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【南会津を流れる只見川】
原子力規制委員会のサイトでは、三島町・金山町・昭和村が「会津」の中に入っていますが、地理的・歴史的情況からすると、三島町・金山町・昭和村は南会津です。少なくとも保科正之公が会津藩主になられてからは、この写真に写っている只見川流域は「天領南山御蔵入」と呼ばれていた一帯です。
現在の市町村名だと、会津美里町南部、下郷町、南会津町、桧枝岐村、只見町、金山町、昭和村、三島町、栃木県日光市の一部です。ですから、この南会津にも旧高遠藩領内から山形最上経由で会津に移住してきた家々がありますが、その多くは、それまでにあった村々に分散して帰農しているようです。
会津藩領でもそうですが、天領南山御蔵入にも村名が気になる村々があります。会津のキリシタンの研究を始めた頃に、国土地理院の地形図を手に入れて、かなりじっくり見ていたことがありました。そして、『新編会津風土記』をデータベース化する時にローマ字入力をしていましたから、この村名はラテン語だろうと思える村々に出会いました。但し、そのままでラテン語になるわけではなく、訓読みを音読みにすると明らかにラテン語になる村があるということもありましたが、中にはそのままラテン語であると思えたケースもありました。
この作業では、『新編会津風土記』の本文に振られているルビが大変に役に立ちました。中には、クリスチャンでない方でもよくご存じの聖人名と思える村名もあります。あの村にも何回か訪ねましたが、墓地などに不思議なモノが残っています。また、保科正之公が会津藩主になられてから、村名が変わったことが記されている村々があるのですが、そうした村を訪ねても、気になるモノが残っていました。