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昨日予告の通り、今回はJOのFクラスの機内食をレポートいたします。Fクラスの場合は太平洋線や欧州線のような長距離路線では食事を事前にチョイスできますが、バンコク線のような短距離線では機内でしか選択できません。今回は和食をチョイスしました。お約束のシャンパンです。夕方便であると言うこともあり、見栄を張ってお酒を飲みました。機内での飲酒は随分久しぶりです。おつまみでございますね。Cだとカナッペ系、Yだとスナック菓子になります。さて、この日のコースは。「日本の冬の味~河豚会席~」という名前でございました。初っ端からひれ酒でございます。これが効くんですな。前菜でございます。鉄皮煮こごり・ズワイ蟹とろろ掛け柚子釜盛り・鱒かぶら寿司・数の子でございます。椀でございます。河豚しんじょでございます。この辺から佳境です。向付です。河豚薄造りでございます。左が、煮物の河豚黄身揚げ銀餡です。右が小鉢の河豚皮湯引き胡麻酢添えでございますね。ここから終盤です。台の物の河豚ちりでございます。河豚雑炊・香の物でございます。河豚雑炊はお代わりしてしまいました。水菓子でございます。和菓子でございます。ここで日本料理のコースは終りです。しかし、私はこんなものでは満足しないのです。「チーパーさん、ごめんなんやけど、わがまま言うてもええかな。僕なあ、甘いものに目が無いんや。洋食のデザート頂戴」出てきました。食べ放題です。うんうん。突然ケーキバイキングです。「○○さま(本名)、本日はウェスタンのお客様はお一人だけでございます。お好きなだけお召し上がりください」VIVAジャルウェイズ!!。流石です。「じゃあ、全種類一個ずつお願いします。」ケーキ三昧です。幸せ…。アラカルトのチャーシュー麺です。今回は生涯最後のFクラスでございましょう。とことん喰ってやる…。こんな感じで満腹になって寝てしまいました。この日はバンコクのホテルで寝ただけです。何をやっているのか…。バンコクのホテルの中庭です。これだけしか写真を撮っていません。なんだかなあ…。飯を食いに出かけたような感じですね。次回は二日目のバンコクの朝からレポートいたします。【本日の成果】楽天ブックス(JCB) 20×1.5倍=30マイル(NH)楽天ブックス(SP) 20÷2=10マイル(NH)朝食(SUICA) 4マイル(JL)【本日判明の成果】NH 0619 東京(羽田)-鹿児島 1151マイルNH 0648 熊本-東京(羽田)994マイル
2006/02/28
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北海道を先に流してしまいましたが、今回から1月に実施した、スターアライアンスのCクラスの乗り比べをレポートします。結局観光らしきことも出来ず、完全に機内食レポートになってしまいます。あーあ。酷いツアーでした。失敗ツアーです。さくさく流します。今回の搭乗経路は以下の通りでした。 NRTBKK JLのFクラス BKKHKG TGのCクラス HKGICN OZのCクラス GMPHND OZのCクラスこの旅行も、年末の南米旅行のチケットの残りなのです。「土日だけでアジア5カ国」と対になる旅行です。最初の画像は成田のJLのFクラスチェックインカウンターです。大仰なカーペットです。JGCならYクラスでも利用できるカウンターです。Fクラスパッセンジャーはどの位の割合なんでしょうね…。成田で発行したFクラスのボーディングパスです。新デザインに変わっています。YやCは遥か昔に新しいデザインになっていましたが、Fクラスは年末時点でも旧デザインでした。年明け位から全クラスとも新しいデザインになったようです。上のほうのカードは、成田空港内での公衆無線LANのIDとパスワードが書かれたカードです。ラウンジ利用者には無料で一枚貰えます。今回の旅行からノートPCを携行しています。バンコクのラウンジで、ブログの確定レポートをアップしたりした訳です。次回は、一回分をかけて、JL/JO運行のFクラスの和食をレポートいたします。【昨日の成果】JR九州(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH) →搭乗マイルは判明日に記載します。
2006/02/27
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割と収穫の多い旅でしたが、最後にもう一発ありました。帰りのANAのスーパーシートが機材変更で太平洋線のファーストクラスの席をアサインされたのです。素晴らしい。幸運でした。後日詳細にご報告します。
2006/02/26
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今は、九州横断特急5号で、別府から肥後大津まで移動中です。この特急は指定席は完売でした。自由席では数人が立っています。この列車は九州新幹線が開業した時に幾つかの列車を繋げて出来た特急です。別府から大分まで日豊本線、大分から熊本まで豊肥本線、熊本から八代まで鹿児島本線、八代から人吉まで肥薩線を走ります。全部で5時間弱の行程になっています。185系気動車2両編成で、うち1両が自由席です。比較的に混雑することの多い列車です。さて、JR九州の特急でも「ゆふ」や「にちりん」には客室乗務員は乗りませんが、この「横断特急」には何名かの「つばめレディ」が乗り込みます。人数を明示出来ないのは、途中駅での乗り降りが生じるからです。別府を出発した時には2名乗っていましたが、熊本や新八代で一名になったり、2名に戻ったりします。とこんな感じでちょっと変わった特急でございました。「ゆふいんの森」や「はやとの風」が完全観光特急、「つばめ」や「ソニック」がインターシティ特急で、「横断特急」はその中間と言う印象でした。この列車が肥後大津に着くと、今回の鉄道乗車は終わりになります。二日間一万円で1400キロ強となる予定です。元は取れているでしょうか…。画像は今朝博多駅のみどりの窓口で撮影したものです。九州には佐賀とか日田のような雛祭りの名所が何箇所かあります。今回は寄れませんでしたが…。
2006/02/26
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レトロバスで由布院の町を回りました。ミーハーな質でして、連ドラ「風のハルカ」の主人公の勤務先の由布観光協会にも行って来ました。ハルカは居ませんでした。当たり前ですけど。漫画『鉄子の旅』にも度々足湯のある駅が登場しますが、この由布院駅にも足湯がありました。駅の構内に浴槽があり、入湯料金は160円でした。半端な金額だなあ、と思って券を受け取ると、JRが発行した駅の入場券でした。あはは。現在は、観光特急「ゆふいんの森」で別府を目指しています。画像はこの列車に使われていたキハ72です。
2006/02/26
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連ドラに惹かれて由布院の観光バスに乗ることに致しました。こんな恰好のボンネットバスでございます。定員9名の小さなバスでした。
2006/02/26
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今は、特急「ゆふDX」で博多から由布院へ向かっています。由布院はNHKの朝の連ドラ「風のハルカ」の舞台になっております。画像は特急車輛の側面ですが、こんなマーキングでした。残念ながら雨模様です。由布院も雨でしたら、この列車の終着の別府まで乗ってしまおうか、と思っています。
2006/02/26
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今日はよくよく列車に乗ってしまいました。 嘉例川→吉松 はやとの風2号 吉松→人吉 しんぺい2号 人吉→新八代 横断特急6号 新八代→川内 つばめ○○号 川内→鹿児島中央 つばめ○○号 鹿児島中央→新八代 つばめ○○号 新八代→熊本 リレーつばめ○○号 熊本→新八代 リレーつばめ○○号 新八代→鹿児島中央 つばめ○○号で、これから 鹿児島中央→宮崎 きりしま○○号 宮崎→博多 ドリームにちりん号と乗ってまいります。少しは元が取れたかしら…。今日は九遊きっぷという、ANAの超割利用者限定の「新幹線込みJR九州乗り放題」のチケットを使っています。新幹線開業前は一日3000円だったのですが、新幹線開業後は一日5000円に上がりました。元を取るのがちょっと大変になっているのです。九州島内は2枚きっぷ4枚きっぷという割引キップが多数販売されていますので、元を取ったかの計算も大変でございます。この書き込みで1日5回の上限に達してしまいました。次の暫定レポートは、福岡県内から明朝になりそうです。気をつけて旅程を進めてまいります。ところで、また、楽天サーバに置いてある画像が表示されなくなっていますね。楽天さん、大丈夫ですか…。追伸:遅まきながら、テンプレートを不在モードにしました。
2006/02/25
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只今、九州新幹線で鹿児島中央を目指しています。800系新幹線はなんともないフィーリングです。走行性能は700系ですが、椅子やトイレ等のアコモデーションは大変意欲的です。でも、グリーン車すら併結されていません。全通前の営業と言う色彩の濃い路線です。予定を考えずに九遊きっぷを買ってしまいましたが、九州特急三昧という感じになってきました。この後は宮崎市方面に回ります。
2006/02/25
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嘉例川から吉松まで「特急はやとの風」、吉松から人吉まで「快速しんぺい2号」と観光列車を乗り継いできました。現在は、「特急・九州横断特急6号」で、新八代を目指しています。画像は「快速・しんぺい2号」です。やはり観光列車は良いものです。快速なのですが、客乗が2名乗り込んで、ガイドをしてくれます。これらの列車は観光用に改造されていますが、元は40系気動車です。デッキの無い特急が無人駅に停車する姿を拝めます。
2006/02/25
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鹿児島空港からの最寄り駅の肥薩線嘉例川駅です。ここまで空港からバスで200円です。安いです。この駅舎は開業103年の古い建物です。ここから、特急『はやとの風』 に乗って、吉松を目指します。
2006/02/25
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おはようございます。今週も超割を使って旅行に出かけます。行き先は南九州です。たくさんコメントを頂いておりますが、お返事できておりません。申し訳ありません。
2006/02/25
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東北地方から自宅に帰ってまだ数時間しか経過しておりません。今回の東北行きは商売関係でしたので写真枚数も少ないので、先にご報告してしまいます。最初の画像は、昨晩の夕食です。食べ物名は「ひっつめ」、あるいは、「ひっつめ汁」です。花巻近辺の郷土料理でございます。大変美味しい。すいとん風の汁です。宿泊先の「ホテル・グランシエール・花巻」というホテルです。高級感ばっちりです。小さな街なのですが、何故かこんなに大きなホテルがございました。花巻駅のホームに展示中の鹿踊りの人形です。こういう展示が地方色が出ていいんですよね。花巻駅は東北本線と釜石線の分岐駅です。釜石線のキハ100型の気動車が構内におりました。本数が少ないのでちょっと使いづらいです。東北本線の普通電車の700系交流電車です。20メートル3扉ロングシートです。青春18きっぷユーザーの天敵です。長時間乗車はちょっと辛い車輌です。花巻=盛岡なら全然問題ありませんが。盛岡駅跨線橋から撮影した岩手山でございますね。構内には雪がまだ残っております。こちらが盛岡麺類三兄弟の三男ジャジャ麺です。ジャージャー麺と違って、麺はうどん風になっています。味噌も随分違います。チータンタンです。これがジャージャー麺とジャジャ麺の一番の違いかもしれません。ジャジャ麺の場合は、食べ終わった後に、玉子を解いてスープを作って食します。全部食べずにスープに移行するのがコツですね。マジで美味いのですよ。以上でございます。次回より、先月に行った各社FクラスCクラス乗り比べをレポートいたします。
2006/02/24
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商売関係も問題なく終了し無事に家に着きました。週末は今度は本当の旅行で九州方面に出動いたします。はい。
2006/02/23
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現在は東北新幹線「はやて号」で東京へ向けて南下中です。この前、携帯をFOMAに換えてからは暫定レポートに画像を付けられるのが嬉しいですね。東北本線・東北新幹線ともにトンネル以外では通じました。移動中の通信状況についてもMOVAとの差は余り感じません。寧ろ、「都市部の屋内の方が差がある」と家族の者は申しておりました。さて、東北の麺類の聖地たる盛岡におりましたが、商売の関係で食べ歩く余裕は無く、昼食にじゃじゃ麺を頂いたのみでございました。盛岡は、日本政府お墨付きの「特産・盛岡冷麺」と「わんこ蕎麦」が有名でございますが、第三の麺として「じゃじゃ麺」が知名度を上げつつあります。盛岡の飲食業の皆さんは、外来の料理を取り入れ、盛岡市民の口に合うように改良し、新たな郷土料理を作り出すのが得意のようです。盛岡冷麺も元は平壌冷麺でした。これに30年間改良を加え、麺もスープも具も変えた独自麺料理を作り出しました。「じゃじゃ麺」も元々はジャージャー麺であったらしいのですが、徹底的な改造の末、全く違った印象のものに進化しておりました。東北の都市には、どこかコスモポリタンな空気があります。こういう雰囲気が、新しい麺類を生み出したのでしょうか。古くは宮澤賢治、新しくはジェーン・シェパードに至るまで、東北(特に北東北三県)には外国文化を受容する土壌があるような気が致します。ある意味では、この地域は開拓農民の子孫の土地です。北東北の進取の気風は、この新天地を切り開いた開拓農民の血が生み出したのでしょうか。画像は盛岡駅構内です。道路には雪は残っておりませんでしたが、線路はまだ雪の中でごまざいました。背景の山の名前を思い出せません。漫画『六三四の剣』で何度も紹介された山なのですが…。いま、車掌さんに教えてもらいました。岩手山です。そうそう、岩手山でした。【本日の成果】なし。
2006/02/23
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現在は、花巻駅から盛岡駅へ東北本線を北上中です。当地の気温は3度、暖かいです。雪も熔け始めています。東北本線の普通電車は700系と言う通勤タイプの電車が使われています。汽笛の音は甲高い電気機関車タイプの音です。地方色を感じさせます。一方、発車メロディは都内のJRと同じ音でした。同じ会社だから当たり前ではありますが、この前の釧路とは偉い違いです。地続き感があります。車窓は雪の積もった水田が続きます。良い感じです。岩手県は冬も魅力的なデスティネーションでございます。【昨日の成果】ホテル(JCB)80×1.5=120マイル(NH)
2006/02/23
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ういっ。酔っています。東京から500キロ、花巻市内のホテルで就寝直前です。かつての上司は、厳しい仕事に元気に取り組んでいらっしゃいました。安心いたしました。食事とお酒をご馳走になってしまいました。申し訳ないなあ。でも、楽しかったのです。今晩はこれで就寝致します。
2006/02/22
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現在は東北新幹線に乗っております。仙台駅を出て新花巻を目差しております。古い読者の方は覚えていらっしゃるかも知れませんが、昨年の夏に義経北行伝説号に乗りに東北を訪れました。この時に果たせなかった目的の「昔、大変お世話になった上司の下に参上する」を果たしに参ります。夏には元上司の予定を確認せずにチケッティングを行い、ご本人不在時に花巻に行ってしまいました。何と言うオマヌー。本当の目的は商売関係なんですが…。画像は東北新幹線車内です。流石に仙台以北は空いております。
2006/02/22
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今回で「冬の釧路シリーズ」を終了にします。札幌市内の続きからレポートいたします。大通り駅周辺で建設中の雪像であります。既に大吹雪であります。カメラが持ちません。ここで撮影継続を断念しました。雪像を建設した自衛隊の皆さんの車輌です。陸上自衛隊ならぬ雪上自衛隊でございますな。ここで地下鉄に乗り換えました。札幌市営地下鉄の線路です。真中に一本レールがあるのみです。ゴムタイヤ式地下鉄の案内軌条でございますね。これが現在の車輌です。なんか新しくてらしくありませんね。このまま札幌から新千歳空港へ向いました。千歳空港のラーメン横丁で食したラーメンです。なかなかのものでした。札幌・バリ屋でございました。味は説明できません。自分の能力の不足が悲しい。もう一杯頂きました。苫小牧・王華でございました。鴨ラーメンです。クラスJのBXチケットを前便変更したところ、クラJが満席でした。初めての経験ですが、チケットをクラスJ券と航空券に分割してもらい、クラJキャンセル待ちをかけました。この処理は初体験です。新千歳の国内線ラウンジです。まあ、日本航空の場合はどの空港も殆ど変わりがありません。空港エプロンはこの通りです。日本最強の除雪能力を誇る新千歳だけあって、主要部の除雪は完了してますね。クラスJキャンセル待ちは見事通りました。このシートで帰ってまいりました。最後の画像は勝手知ったる東京モノレール羽田空港第一ビル駅でございますね。このようにして帰宅いたしました。今回の搭乗区間は、羽田→釧路-(陸路)→新千歳→羽田でした。久しぶりにお腹一杯鉄道に乗れて満足感がございました。うん、満腹満腹。特に快速「SL・冬の湿原号」は良かったですね。レベル高い旅行になりました。次回から新シリーズにしたいのですが、今日の晩から泊まりで東北地方に仕事に出かけます。しばらくは「暫定レポート」が続きますが、お許しください。【本日の成果】特になし
2006/02/22
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うー、今日の東京は寒いっす。さて、今回は札幌市電をレポートします。札幌においてもかつて市電は隆盛を誇り、車種も色々あったらしいのですが、現在は西四丁目~すすきの間のみの運転になり、車種も本線上では殆ど一種しか目にしませんでした。快適なのりものではありますが、鉄的な関心を持ちにくい路面電車です。こういう感覚は岡山に似ていました。すすきの電停を後にする交通局の車の後姿です。何を監視に来ていたのでしょうか…。市電が近づいてきます。全車ラッピング広告されておりました。こういう街が多いですね。大阪の阪堺電軌も殆どがラッピングでした。すすきので折り返しになるので、渡り線を渡って入線してきます。昔ながらの単行でございます。少し前までは路面電車は単行が常識だったのですが、最近は広島など、編成運転を行う路面電車も増えてまいりました。ああ言うのが乗客には好評らしいですが、鉄的には頂けませんね。運転席でございますね。近代的です。なんだかなあ…。鉄的には古臭いのが良いのですが…。車内のつり広告です。これがいかすのです。行きたかったなあ。雪祭りに合わせて、札幌市が行う「運搬排雪」見学会です。道路から雪を除去していく作業を見学させてくれる催しです。雪バックだと黒く写り過ぎますね。雲をバックにした飛行機見たいな写り方でした。雪の日にはオーバー方向への補正、という基本を忘れておりました。情けないです。市電車庫の前の停留所です。「電車事業所前」だったかな。そのまんまの停留所名でした。当然下車して車庫をのぞきに行きました。人がいれば、中を見せてくれませんかね、と図々しい申し出を行うところですが、誰も居なかったので敷地には入りませんでした。車種も何種類かある風でしたが、詳しいことは分かりません。札幌市電といえば、耐寒装備と丸っこいデザインが有名でございます。何種類かの車両がある感じでありますが、どれも似たような印象でありますね。そう言えば、1972年に札幌に初めて地下鉄が走ったときの車両である1000型は何となく市電にデザインが似ておりましたですね。すでに、1000型は全車退役しておりますが…。一番右側に黄色と黒の縞々模様の車両があります。デザインから明らかに事業用車両と思われますが、何の車両でしょうか…。有名なささら電車でしょうか。こんな感じで西四丁目に帰ってまいりました。雪さえ止んでいたら、このあとも撮影を続けようと思っていたのですが、かなりの降雪量で、カメラ機材の故障が怖くて撤収を決意しました。最後の画像は切符です。市電の一日切符でございます。土日祝限定発売ではありますが、300円です。安い。2回で元が取れます。次回でこのシリーズを終えます。撤収を決意してから、新千歳空港を離陸するまでをレポートいたします。【本日判明の成果】NH 0121 東京-沖縄 1822マイル(NH)NH 1410 沖縄-東京 1722マイル(NH)【本日の成果】楽天ラッキーサーチ 5÷2=2.5マイル(NH)朝食(SUICA) 4マイル(JL)
2006/02/21
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うー。絵が出ないです。なんでじゃ。写真だけが売りのブログなのに…。これじゃ意味ないじゃんか…。自分で用意したサーバの絵はちゃんと出ているのに…。早く回復してくださいませ。>楽天さん。スタッフブログによると22日から改善されるとの由ですが、待ちきれません。
2006/02/20
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今回は「まりも」の車内をレポートいたします。沖縄本島からの暫定レポートをガンガン上げてしまいましたので、北海道本編の影が大分薄くなってしまいましたが、こっちもいい旅行でした。14系寝台の続きでございます。この日は、昼間は14系昼間特急版(快速:SL冬の湿原号)、夜も14系寝台特急版の14系尽くしでした。割と好きな車種ですけど…、これの前に乗ったには思い出せないくらい昔です。本州で乗った寝台は24系ばかりでした。ひょっとして00年のオホーツク以来かも知れません。寝台コンパートメントです。24系と殆ど変わりありません。北海道では列車に限らず、冬季は主っきり暖房をかけるケースが多いです。暖房温度が高いのです。恐ろしい。00年に網走から札幌まで上りオホーツク10号で寝台を利用したときには上段が割り当てられました。車内の空気が異常に暑くて乾燥していて、中々眠れなくて往生いたしました。しかし、今回の「まりも」は常識的な温度(21度)ですっきり眠れました。素晴らしい。すきっと寝つき、起きた時には新札幌でした。前回の「オホーツク10号」では遠軽で起きてしまいましたが…。洗面台でございますね。明らかに更新されています。寝台車両の場合は洗面台が混むので1両当たり2台の洗面台が付けられています。素晴らしい。でも、この日の「まりも」の喫煙寝台の乗客は2名でした。一両に2名しか乗客がいないのに、同じコンパートメントにアサインされました。おじさんでしたが、寝るまでの間無駄話をしました。この辺りが「青函連絡船のゆきずり共同体」のノリです。ところで「ゆきずり共同体」って誰の命名だったかなあ。カジシンかしら…。この言葉も完全に死語になったと思いきや、今でも生きてます。関釜フェリーでは今でもこの習慣があります。もちろん、2等の箱席に限りますが。notoshunの「動く便器」シリーズです。便器自体はステンレス製の新造期のものが使われているのかなあ。踏み台の樹脂は新造時のものとは違いますけど…。一昔前は寝台車はもう超高級品でしたが…、今となってはちょっと安っぽいですね。もちろん、夢空間だのカシオペヤだのトワイライトエクスプレスだの、超高級観光寝台特急は別ですが…。あ、しまった。昨日乗った全日空の国内線のトイレを撮影し忘れてしまいました。手遅れ…。寝台車の入り口です。何故か指定席という表示が…。寝台の自由席なんかあるわけ無いのに…。夜行列車らしく、車内に自動販売機がありました。素晴らしい。99年に「日本海2号」に乗った時には、16時台に青森を出発し、長時間停車は敦賀まで無く、車内販売も自動販売機も無くて往生しましたが、この「まりも」では安心でございますね。再び、寝台設備です。こんなスイッチがありました。581(3)系までは、寝台の組み立ては人力でした。これが猛烈な重労働でありました。14系で寝台の上下が自動化されました。現在では、このスイッチを使うことはなさそうです。道内では寝台専用で使われるので、寝台は下げっ放しでしょう。今は無く「はやぶさ」などは、24時間運行してました(当時の西鹿児島駅を昼ごろに出発し、東京に昼ごろに到着するイメージです)。当然昼間は寝台を上げて運行しました。立席特急券や列車によっては指定席特急券を九州内区間で売っていた時期もあったようです。一応座席車の車内もご紹介します。といっても、何の変哲もない、JR北海道の気動車特急の車内ですが…。ちなみにこの列車にはグリーン車は併結されていません。B寝台車と普通車のみの編成です。こんな列車で一晩を過ごして札幌に到着いたしました。定刻の5時50分でございました。当然夜は明けておりません。そのまま、ススキノまで徒歩で移動し漫画喫茶で暫定レポートとコメントへのお返事を書かせていただいた訳でございます。最後の画像は、釧路駅に掲出されていた特急「まりも」の寝台利用を呼びかけるチラシです。3000円をアピールしております。特急グリーンよりも安いかも知れません(未確認)。次回は札幌市電のレポートをご紹介します。このシリーズも残り2回で終え、時系列は逆になりますが、アセアンCクラス載り比べレポートをご紹介し、その後に、現在の沖縄旅行のレポートをお送りいたします。【資料】「まりも」の編成 1号車 キハ183-210 2号車 スハネフ14-502 3号車 オハネ14-501 非営業 キハ182-5 非営業 キハ182-106 4号車 キハ182-506 5号車 キハ183-1533
2006/02/20
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無事に帰ってきました。今回は天候に恵まれませんでした。ショボーン。搭乗区間は 羽田=那覇=羽田の単純往復でした。撮影ポイントは、 1 那覇空港展望台 2 残波岬灯台 3 米空軍嘉手納基地 4 慶良間諸島沖でした。シャッター回数は1000回強です。成果は中の下でした。後日詳細をレポートいたします。帰京しましたので、背景を通常モードに戻します。
2006/02/19
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結局、全日空《本人は死語にしたがっているけどしぶとく使われています》の臨時便《1410便》で羽田空港に帰ってきました。ANAご自慢のプレミアムスーパーシートを初めて使いましたが、大したことなかったなあ…。国際線ビジネスクラス並のサービスとか言って登場したクラスですが、こんなものか、という印象でした。この一年間にFクラス10回、Cクラス十数回乗ってしまったので、私の感覚が狂ってしまったのでしょうか…。いやいや、やはり大したことないです。日本エアシステムのスーパーシートに比べたら、あの程度のサービスはお子様ランチであると断言しましょう。お菓子はエアシステムの半分。弁当はエアシステムに比べたらコンビニ弁当でした。大体、飲み物サービスが紙コップでした。これが?、ビジネスクラス並?。「牛丼並盛」の間違いじゃないの、って感じでした。それにしても、羽田空港第二ターミナルに来るのは久しぶりです。昨年は国内線搭乗をJLに集めたのでNHで羽田空港に着くのは一年ぶりなのです。羽田は第二の方がいいですね。モノレールを使う場合は第二ビル駅は始発駅なので座れます。第一ビル駅を通る時にはもう席は空いていません。バスも第二始発です。画像は『快速浜松町行き』の車内の様子です。第二で乗ると好きなところに座れます。全日空のお客は座り、日航の客は立つ。これが現在のモノレールの実態です。プレミアムスーパーシートのことは悪く言いましたが、国内線の客を一番よく理解しているのは、やはりNHです。全日空の国内幹線は便利で快適であります。JD亡き後、マイル関係がなければ私も NH派になっていたことでしょう。来週も全日空のお世話になります。今から楽しみです。(^-^)v
2006/02/19
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雨でございます。こうなると何も撮れません。諦めて早い便で帰ります。FZ30の能力テストは成功裡に終了したのでよしとしましょう。
2006/02/19
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鯨見物のために那覇港から小船に乗り込みました。勝連に籍がある連絡船風の小さな船です。鯨見物のポイントは座間味航路上にありました。鯨見物の舟が全部で20隻位来ていました。ヨットも有り、漁船もあり、私たちのような余剰連絡船もありで、種類は様々でございました。画像は船団の一部です。鯨のシオフキを見つけると、各船は鯨の周囲に殺到します。まるで漁船です。鯨の写真は一応撮影できました。しかし、『一応』でして、余り良いものはありません。水面上に鯨が姿を現す時間が余りに短すぎるし、場所の予知も出来ないのです。鯨は撮るものではなく、見るものでした。
2006/02/19
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今回は特急「まりも」乗車の様子をレポートいたします。この特急の運転区間は札幌=釧路一往復です。一往復しかないので、号数はつきません。編成は、183系気動車(国鉄最後の特急気動車ですね。逆に言うと、国鉄時代の車両なんですな)+14系客車です。旅行にノートPCを持ち出すようになってから機内での生活が変わりました。今は全日本空輸121便で羽田空港より沖縄那覇空港へ向かっています。しかし、国内線ですので電源はありません。なんというか、今までは「旅先からの暫定レポート」と「画像入り確定レポート」を峻別できました。 →暫定レポートよりも前に書いてます。 →旅先作成分も時系列が前後してしまいました。ノートPC入手以前は、自宅で書いたのが「確定レポート」、旅先で書いたのが「暫定レポート」だったのですが、年明けのノート入手以来、「旅先や機内で確定レポートを書いている」ケースが出てきました。今もそうですが。何となく変ですね。で、本題に戻ります。183系気動車と14系の併結…。なんという乱暴な編成でしょうか。気動車の間に客車を入れるのです。正にご無体としか言いようがございません。ちょっと前までは寝台と座席の混成列車は結構走っていました。「にちりん」とか「かいもん」とか「だいせん」なんかですね。 これらの編成はいずれも客車編成でございました。で、客車列車の廃止の時に、たいていが座席オンリーの電車か気動車になっていったのです。まあ、見ていただきましょう。釧路駅の発車案内板でございますね。唯でさえ、列車密度の薄い根室本線の釧路口の深夜です。23時のまりもの前は21時の普通列車でした。ちなみに札幌到着は5時50分です。早いんだなあ、これが。早過ぎるのです。札幌方の先頭車両です。昔の国鉄のデザイニングです。ちょっと角ばっているのが国鉄っぽくて良いのです。JR北になってからは丸っこいデザインが特急系には使われております。こっちは釧路方の先頭車です。JR北海道により更新されています。JR北海道も東も皆そうなんですが、日本国有鉄道はあのような巨大な不良債権を残して死にました。大量の路線を廃止し、職員を沢山解雇して死にました。国民からの厳しい批判に晒されて死にました。今のJRは日本国有鉄道の継承法人ではありますが、国鉄の末裔であることに誇りを持っていない面もあります。特にJR発足直後は「国鉄時代からの変化」を売り物にしていました。そんな訳で、JR四国は古い駅を殆どぶち壊し、新しい駅舎に建て替えました。JR東は、特急車両をガンガン更新しました。で、JR北とJR貨物は、車両の外側だけ更新して…。こういう訳で、国鉄時代には無かったデザインにしたのでございますね。中間車両でございますね。この列車は23時に出発して5時50分に到着するというダイヤです。要はお日様の下は走らないという汽車です。まともな環境では撮影のしようが無いので、不細工な画像ばかりです。恥ずかしい…。と、画像の品質(特にアングル)の言い訳はこの辺にして、ご注目いただきたいのは、左右の車両の屋根の高さが違うことでございますね。左側が14系客車(実は昼間に乗った「冬の湿原号」の客車と同じですね)、右側が183系気動車でございます。これは14系客車の入り口です。入り口の上には「B寝台」の表示があります。一方で種別表示は指定席になっています。スリーピングカーのエンブレム付です。ちょっと切れていますが右上の方に★★★がありますね。これは昔の寝台の種別表示なんですね。うろ覚えですので間違っていたらご指摘いただきたいのですが、 ★★★ 客車二段寝台(14系・24系) ★★ 電車三段(581・583系) ★ 客車三段(10系・20系)という区分だったような気がします。B寝台は明治以来ずっと三段でした。これが二段になったのは画期的なことだったのでございます。この14系も24系25型も当然のようにブルーリボンを取っていたような気がします(24系は絶対取ってます、でも14系はうろ覚え)。B寝台の通路でございますね。この古臭い感じが大好きです。寝台車には喫煙車があります。もちろん寝台内では禁煙です。タバコはこの通路で頂くことになりますですね。はい。ちなみに、この14系客車にはもうひとつの新機軸がございます。それまでの寝台特急用の客車は20系という客車でした。「あさかぜ型」と呼ばれた車両ですね。この20系には電源車が必要でした。電源客車がすべての編成の電力を供給する形式でした。これを集中電源方式といいます。これを採用するとうるさい発電機を客室から遠ざける事ができますが、客車の分割併合はできません。14系客車は、20系の分割併合ができないという欠点を補うために、分散電源方式を採りました。何両かに一両、床下に電源を積んだ寝台車を混ぜるのです。この電源を積んだ寝台車は明確にうるさく、さらに振動まであります。寝台を2両つないでいるので、電源車かなあ…、とちょっと心配してましたが、禁煙車が電源車で、喫煙車が非電源車でした。ラッキーでした。この14系客車にはもうひとつ悲しい歴史がございます。国鉄時代に列車火災で二桁の死者を出してしまったことがございます。北陸トンネル事故ですね。14系客車は北陸トンネル事故の出火車両なのです。この事故の影響か、寝台車の分散電源方式は14系で打ち止めになり、24系では再び集中電源方式に戻りました。ちなみに寝台車以外の客車は分散電源が主流でございます。今は殆ど死に絶えた50系なんかがそうですね。 →本記述には誤りあり。 →北陸トンネル事故車はオシ17(10系) →14系は事故の影響で製造中止に →安全対策を講じ78年から製造再開 →「安全係」さん、ご指摘ありがとうございました。寝台でございますね。まあ、こんなもんでしょ。形状は出荷時の標準装備状態です。但しモケットだけは張り替えられていました。装備品は、シーツ1・毛布1・浴衣1・ハンガー1でした。浴衣はJRマークでございました。JRになってもしばらくは「エ」の字模様でございました。これは「工部省」のマークだそうです。明治ですな。那覇が近づいて来ましたので、いったんここで切ります。奄美はすっきり晴れているのに沖縄本島は曇っているみたいです。うー。【昨日の成果】ローソン(JCB) 2×1.5倍≒3マイル(NH)E電乗車(SUICA) 3マイル(JL)ホテル代(JCB) 60×1.5倍≒90マイル(NH)レンタカー(JCB) 100×1.5倍≒150マイル(NH)
2006/02/19
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現在は沖縄市内の某高級ホテルに滞在中です。このホテルが一泊6000円とは信じられない。大変高級感のあるホテルです。最近は那覇市内ばかりでしたので、久しぶりに沖縄市に来るとやはり雰囲気意が違います。アメリカの存在感を色濃く感じますですね。ところで、FZ30のテストを行ってまいりました。天候が曇りでしたので、色々ございますが、サンプルはこんな感じでした。オートフォーカスは明らかに進歩しています。素晴らしい。重さが200グラム強増えましたが、それほど気になりませんでした。電池の持ちはあまり変わりません。テレ端のF値増加は…。不満です。これならレンズ径をもっと大きくしても…。いやいや、それでは価格が上がってしまいますね…。それにしても、F値上昇に伴うシャッター速度の低下は痛いです。晴れていれば良いのでしょうけれども。ズーム倍率が実質19.1倍にまで拡張されたのは大変良いことでした。嘉手納で威力を発揮いたしました。値段並みの使い勝手でした。明日も晴れないでしょうね…。涙。
2006/02/18
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現在は嘉手納町にいます。米空軍嘉手納基地を見下ろす展望台に来ています。それでも画像は食い物です。残念ながら、雲っています。しかし、機材的には恵まれています。空中給油機や海兵隊機などを目にすることができました。画像は今日の昼飯です。ソーキと三枚肉が両方入ったそばです。
2006/02/18
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新購入のFZ30の撮影テストのために沖縄本島に参ります。残念ながら曇っているみたいですけど。はー。でも行きます。背景を出動モードに致します。帰着し次第元に戻します。
2006/02/18
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続きでございます。本日は塘路駅を2時間近く遅れて出発した「冬の湿原」の終着駅の釧路市内の様子をレポートいたします。釧路に到着し、ここで数時間を過ごした後に、今度は特急「まりも」で札幌駅を目指しました。全然話は変わりますが、デジカメを新調いたしました。今まで1年数ヶ月のながきに亘り私の日記の主力機材として活躍したFZ20を売却し、FZ30を購入いたしました。今週末はFZ30のデビュー戦でございます。南の島に向かい、その能力を試してまいります。FZ30はテレ端の開放絞り値がF3.7になりました(FZ20はF2.8)、このデチューンがどの程度影響いたしますか…。一発目は釧路駅構内のイルミネーションです。出発時には全然気が付きませんでしたけど、こんなもんを作っていたのでした。中々綺麗じゃありませんか。JR北、やるなあ。釧路駅で貰った遅延証明です。85分の遅延でございました。駅前の雪だるまは夕暮れの中、ライトアップされておりました。日没後にはこんな感じになっておりました。流石に冷え込んで参りました。私は旅に出ると、異常に食欲が昂進します。この日の最初の夕食です。先ずは釧路ラーメンの著名店「釧路らーめん 河むら」のらあめんでございます。東京のハイブリッドらーめんに近いお味でした。二杯目も著名店の「銀水」にしました。以下はJRのパンフレットの引用です。~~~引用始め~~~店の名物であるツブ焼のたれが入っているのか、スープの真っ黒なラーメンは別名「石炭ラーメン」。色は真濃いけど意外にあっさりしていてくせになる味~~~引用終り~~~JR発行の釧路観光パンフが完全に語りきっています。素晴らしい。私は写真でしか表現できんのです…。こんなことでは…。続いて丸井今井(北海道の百貨店)に入り、道内物産展で弁当を購入しました。なぜか、釧路で「森のいかめし」です。函館本線は駅弁に恵まれた路線です。なかでも、森の「いかめし」と、長万部の「かにめし」は有名でございます。森駅に行けば分かりますが、これが何にもない駅なんです。でも駅弁は美味い。そこで、もりのいかめしは各地の百貨店などで売られることになったそうです。駅弁から始まっていますが、既に駅弁を脱皮した食品商品と言えるでしょう。この辺りの事情は「峠の釜飯(私は日本一の駅弁はこれだと思ってます)」のおぎのやと似ておりますね。今はもう碓氷峠での分割併合はありませんが、「峠の釜飯」は高速道路のSAで、ドライブインで、長野新幹線の車内販売で売られており、大人気を博しております。聞くところでは、皇族方も避暑帰りにお召し上がりになるそうな…。これは、「冬の湿原号」の表示板の本物です。この辺りが凄いのですが、JR北ではこの種の観光列車用の種別表示板を作る時に、お土産用に本物と同じモノを大量に生産してしまうのです。2000円でした。鉄板琺瑯引き風の作品です。これを車内で発作的に買ってしまいましたが、東京にもって帰ってきてふと気が付きました。「使い道がない…」。これが欲しいとおっしゃる方はコメントでその旨お書きください。先着1名様に差し上げます。但し、コメントには個人情報を書かないで下さいね。コメントの一番早かった方が確定した後に、メッセージで送付先を教えてください。もちろん、個人情報は発送目的にのみ使用し、発送後は消去します。今回はこの辺で切ります。次回は、特急「まりも」をレポートいたします。
2006/02/18
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まだ、モノレールの中です。結構ゆとりのあるスケジュールです。さて、今、旅先からの携帯メール報告を書くために携帯の中の画像を整理しておりました。半分暇つぶしですけど。そういたしましたら、この前の有楽町の鰻の画像が出てきました。でも、携帯画像では美味しさが伝わらないなあ。このお店は川魚問屋が経営しています。漫画『築地魚河岸三代目』で紹介されていたブランドウナギ『坂東太郎』を作り上げた問屋さんです。というバックを持ったたいしたお店なのです。この画像はランチタイムの一般ウナギなんです。次は夜の部に行って、ブランドウナギ《坂東太郎》を頂きます。楽しみです。それでは沖縄へ行って参ります。
2006/02/17
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今回は運転席の続きでございます。昨日は機関助手の視点で撮影しましたが、今日は機関士の視点で撮影した分をご紹介します。機関士の椅子です。機関士は座って運転します。姿勢だけは、電車や電気機関車の運転士・機関士と同じみたいです。機関士席の前方です。視界が狭いのですね。操作機器です。レバーが多いです。しかも全部アナログです。機器というよりは弁なんですね。操作弁と言うのかなあ。ボイラー上部のメーターです。メーターが少ない…。つまり、ボイラーの蒸気圧系以外はメーターもありません。後は音と振動と炎の色などで判断していたのでしょう。ボイラー上部の各種弁です。配置はばらばらで説明板もありません。機関助手の仕事も難しそうです。燃料です。C11型には自動給炭設備はありません。機関助手がスコップで投炭していました。蒸気も昭和のものになると、石炭を自動で火室に運ぶ設備を持ったものや、一部重油を使うものなども出てきます。主操作機です。現代の電車ではブレーキとマスコンが一体化した操作が主体です。その前は左手でマスコン・右手でブレーキ弁でした。蒸気の場合は両方とも右手で操作するみたいです。機関士席の天井操作機器です。電車の場合は上げたり下げたりするスイッチが30はありそうですが、蒸気は3つしかありません。機関士席の仕業ダイヤです。こんな感じで撮影していると、機関士さんたちのお話が聞こえてきました。「水は大丈夫かなあ」と。蒸気機関車は水と石炭で動きます。石炭は比較的持つのですが、水はアイドリング停車中でもバンバン減っていきます。かつて蒸気機関車が幹線を走っていた路線では頻繁に給水しなければなりませんでした。大体給炭の回数の倍くらいの回数で給水する必要がありました。復旧のめどが立たないなか、この塘路駅で給水することにしたようです。この塘路駅には蒸気機関車用の給水設備などありません。そこで、駅の近くの喫茶店から家庭用ホースを用いて給水が始まりました。このC11型の水タンクは8.5立方メートルの容量です。まあ、水を入れるのにも時間がかかるので、停車時間が3時間を越えたら…、という事態に備えて給水したということのようです。給水開始時点でゲージは3分の1くらいありました。ちなみに、蒸気機関車用の給水設備は家庭用とは比べ物にならない太さのホースを使い、あっという間に給水します。夏の「ばんえつ物語」の時の予定通りの給水の様子を昔の日記に残しています。宜しければご覧下さい。今回はここで切ります。【昨日の成果】楽天ブックス(JCB) 15×1.5倍≒約22マイル(NH)楽天ブックス(SP) 15÷2≒約7マイル(NH)
2006/02/17
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塘路駅での臨時停車中に、機関士さんは運転席に乗客を上げ始めました。運行中の機関士さんの席はそこら中に油が塗られていて、汚れがついたらどうしましょ、なんと思いながらの撮影でございました。釜(ボイラー)の全体像です。水位計なんか全部アナログの現物表示方式でした。すんごい。機関士席ですね。電車や気動車でのマスコン(アクセルにあたります)とブレーキレバーが見えます。蒸気機関車の場合は当然呼称は違うんでしょうけど。釜のふたですね。蒸気機関車の場合は運転席に2名配置されます。一名が機関士で運転全般を取り仕切ります。もう一人が機関助手ですな。機関助手はこのふたから石炭を釜に放り込んで火力をコントロールします。重労働です。このふた、重いですよ~。釜を撮っていたら機関士さんが蓋を開けてくれました。石炭はこんな感じに燃えてました。ちょっと前まで表紙に使っていた画像です。以外に炎が上がっていないんですね。生石炭なのかしら、コークスなのかしら…。何となくコークスのような気がしますね。運転席の天井にあるメーターです。何のメータでしょう。それにしても蒸気機関車とデジタル表示は合いませんね。蒸気機関車の電装部品ですね。大正時代から蒸気機関車には発電機が搭載されていました。このくらいのものは大昔からあったと思われます。ちょっと長くなったので、ここで切ります。
2006/02/16
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今晩は猛烈に疲労してますのでもう寝ます。更新は明朝以降にします。コメントへのお返事も出来ずに寝てしまいます。ごめんなさい。
2006/02/15
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完全に不眠症です。眠れなかった…。何でだろう。ひょっとして…、寄生虫?。ということで、出勤までの時間を活かしてもう一回分更新します。この塘路駅で、対向列車の自動車との接触事故の影響で2時間弱の停車となりました。時間を活かして車体を撮影しました。先ずは緩急車(車掌車)からご紹介します。車体側面の塗装の状態です。相当厳しい状態になっておりました。製造所のプレートです。昭和29年製…。結構古いです。車番と換算長が載っています。その昔の貨車は全て二軸車でした。客車もですけど。ボギー車が登場すると二軸車よりも車体の長さの限界が伸びました。そこで、車体の長さを示す単位として、二軸車何両分かという表示をするようになりました。これが換算長です。今でも車扱いの貨物列車の運賃は、換算長で決められます。明治の香りでございますね。もう一発反射を活かした塗装面の写真を載せます。うー苦しい状態です。塘路駅舎です。可愛い建物です。今は無人駅ですが、昔は駅員が配置されていた形跡がありました。機関車後面のナンバープレートとヘッドマーク(テールマーク)です。停車中の14系客車の車内です。誰も居ません(言いすぎでした、殆ど居ません)。皆外に出て見物しています。再発車の時の車掌さんの確認作業が大変そうでした。機関車の側面プレートです。「釧」は釧路運輸車輌所所属であることを示します。「17-6苗穂工」は昨年6月に苗穂工場(北海道の車輌整備基地の聖地)で台検を受けたことを示します。「S」はATS装備を示すのかな、「N」は新しい形式のATSを装備していることを示しているのかしら…。ご存知の方お教えくださいませ。東なら「P」なのですけど。塘路駅に停車中の機関車です。お尻を向けているのが間抜け…。編成写真一発目。標識が邪魔です。二発目。車体が黒くなりすぎて質感が失われています。三発目。露出をむちゃむちゃ上げてみました。動輪でございますね。動力伝達部の複雑なこと…。ほんの一瞬日がさした時です。晴れているといい絵になるんですけどねえ…。塘路駅での二時間は長かったです。機関士の方も飽きてきたみたいで、運転席に入らせてくれました。次回は現役蒸気機関車の釜を焚いている状態での運転室の様子をレポートいたします。
2006/02/15
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蒸気機関車の旅は楽しかったのです。そのせいか、なんかさくさく進みます。一日何回も更新してしまう…。今回はこの「冬の湿原号」の中で一両だけ併結されている旧客(旧型客車、鉄的用語です。10系軽量客車登場以前の客車を言います)のスハシ44をご紹介します。しかし、その前に、a bloody roseさんからご質問を頂きました。「君は蒸気機関車のどういうことに興味があるんだ?」と言う内容です。色々な関心があります。産業技術的に動いている蒸気機関を目にするチャンスは少ないのでこれを見たい。元労使関係研究者としては、国鉄の機関士がどのような環境で働いていたのか実物を見たかった。鉄的には珍しい車輌なら何でも見たい。旅行的には「観光列車」を楽しみたい。興味のアスペクトはこんなもんなんですが、興味とは別に生理的に「好き」という感情がございます。あの煙も好きだし、ドラフト音も好きだし、汽笛も好きであります。体の中から興奮が湧き上がるのです。これは理屈を越えております。とは言え、C11はねえ…。小さいし、迫力ないし…。やはり本線用の旅客用の機材が良いなあ。C57でもC58でも良いし、欲を言えばC62が良いです。さて本題です。先ずは旧客の形式から。スハシ44の1号です。タネ車はスハフ44であります。スハフ43というと戦後の特急用の普通車として有名で、大井川鉄道でナショナルトラスト保存されたりしてますが、スハフ44は普通の北海道向けの客車です。民営化後の88年に改造されカフェカーになりました。小樽ニセコ間のC62ニセコ号で使われていたのですが、C62旧車時に一旦廃車になりましたが、C11リストア(=SLすずらん運行)の際に車籍復帰し今日に至っているそうです。もえちゃん…。車内はこんな感じです。かなり原形を留めています。モケットは張り替えられていますが…。左奥に売店が設けられています。この車輌だけ旧型客車の座席サイズなので狭いです。指定券はこの車輌のものでしたが、長居しませんでした。お馴染みの配りものの乗車証明書です。絵葉書にして欲しかったなあ。ちなみに、一昨年の函館本線、昨年の磐越西線は絵葉書でした。だるまストーブです。するめの焼き具合が正に食べごろです。所有者はこういう風になる前に食べようとしていたのですが、車掌にたしなめられて、こういう風にひん曲がるまで待ってました。するめの焼き方コーチまでしてくれます。こういうところが観光列車っぽくていい感じでした。持ち主に断って撮影させていただきました。車掌長からは「あんた他人のするめを撮ってどうするの」と突っ込まれてしまいました。この方が車掌長です。でかいカメラをぶら下げていたところ、記念撮影係に任命されてしまい、次から次へと他人のカメラを預かっては車掌長との記念撮影のシャッターを切りました。上手に撮れたかなあ…。他人のカメラは癖が分からんのです。塘路駅でございます。ダイヤ上の停車時間は10分弱です。鹿が飼われておりました。この駅で下り普通列車と交換する予定でした。しかし、しかーし、その普通列車が自動車と衝突事故を起こしてしまったのです。言い方が悪いな、自動車が列車にぶつかったのです。この画像は駅の手前数百メートルで停止している普通列車です。この事故のせいで塘路駅に2時間近く停車することになりました。これが事故車です。この事故のおかげで、塘路駅で撮影時間がたっぷり取れました。次回は塘路駅での撮影分をご紹介いたします。【本日の成果】本屋(JCB) 5×1.5倍≒約7マイル(NH)SUICA(昼食) 8マイル(JL)
2006/02/15
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今回は、標茶駅を出発前の汽車を撮影した分をご紹介いたします。気象条件は曇り時々雪で午後2時前後です。既に日が傾いておりました(太陽は見えませんでしたが)。帰りは車掌車側に機関車がつきました。このまま奥の方に進みます。蒸気機関車はテンダ型とタンク型に分類されます。テンダ型は機関車の後に炭水車繋いであり航続距離が長いのでしが、後が見えないのでバック運転はしないです。タンク型は航続距離は短いですが本線でバック運転をします。このC11は短距離ローカル向けのタンク型機関車でございまして、バック運転ですいすい折り返しを行うように設計されているようです。跨線橋から見下ろして見ました。まだ、そんなに釜を焚いていない風です。展望車として使われている緩急車でございますね。形式写真(「鉄」用語で、背景とかにこだわらずに車体の様子だけをクローズアップした撮影)風に撮影してみました。このタイプはヨ3500というようです。もう一度跨線橋から撮って見ました。昔の貨物列車みたいな感じでございますね。
2006/02/14
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今日は職場の先輩方と食事をしていて帰宅が遅くなったので軽く標茶駅周辺をレポートします。日曜日は悲惨な体調だったのですが、今はまあまあの調子に戻ってきました。昼間の鰻の効能でありましょうか…。標茶駅全景です。新しいです。尊敬する横見先生は評価低そうです。「グレードが低い」と言われそう。でもそれは外側だけの話。中は中々のものなのです。ちこっと引いて撮影してみました。駅前にタクシーが居ます。これだけでもこの辺りの駅としては大変な賑わいということになります。帰路は塘路駅で延々2時間近く停車となり、タクシーで空港に向おうとした人々が居ましたが、タクシーは釧路からやってくるので30分待ちとなっておりました。駅名板です。立ち位置が確保できず斜めになっています。未熟さ丸出しですが、後日の反省のために掲出しておきます。駅舎の中にはこのような、使われなくなった看板やサボが展示されておりました。しかし…、行先不明列車ってなんでしょう?。ミステリートレインの先祖かな。これはチッキの看板でしょうか?。会津若松でも同じような表示をご紹介しましたけど、ここでも「SL歓迎」の看板がございました。輸入レールの展示もございました。北海道の鉄道はアメリカから取り入れたものが多かったと聞いた事があります、交通博物館でですが。このレールもそうなんでしょうか。昔、七尾線でロシアから戦利品として入手した22キロレールが展示されていました(今でもあるかもしれません)。このレールは何キロレールなんでしょうね。釧網本線の歴史でございます。この線も政治路線でございました。確か政友会路線だったような…。このくらいの密度でも北海道では本線と名がつくケースが多かったような。日高本線とか…。駅のご紹介はこの位にさせていただきますが、チャンスが無さそうなので、今回切符も掲出させていただきます。飛行機と違って名前が入っていないので気楽に掲載できます。往復の指定券です。無効印を押してもらい、正規手続きで持ち帰りました。帰路分は撮影時点では未使用です。釧路→標茶の乗車券です。当然地交線運賃です。帰路の乗車券は札幌まで通しにしました。経路は釧網線・根室本線・石勝線・千歳線です。最後は釧路→札幌の特急券・寝台券です。寝台料金が僅かに3000円です。JR全社でここだけの特別運賃です。安い!!。次回は、標茶→釧路をレポートします。【本日の成果】AMPM(EDY) 1マイル(NH)
2006/02/14
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今日は有楽町に来ています。目的は鰻です。私は年齢の割には漫画をよく読む方です。そんな私が愛読している作品の一つが『築地魚河岸三代目』なのです。まあ、おいしんぼ以来の小学館の御家芸のグルメ漫画なんですが…。この作品中の一編『希望のウナギ』で紹介されている店に行って参りました。美味しい…。
2006/02/13
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さて、続きでございます。「冬の湿原号」は定刻に標茶駅に到着いたしました。なかなかのものです。現在運行されている蒸気機関車はどれも遥か昔に耐用年数を迎えております。もう無理に無理をして動かしているのです。従って、ダイヤが遅れるのは至極当たりませんのことでございます(だからスカスカの線しか走れません)。今回乗車したC11は大変調子が良い機材に見えました。車掌さんにその旨申し上げたところ「去年車検を済ませたばかりだからね」とのことでした。ちなみに、一昨年乗った171号機は調子が悪いのか、最後尾にディーゼル機関車を繋いでいました。いざと言うときに後押しするためだそうです。釧路を出発するときには少し太陽も顔をのぞかせていたのですが、標茶に着く頃には吹雪になっておりました。この標茶駅では、機関車を列車のお尻に付け替える作業を行います。撮影の時間を確保するためか、入れ替え作業まで十数分現状のままにされておりました。撮影の射点確保が意外に難しく、探したのですが、結局駅の駐車場の手すりに登って撮影いたしました。寒い北海道だけあって煙(実際は水蒸気ですね)がきっちり上がっております。これが北のSLの魅力です。南ではこうはなりません。寒くなれ~。こんなことをやっているうちに汽車はバックを始めました。画面に雪が混じっております。吹雪いているのがお分かりになるのではないでしょうか…。それにしてもアングル全部一緒ですね。情けない。吹雪に負けました。さて、この標茶駅にはダイヤの都合上1時間40分くらい滞在いたしました。次回は標茶駅周辺の様子をレポートいたします。
2006/02/13
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本(昨)日は体調最悪で外に出ないので、ブログ作成がさくさく進んでしまっております。今回は、冬の釧路湿原らしいショットをご紹介します。特別天然記念物の丹頂鶴でございます。丹頂への餌付けが行われている場所でございます。私が乗車した「冬の湿原号」の停車駅は、東釧路・釧路湿原・塘路・茅沼・標茶の5駅です。その昔は、国鉄の全ての駅には駅員が配置されておりました。信じられないでしょうが、鉄道30万人体制の時代があったのです。今回停車した5駅も釧路と標茶以外は全部無人駅でございましたが、昔は全ての駅に駅員さんが居たのです。かつての茅沼駅の駅員さんたちが、駅の脇で十数年も餌付けを行ってきたそうです。こういう経緯で、この茅沼駅では割と簡単に丹頂鶴を目にすることができるということでした。茅沼駅での停車時間は僅かに1分でした。撮影する時間も足りないので余りバリエーションはありません。下車して撮影するわけにも行かないので、全部車掌車のデッキからの撮影です。その上、ちょっと曇りで、バックは雪でございます。色はすっきり出ないし、ちょっとアンダー目の画像になっているのは、これらの制約条件のせいです。私の技量のせいではありません(笑)。それなりに距離がございましたので、殆どの画像(最後の2枚以外)は、最大望遠432ミリで撮影しております。明るいわけではないので手ブレが恐ろしいなあ、と感じながらシャッターを切っておりました。寒くて手が震えるのです。丹頂鶴はオスとメスの外観には殆ど違いがありません。であるので、とりあえず写真向きのポーズを撮っている方を撮りました。野生動物は動いてしまいますので、やはり時間的な制約は辛かったです。粘れば、良いポーズのショットも確保できたのですが…。右側が変な格好をしていますが、これが求愛ダンスかしら…。丹頂鶴はこの釧路湿原で卵を産んで子供を育てるそうです。しかし、狐などの餌食になるケースが多く、生まれた子供が北に渡れる確率は3分の1も無いそうです。以上は全て、車掌さんから聞いたお話でした。さて、茅沼駅を出発すると僅か数分で終着標茶駅に入線いたします。釧路駅では機関車を撮影できませんでしたので、標茶駅でしつこく機関車を撮影しました。猛吹雪の中での撮影でございます。クオリティは今一でございますが、次回ご紹介させていただきます。
2006/02/13
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前回は「冬の湿原号」に併結されている緩急車(車掌車)をご紹介しましたが、今回は指定席座席車に使われている14系客車をご紹介いたしましょう。車内に掲出されている編成表です。グリーン車の連結はなしで、全車指定で運行されています。釧路方から 緩急車=14系3両=スハシ44=14系1両という編成でございました。旧客1両が混じっています。一昨年の「クリスマスIN小樽」は全車旧客でしたが、今回は14系中心です。旧客に長時間乗ると流石に消耗するので、長時間運行の場合は14系の方が嬉しいです。アコモデーションは全面変更されています。14系は簡易リクライニングシート装備でしたが、これを全面撤去しわざわざ箱席に換えてありました。とは言え、14系の幅の広い窓に合わせた箱席になっています。581系並みの広い箱席でございました。だるまストーブでございます。もちろん14系客車が特急客車として普通に運行されていた頃にはこんなものはありませんでした。電気暖房でございます(その昔の客車は蒸気機関車の廃熱で暖房したものでございますが、14系の時代には蒸気機関車は少なくなっていたので電気暖房になっています)。燃料には石炭を用います。大昔の道内の普通列車では標準装備でございました。なお、車内でするめを売っておりました。するめを購入してこのストーブであぶることが出来ます。台湾人観光客軍団が大量に焼いておりました。臭い~、腹が減る~。車内には道内の希少生物のぬいぐるみが飾り付けてありました。この辺は昨年3月の「のろっこ」と一緒ですね。これも希少生物のえぞふくろうでございましょう。こちらは希少でもなんでもない、えぞじかです。近年大量に発生していて有害動物扱いになっています。農産物でも森林でも手当たり次第食ってしまいます。車窓からも頻繁に目にしました。これはなんの雛でしょうか…。分からないです。これは尾白鷲ですな。ばちばちの天然記念物です。客車内のスピーカーはBOSEなんですよ。北海道のイベント列車は大体BOSEに乗せ変えてあります。車掌マイクも特製ワイアレスマイクになってます。車掌もガイド気分でガンガン観光ムードを盛り上げます。こういうところがJR北海道の良いところです。客車プレートでございますね。毎年新しいものを作っている様子で、2006と入っています。サボも特製でした。車体もこんなカラーでした。明らかに旧客を意識しておりました。ちなみに赤帯は大昔は「三等車」を意味しておりました。昭和30年度には三等車という区分は消滅するのでございます。ちょっと古すぎかなあ。今の50代でも分からない感覚でしょう。今回はこの当たりで。【本日の成果】楽天ラッキーくじ 1÷2=0.5マイル(NH)Infoseekラッキーサーチ 5÷2=2.5マイル(NH)
2006/02/12
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今回は「快速・SL冬の湿原号」に併結されている車掌車をご紹介いたします。営業用の旅客列車に昔の貨物列車の車掌車が併結され、且つ、乗車できるのは非常に珍しいケースです。中です。昭和29年製だけあって内装は板張りでございました。青いモケットは昔からのものなんでしょうね。車掌車の最も重要な設備の車掌ブレーキです。この赤いレバーに紐が付けられていて、いざと言うときに車掌が紐を引くと車掌ブレーキが作動するようになっていました。貨物列車に限らず、車掌の大事な任務は緊急時に列車を止めることなのでございます。このような機能を持っているので、この車掌車のことをかつての国鉄の用語では「緩急車」と言います。要はブレーキ車ということでございますな。この車掌車にもヘッドマーク(テールマーク)が付けられておりました。展望車として使うだけあって、オープンエアのデッキスペースがございました。ガラス越しではなく、こんな絵を撮ることが可能でございます。でも合成風力で猛烈に寒いです。こんなことをやっているうちに汽車が出発してしまいました。出発前に蒸気機関車を撮影するのを忘れてしまった…。デッキから撮影した車掌車の内部です。だるまストーブが見えますね。この辺りが北海道仕様という訳です。日本国有鉄道の時代から、北海道用の車輌だけは微妙に仕様を変えて製造されました。客車は二重窓にし、増加暖房を付けたりしています。でも、九州用も盛岡用も同じ車両でございました。北海道だけ特別という考え方だったのですね。もう少し車掌車の設備をご紹介いたします。車掌車用の分電板のようです。当然のように冷房はありません。扇風機のみです。扇風機には懐かしのJNRのマークがございました。時代を感じさせる照明のスイッチでございます。ブレーキの圧力計でございます。きっちり空気が入っています。こういう使い方をしているものの、この車掌車で列車全体を停める能力を維持しているようでした。今回はこの位にします。次回は通常の客車の内部をご紹介いたします。14系特急客車が種車ではございますが、色々と手が加えられておりました。
2006/02/12
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うー、体調悪いっす。全然家の外に出る気にならないです。予約はしていなかったものの、この週末は大井川鉄道に行こうかと思っていたのですが、キャンセルに致しました。まあ、いいや。来週は沖縄です。晴れますように。また、前の号には釧路在住ご経験者からのコメントをたくさん頂きました。うー、こんなにいらっしゃるのなら釧路街頭の写真をもっと撮っておくのでした…。さて、続きです。釧路駅の改札口です。ここで釧路=根室の往復切符を買いにいったら…、発車案内板が目に入ってきました。そこには「SL冬の湿原号」の文字が…。即座に気が変わりました。根室はキャンセル、SLに乗る!!。でも全席指定列車です。指定席に空きが無ければどうにもなりません。JR北海道の旅行代理店のツインクルプラザで見てもらうと、往復とも空きがありました!。おーっ、これで旅程変更は確定でございます。JR北海道には蒸気機関車が2両あります。昔はもっとあったのですが、C62の3号機は維持が大変で再び休車になってます(車籍の有無は未確認)。今生きているのはC11型が2両です。そのうち一両〔C11型171号機〕は、一昨年の年末に「SLクリスマスIN小樽号」として運行されている時に乗りました。今回は171号機か、もう一両の207号機が出てきますか…。早速ホームに出て見ました。早速最後尾に行ってみました。何と言う…。展望車が付いているのですが、これが昔の貨物列車の車掌車です。嬉しい…。現役の車掌車に乗るのは初めてです。二軸車に乗るのは夏の明治村以来です。客車は大体が14系客車でございました。日本は客車(動力がついていない乗客を乗せる車輌)は非常に少ないのです。ヨーロッパでは集中動力(機関車+客車)が主流ですが、日本は分散動力(電車か気動車)が主流でございます。14系客車はもともと寝台特急用の客車として開発されましたが、その後昼間特急用のバリエーションが登場しました。これが日本国有鉄道最後の昼間特急用客車になりました。仲間の殆どは廃車解体となっていますが、少数がこのようなイベント車輌として生き残っています。ちょっと短いですが、ここで切ります。
2006/02/12
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今回は釧路空港到着からをご報告します。釧路空港は実は初めてでした。昨年に行く予定があったのですが邪魔が入って…。念願の初釧路空港でした。ボーディングブリッジから撮影したターミナルですね。一応機材も撮影しておきました。何の変哲も無いA300-600でございました。私が愛した日本エアシステムの香りは殆ど残っておりません。やっぱ釧路では丹頂を誇りに思っているんですねん。空港の到着ロビーにデーンとレプリカが置かれておりました。こんな表示がございました。こんなところにも町村合併の波が…。空港の表札です。温度計がついています。何とプラス0.2度でした。楽勝です。全然OK。東京のちょっと寒い日くらいです。市内行きのバスです。このバスでJR釧路駅を目指しました。40分くらいで釧路駅に到着いたしました。駅舎は結構大きいです。運行基地としての機能が大きい(大きかった)のでしょう。何となく米子駅にノリが近いのでした。よつ葉牛乳の看板が北海道らしいです。ちなみにそこここに946と言う数字がありました。多分「946=クシロ」だと思います。寒い…。駅前にはこんな雪だるまがございました。早速撮影の練習です。雪国では雪が明る過ぎ、カメラ任せで露出を決めていると、人の目には暗すぎる絵になってしまいます。久しぶりの雪国撮影ですので、ここで調整しました(結局+2/3補正をかけ更にブラケットをかけることにしました)。この時点ではこの釧路駅から根室駅に向かうつもりでした…。
2006/02/12
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さて、今日から時系列でレポートします。お気づきの方もいらっしゃるかも知れませんが、題名を短くしています。こうするとトップページのリセントポストで表題が一行に収まるんですね。これが快感なのです。さて、釧路への移動ですが当然のように国内線航空機を使います。昔は釧路空港というと欠航が多いので悪名が高かったのですが、現在では「カテゴリー3」という大変精度の高い電波誘導装置が導入されており就航率は大幅に改善しています。離陸直後でございます。まだ都内上空か千葉県上空ですね。降下中に撮影した日高山脈です。釧路は日高山脈の直ぐ先に当たり、大分高度が下がってからの撮影です。昨年には流氷を見に女満別に向かいました。その時にも日高山脈を撮影しております。あの時の方が高度が高くて綺麗な絵になりました。それにしても冬の北海道の空は青いですね。氷みたいな感じですよね。この色が大好きです。この前は太平洋線のFクラスをご紹介したので、今度は国内線のクラスJをご紹介しましょう。これだけですが…。普通席は飲み物だけですが、クラスJではお菓子が出ます。ちょっと短いのですが、ここで切ります。【今日の成果】ローソン(JCB) 6×1.5倍≒9マイル(NH)
2006/02/11
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今日から新シリーズを始めます。暫定レポート(出発 標茶 塘路 札幌 帰着)で大雑把な行程はご報告してしまっていますけど、 羽田ー釧路ー標茶ー釧路ー札幌ー新千歳ー羽田でした。国内線のバーゲンフェアを使いました。今回の旅行の目的は下の通りです。 1.空港制覇のため釧路空港に初着陸 2.根室から北方領土を撮影(中止) 3.気動車の間に寝台客車を挟んだまりもに乗車 4.札幌で雪祭りの準備を撮影でございました。釧路駅で蒸気機関車を見た瞬間に、思いつきで旅程変更を行い、根室往復をキャンセルし、標茶往復にしてしまいました。その結果、冬の釧路湿原が突如メインディッシュになってしまいました。一枚だけご紹介いたします。国の天然記念物の丹頂鶴のつがいでございます。【昨日の成果】特にありません。
2006/02/11
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追記でございます。マダムローさんからのコメントで「あんなところに客船が停泊していましたっけ?」というご質問を頂きました。この客船は現役の「豪華客船クイーンメリー2」で現在でもバンバン運行されています。ニューヨークに入港する祭に、たまたまイントレピッドの隣に投錨したものと思われます。私も、何と言う船だろうと思って船名表示を撮影していました。
2006/02/10
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二週間以上に亘ってレポートしてまいりました「南米点描」も今回でお終いに致します。最後のレポートはこのシリーズ最初の機内レポートでございます。JFK→NRTのJL005でございます。クラスは今回はFです。座席はニューソロでした。しかし機内エンタメはマジック1です。一番古いマジックでした。ちょっとアンバランスでした。機内にはクリスマスの飾りつけがございました。ウェルカムドリンクのおつまみでございます。機内食は和食を選びました。この日はタラバガニコースでした。先付けの蟹さしです。蟹の雲丹和え。椀でございます。これは蟹と関係なし。刺身は平目でした。機内食の刺身はなぜかいつも白身魚でございます。外人サンは赤身は苦手と言われていますが、外人さんを意識しての選択なのでしょうか。台はすき焼きでございました。水菓子でございますな。和菓子でございます。これでコース終了です。洋食コースのデザートも貰ってしまいました。ダブルデザートです。間食のそばです。「今月のお勧め」でしたが、不味かった…。こしが無いのです。二食目です。この路線は14時間も乗ってますので、二食目が出て参ります。実際は15時間くらいかかりました。中部が大雪で閉鎖され成田に降りる機体がたくさん出たので、着陸順番待ちで一時間以上かかりました。アラカルトのフルーツですね。機内配布物でございます。鼻マスク・口マスク・アイマスク・耳栓・歯ブラシ・その他ポーチでした。こんな飛行機に乗って成田へ帰ってきたのでした。今回は和食を選びましたが、洋食の場合はこんな感じ(日本航空太平洋線Fクラス(LAX/KIX))になります。今回の旅行は長い割には、成果が少なかったのでした。ニューヨークでイントレピッドに乗れたので格好は付きましたが…。時系列で行くと、次のシリーズは「続・Cクラス乗り比べ」なのですが、海外モノが続くと面白くないので、先に「SL冬の湿原号」をレポートいたします。
2006/02/10
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