AIFREAD血盟(サリアス日記)

AIFREAD血盟(サリアス日記)

破望の章-7-


北風を含む木枯らしが、本当に冷たくなってきたころ運命の歯車は動き出した。
静かに、闇が動き出す。
ザティラスの侵攻はアースクライの一件から音沙汰がなく、しかし変わりにディスティニー帝国のラディウス王が漆黒の牙と呼ばれる軍勢を使い、次々と隣国を制圧していったのだった。
そのやり方は惨忍で、彼らが通った後は生きるものがいないとうわさされるようになっていた。
そして、うわさはそれだけでなく『魔爆砲』を蘇らせようとしているという話も出ているのだった。

当然そのうわさはアルスたちにも届く。
情報源はアイティーが収集してきてくれるのだが、このころアイティーの様子が変だった。
特にアルスに対して過剰に反応するようになり、ティナも村の人も首をかしげるようになった。
たとえば・・・
アルスにそういう噂話をきかせないようにしたり、闘いから遠ざけようとしたり・・・
当のアルスといえば、近頃はギルドの依頼や仕事を一切請けず妹のルナと一日のほとんどをすごすのだった。
しかし、このアイティーによって作られた奇妙な平和は終わりと告げた。
とうとうアルスにもラディウス侵攻の情報が入ってしまうのだった。
1月、2月、3月・・・
この村に帰ってきてから既に3ヶ月が過ぎようとしていた。
この日、珍しくアルスが村の酒場で酒を飲んでいると、その背に静かに立つ女性の姿があった。
アイティーだった。
「ゴメンネ・・アルス。アルスがラディウス王との闘いに行ってしまえばルナちゃんが一人になってしまう・・・。それに、貴方の命だって・・・」
アルスは聞いているのかいないのか、無言でひたすらに酒を啜っては注いでを繰り返していた。
「だから秘密にしていたの。アルスに闘いにいって欲しくなかったから・・・」
暫しの沈黙。
月夜は明るく、星達も燦々と輝いている。
二人を見守るかのように。
酒場には誰もいない。
二人だけの世界・・・
「・・・お前は」
やがて、アルスは口を開いた。
アイティーは一瞬何を言われるのだろうと身構えるが、心を落ち着かせアルスの言葉を待った。
「アイティー。お前はやはり来るのか?この、俺の戦いに・・・」
「もちろんよ!」
アイティーは即座に答える。
それは強い意志の表れというより、懇願に近かった。
アルスの隣の席に座り、アルスの杯を奪い取ると一気に中の酒を煽る。
ことん・・・
杯を両手で握り、静かに下ろす。
忘れそうなほど長い沈黙の中、胸に溜まった息を吐き出すと、アイティーはもう一度つぶやいた。
「・・・もちろんよ・・・」
うつむいた彼女の表情は窺い知れない。
しかし、それはアルスが一番苦手なアイティーの表情だろうことは容易に想像がついた。
だから、あえていった。
「お前は、ここに残れ」
「いやよ!」
思ったとおりだ、片目を真っ赤に目を晴らし、涙を瞳一杯に溜めている。
「じゃあ、なぜ黙っていた?」
「私は、貴方と居たいの!この平和な村で何事もない一日を過ごす・・・そんな生活の中で暮らしたいの!アルスと一緒に居たいの!」
いままで何度もアイティーに愛を迫られた。
教会にまで押し寄せられたこともある。
昔の話、昔の思い出。
アイティーはついに泣き出してしまう。
アルスが一番苦手なのが彼女の涙だった。
どんなに辛くても、どんなに苦しくても決して弱音をはかないアルスだったが、アイティーだけはダメだった。
何故か・・・
「俺は・・・アイティー。お前に死んで欲しくない」
共に戦に出れば傷つき倒れることもあろう。
いままで旅をしてきたわけとも違う、人と人との戦争なのだ。
どうしてアイティーについて来いといえよう。
しずしすと杯の中身を空けていく。
アイティーは涙を癒そうと酒を飲み込む。
アルスはそれにあわせて共に杯を取る。

夜も深深と深まる。
無言で酒を飲み込むうちに、アルスはアイティーを眺める。
アイティーの涙はとうに乾いている。
「なぁ、アイティー」
「うん?」
突然アルスが話しかけてきたので、びっくりしたが、アイティーは杯を置いて顔を見合わせる。
「人は、どうして死ぬのかな?」
突然そんな事を言い出す彼に、アイティーは表情を和らげ、アルスの腕を抱いて笑った。
「アルスらしくない、相当酔っているんじゃない?」
「そうかな?・・・そうかもな・・・」
アイティーは酔っているアルスを見るのは初めてだった。
いつも酒は飲んでいるが、少量で、酔うほどには飲まずにさっさと寝てしまうのだ。
「ねえ、アル・・・」
「・・・アイティー」
アルス、と言いたかったアイティーは、それより先にに呼ばれて声を引っ込める。
「・・・なに?アルス?」
「・・・アイティー。お前は、やっぱり付いてくるのか?死ぬと解っているこの俺に?」
「死ぬ?アルスが死ぬわけ無いじゃない」
バカな話だ。
だが、月明かりは青白く、アルスの顔が一瞬蒼白に見えた。
あわてて目をこすり、もう一度見つめやる。
そこには彼女のいつも思う最強の彼の姿があった。
「・・・いや、俺は、俺にはわかる。自分の死が近い事を・・・」
「・・・アルス。だいぶ酔ってるよ?」
弱音を吐くアルスなど観たくない。
そう思い、アイティーは腕を離れアルスを静かに横目で睨む。
だが、アルスは真剣な表情でアイティーの手を取る。
「アイティー聞いてくれ。俺はお前を死なせたくない。あの、アースクライの占いで、俺の死と、俺の大切なものの死が・・・」
「そんなの、ただの占いじゃない!」
「・・・そうだ、占いだ!だからこそ、その運命に抗う様にお前に生きていて欲しいんだ!!」
「アルス・・・私、やだよ・・・アルスと別れる方が死ぬより何倍も辛い」
「・・・」

アルスは持っている杯を握り締め、呟いた。
「・・・俺の運命の人はお前だったのかもしれないな」
「運命の?それって?」
アルスは顔を赤らめ握る拳を振るわせつつ、一言一言祈るようにつぶやいた。
「アイティー。俺と一緒に来るか?こんな死が近い俺についてきてくれるか?」
「え?どう言う意味?」
アイティーはアルスの胸に抱きつき顔を見上げた。
「・・・」
「なに?ん、聞こえない・・・」
「・・・アイティー、俺と結婚してくれる、か?」
アイティーは、よもや向こうから告白してくるとは、思いもしなかった。
こういうシチュエーションこそ望んだが、アルスは真剣なまなざしをアイティーに向ける。
「・・・アルス、私。もちろんよ!・・・あれ?なんだろ、涙が、ふふ、なんで泣いているのかな?」
アイティーは、嬉しかった。
アイティーは、寂しかった。
アイティーは、アルスこそを望んでいた。
「俺は、お前を護ろう。本当の意味でお前を護りたい」
「うん、・・・うん。わたし、嬉しい・・・!」

 村の灯火がまばらになって薄暗く、活気も無い一角で、泣いてはいるが、最高の笑みを見せるアイティーは、今まで以上に美しかった。
「全てが終わったら・・・」
「うん…全てが、終わったら・・・ここに。ここで・・・ずっと一緒に・・・」
アルスとアイティーは誓いの杯をあわせた。

アルスの決断は早く、明朝から出発の準備をはじめた。
3ヶ月とは雖もその時間は短く感じた。
ティナもまた、イフル村で仲良くなった友達に急いで別れを告げ、出発の準備に精を出す。
馬車がくるのが3日後だというので、その間急いで旅の支度をせねばならなかった。

3日後。
アルスは妹に別れを告げ、馬車を宿前で待つ。
アイティーとティナが荷物の準備を終え、宿の前についたとき丁度馬車がくるのが丘の上から見えた。
「あれね」
「そうだな」
「長逗留しちゃったけど、なんだか寂しいね」
ティナはまだ名残惜しげに丘の上の教会を眺めやる。
神父やシスター、子供達は、アルスたちを見送るために手を振っている。
涙が出そうになるのをこらえ、変わりにアルスに質問する。
「おかしら、すぐディスティニーに向かうの?」
「いや、直ぐはまずい。正面から堂々と奴らの騎士隊とやりあうほど戦力はない。それに、まずファルマン市に行きたい」
「ファルマン市?」
「ああ、ディスティニーとは逆の方向だけどな。ここから南下して、ハルメウス湖のほとりにあるきれいな町だ」
「私の、故郷なの」
アイティーがアルスと顔を見つめてうっすら微笑みながら言う。
「アイティーさんの故郷か・・・」
「ああ、そこで俺達は・・・」
そこまで言いかけたところに、馬車が着く。
中で話せばいいか、と会話を切り上げ、ふと馬車の中を見る。
「先客かしら?」
アイティーが首をかしげる。
そんな話は聞いていない。
馬車を借りるために連絡はしたが。
イフル村までわざわざ馬車を使うものなど、アルスたち以外いないのだから。

朝日が馬車を照らしうつす。
馬車の中から銀色の鎧が朝日を反射する。

かちゃ・・・

馬車の扉が開かれ、アルスたちの眼も同時に見開かれた。
そこにいたのはサリアス一行だった。
「サリアス!!」
ティナは有無を言わさずサリアスの首っ玉にかじりついた。
突然の来客。
運命の再開。
ティナはあまりのサリアスの恋しさゆえ、限界だったのだろう。
抱きついて早々、言葉にもならず泣き出してしまった。
そんなサリアスをほほえましく見つめる女性が二人。
「プネか?」
「はい。アルス様。ご無沙汰しておりました」
アルスはそんなプネレーネの言い回しに苦笑いするしかなかった。
「相変わらずプネは皆に"様"をつけているんだな」
「はい。サリアス様が愛する人みな私の敬愛する人ですから」
「そ、そんなものなんだ・・・」
相変わらずのプネレーネの調子にアルスとアイティーは笑い、サリアスもようやく落ち着いたティナを離してやりながら皆を紹介した。
「お久しぶりですアルスさん」
「ああ。ずいぶんとまた奇妙なパーティーになったな」
「あはは。みんなボクの大事な仲間です」
「サリアスったら」
ミリアはサリアスの頭を撫でながら笑顔で答える。
「ミリア・エル・フリーズ・アイフリードです。今は亡きアイフリードの姫で、サリアスの姉です」
「なに?修行にでていたアイフリードの姫がサリアスの姉?」
アルスはティナと共に驚愕する。
「アルスさんの言われたとおり、ユングリーに居たんだ。偶然再会して・・・」
「なるほど」
アルスは天を仰ぐ。
占い師の言ったとおりにサリアスの重要な秘密がわかった。
アイフリードの王子だったのだ。
しかし、妙に納得する。
サリアスの剣、態度、器・・・
何をとってもディクリウスを髣髴させるものがあったからだ。
「こっちが、ヴァングウィッシュ。で、この子がシーヴァ」
丸い銀色の生命体がプネレーネの腕の中でたたずんでいる。
アースクライで手に入れた伝説の剣だ。
シーヴァという花の妖精は、人見知りをするのかサリアスの髪の中から出ようとはしなかった。
だいぶ後になってようやっと顔をだすと、愛らしい人形を思わせる容姿の妖精だというのが見て取れた。

「サリアスはどうしてここが?」
「実はディスティニーに行ったんです」
アルスははっと息を呑んだ。
「なんだって?どうだったんだ?国は?」
サリアスは周囲を見渡すと、馬車を指差した。
「アルスさんはこれからディスティニーに?」
「いや、ファルマン市に向かうところだった」
「どちらにしても馬車に乗ったほうがよろしいですね。アルスさん。僕らをまた仲間にしてくれませんか?アルスさんと一緒に行きたくて、ここまで追ってきたんです」
「願ってもない事だ。コチラからもよろしく頼む。サリアス」
男二人は硬く手を握り合った。

アルス、アイティー、ティナ、サリアス、プネレーネ、ミリア、ヴァングウィッシュ、シーヴァ。
8人も馬車に乗ればたちまち窮屈になる。
だがそれでも馬車は重さなど感じないくらい風のように走り出した。
しかし、あまりの窮屈さにティナとアイティーが最初に折れ、アイティーが馬車の先頭にすわり、ティナは天井に這いつくばって行くことになった。

「ディスティニーはいま死んだように静かでした」
町は薄暗く人の気配などない。
あるのは浮浪者や城の兵士、警備兵に柄の悪い男ども・・・
町としての役割がまったくないのである。
「ラディウス王は既に北のウィンドルクを制圧して、さらにサイドルクへと侵攻を始めたわ」
ミリアはカワイイ眉をひそめながらそう付け加えた。
「南大陸全土を制覇したのね・・・」
アイティーは辛そうな表情だった。
「・・・」
「アルスさん?」
アルスはずっと難しい表情で考え事をしていた。
「四天王が出ているのか?・・・まずいことになっているのかもな・・・」
「四天王?」
「ああ」
アルスは表情を強張らせたまま、うなずいた。
「ラディウスを守護する最強のインペリアルナイツで、昔俺がその四天王のひとつだった」
漆黒の牙、闇の剣、黒の顎、影の目
4つの団は個別に能力も違い、それぞれに長所を選りすぐった師団だった。
漆黒の牙は主立って弓に長け、闇の剣は前衛、特に面だって剣の師団。
黒の顎は隠密や独特の集団で、闇の目は魔法にと、それぞれに長けている部隊だ。
アルスはその闇の剣をまかされていた。
しかし、身を引いたのはユングリーでの任務の後、王直々に闇の世界に引きずり込まれそうになった為だ。
王は幼馴染で親友だった。
だからこそアルスは身を引いたのだった。
いずれ、決着をつけるために。

サリアスは辛い表情のままのアルスを見つめ、あえて話題を変えることにした。
「アルスさん。これはどこへいくのですか?」
それを聞くとアルスの表情が和らいだ。
「・・・ああ。さっきも言ったが、ファルマン市に向かう。アイティーの故郷なんだ。そこで、俺達は結婚することにした」
「ええ!」
サリアスと特にミリアは驚愕を隠せなかった。
アイフリードにいたころのアルスに少し思いを寄せていたからだった。
それでもアルスの幸せを喜んであげようと懸命に笑顔を作り祝福した。
「おめでとう、アルスさん!アイティーさん!」
「いや・・・そんな・・・」
「アルス様の未来に大いなる幸せと平和が訪れますよう・・・」


馬車にゆられつ、流れ行く旅の景色は美しい。
理由はともかく、世界の雄大な景色を観るのは旅をするにあたっての醍醐味のひとつだ。
流れる小川、森の木漏れ日、香る花々。
命を感じられるこの世界を脅かそうとしている悪がいる。
止めなくてはならない。
いとしい世界、いとしい人。
馬車に揺られながら、アルスの思惑はすでに来るベく決戦の刻を想像していた。

旅路は順調で、馬車に乗っていたとしてもモンスターは襲ってくる。
むしろ大して抵抗しない馬を狙うのは魔物にとってはあたりまえのことだ。
ただ魔物にとって違ったのはその馬車に歴戦の戦士が乗っていたことだった。
「プネのその剣・・・さっきの丸いやつだったんだな」
戦闘も終わり、馬車の中でアルスはプネレーネの抱えるヴァングウィッシュを見定める。
「そうです。あの時、アルス様から剣をお借りいただけたおかげでヴァングが力を貸してくれたのです」
「そうか、そのときの剣だったのか」
アルスは得心のいった様子でうなずく。
「そういえば、アルス様。アースクライの宿で話がうやむやになってしまったが、アルス様に剣を教わりたいのですが・・・」
「剣を?ああ、そんな話もしたな」
「今は少しでもサリアス様の力になることなら何でもしたい。二度も命を救われてしまいました。本当に、この身がもどかしいのです」
「しかし、それはそうとプネの型は槍を扱うような戦闘の仕方に見えたのだが、本当に剣を使うのか?」
「え?」
プネは意外そうな顔をする。
どうやら本人は気づいていないらしいが、戦の教師を請け負ったこともあるアルスの目は誤魔化せなかった。
「剣を持つときの戦い、槍を使うときの戦い、どちらも似ていそうだが、決定的に違うものがある。間合いだ」
「間合い・・・」
「剣は主立って切る、払う、突くを多様とした攻撃を主とする。槍は払う、裁く、突くを使い攻撃する。プネは剣を使うとき、突きを重要視した攻撃を主体にしていたから、そう思ったのだが・・・」
「ええ、ええ。まったくその通りです。流石ですね・・・私、もっと強くなりたい。だから・・・」
「いや、わかった。俺もおまえにいろいろ教えねばならないことがある。これから時間が空いたら剣を教えてやろう」
「はい。よろしくお願いしたします」
そういうとプネレーネは頭を下げた。
出合った時はわからなかったが、アルスは、プネレーネの奥底から何か不可思議な力を感じ取った。

イフル村を発ち既に幾日馬車を乗り継いだ。
川を越え、山を越え、魔物を蹴散らし一路アイティーの故郷へ!
この山を越えれば眼下に広がる湖や池に囲まれた自然と調和する市が見えてくる。
ファンルマン市は遠目から観てもにぎやかな町だった。
池のほとりに色とりどりの店が建ち並び、観たこともない品がずらりと並んでいる。
人は世界中からこの市にやってくる。
買い物する客や商人だけでなく、大きな企業も目をつけている。
世界中の技術、商品、人、そして金がここに集うのだ。
それを取りまとめている大きな屋敷が町の中央にドンと構えてあった。
無論、アイティーの実家である。
城と見まごうような広大な屋敷に、立ち並ぶ警備兵、使用人・・・
アルス達はそんな中を丁重に案内されたのだった。

「よくきてくれた。アルス様」
その中の最上階でまっていたのはアイティーの両親。
アイティーの父だろうその人は、サリアスやティナがもっと恰幅のよい男性を想像していたのだが、アイティーに似て小柄でスラリとした長身の、もう直ぐ初老であろう男性だった。
その隣の女性はアイティーの母だろう。
アイティーの年齢を考えると、相当な年になるのだろうが、それを感じさせない美しさがあった。
「ここに来たということは・・・」
「いや・・・」
アルスは右手を挙げ、アイティーの父の言葉を制し、その続きをさえぎった。
「言わなくてもわかっている。その為にここに来たのだから・・・」
そういうと、アイティーの両手を握り、見つめあい、そして、両親に向き合う。
「あなたの娘、アイティーと結婚したい。承諾していただけるか?」
「アルス様・・・」
「アルス・・・」
アルスの言葉に父は頷いた。
「娘をよろしく頼む・・・」
そう、告げた。

その瞬間!

ズドォォン!!
ガシャァン!

どたどたと廊下を走る音、何かが割れる音!
悲鳴、怒声、そして・・・

「だんな様!」
この屋敷に勤める警備兵と数人の使用人が、アルス達がいる部屋に顔を真っ青にして駆け込んできた。
「何事だ?!」
「そ・・・その、突然この屋敷にきて、だんな様に用事があると言ってきた人がいて、だんな様はいま忙しいと伝えお引取り願おうとしたところいきなり軍隊を率いて・・・」
「馬鹿な!いったい誰が!?」
「そ、それが・・・」
使用人が言いかけたとき、その後ろから凄まじい威圧感を伴った男が現れた。
「き、貴様・・・ラディウス!」
「ラディウス、だと!?」
アイティーの父とアルスはその男をにらみつけた。
その視線を気持ちよさそうに受け止めるラディウスと呼ばれた男・・・
「ディスティニアの王・・・」
「フ・・・約束通り、アイティーを貰い受けにきた」
「な・・・そんなこと!誰があなたなんかと!!」
ラディウスの言葉にアイティーは嫌悪を全身に込めて否定する。
「ラディウス閣下・・・お引取り願えないだろうか。アイティーはたった今、アルス殿と婚約を結ばれた。あなたの出る幕はないぞ」
その言葉にラディウスは片方の眉をピクリと動かす。
「なんだと?・・・くっ。またもや貴様か。アルス・・・とことん俺の邪魔をする。・・・いいだろう」
独り言のようにそうつぶやくと、ラディウスは奇妙な剣を取り出し、切っ先で外を指す。
「アイティーを渡さないのならば、容赦はしない。この町を滅ぼす!」
「なんだと!?」
さらに勝ち誇ったように兵士を連れてこさせると、ラディウスは兵士に連れてこさせた少
女の襟首をつかみ、アルスたちの眼前にたたき出した。
その少女はアルスのよく知る者だった。
「ルナ!」
アルスはラディウスのとった行動に目を疑った。
「アイティーと、貴様の妹と、さらにこの町の住人の命。さて、貴様はどれをとるのか?」
「ルナ!ルナ!・・・くっ・・・貴様・・・」
当のルナは気絶しているのかぐったりとしていて動かない。
「ふふふ・・・出る幕がないのはお前のほうだったな!アルス!さぁ、私は気が短い。アイティーを渡してもわらないのならば、この町と、この娘を・・・」

ジャリン・・・!

サリアスとプネレーネが同時に剣を構える。
アイティーと両親を背に庇い、アルスも剣を構える。
「ほう・・・この私と戦うと?」
「お前を、今、ここで倒せばアイティーも街も救われる・・・」
静かな怒りに闘志を漲らせ、サリアスは一気にラディウスに踊りかかった!
「は!この私を見くびるでないぞ!!」
気合、一閃!
サリアスのアイスコフィンと、ラディウスの黒い剣が交差する!
「サンセサーパント!!」
「フリーズメディア!!」
二人の技と術がファルマン家に衝撃を与える!
しかし!
ラディウスは平然と剣を握り、サリアスは階下の部屋まで吹き飛ばされていた!
もうもうと煙が上がる部屋に、さらにアルスとプネレーネが同時にラディウスに切りかかる!
「カオスセレナーデ!」
黒い気流がイカヅチを伴いラディウスを包み込み防御を固める。
「ヴァングス・イータ!!」
プネレーネの技がラディウスを捕らえるが、全くといって効果がない!
それでも引かずにプネレーネはさらにラディウスに肉薄し、攻撃をつなげる!
「・・・アルファ!オメガ!散れッ・・・サージェインシュトローム!!!!」
プネレーネの放つ剣閃が膨大な竜巻を彷彿させる勢いでラディウスを飲み込んだ!
さらに追い討ちを掛けるようにアルスの攻撃も連携する!
「はぁぁ・・・コスモ・アグニス!」
「ぐ・・がはぁ!」
ラディウスの防御を突き破り、ダメージを与える!
「おのれ・・・アルスめ・・・アルスめ・・・貴様だけは・・・許さん!!」
ラディウスの剣が、黒い気を生み出し、ラディウス自身を包み込んでいく。
「我が、怒りの鼓動に応えよ!ジャガーノートォオオ!!」
黒い気流が爆発し、アルスたちもろとも吹き飛ばす!
すると、ラディウスは見るも禍々しい、湾曲したドス黒い剣の刃を上向きに固定しアルスの喉元めがけて高速で突きかかる!
「おおおおおおおおお・・・・アルス!ここで死ねぇぇえええええ!」
アルスはさっきの爆発で身動きがとれず襲い掛かる!
ラディウスに気づいたときには遅かった!
死を覚悟したその瞬間、アイティーが二人の間に飛び出した。
「ラディウス!私が欲しいのでしょう!ここであなたがアルスを殺せば私も死にます!辞めなさい!!」
「ぐ・・・ぉ・・・アイティー!」
ドン!
強引に床に剣を突き刺し、必殺の構えを強引に解くと、ラディウスはアイティーを抱く。
「覚悟はできたのだな」
「・・・私を連れて行けば、みんな無事なのよね?」
「無論、私は最初からそれが目的だったのだ」
アイティーはすべてあきらめた様にアルスと両親を見つめて頭をたれる。
それを止めることが出来ずに、ただただ、アルスたちはラディウスが去っていくのを見ているだけしか出来なかった。

「くそ・・・くそ!アイティー!アイティー!」
アルスは負けた敗北感とアイティーを連れ去られた絶望にいきり立った。
しかし、何もすることが出来なかった自分に怒りを覚え、自棄に走り自らの剣で首を切ろうと、剣先を自分に向けた。
プネレーネはそれを止めさせるべく急いでアルスから剣を取り上げる。
「アルス様!今死んでも何も変わりません!むしろアイティーさんの幸せを願ったからこそ貴方は生きているべきです!どうか・・・どうか・・・やけにならないで・・・私に出来ることなら何だっていたします!」
「おかしら・・・ごめんなさい・・・私、怖くて何も出来なかった・・・」
「アルスさん・・・」
「アルス様・・・」
アルスは倒れた体を、傷ついた体を叱咤するように立ち上がった。
俯き恐怖におびえるティナ。
何より最初にラディウスに剣を向けたサリアス。
ともに戦うと誓ったプネ。
皆が皆、アルスを囲み、アルスを励ます。
「盗られたら、取り返すのが基本だしな・・・」
アルスのつぶやきに全員が皆、一斉に頷く。
「俺は、奴を・・・奴からアイティーを取り戻す!・・・力を貸してくれ!」
「今度は負けません!」
プネレーネが憤る。
その怒りにアルスも今度こそ決着をつけるとココロに誓った。
「アルス様達の幸せ・・・必ず成就して見せます!」
プネレーネが決意の眼差しで応える。
そのやさしさにアルスは荒んだ思考に癒しを与え、冷静さを取り戻した。
「僕の力、全部アルスさんに捧げます!」
サリアスがアルスの手を握る。
その厚い手のひらから、大いなる勇気を貰ったように感じた。
「おかしら・・・」
「ティナ・・・」
ティナは神妙な面持ちで、呟いた。
「次は迷わない・・・私は、最後までおかしらの力を信じるから・・・」
アルスは頷いた。
「ファルマン氏・・・すまない・・・アイティーを必ず取り戻す。だから・・・」
「・・・アルス様・・・判っています。私達もあなた方に精一杯援助させていただきます。娘を・・・世界をどうかお救いください!」
「うわさでは魔爆砲も完成しているとか・・・どうかお気をつけてください」
アルスはラディウスが去った方向を見やる。
薄い夕暮れに、街が悲しみに包まれたように見えた。
「ラディウス・・・許さん・・・」

「う・・・うん・・・」
気絶していたルナが目を覚ます。
目を覚ますといっても、目の見えないルナが目を開くことはなかったが。
そんなルナを抱きかかえながら、アルスはルナを無事だったソファに座らせた。
外はいつのまにかもう暗くなっていた。
サリアスは、ふと我に返ったように夜闇に気づいてランプに火をともした。
部屋が明るくなり、ラディウスの行った破壊の力を改めて目の当たりにして、ぞっとする。
アルスは目の覚めたルナに向かって、今アイティーの実家に居ること、ラディウスにさらわれてここに来たこと、そして、アイティーが自分達の身代わりになってラディウスの元へいってしまったことを淡々と説明した。
そんなアルスを見るのがつらくて、つい視線をそらすと、姉が無言でアルスの傍らにたたずんだ。
ランプの明かりで、表情が暗いのがはっきりわかるほどだ。
しかし、サリアスはそのとき気が付いた。
姉の姿が、妙にぼやけていることに。
それを言おうか言わずに居ようか迷っているとき、姉の姿が陽炎のように揺らぎ・・・

ぽん!

小気味よい音を立てて、姉の、ミリアの姿が変化した。
アイティーの姿に。
「・・・ごめんなさい!ごめんなさい!」
正体をあらわしたとたん、アイティーは泣き崩れ、アルスたちは突然のことに戸惑った。
サリアスは先ほどのミリアの姿を思い出し、はっと思いつく。
「ミラージュシェイド・・・」
他人の姿に成りすまし、行動する魔法だ。
アイティーは魔法を使えない。
だとすればミリアはとっさにこれを使い、アイティーの姿と入れ替わり・・・
「まさか!ねえさんが?!」
アイティーは泣きながらサリアスの言葉に何度も頷いた。
「私の・・・代わりに・・・正体がばれないようにじっとしてて・・・って・・・」
「そんな・・・じゃあ、ラディウスの元に行ったのが姉さんなのか・・・」
「ごめんね・・・サリアス。私、ダメだって言えなかった!」
「アイティーさん。あやまらないで!アイティーさんがさらわれなくて良かった!ここままだったらきっと、アルスさんまでも不幸になってしまうから」
「サリアス・・・」
「姉さんは取り戻す!僕が、必ず・・・だから、泣かないで」
サリアスの表情は硬かった。
静かに怒れるその闘志は、隣にいたティナやプネレーネを恐怖に震えさせるほど。
「・・・」
もはや誰も何も言わず、サリアスは静かに去ろうとした。
一人で、ディスティニーへ行くために。
皆、凍りついたように動けなかった。

一番に立ち直ったのがプネレーネだった。
即座にサリアスの後を追い、ティナも慌ててその後を追う。
アイティーの家の門を潜り、ファルマン市の出口からでた直ぐそこに、サリアスが居た。
サリアスは強い足取りで、暗い夜道をずんずんと先にいってしまう。
プネレーネは必死でサリアスの後を追い、走って、走って、ついにサリアスに追いついた。
「お待ち、ください!」
ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返し、だけど、その意思は強く、サリアスを引きとめた。
「プネ・・・」
プネレーネに強く腕を引かれ、否応無しに振り向かされたサリアスは不機嫌そうに表情をゆがめた。
「・・・ご無礼をお許しください。しかし!なぜ一人で向かおうとするのです!私は・・・そんなに頼りになりませんか?私だって、ミリア様のお体のことが心配です。だけど!サリアス様がお一人で勝てる相手なのですか!」
「・・・」
何も言わぬサリアスに向かって、半ばやけになって、プネレーネはサリアスにあたる。
「サリアス様!」
「プネレーネは、死んだら、ダメだ・・・。僕は・・・国を失って、記憶を失って、姉さんまで失ってしまった・・・」
「・・・何を言い出すのかと思えば、泣き言ですか!私は、国も、過去も、両親も・・・命さえとっくに捨てました!何のため?サリアス様のためですよ!命を救っていただき、なお命を尽くしてあなたに仕えようとして・・・。私は・・・必要ないのですか?!」
「・・・プネ」
「・・・すみません・・・サリアス様・・・私は、貴方のそばに居ることが生甲斐なのです。嫌と申されましても、何処までも付いて行く所存でございます。それでも、拒むというならば・・・」
サリアスとプネレーネは互いに見詰め合う。
静かな森の中、鳥の声さえも沈む暗闇の中、たった二つきりの影。
「・・・私を殺して下さい」
静寂の中、ざあ・・・と、木々が風にゆれる。
「サリアス・・・」
いつのまにかティナがサリアスの背後に立つ。
木陰で今までのやり取りをそっと伺っていたのだ。
プネレーネとの会話で熱くなって、周りが見えていなかったせいか、ティナの存在にサリアスは驚く。
「サリアス・・・」
ティナの直ぐ横からアルスとアイティーが共に現れた。
「サリアス・・・」
シーヴァとヴァングウィッシュもサリアスを心配して来てくれたのだ。
傍らにルナと、アイティーの両親もいる。
サリアスは皆の表情をそっと伺う。
アルスは、そんな怯え切ったサリアスの身体を硬く抱きしめた。
「おまえは・・・決して・・・一人じゃない!」
サリアスは、泣いた。
多分、生まれて初めてだろう。
記憶に無い、父と母と、そして何より唯一の家族、ミリアの前ですら見せたことの無い涙を、とめどなく流して。
月が、サリアスたちを明るく照らす。
漆黒の闇の中、月が唯一の希望の光に見えた。
サリアスは、改めて、仲間という存在にありがたみを感じた。

その日は、アイティーの家に泊まることにした。
翌日にアルスとアイティーの挙式を行うというので、姉を助ける勇気と、希望を、求めるためにも。

アルスは凛々しく、アイティーを生涯愛することを誓った。
アイティーも又、アルスと生涯を共に生きることを誓った。
盛大な鐘の音と、花束、花火が町を彩り、昨日の不安を取り除こうと、人々は二人を祝福しながら目一杯飲んで、歌って、踊って、騒いだ。

プラチナで装飾されたダイヤモンドのリングに向かい、二人が永遠の愛を誓い、それを導く神父が印を印したとたん、皆はさらに盛り上がった。

サリアスは、二人を盛大に祝福した。
これからの命がけの戦いを思えば、これが最後の楽しい思い出になるかも知れない。
そっと、そんなことを思いながら。
アルスは、ここでアイティーを守ると、サリアスに言った。
サリアスはアルスの行いを信じた。
自分に精一杯出来ること、やるべき事を、各自やるだけだ。

祝杯と祝福は夜まで続き、そして、旅立ちの朝がきた。
「サリアス・・・お姉さまを、ミリア様を助けたら、必ずここに戻ってきて。そして、私、謝らないと・・・何も出来なかったうえに、アルスと一緒になってしまって・・・」
アイティーの言葉にサリアスは首を振る。
「どうか、心配しないでまっていてください。姉さんは、必ず連れてきます。アルスさんと仲良く暮らしてください」
「・・・済まないな。こんなところで、戦線離脱してしまって。ラディウスとの決着は、いずれ俺がするハズだったのに・・・」
アルスがサリアスの肩に大きな手をおいて、槽つぶやいた。
「いいえ、アルスさんは、ここで、アイティーさんを守ってください。僕は、負けません」
アルスはその言葉に、何度も頷いた。
そんな会話をしながらアイティーは、サリアスの頭に、何かを装着させてくれた。
「・・・せめて、これを・・・私たちの祈りが、貴方を守りますように・・・」
サリアスの頭を飾るそれは、ミスリルのカチューシャだった。
ミスリルは、エルフと妖精のみがその精製方法を知る特殊な金属だ。
一体何処で手に入れたのやら、精巧な作りになっていて、それでいて不思議な力を感じる品だった。
「プネにはこれを・・・」
そういうアルスがプネレーネに手渡したものは、一冊の本だった。
「約束を守れなくてすまなかった。だが、せめてと思ってな。今まで培って来た俺の技、奥義を、その本に記していた。それをプネにやろう。役立ててくれるとうれしい」
「いいえ、この奥義書に学び、サリアス様を命がけで守り抜くことを誓います!」
嬉しそうに奥義書を胸に抱くプネレーネに、アルスもまた笑みをこぼす。
「ティナには私からと、アルスから贈り物があるの」
「ティナ・・・」
「おかしら・・・」
アルスとティナは出会ってから一緒に旅をして5年になる。
いくつもの冒険をして、いくつもの戦いがあった。
それだけにこの別れは辛かった。
アルスはそんな別れにさめざめ泣くティナに、二振りの剣を差し出した。
「ライトニングソウルセイバー・・・おまえが、かつて手に入れた剣だが、いまこそティナに相応しいと言えよう。大事にしろよ。決して、剣を甘く見るな」
「ありがとう・・・おかしら・・・大事にするね」
さらにアイティーが神秘の光沢を見せる、一着の服を差し出した。
「ティナ。これは、貴方が剣舞を使うようになって、いつか貴方に着て貰おうと、私があらゆる職人を使って作らせたていたものなの。大事にしてね」
広げて、胸に合わせてみると、それはレオタードだった。
まるで天使のような、そのレオタードに、アイティーの愛情を胸一杯に感じる。
その思いにまたティナは一入涙するのだった。
アルスとアイティーの思いの限りを、サリアス達に受け渡した。
サリアスとアルスは、互いにこの瞬間を忘れないよう、心に刻み込んだ。
サリアスは、大きく息を吸い込み、「いってきます」と最上級の笑顔で手を振り背中を向ける。
ティナや、プネレーネもそれに習い、サリアスの後を追う。
見守るアルスとアイティーは肩を寄せ合って、いつまでもサリアス達の姿を見送った。
その姿が見えなくなってもまだ、その思いを馳せながら、遠い地平を眺めつづけた。


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