笑う。
「4日後・・・」
それをみて、ティナは胸を抱き、呟いた。
夕食が終わり、アイティーは酒場に、ティナは宿のロビーでサリアスとプネレーネと一緒にアルスをまった。
プネレーネはサリアス以外誰とも会話する気は無いらしく、表情は硬いまま静かにサリアスを見守っていた。
その間中ティナとサリアスはたわいもない会話にいそしんでいたが、残り少ない時間と、別れる緊張もあるのか、お互いの顔を合わせて話すことはすくなかった。
しばらくした後、2階の手すりから顔をだして、待たせたな、とようやっと現れた。
剣を出すだけで何にそんなに時間がかかったのか、サリアスは不思議がったが、アルスは何も話さなかった。
そして、二振りの剣を取り出すと、プネレーネの前のテーブルに置いた。
「剣は人を選ぶ、御前にその資格があるのかどうか分からないが、もし扱えるようなら貸してやっても良い。貸すだけだぞ。本来は聖騎士の称号が無い奴は扱えないんだ」
そう言うと、後を確認しないままその場を去ってしまうのだった。
3人があっけに取られる中、剣は持ち主を捜すようにその場に置いてあるように見えた。
サリアスはプネレーネを促すと、早速鞘ごと剣を持ち上げる。
「すごい重圧感・・・よほどこの剣と暮らし、共に戦ってきたのですね。他の剣にはないすごみを感じます」
そっと抱くようにシルバーソードを胸に抱える。
「アルスさんは分かっていたのかもしれないね。だから、一時的に別れる決心をしていたのかな」
いまはもう見えないアルスに黙礼し、プネレーネの闘志は高まる。
「見ていてください。サリアス様。きっとこの私と、この剣で、ヴァングウィッシュを手に入れてごらんに見せましょう」
バスターソードを背に背負い、シルバーソードを腰に履く。
「・・・似合いますでしょうか?」
少し顔を赤らめ、柄を握ってみる。
「とっても強そうだよ」
剣を携えたプネレーネは、まさしく君主を護るナイトに見えた。
凛々しく、美しく・・・
ティナはふと、この人は本当に言うような魔族なのだろうか。と、思った。
優しい魔族なら、プネレーネのような魔族なら人間や魔族と言った隔たり無くともに暮らせるのだろうに。と。
「・・・時代はまたもや魔爆砲を手にし、世界を統一せんとする。時は満ちた」
夜よりも暗い、漆黒の密室の中で、長身の男が静かに語る。
その場には数人の闇の衣を纏った人間が、じっとその男の言葉に耳を傾ける。
「諸君には、思う存分働いて貰いたい」
ざっと、頭を平伏して御意の意を示し、1人、2人と気配を消していき、その場を去る。
1人残った声の主は、闇の色をしたエールをグラスに注ぎ、にやりと貪欲に唇をゆがませると、一息にエールを飲み込んだ。
「いよいよ、私が世界の王になる日が来るのだ。急がねば、間に合わぬぞ、アルスよ」
夜の帳は老けたばかりだ。
月の光をも飲み込む漆黒の闇の雲が、広大なディスティニアの土地に黒い雨を降らせる。
スミのようにべっとりとした雨は、生物から生気を奪う。
強力なマナの枯渇による症状だ。
稲妻が降り注ぎ、雷雨が部屋の窓を叩く。
ざぁざぁと降り止まぬ雨は、これから起こる厄災を表すかのようにおどろおどろしく降り続いた。
男が、傍らに置いてある剣を手に取り眺めた。
まがまがしいその剣は、男を完全に取り込んでいた。
ジャガーノート。
魔王の剣。
ふり続ける雨を前に、ディスティニアの王はこれから起こる支配へ、思いをはせひたすらエールをのみ続けた。
漆黒の闇に包まれた洞穴を進む足音が響き渡る。
プネレーネら数名の戦士は、アースクライの南東に位置するセルガレス山脈の封印道を進んでいた。
試練の内容は至って簡単。
ヴァングウィッシュを手に入れること。
これだけだった。
保存の利く食料と、簡単な地図を渡され「健闘を祈る」と、城を追い出された感じだ。
先日の魔族や魔物の襲来で数カ所の家屋が破壊されたり、怪我人が出たと、城の兵士は大半そっちの支援に当てられていたから当然と言えば当然だろう。
しかし、試練を待ち望んだメンバーにとってはどうでも良いことであるのは確かだった。
プネレーネは隊列の最後尾を歩いていた。
封印道とはよく言ったもので、左右に大きい物から小さいもの、人の形をしたもの、動物を描いた物など、多種に渡って像や絵画が飾られていたのだった。
道は薄暗く、先頭を歩く戦士の掲げたたいまつが唯一の明かり。
はぐれてしまえばきっと漆黒の暗闇で何も見えなくなるだろう。
つぎつぎ涌いて出てくる魔物をアルスに借りた剣で蹴散らしながら進む。
最後尾とはいえ、やはり飛ぶ者や背後を狙う者など少なからずいたので安心はできない。
しかし、やはりプネレーネの相手ではない。
その強さは周りの戦士達も感嘆した。
ともあれ、彼らは大きな扉の前にたどりついた。
門を数人掛かりでこじあける。
鍵はかかっていない。
なぜなら、ヴァングウィッシュは誰の手にも渡らぬと、この国の誰もが知っていたからだ。
だから戦士達は落胆した。
やはり誰にも抜けないのだ。
ぴっちりと台座にはまって、一体になったようにびくともしない。
鞘はない。
むき出しの刀身は朽ちることもさびることもなく、暗がりにただひっそりと眠っていた。
プネレーネも近づいて、手に取ろうとした瞬間異常が起きた。
ふと、嫌な気配を感じ、周囲に注意を促しその場を離れる。
すると扉が勝手に閉まり、あわてた戦士達が再び門を開けようとしたところに、頭上から巨大な石人形が振ってきたのだ。
否、石ではない。
「アイアンゴーレムだ!」
トラップだったのだ。
ヴァングウィッシュは決して持ち出されることはない。
抜けない上に、アイアンゴーレムという番人を仕掛けていたからだ。
力を求め、欲深き人間はここで潰える。
戦士達は死の恐怖を感じた。
ヴァングウィッシュを護るように両手を広げ、アイアンゴーレムは声なき声で叫ぶ!
大地よ割れよとばかりにその剛腕ならぬ、鉄腕を振るい、数名の戦士を吹き飛ばした。
銀の剣では勝てぬ、プネレーネがそう考えた瞬間、数人の戦士が我を失い、アイアンゴーレムに突撃する!
ギィイン!
ガリィイイイ!!
鉄を擦る金斬り音が封印部屋を木霊する!
耳を塞ごうがお構いなしの音だ。
「わぁああああ!!」
ただがむしゃらに剣を振るい槍で突き、斧を叩き付ける。
たちまち刃こぼれする武器に歯ぎしりするが、ゴーレムの方はぴんぴんしている。
再び鉄の拳が襲いかかり、あわてて距離を取る。
しかし、ゴーレムの方は戦士を追おうとはせず、ヴァングウィッシュのまえで立ちふさがる。
「剣を護っているのか」
落胆して安全な場所に避難する戦士達を見て、プネレーネら女性は見守っているしかなかった。
「魔法はどうだろうか?」
1人の戦士がとっさに思いつく。
「使える奴がいるのか?」
「御前出来るのかよ」
言い出しっぺの戦士をこづく。
その戦士は一つ頷くと剣を持ち替え、静かに念じる。
「・・・サンダーアロー!」
剣の切っ先からまばゆい雷が光の矢となりアイアンゴーレムに突き刺さる!!
ギャオオオオオオ!!
もだえ苦しむように頭を押さえ、のたうつアイアンゴーレム。
どうやら頭がウィークポイントらしい。
しかし剣や斧ではそこまで届か無い。
魔法でも致命傷にはならず、アイアンゴーレムは再び立ち上がり剣を守護する。
しかし、巧妙は見えた!
「魔法が出来る奴はガンガン打ちまくれ!」
「出来ない奴は囮になって奴の頭を狙うんだ!」
次々と攻撃を受け、崩れ落ちるゴーレムだが、息絶えることがない。
底なしの体力なのだろうか。
魔法をうつ戦士達も疲労と薄くなっていくマナによって威力が落ち始める。
プネレーネも果敢に魔法で援護するが、倒れる気配はない。
「私は、こんな所で死ぬわけには・・・」と、チラリとヴァングウィッシュを見た。
かすかだが何処か通じる気配を感じる。
「・・・援護を!」
プネレーネがそう叫ぶと、一気にゴーレムの懐に潜り込む。
「何を!」
戦士達はそれでもプネレーネを援護し、すんでの所でヴァングウィッシュの所にたどり着くことができた。
何かに祈るように目を瞑り、両手をヴァングウィッシュに捧げる。
意識の深淵をヴァングウィッシュに預け、一心にヴァングウィッシュを求む。
サリアスを護ると決めたこと。
そのためには護るべき力が欲しいこと。
ザティラスにも負けない、己を高め、何のために。
サリアスの、為に!
黒い光が辺りを包み、ヴァングウィッシュは目覚めた。
『我の眠りを覚ますのは汝か』
「そうだ!ヴァングウィッシュよ、私に力を貸してくれ」
『我は全てに失望している、汝も我を絶望させるために我の力を使うのか?』
「私は護るべき人のために御前の力を使う、いや、あの人を護るには貴方の力が必要なんだ!」
『魔族が、人間を護る?だと?』
「そうだ。二度とあのようなことを・・・私は命を賭して守らなければならない」
『・・・ふはは!何を言うのかと思えば。・・・面白い。我が力を捧げよう。契約の印を我に刻むがいい』
「ありがとう!ヴァングウィッシュ。我、契約の印として、命を賭してサリアス様を護ることを誓う」
『承知!』
カッ!
光の球体が部屋を爆発するようにはじけた!
生まれ出た者はヴァングウィッシュを掲げたプネレーネだった。
「・・・ったぁあああ!!」
そのままヴァングウィッシュを振りかざし、アイアンゴーレムに肉薄し、斬りつける。
それをゴーレムは捕らえようとするが、プネレーネはそれより早くヴァングウィッシュを繰り出した!
「ヴァングズ・アルファ!」
右斜め上段から流れるように体を回転させ、その勢いで逆胴を下段から切り上げる。
アイアンゴーレムを、鉄のかたまりをまるでバターを斬るようにバッサリ切り裂く!
「ヴァングズ・ベータ!」
勢いそのままに腹を突き刺し、そのまま跳躍する。
頭まですらまっぷたつに切り裂いて尚、勢い止まらず回転切りを放ち、鈍重なゴーレムを吹き飛ばす!
グォォォォ~~ン・・・!
そしてアイアンゴーレムの虚ろに光る眼の灯火が儚げに消えていく。
バラバラバラ・・・
もはや体を維持できなくなったゴーレムは、粉塵をあげ崩れ去っていった。
後に残るのは、ゴーレムだったその鉄のかたまりのみ。
戦士達は歓声を上げ、勝利の雄叫びをあげる。
それに呼応するかのように、扉はひらき、皆でそのばにへたり込む。
しかし、勝利の余韻は消えない。
お互いの傷と、健闘をたたえ合い、新鮮な空気を皆々存分に味わった。
プネレーネも、その中の1人だ。
殺戮を生き甲斐とする魔族は分からないだろう。
この達成感と喜びは、到底ザティラス達とは分かち合えないだろう。
このとき、プネレーネは心底人間界に来て良かったと、サリアスに出会えて良かったと、本当にそう、思っていた。
「・・・ここに、ヴァングウィッシュを携えた戦士プネレーネを迎え入れる」
城の庭で、プネレーネら戦士達を前に、アースクライの大臣が高らかに言葉を掛ける。
プネレーネがアースクライの城に帰還したときは、城の貴族達はあまりの出来事にショックを受けていた。
この国の至宝、ヴァングウィッシュをその手に掲げ、しかも封印道へ送ったはずの戦士達が、威風堂々とかえって来るではないか。
前代未聞の出来事である。
あの封印の間に入ったもので生きて帰れた者はいない。
そう。いなかったのだ。
だが、見よ。
プネレーネの掲げるヴァングウィッシュは見まごうことなく、伝説の魔剣であった。
常に蜃気楼のように揺らめくオーラが、刀身を妖艶に包み混んでいる。
魔法を使えない彼らでも分かる。
あれが、ヴァングウィッシュなのだと。
「プネレーネ、汝は何を望むか。アースクライは如何様にも汝の願いを聞き入れる所存だ」
「もし、出来ることならば、この剣を私に下さいませんでしょうか」
「その剣は汝にしか扱えぬ、よってその剣は御前の者だ。他に願いはないのか?」
「ありません」
なんだって?
貴族達はプネレーネのその言葉にざわついた。
ばかな、この国の君主にでも、どんな金をも得られるというのに。
「では、この国の王宮騎士団として活躍してもらう・・・」
「それは出来ません」
大臣の言葉が終わらぬうちに、プネレーネは否を唱える。
「この国に仕える最高の称号を与えようというのに、それは何故だ?」
「私には既に命を懸けて護ると決めた君主がいるのです。私はその人を護るためにこの剣を欲しました。そして、栄誉を与えるべきは私ではありません、彼らです」
そういうと、プネレーネの後ろで控えた数人の戦士を指す。
「彼らがいなければ私はこの剣を手にすることは出来ませんでした。むしろ、彼らこそがこの国を護る有能な戦士達ではないでしょうか」
「・・・分かりました」
そう答えたのは大臣ではなく、年端もいかない少女だった。
「姫様」
いつの間にかそこにいたのだろう。
プネレーネの正面で膝立ちになり、プネレーネの手を握る。
まだ小さな手は、大いなるアースクライを担う手だった。
その手で、祈るように額に手を付け、うっすらと笑う。
「貴方の意志。確かに伝わりました。しかし、なればその貴方の君主様を明日この城にお連れしてきてください。少なからず祝いを捧げたいと思います。受けてくれますか?」
「・・・はい。慎んで申し受けましょう」
「・・・よしなに」
そう言うとしずしずと姫は城に戻っていく。
それを見て、大臣は大仰に吐息を吐く。
「姫様の申したとおり、明日皆々この広間に集まって貰いたい。プネレーネ殿だけでなく、あなた達もだ。アースクライはそなた達を迎える」
おお!
互いに顔を見合わせ、喜びに舞い上がった戦士達は、プネレーネを囲み、喜びを分かち合った。
ありがとう、貴方のおかげだ。
助かる、偉いです。
などと、口々にプネレーネを祝福する。
不思議な気分だった。
魔族の頃では決して味わえない、とても高揚した気分。
もっとすごいことをしたい、もっと人のためになりたい。
傍らにたたずむヴァングウィッシュはそんなプネレーネを見て、彼もまた不思議な気分を味わっていた。
『魔族の者に、これほどまで変えてしまうとは。プネレーネの君主とは一体・・・』
だが、そんな彼女を見ているとそんなことはどうでも良くなってしまう。
その、まるで太陽のような微笑みに。
「アルス、殿」
宿の前で腕組みをしてアルスはプネレーネを待っていた。
「来たか」
と、傍らのボールを地面に叩いて潰れたような生き物、否。
饅頭の様な形をした黒い物体を見て、アルスは目を細める。
「・・・それがヴァングウィッシュだな」
一目でそう看破されたので、改めてプネレーネはアルスに興を覚える。
「そうです」
プネレーネはそう言うとヴァングウィッシュを抱きかかえる。
「瘴気による生命体に疑似しているのか。なるほど、この世の物とも思えない力を感じる」
「分かるのか?」
「ああ。おれの剣は役に立ったか?」
一つ頷き、腰に差した剣と、背中に背負った剣をアルスに差し出した。
「とても良い剣だ。とても助かった」
「そうか。それは良かった」
そういうとアルスは普段と同じように剣を装備する。
「・・・ヴァングウィッシュだが」
「はい」
「いくら瘴気とはいえ魔界の者や、暗黒を従える者達には効きにくいだろう。それとは別に予備の剣を持っておくといい」
「だが、ヴァングなら・・・」
「確かにその剣は強大な威力を持っているだろう。しかし過信してはならない。常に己の得手、不得手を心得ておくのが生き残る何よりの知識。サリアスを護るなら尚更だ」
と、おもむろに銀の剣を抜き放つ。
「このシルバーソードは悪魔、魔族と言った闇の者に特化的な祝福を与えてある。バスターソードは硬い敵にも有効だ。こういう風に使い分けることも戦闘の知識とも言えよう」
プネレーネは感心して頷いた。
「ただ、おもむろにヴァングウィッシュを使うのは危険すぎる。サリアスもそうだが、あのような剣を戦闘になれない内に使い慣れてしまうと慢心によっていつか絶望してしまうかもしれない。それを助けるのも御前の役目だと、俺は思う」
「分かった。肝に銘じておこう」
アルスは天高く浮かぶ星を見上げる。
いくつもの星の瞬きにその身を照らす。
「そうだ、アースクライを出る前に御前に剣の扱いを教えよう。どうだ?」
「私に、稽古を?」
「不服か?多分こんな有益なチャンスは二度と無いぞ」と、アルスは不敵に笑う。
なるほど、自分は確かに剣の扱いにはなれていない。
並の魔物なら瞬時に力任せでも押し切れるだろうが、アイアンゴーレムのような異質な魔物にはそれなりの剣の技が必要だ。
「よろしくお願いします」
アルスは手を振り、宿に入る。
稽古が欲しいときいつでも言ってくれ。
そう言うとアルスはその場を去った。
腕に抱いたヴァングウィッシュが身もだえする。
「どうした、ヴァング」
『あの者。アルスと言ったか、人間にしては凄まじい力を有しているな』
「そうだな」
『まぁ、御前もそれなりの力はあるが、あいつの言う通りめったにないチャンスだ。出来るかぎり技を学んでおくと良い』
「・・・わかっている」
サリアスはとうに部屋で寝てしまっているだろうと思ったが、宿のロビーで眠っていた。
待ち疲れたのだろう、ソファの上で丸くなって寝ている。
ふと二階を見上げると、アルスが笑っていた。
笑みを返し、静かにサリアスを抱き上げる。
その、暖かい重みがプネレーネの護るべき命。
プネレーネはその安らかな吐息を胸に感じながら、サリアスを部屋まで運び、ベッドに寝かせる。
「ありがとう。サリアス様」
そういって静かに部屋から出る。
自分も部屋に戻って、軽装に着替えて床につくと、いままでの高揚した気分も落ち着いて、気分も楽になった。
人間界はなんと良いところだろう。
プネレーネは人間の善と悪を知っていた。
だからこそこの出会いはとても幸運だったと言えよう。
魔界で暮らしていたとき、思い馳せてはここに来ることをあこがれた。
だが、ザティラスまでもこの人間界に来てしまった。
魔王の座などイラナイ。
私は私の道を行くんだ。
だが、ザティラスに魔王の座を明け渡してしまえば、それこそ魔王の寝首を狙うだろう。
そして、自分の故郷を荒廃させてしまう。
それだけはさせたくない。
先代魔王である父はいま、どうしているだろう。
姿を見たことがない父。
声すらも聞かせて貰うことが出来なかった父。
手紙のやりとりだけで、どんなわがままも許してくれた父。
思いはいま、全てサリアスの形をしていた。
出会って、間もないのに。
全て天命だとでも言うように、サリアスから離れたくなかった。
魔界を取るか、サリアスを取るか・・・
いつしかプネレーネは眠りについた。
ヴァングウィッシュはそんなプネレーネを眺めた。
『・・・魔界も、人間界も、私の生きた時代とは様変わりしてしまったな』
だが、それで良い。
この時代は、この時代に生きる者がつくりあげる歴史だ。
この先に何があるのか。
何が待っているのか。
それは、かつて人間界を支配した魔王ヴァングウィッシュでも分からないことだった。
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