AIFREAD血盟(サリアス日記)

AIFREAD血盟(サリアス日記)

破望の章-5-


城ではすでに封印道を攻略した仲間達がそろっていた。
彼らは思い思いに食事をしたり、雑談をしたり、冒険淡を聞かせたり、音楽や出し物を楽しんだりしていた。
プネレーネはサリアスを連れ、アースクライの姫君を捜す。
姫は高台の上でプネレーネの姿を見つけると、バルコニーに呼んだ。
「お待たせしました」
「いいえ、それで、この子が貴方の?」
「はい」
そういって、サリアスがプネレーネの背後から顔を覗かせると、姫は絶句した。
「サリアス様!」
「ご存じなんですか?」
姫は意外にもサリアスを知る者だった。

バルコニーに用意したテーブルで、卓を囲むと、今一度姫は確認をする。
「本当にサリアス様なのですね」
「そうです、アイフリードの国が滅んで、そこをアルス殿らが救助したと聞きました」
「僕を知っているんですか?」
「知っているも何も、貴方はアイフリードの王子でしょう。私のことお忘れなんですか?」
「アイフリードの、王子!?」
サリアスとプネレーネは互いに顔を見合わせた。
事情が全く分からない姫は困惑した。
「違うのですか?その剣は見まごう事なきアイスコフィンではないですか?それを所持していることこそ何よりの証拠」
そんな、この人が、あのお方の息子。
「僕が、アイフリードの王子?そんな・・・そうだったの?」
「サリアス様・・・。姫様、サリアス様は記憶を失って居られるのです」
プネレーネの説明に姫は納得のいかない顔をした。
「じゃあ、記憶喪失?それはまた何故です?」
「私が、アイフリードを・・・」
「プネ!」
プネレーネが事情を説明しようとしたとき、サリアスはプネレーネのそれを、言葉をとがらせ止めた。
「・・・サリアス様、ですが、私は・・・」
「だめだ、それではプネが・・・」
サリアスはしぶい顔をしてうつむく。
分かりました。と、プネレーネも口を閉ざす。
「僕が記憶を失ったのはたぶん、アイフリードから誰かに飛ばされたからだと思う。なにか魔法のようなもので強制的に追い出されて、それで・・・」
「では、私がロージェリア・シルク・オー・アースクライという名であることも?」
「・・・申し訳ありません」
「いえ、良いんです。サリアス様が見えたとき、私は貴方にこの国を捧げようとしました」
「姫様!そのようなこと!」
侍女の猛烈な反抗にロージェリアは首を横に振る。
「いえ、私は本気でそう思いました。この国を統べるはずの王はなく、見渡せば水面下で、私を追いやろうとしている浅はかな者達ばかり・・・」
「姫様・・・」
先日不慮の事故でロージェリアの両親は他界した。
噂では暗殺されたのでは無いか?
と、いまだその真相は明らかになっていない。
城の者は姫である自分になにか大事なことをひたすら隠しているようだった。
「彼らの方がよっぽど信頼できます」
といって、バルコニーから眼下を見渡す。
そこにはプネレーネとともに活躍した仲間達がいた。
「私もあの輪に入りたい・・・」
どこか切なげで、笑うことや楽しむことを忘れてしまったかのように、彼女は打ちひしがれていた。
「でも、この国は貴方の国だ」
サリアスはロージェリアの手を握り、熱心に語る。
「僕の国は魔族の手に渡ってしまったけれど、まだこの国には生きる希望がある。この国の人達はみんな生き生きとしていたよ!魔物に襲われたって、家屋が倒されたって、みんな協力して復旧しているじゃないか」
アイフリードは滅ぼされた。
事実と真相は分からないが、サリアスの必死さを見れば火を見るより明らかだ。
ただでさえ積雪で作物が乏しい国で、国をなくされてしまったのだ。
王子は記憶を失って尚、立ち上がろうとロージェリアを励ます。
その心遣いは嬉しかった。
「サリアス様・・・」
「逃げているだけじゃ、何も変わらない。なら、最後まで足掻いて、足掻いて、やり遂げて見ようよ。この国は、姫は未だ生きているのだから。僕にできることがあれば協力するよ。アイフリードは滅んでしまったけど、きっといつか取り戻す」
「ありがとう、サリアス様。そうですね、私がこの国をきっと支えていきます」

その後幾分か気分が安らいだのだろう、会話に花が咲き、午後の日差しも強まった頃、ロージェリアは何かを思いだしたように手を叩く。
「そうだ、忘れていましたわ。プネレーネ様、ヴァングウィッシュだけではサリアス様をお守りするのに十分な装備とは言えません。ですから・・・」
ロージェリアは兵士を呼び荷物を持ってこさせる。
それは深紅の鎧だった。
「これを差し上げます。どうか、お使いになって下さい」
「これを?私に?」
プネレーネはその深紅の鎧を見つめた。
「きっと似合いますわ」
サリアスも笑顔でうなずく。

街を行く人皆がプネレーネを振り返る。
・・・見られている。
そう思ってしまうと、胸の鼓動が止まらなくなる。
顔を真っ赤にして体を畏縮させる。
サリアスの小さい体に身を隠すようにしながら歩く姿は滑稽だった。
「恥ずかしいです、サリアス様・・・」
蚊の鳴くようなプネレーネの声がサリアスの耳元をくすぐる。
「そんなことないよ」
サリアスは立ち止まってプネレーネを見上げる。
美しい肢体に深紅のブレストアーマーが映える。
その胸元を巨大な桃色のリボンで飾り、それが背中に蝶の様な羽に見える。
腰を前開きの深紅の鎧でフレアスカートを押さえる。
肩当てと、ガントレット、ブーツとこれらもまた深紅に彩られていた。
何処から見ても恥ずかしくない、いっぱしの騎士に見えた。
だが、こういった格好を、好奇な目で注目されることになれていないプネレーネだった。
「よく似合うよ」
そう言うと、サリアスはプネレーネの手を握り、再び街を歩いた。
日も暮れかけて、日差しが昼の物から徐々に赤みを帯びている。
プネレーネの鎧のように、街が徐々に赤く染まっていく。

きゅわわわ~~ん!きゅああああん!
いままで聞いたことがない音が、サリアスとプネレーネを阻む。
耳をすまさなくても分かる、人垣の中から聞こえるその声に、街の人達も興味をもって集まってきたのだ。
人をかき分け、二人はその音の原因を目撃する。
それは檻に入れられた小さな人だった。
「ここから出して!お家に帰るの!」
きゅああん、きゅわああん!と泣きながら必死で檻をゆする。
その檻を大事そうに押さえている商人が、この小さな子を競りにかけているところだった。
「さぁ、銀貨50枚がでたよ、珍しい妖精だ。そんじょそこらじゃめったにお目にかかれない!どおだい、おくさん」と、陽気に人を集めては値段をつり上げていく。
しかし、そんななかにも可哀想だよ、と心配したり、人間のする事かね、とさけずんでいる人もいた。
「おじさん、どこで見つけたの?」
サリアスはこの妖精が気になった。
商人が賞品を扱うのは分かる、生き物もペットなど売買するのも分かる。
しかし、この子は人語を理解する。
さらには嫌がっているではないか。
そんなことを気にせず、商人はサリアスに説明した。
「ふふ、ちょいとアースクライによる前にコルロの島で見つけたのさ。おっと、もういないぞ。どうやら、妖精達は警戒心が強くてね、捕まえたのはこれいっぴきだったってわけだ」
にやにやと得意げに話す商人は、買う気がないならあっちに行けと言う視線をサリアスに送った。
「可哀想だよ、嫌がっているじゃないか。どうしてこの子を商品にすることが出来るんだ!」
サリアスの言い分に周りの人も同調する。
そうだよ、おかしいじゃないか。
ざわざわと、人々が商人に冷たい視線を浴びせる。
「け、こちとら商売しないと生きていけないんだ!だったらどんな手段を使っても生きていきたいさ!ほれ、かうのか?」
たしかに人はいきるためにお金が必要である。
だが、どんな手段をといっても、この子は明らかにこの商人が誘拐したのだ。
許されるはずがない!
「だけど、おじさんはこの子を連れ去ったんだよ?おじさんの勝手なわがままで。いくらなんでも誘拐してまでお金を稼ぐなんて」
「誘拐じゃない!それにこいつは人間じゃない」
この言葉にプネレーネはいきり立った。
「・・・御前、人間じゃなければ全て御前の供物なのか?傲慢にも程があるぞ!」
夕映えに赤く輝くプネレーネの鎧が勇ましくかちゃりと鳴る。
その形相に商人はあわてる。
「そ、そんなことはない。しかし、これはだな」
「サリアス様、この男、斬ってもよろしいでしょうか」
なおも言い訳を繰り返す商人に対し、ヴァングウィッシュを抜き放ち冷たく怒るプネレーネのその言葉は、その場にいた全員が凍り付いた。
「ひ、ひぃ!」
恐怖に戦き、商人は思わず後じさり、しりもちを付いてしまった。
「そこまでしなくても良いよ。おじさん、この子を放してもらえないな?」
「だけど、だけど・・・」
死を前にしても金のことを考える強欲さに呆れたが、この辺りを商人魂というのかな、とサリアスはある種尊敬を抱いた。
分かったよ、と荷物袋からお金を取り出し、商人に握らせる。
「あいにくそれしかないんだ。だけど、この子はもらっていくよ?」
商人はすかさず何度もうなずき、ヴァングウィッシュの切っ先から逃れていった。
「プネ」
サリアスはプネレーネを見上げると、檻を指した。
それの意味を了承すると、アイアンゴーレムをも切り裂いたヴァングウィッシュが檻を真横になぎ払うと檻の蓋の部分を切り裂いた。
ヴァングウィッシュが元の姿、この場合魔物のような姿になるのと同時に、檻に閉じこめられていた妖精は勢いよく飛び出した。
おおっ、と人々が歓声を上げる。
妖精の飛んだ軌跡に赤く染まった空を、輝く鱗粉のような粉が舞い散る。
そして、ありがとうありがとう、とサリアスの周りを忙しなく飛び回った。
やがて、飛ぶのに疲れたのか、サリアスの頭の上に降り立った。
「助けてくれてありがとう」
「ううん、もううかつに人間に近づいちゃダメだよ」
「大妖精様もそう言っていたわ。でも、お花畑でついうとうとしちゃって・・・」
どうやら捕まえられていた間ずっと反省していたのだろう。
「でも、ゴメンね。すぐ君をかえしてあげたいんだけど・・・」
「私、シーヴァ。コルロの妖精の森から来たの」
その、コルロという場所が分からないんだ。と、サリアスは説明する。
自分たちはこれからアースクライからでなければならないこと。
旅をしていて、更には自分の記憶がないことなどを妖精に聞かせる。
その話の間中、ようやく平静をとりもどした商人は自分の手のひらの中を覗く。
サリアスに握らされた硬貨は夕暮れも終わり、明かりが乏しい中でも金色に輝いていた。
商人は目をしばたいた。
眺め透かして、あかりを捜す。
露天のランプに当ててみる。
まごう事なき金色の硬貨。
それは金貨だった。
「ひ、ひぃ!!」
商人はこれまで金貨を見たことがなかった。
もう一度自分の手のひらを確認する。
裏返したり、転がしたりしてみる。
だが、おかしい。
なぜこのような金貨をあの少年はもっていたのか。
あのように真摯になってまで懇々と説得していた彼は、一体何者なんだろうか。
ふと、少年を見る。
少年は妖精に話を聞かせるので夢中になっている。
金は欲しかったが、このような事を望んだわけではなかった。
確かに大金は嬉しいが、これではあまりに自分が惨めに思えてくる。
このまま去ることも考えた。
大金だ。
いいじゃないか、あの少年は自分からあの妖精を買い取ったのだ。
だが、しかし。
「スミマセン、騎士さま」
商人はプネレーネのスカートをつかむと、振り返ったプネレーネのその手に先ほど渡された硬貨を返却する。
「これは?」
「そのお金は頂くことが出来ません。私は、心を入れ替えて商売に励むことを誓います。どうか、あの少年にそれをお伝え下さい」
では。と、その商人はプネレーネの反応を確かめもせずその場を去っていった。
重そうな荷を背負って。

ボォォオオオ・・・
朝焼けに煙るアースクライの港に、動力を得て煙を吐く商船があった。
サリアスとプネレーネを乗せた船だ。
サリアスらを見送るアルス達の他にも、プネレーネと共に戦ったメンバーや、ロージェリア姫達も見送りに港へ来ていた。
ボォォオオオオ・・・
いよいよサリアスの旅立ちだ。
船はユングリーに向けて出航する。
アルスに抱きつき涙で顔を上げられないティナ。
ティナを抱くアルス。
両手をめいっぱいふって見送るアイティー。
それを後ろで見送るアースクライの人達。
彼らは一心に祈る。
サリアスの武運を。
ボォオオオオ!

遂に港を出る船が、名残惜しそうに煙を吐き、船頭を西に向ける。
これから3週間の船旅だ。
船縁でプネレーネとヴァングウィッシュ、シーヴァという妖精と一緒にアースクライの港を眺め続けた。

船旅は順調だった。
ときおり魔物も襲ってはくるが、サリアス達が追い払う。
船長も、頼もしい戦士だと、目を見張る。
何日も何日も飽くことなく見つめ続けた海。
やがて大きな山が見えた。
「陸が見えたぞ!」
船長の大きな声でみな目を覚ます。
船から覗くその山は頂上は雲を被っていたが、とても大きかった。
「ここがユングリー」
ここに、サリアスの記憶の手がかりになる、何かがあるのだ。
そう思うと、サリアスとプネレーネは不安と期待を織り交ぜながら、神妙な面もちでユングリーの島を見続けた。

入国の手続きを済ませ、今晩泊まる宿を探す。
さすがに信仰心あふれるユングリーにはゴミ一つ落ちていない。
綺麗でとても清潔な街だった。
そして、酒場も見あたらない。
なるほどアイティーさんには居心地が悪そうな街だな。
不謹慎にもそんなことを考えてしまった。
聖職者のほとんどが、この山のてっぺんにある天空神殿を目指す。
かつて天空人がそこから天地を渡ったといわれを持つ神殿だ。
いまは昔の戦争によって天空人は絶滅している。
絵画や伝承にしか残っていないのだった。

銅貨400枚程度の手頃な宿を取り、プネレーネと共に食事を摂り翌朝に備える。
アルスはレントケンナの港から東へ行けと言っていた。
簡素な地図も貰っている。
街の案内を見ればこの港がレントケンナであることは確認できた。
そこからセルモアを目指す。
アルスから神父宛の案内状を貰っている。
朝、朝食を摂った後、詳しい地図を求める。
ギルドに向かい、地図を手に入れると、ユングリーのギルドマスターから龍の話を聞いた。
「龍?ここには龍がでるんですか?」
ギルドマスターは大仰に頷く。
「ああ、まいっちまうよ。林道や山道に出るらしい。こうトカゲがでっかくなった奴みたいな噂だ」
「結構出るんですか?」
「最近になって突然だよ。並の武器じゃ歯が立たないし、魔法も効かないときたもんだ」
何度か討伐隊を組んで倒そうと試みたが、返り討ちにあったらしい。
「いまじゃこの有様さ」といって、奥のビラを指す。
野良ドラゴン討伐者は賞金金貨1枚。
大したやつだな。と、サリアスは感心した。
「あんた達も出会ったら逃げた方が良い。どんな武器もきかないんじゃお手上げさ」

「龍か」
ギルドを出て、サリアスは自分の剣に手を掛ける。
「僕の剣や、ヴァングウィッシュでも敵わないのかな?」
『無理だろう』
ヴァングウィッシュはサリアスの言葉を否定する。
「無理だと、ヴァングは言っています」
「どうして?」
『私や、サリアスの剣はマナの属性を攻撃力に転化している。少なからずさっきの話の主が、本物の龍であったならば、魔力の類は一切効かないだろう』
言葉の通じないサリアスにプネレーネはヴァングの言葉を通訳して説明した。
『どうしてもドラゴンにダメージを与えたいなら、ハンマーとか鈍器だな。だが、それでも倒せるとは限らないが』
「大丈夫!ドラゴンが出ても、シーヴァがまもってあげるよ」
神妙な面持ちの一行に妖精シーヴァは胸を張る。
そんなシーヴァの様子にサリアスは心なしか安堵した。
「あはは、ありがとう。でも無理しないで」

サリアス達の行く道は山を迂回して、いったん北へ向かい、そこから東を行くルートだった。
期せずしてドラゴンの目撃範囲からは逃れる事は出来たが、海岸線には隠れる場所が少なく、少なからずやむを得ない戦闘をすることもあった。
忙しなく集団で襲い来る赤いネズミ。
ぶんぶんと気味の悪い羽音を響かせる蠅。
海からはヒトデやカニまで襲いかかってくる始末だった。

野営をして4日目。
とうとう岬に人里の明かりが見えた。
意気揚々と村に近づくが、誰もいない。
様子がおかしいことに気づいて、辺りを探る。
分かったことはここがセルモアであることが間違い無いことと、人が誰もいないことだった。
仕方なく村をでて、ふと山を見上げる。
村の先の峠で何か人が集まっているのが見えた。
あれは。
「盗賊だ!」
サリアスは剣を抜き放ち、騒ぎに駆けつける。

いそぎプネレーネも後を追う。
しかし追いついた時には、既にサリアスが盗賊達を一網打尽にしていた。
すごい。
プネレーネは思わず心の中で呟いた。
これまでの戦闘の時でもそうだったが、サリアスの剣技は内申舌を巻く思いだった。
その成長ぶりは神懸かりとしか思え無い。
辺りにうめき声を上げる盗賊達を後目に、プネレーネは頭目と思われる男と、サリアスの決闘を見守った。
疾い。
男は得意の得物を振ることすら出来ずに、サリアスに翻弄されている。
だが、サリアスはなかなか決め手になる攻撃を出来ずにいた。
なぜなら男は人質を取っていた。
村の子供だろう、左手に子供を盾に取り、サリアスの攻撃を防いでいるのだった。
プネレーネはそれを見た瞬間、血が沸くのを感じた。
今まで感じたことのない激しい怒り。
だが、手が出せない。
サリアスが、子供が、プネレーネの攻撃の範囲に入ってしまう。
プネレーネは唇をかんで、必死に対策を練る。
その時、ドォン!と言う音と共に、村の背後から熱風が吹き付けた。
何かと思い振り返ると、村に火の手が上がっていた。
盗賊の生き残りの残党達が火を放ったのだ!
プネレーネの瞳孔がキュッとすぼまる。
アイフリードの真っ赤な惨劇が脳裏にフラッシュバックする。
「き、貴様らぁああああ!!!」
激しい怒りに満ち満ちた感情そのままに、プネレーネの鼓動が早くなる。
バシャア!
背中からドレスを突き破り、鮮血と共に翼が生まれる。
瞳が金色に輝く。
咆吼と共に、何かと見つめたサリアスと男の視線から一瞬でプネレーネの姿が消えた。
瞬間!
「っ、!?」
「ぐがああああああ!?」
サリアスは目を見張った。
今まで相手をしていた男に覆い被さるように、頭と腹に爪をねじ込むプネレーネの姿がそこにあった。
まさに神速の速さで男を捕らえるプネレーネ。
そしてそのまま、術を詠唱する。
「ヴォルテックヒート!」
ギュドム!
肉が爆ぜるいやらしい音と共に、男を肉塊に変えつつ、更には背後のむらの火の手までをも消し去る。
子供をとっさにサリアスが庇い、抱き上げる。
幸運なことにこの子供は気絶をしていて、眠っているようだった。
びびっと、両の手に付いた血を振り払うと、今度は残党へとその視線を向けた。
残党達はその形相に恐れおののきハチの子を散らすように逃げ出す。
プネレーネの悪魔のような翼が、ばさりと翻る。
「ダメだ!」
とっさにプネレーネを抱き留め、今にも飛び出そうとしていたプネレーネを取り押さえる。
「それ以上はだめだ!!」
必死に抱き留め、そうされることで落ち着いたプネレーネは徐々に表情が戻ってくる。
「・・・サリアス、さま?」
「プネ・・・」
「サリアス様。ゴメンな、さ・・・」
どさり。
プネレーネはそのままサリアスに覆いかぶさるように、意識を途絶えて倒れてしまった。

どうしてここにいたのだろう。
どうやってここにきたのだろう。
闇の中で、サリアスと二人で子供をあやしていた。
子供は生まれたての赤ん坊で、しかし何処かうつろな表情で呆けているばかりだった。
護っているのだ。
サリアスと二人で。
しかし、周囲は夥しい血と、肉が燃える炎で真っ赤になっていて、闇を照らす毒々しい赤色で染まっていた。
その周囲に転がる肉塊をプネレーネは知っていた。
全身を炭にしてなお立ちはだかるアルス。
両手と両足を失い、その美しい髪を赤々と燃やすアイティー。
その周囲に終末の華を添えるかのごとく舞うティナ。
彼女はそれでもなおサリアスと共にその赤子を護っていたのだった。
周囲のことがまるで目に入らないかのように。
そして、世界は終末の叫びをあげる。
プネレーネとサリアスを残して。

「・・・ここは・・・」
プネレーネは目を覚ました。
夢だったのだ。
とてつもなく邪悪で、果てしない闇。
しかし、目を覚ましたときには既に、夢の切れ端は曖昧で思い出せない。
朝だった。
どうして自分がここにいるのか最初分からず、アースクライで貰った鎧は脱がされ、ヴァングウィッシュの姿はなかった。
サリアスの姿もない。
急にどうしようもなく寂しくなり、体を起こそうとするが、力が入らない。
とてつもない虚脱感と疲労で、体の隅々に重りを架せられているようだった。
裸ではなかったが、簡素な服や布団でさえ重りに感じる。

トントン。

しばらくしてドアをノックしてサリアス達が入ってくる。
「・・・サリアス様」
その声にサリアスははっとしてプネレーネの傍らに駆けつける。
「プネ!目が覚めたんだね。よかった」
笑顔と何処か安心して泣き顔になるサリアスを見て、プネレーネの心がきしんだ。
「私は、どうしたのでしょう?サリアス様が決闘をしていて・・・」
「盗賊が村に火をはなったんだ」
ああ、そうだ。
あの赤がアイフリードを思わせて、私は魔の力に支配されたのだ。
常にサリアスといることで薄らいではいたが、やはり捨て切れていなかった。
だが、この虚脱感は。
「いまね、神父様を呼んでくれているんだ。それまでこの村で安静にしていた方が良いよ」
「スミマセン」
あやらないで。と、サリアスはプネレーネの額に張り付いた髪を静かにはらってやる。
毒気の抜けた表情をしたプネレーネは、儚げで見ているこちらも悲しくなる。
シーヴァがそんな空気を払うがごとく、笑顔を振りまく。
「プネ、ラズベリーさんがね、元気になるようにって、これをくれたんだよ!早く元気になってね」と、赤い実をプネレーネの傍らに置く。
さすが花の妖精だけあってか、草花と会話が出来るようだった。
その時貰ったのだという。
そしてヴァングウィッシュも心配そうにしている。
そんな皆の気持ちが申し訳なくて、ありがたくて、プネレーネは少しだけ泣いた。

次の日の昼、サリアスが村の子供達に旅の話を聞かせていた頃、プネレーネの寝ている小屋に、数人の若者に連れられたシスターが入っていくのをサリアスは見た。
プネレーネが気になったが、とにかくあの人に任せようと、その時のサリアスは思った。
しかし、重体だったのか、なかなかシスターの姿が出てこない。
中に入った数人の人らも出てこないのがとても気になった。

やがて夕方になり、日も沈み出す頃、子供らと別れ、プネレーネのいる小屋に向かう。
そっと扉を開け、中の様子をうかがうと、深刻な表情で話し合っている村の人達がいた。
「あの、プネは・・・」
「おお、サリアス君。実は山にあるシスターミリアに来てもらって、彼女の様態を看てもらった」
「それで・・・」
数人の男は顔を伏せて黙ってしまう。
一番年輩の人が、リーダー格なのだろう、扉を見つめ言う。
「体内の生気が弱っているらしい。状況は悪いそうだ。いま必死にシスターが法術でいやして下さっている」
「そうですか」
様子を見に行っても良いですか?と、サリアスが問うと、リーダー格の男はそばにいてお上げ、と皆を引き連れ、家を出ていった。
サリアスへの気遣いだろう。
山鳥を煮込んだシチュウがことことと、優しい音と、暖かい臭いを運んでくれている。
焼きたてのパンがテーブルを飾り、湯気を立てていた。
しかし、それよりもサリアスはプネレーネの事で頭がいっぱいだった。

扉をノックすると、どうぞと、優しい声で返事が返ってきた。
プネレーネの声ではない。
多分シスターだろう。
失礼します。と、こわごわドアを押し開け、いまは静かに眠るプネレーネの姿を確認する。
「私はミリアです。いま神父様はご多忙のため私が代わりに来ました。貴方がこの人の連れ?」
「はい。そうです。様態はどうなんでしょうか?」
「・・・はっきりいってあまりよろしくないですね。マナとも違う、何か決定的な物が足りない感じで・・・。この人とは何処で?貴方の家族ですか?」
「いいえ、でも、大切な仲間です」
「そう、この人。人となにか違う感じがして」
「はい、魔族です」
「魔族?」
サリアスは心配そうにプネレーネを見つめる。
「貴方は何処からきたの?まだ若いのに、名前は?年は?」
話題を変えようとしたのだろう。
シスターはプネレーネの部屋からでて、サリアスと食事を共にした。
その席で珍妙な仲間、丸い魔物と妖精とで食事を摂るのは少し気が引けたが。
しかし、それを気にした様子を見せず、サリアスは質問に答えた。
「僕はアイフリードから来ました。名前はサリアスと・・・」
「サリアス、ですって?まさか」
シスターは席を立ち、サリアスの頬を両手ですくうようになぞる。
じっとシスターの綺麗な瞳に見つめられているのが恥ずかしくなって、つと視線を逸らそうと、しかしサリアスは何かに思い当たった。
この感じ、何だろう、酷く懐かしい・・・
「サリアス、なのね?ああ!サリアス!!」
突然シスターはサリアスを抱きしめると、激しくおえつを漏らしながら謝った。
「ゴメンナサイ、こんな格好をしてて気づかなかったでしょう。ああ、私は一日も貴方のことを考えなかった日はありませんでした!」
涙がサリアスの頬を伝わり、その暖かい吐息がサリアスを慰める。
酷く苦しい。
酷く耳鳴りがする。
酷く頭を揺さぶられる感じがして、サリアスは唐突に思い出した。
「・・・ねぇ、さん?」
シスターは涙で濡れた顔をごしごしと拭うと、ニッコリと微笑み頭巾を外した。
頭巾からこぼれおちる蒼天の髪がはらりと舞う。
その動作が、酷くゆっくりみえて、時が止まっているかのようだった。
「姉さん?」
もう一度サリアスは問うた。
シスターは、ミリアはゆっくり頷くと、今度はサリアスがミリアに飛びついた。
「ねえさん!ねえさん!!」
その優しい腕で、その小さな暖かみをミリアはそっと抱きしめた。

「そうですか、父上が・・・」
ミリアはそっと涙を拭い、亡き父の顔を思い浮かべた。
強く、優しく、誰よりも王らしかった父。
もう、二度と会うことは出来ない。
そう思うと、涙が取り止めもなく、あふれてくるのだった。
「僕は記憶を失って、アルスさん達に拾ってもらえたから良かったけど」
「辛かったでしょう」
「ううん。記憶がなかった分ショックは小さかったんだと思う。それにプネやアルスさん達がいたし」
「そう。それはよかった。でも、プネは・・・」
いまプネレーネは重い病に倒れている。
「魔族、特有の病気なのでしょうか?サリアスの話からすると、突然の変異によって急激に力を失ったとか」
「力の使いすぎだとすると、人間界にはない力なのかも。ヴァングウィッシュの言葉が分かればいいのだけれども・・・」
当のヴァングウィッシュは妖精のシーヴァと共に床に着いた。
そうでなくとも、もともとプネレーネとしか会話にならないので、何も解決にならない。

「万病に効くと謂われを持つ、伝説の薬が有ればもしかしたら・・・」
「伝説の薬?例えばどんなの?」
そうね、とミリアは手提げのカバンから古い書物を取り出した。
ふだん聖書と一緒に医学の本も持ち歩いているのだという。
しかし、これは医学の本と言うより図鑑のようだった。
「これの、伝説の医薬の章。伝説、だから今はあまり採取できないのかもしれないけど・・・」
そして書を取り出し、サリアスを抱くようにして書物を開き、ページをめくっていく。
そこには神のみぞ扱うとされる伝説の医薬についての特殊な項だった。
「ここにあるのがエリクシール、怪艪u時に治すみたいね・・・でも、怪我による症状ではないみたいだし。他にはアンブロシアという木の実、ユニコーンの角、龍の舌・・・」
「龍の舌・・・」
そう言えばここら辺に龍がでると聞いたな、とサリアスは思った。
「サリアス」
そんな龍のことを考えているのがミリアに看破されて、サリアスはおそるおそる姉をみる。
「まさか、最近出没するっていうドラゴンを倒して、舌を手に入れようとか、考えたんじゃないでしょうね?」
「う、うん」
「ダメよ!絶対。ユングリーの討伐隊だって手が出なかった相手なのよ?あらゆる武器をはじく鋼鉄に勝る鱗、魔力をもはじく強靱な肉体。それに強烈な高温のガスの息。貴方に勝ち目はないわよ」
「それでも、アイスコフィンなら・・・」
「アイスコフィン?まさかサリアスが持っているの?でも、いくら伝説の剣でも無理な物は無理よ!それに龍の舌だって本当に効くのか分からないのよ?」
「うん・・・」
そういえば、ヴァングウィッシュにも無理だと言われたのを思いだした。
だが、いったん握り拳を作り、また開いて、そうして姉の優しい手を握る。
「でも、プネレーネを助けたいんだ」
「そこまでしてあの娘を助けたいのはどうして?」
サリアスはプネレーネの寝ている寝室を遠目に見透かすように視線を向けて、それから目を瞑りゆっくり語り出す。
「僕は、必死になって僕を頼るプネレーネと一緒に旅をした。アースクライで出会って、魔族から護って、一緒に生きて」
プネレーネがサリアスを頼るように、いつの間にかサリアスもプネレーネに依存するようになっていた。
共に笑い、共に悲しみ、共に歩き、共に食べ、何気ない日常が記憶のないサリアスと、この世界で生活することが初めてのプネレーネは、互いを補い互いで支え合った。
だからこそ彼らはここまで生きてこられたし、もしこの出会いがなかったらここまで来ることは到底あり得なかったであろう。
一言で言えば、そう。
運命。
「・・・僕と、おなじだからかもしれない」
「おなじ?なにが?」
「・・・なんでもない。とにかく僕はプネを助けたいんだ」
「しかたがないわね」と、ミリアは頭を振る。
「私も、このままではいけないと思うの。例え医者を呼んできても果たして治るのかどうか分からない。でも、出来ることはやってみるわ」
「姉さま・・・」
「だから、プネは任せて」
サリアスとしばし見つめ合い、互いに頷いた。
「どれだけもつかわから無い。けど、そんなには長く持たないことは確かだわ。出来るだけ急いで」
「はい、姉さん」

翌朝、プネレーネを救出するために出発しようとしたサリアスを、シーヴァはだだをこねてついて行きたがった。
頑なに危険を訴えるサリアスだったが、結局ミリアに諭され連れていくことになった。
セルモアから再びレントケンナを目指す。
龍の情報を得るためだ。
プネレーネのいない旅路だったが、そのプネレーネをすくうためだ、遮二無二サリアスは急いだ。
本来なら4日をかけて歩く旅路のハズだったのだが、サリアスは3日でレントケンナにたどり着いた。

早速情報集めを始めるのだが、如何せんサリアスは未だ子供。
得やすいハズの情報もサッパリつかめずにいた。
それでも尚食い下がり、酒場に入って情報を得ようとするも、並のバスターにさえあしらわれる始末だった。
途方にくれていると教会の庭で遊んでいる子供達が目に入った。
そんな様子を何気なく眺めていると、小さい女の子が声を掛けてきた。
「おにいちゃんかっこいい鎧ね」
気がつくとサリアスの周りに先ほどまで遊んでた子供達が集まっていた。
サリアスの珍しい洋装に興味を示したのか目を輝かせている。
「こんにちは。ボクはサリアスっていうんだ。龍を退治しにきたんだけど情報が集まらなくてね・・・困っていたんだ」
「まだ僕達と変わらないのに龍を倒しに行くの?」
子供達の中で一番年上に見える少年がサリアスの様子に感心する。
「どうしても、倒さなきゃならないんだ。ボクの大切な仲間の為に」
「ねえ、おにいちゃん、私たちも手伝えない?」
「龍を退治しに行くのはむりだよ!大人たちでも敵わないんだよ?」
「おにいちゃん一人で行くの?」
子供達の質問攻めに辟易しながらもいやな顔一つせずに受け答える。
「じゃあ、皆を連れて戦いにいくのは無理だけど、情報を手に入れてもらえないかな?」
「情報?」
「うん。龍がいる場所を特定できれば、ボクが退治しにいく。もちろん報酬も払うよ」
「報酬!」
「ほうしゅうだって!おにいちゃん」
年長の少年は初めての任務に興奮する子供達をなだめながらサリアスの依頼に協力を示した。
「どれだけ協力できるかわかりませんが、できるだけやってみますよ」
そういうと、手際よく誰はあそこに行って、彼はあっちにいって、など手際よく役割を分担していく。
「情報が集まるまでちかくの宿屋で休んでいてください」
思いの外、街の子供達はよく情報を集めてくれた。
日頃の冒険心をかき立てられたのだろう。
4日目の日暮れまでには大体の事が分かった。
彼らに先に情報収集の報酬を渡すと、必ず倒して戻ってくるよと言って、サリアスはその日にレントケンナを発った。

山の麓に煙が涌く泉がある。
その辺りで目撃されることが多い。
様々な情報と手がかりを集約すると、そんな内容だった。
子供達から得た情報を頼りに、一路セントエルモ山を目指す。
森を抜け、見渡すかぎりの草原と、山頂へ続く道はジグザグに続いている。
辺りは真っ暗だ。
シーヴァの発する妖精のマナの光で、ようやく足下が見えるくらいだった。
休むことを恐れるかのように魔物を駆逐しながら山を登り始める。
だがやはり疲労がにじみ出す。
体がきしむ。
軽装のはずの荷物と鎧が重くのしかかる。
足も重い。
だんだん意識も朦朧としてくる所に空き家を発見した。
サリアスのような旅人を無料で休ませてくれる施設だった。
魔物が入れないように、特殊な結界を施してもあった。
疲労が限界に達していたので、簡単な食事をシーヴァと共にしてすぐに横になった。
シーヴァはいろいろサリアスの役に立った。
今でも暖炉に火を灯したり、夜道を照らす光になったり、いろいろな面でサリアスを助けてくれていた。
1人ではきっと寂しくて、何も出来なくて、死んでしまっていたかもしれない。
そう思うと、なんとしてでもプネレーネを助けようという気持ちになってきた。
朦朧とした意識は長く続かなかった。
眠気は波になってサリアスを飲み込み、暖炉の火は疲れた体を優しく包み込んだ。
「おやすみ、シーヴァ」
それだけ言うと、後は夢の中だった。

山の新鮮な空気が肺に染み渡る。
大きく伸びをすれば、気持ちのいい風が体をいやしてくれる。
「しかし、すごい霧だな」
そういい、見渡せば、あまりの視界の悪さに閉口してしまう。
これでは先に進めない。
仕方なく、暖炉の残り火で朝食を作り、シーヴァが起きるのをまった。
朝食ができてくるとシーヴァも起き出す。
おはよう。と、挨拶を交わし、井戸から汲んできた水をシーヴァに渡す。
シーヴァはそれで顔を洗い、共に朝食を摂った。
外を眺めるが霧はなかなか晴れない。
すこし外を歩いてみたが、濃い霧の中は昨晩の夜闇の中を行くよりも怖かった。
「どうしようか、こんな所でグズグズしていられないな」
しかし、どうにも出来ないのが自然の業。
仕方なく小屋の中に戻り山の様子をうかがうことにした。

朝食を取り終えたシーヴァがサリアスの頭に乗る。
「すごい霧だね」
濃白の真っ白な一面を窓の外から眺めてシーヴァは感嘆する。
「何も見えないよ、これじゃ進めない。プネ・・・」
サリアスはプネのことを思い、俯く。
そんなサリアスをみて、シーヴァは明るく大丈夫だよ、と答える。
「こういう所にはね、妖精がいるんだよ。自然界に属するマナの濃いところに精霊は生まれるの。精霊は妖精を生むの。だからここには霧の妖精がいるはずだよ」
「霧の妖精?どうするの?」
「みててね」
シーヴァは得意げに微笑む。
小屋の外に飛び出し辺りを覗うと大きく息を吸い込み、叫ぶ!
「こんにちは~!!」
しばらくすると、霧が渦巻き、サリアスの前に1人の妖精が生まれた。
「きみが霧の妖精?」
「そうよ!貴方、人間ね?どうして私を呼べるの?」
妖精は白い霧を体に纏い宙を浮く。
なるほど、シーヴァに似ている。
「私が呼んだのよ」
当のシーヴァは、にこやかに両手をあげ返事をする。
しかし霧の妖精はいい顔をしなかった。
「何よ花の妖精。どうして人間なんかといるの!?あなた、禁忌の行動をしているってわかっているの?」
「わかってるよぉ。でも、これから妖精の森に帰るの」
「帰る?さらわれてるんじゃなくて?」
霧の妖精は疑いの目でサリアスを睨む。
サリアスは二人のやりとりに呆然となって返事を出来ずにいた。
「違うの!サリアスは私を助けてくれて。それで、私もサリアスを助けたくって」
シーヴァは霧の妖精に淡々とこれまでの顛末を放した。
出会ったところから始まり、プネレーネが倒れたことまで。
それをじっと漏らさず聞いていた霧の妖精は、なるほど、とサリアスを眺めた。
「わかったわ。サリアス、貴方は信用できる人間なのね」
「うん」
シーヴァは笑顔で何度もうなずく。
それに釣られて笑顔になりそうになりながら、霧の妖精は腕を組んでサリアスの肩に座った。
「で、私は何をすればいいの?」
「霧が濃くてサリアスが進めないの、何とか出来ないかな?」
霧の妖精はじっと考え込むと、ちらりと後ろを振り返った。
「私の霧は魔物を封じ込めているの。山の精霊と、水の精霊の力で押さえ込んでいるんだけれども」
「煙が涌く泉って場所まで行きたいんだ」
サリアスは霧の妖精に頼み込んだ。
とにかく今は進みたい。急がないとプネの様態も気になる。
「煙が沸くね・・・。煙じゃないけど湯気が出る泉ならこの先の山頂付近にあるわね。龍を退治するといったわね?」
「うん」
「そうね、確かにその場所に龍はいるわ。とても危険よ」
本当にいるんだな。と、今更ながらに緊張した。
だが、しかしここで引くわけには行かなかった。
「行きます」
「・・・分かったわ、そこまで案内してあげる。それにしても貴方達、人間が妖精と仲良くするなんて一度もなかったことなのよ?」
そう言いつつも霧の妖精は、濃霧をかき分けサリアス達に道を造った。
本来妖精は人前に姿を現さない。
生まれたときからそれは絶対で、禁忌だった。
かつて妖精狩りと称して人間達が妖精を乱獲してマナを強奪したために、妖精は一致団結して結界を張りそこで暮らすことを決めた。
以後三千年間これを護られた。
時折シーヴァのような脳天気な妖精もいたが、やはりおなじ運命を辿っていった。
それは嫌われもするな。と、サリアスは霧の妖精を追いながら思った。

どれくらい歩いただろうか。
濃い霧の中では方向感覚がつかめず、時間も分からない。
しかし、急に胃が重くなるような感じがしてきた。
何かと思い、よく観察すれば、奇妙な臭いが発生しているのだった。
「ねぇ、変な臭いがしない?」
霧の妖精は振り向きうなずく。
「そうね、この辺りには温泉があるから。そこに龍がいるのよ」
「温泉?」
「行けば分かるわ」
そう言われると何も言い出せない。
仕方なく後を追う。
この臭いが温泉というのなら、龍が温泉に居るという事で、龍が近いんだなと、サリアスは身構えた。
「さぁ、ここよ」
そこは一面湯気の立つ泉だった。
せせらぎは黄色い岩石からにじみ出し、もうもうと湯気を吐く。
滝が岩を削り、湯がそこに溜まる。
そのしたに赤色の岩がどんと構えていた。
否、岩ではない。
「あれが、龍よ」
ごくりとつばを飲み込み、湯の泉に身をゆだねる。
暖かい。
まるで気力と体力が懇々と湧き出し癒されるようだ。
この臭いも慣れると平気だ。
手頃な足場を確保して、大きい小岩のような龍の背中に声を掛ける。
「・・・龍よ」
しかし、龍は見向きもしない。
シーヴァと霧の妖精を下がらせると、今度は気迫を込めて叫ぶ。
「龍よ!御前の舌、もらいに来た!」
ドォン!
小岩に大きな翼が湯をはじくと、突風が辺りの霧と共になぎ払われ視界が晴れた。
ばしゃぁあん!ザザザ・・・
ぶわぁ!
龍の体から湯気が立ちこめ、凛とした瞳に闘志がほとばしる。
くわ!と、口腔を開け放つと、凄まじい気流と共に高温のガスがサリアスを襲った!
「ぬ、ぅうううううん!!」
盾で必死に気流を押さえて、サリアスは堪える。
そこに龍はばしゃばしゃと温泉の中を走り出し、サリアスに向かって爪を繰り出す!
防御に必死でサリアスは龍の行動に気づかない。
「サリアス!」
シーヴァの警戒の声にはっとなり、その場をとっさに飛び離れた!
ごしゃああ!!
岩石もろとも湯煙とともに砕く!
とっさに飛んだことで難を逃れたが、すぐにまたあの気流がサリアスを襲う。
「キーネンス!!」
気力を何とか充実させて、自分の身体能力を高める魔法を使う。
キィイイン!
全身が真っ赤に輝き、普段より数倍攻撃の力が増す。
「たぁああ!」
激しい猛攻をくぐり抜け、振り向き様に斬りつけ、払い抜ける。
十字の軌跡が龍を戒める!
サリアスの技のひとつのクルス!
だがサリアスの剣が龍の体に傷を残せない。
なんて固いんだ!
まるで木の棒で山を斬れと言われるような違いだ。
魔法も効かないのなら、鋼鉄をも貫通してダメージを与えるか、ヴァングウィッシュの言う通り鈍器でダメージを直接与えるしか方法はない。
思案している間にも、龍は休みを与える隙を与えずサリアスを追いつめる。
そこ無しの体力だ。
サリアスも必死に何度も受け流し、防御を重ねるが、それすらも押しのけて何度も傷を負う。
だが、隙を見て反撃に出る!
アイスコフィンを構え、マナを集中させる!
「フリーズメディア!!」
バリーン!ズガガガ!!
龍の足下を氷の牙を思わせる巨大な氷柱が襲いかかる!
より、強い力があれば龍にさえダメージを与えることが出来るはず。
「ヴォルケイノ!」
剣を下段から切り上げ、勢いそのまま袈裟切りを放つ、2段攻撃。
もはや防御も考えず、ただがむしゃらに技をぶつける。
剣を振る。
魔法を放つ!

シーヴァは必死に戦っているサリアスを見てハラハラした。
どの攻撃も、どんな技も龍には痛打にならない。
何かしたかった。
サリアスと出会ってからシーヴァは変わっていた。
何かが胸の中でこんこんとわき上がる。
霧の妖精はそんなシーヴァの様子に気がついた。
「花の妖精?あなた、何を?」
泣きそうな、それでいていつものように笑っているシーヴァは、両手を見つめ、サリアスを見つめ、そして、覚悟をきめたように龍を睨んだ。
「サリアス!」
ぎゅん!
と、龍の尾がサリアスをねらい打ちにしているところにシーヴァはサリアスの前に飛んでいく。
尾をかわしながら、シーヴァを抱き留め、龍から距離をとる。
「シーヴァ、離れてて!」
「サリアス、ダメ、私も戦う」
「何を?!」
サリアスがシーヴァを安全なところへ隠そうとしたところに、龍の爪が襲いかかる!
さっと爪をかわしたが、それは囮だった。
ぎゅん!
空中で逃れられない姿勢から、凄まじい勢いの尾がサリアスをぶちのめした!
「ぐああああっ!」
「サリアスっ」
シーヴァはその場に取り残され、だが、両腕を広げ逃げようとしなかった。
「私の中に眠る力を!いま、ここに!」
シーヴァが発光する。
体から、太陽さえも押し返せと、燦々と。
「シーヴァ・・・」
「木よ、草よ、我、花の妖精が命じる。捕らえろ!」
シーヴァのかけ声と共に、ざざざ、と木々がうごめき、ムチのように、縄のように龍の体を戒める!
「咲け!目覚めろ!ストレイディップ」
枝の先が爆発するように花が咲き、龍に眠りを誘う粉を吹き付ける。
だんだん闘志が弱まり、集中さえままならず龍は、サリアスのどんな猛攻にも耐えた龍が、シーヴァの力によって眠ってしまった。
「今!」
「はぁああ!!」
一気に喉元に詰め寄り、だらしなく開きっぱなしの口腔に剣を突き刺す。
ぎゃああああああああ!
セントエルモ山に龍の咆吼が響き渡る。
ドォン。
龍の巨体が温泉の中に沈み、サリアスは龍の口腔から舌を切り取った。
龍の死骸が温泉の中に完全に沈んでしまうまで、シーヴァと共に祈り続けた。
生きるために奪う命。
食べるため、身を守るため、仲間を護るため。
死と生は何かを犠牲にして、何かを得るための闘いなのかもしれない。
霧が晴れ、燦々と輝く太陽、森、川。
生きる命達は、サリアスを励ます。
「さぁ、プネが待ってる。いこう!」

霧の妖精に別れを告げ、シーヴァと共に駆け出す。
龍の舌を皮の袋に詰めて、新鮮な川の水に浸し、魔法で氷らせる。
途中で腐らないように。
すると、川のせせらぎに紛れ、数枚の鱗がキラキラと流れてくるのが見えた。
ちょっとした小振りの盾の様な形。
サリアスはハタと思いつく。
「さっきの龍の鱗だ」
鱗を拾い集め、下山した。
プネレーネはもうすぐ元気になる。
そう信じて。


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