赤いか

赤いか

第1話~6話


俺1
原作:山崎犬介
演出:MITSURU Jr.

【第1話:拾う死に神】

シンジは気持ち悪くなって、ヘッドホンを外した。友達に借りたオレンジレンジのCDにはどうしてもなじめなかった。

高田の馬場駅にいた。聞き慣れた山の手線の発車ソングが耳に痛かった。

「今時鉄腕アトムかよ。」

駅のベンチで朝から途方にくれていた。なんか無性にむしゃくしゃして、読みかけのジャンプをゴミ箱に捨てようと構えた。全部読み終えてしまうと、何もやることがなくなりそうで怖かった。

「それ、捨てるのかえ?」

みるからに風貌が危ないじいさんがこちらを見て笑っている。どうみても、職はないだろう感じ。ニヤッと笑った歯が欠けて、薄気味悪かった。

「な、なんだよ。まだ読みかけだよ。」

声にならないほどのか細い声でそう言うと、慌てて電車に飛び乗った。

「・・チッ・なんだ、あのくそじじい。ふざけんな。」

電車に乗った途端、周りの人々が驚くぐらいの声でシンジは悪態をついてみせた。昔からの癖である。彼も例外にもれず、陰でモノをいう現代っ子である。握りしめた本を網棚にひょいと載っけた。しかし、となりのサラリーマンが欲しそうにチラッとこちらを見たので、慌てて取り戻した。自分でも何がしたいのかわからなくなっていた。

方面も解らず飛び乗った電車であった。行くあてもないので、次の駅で降りることにした。次の駅は新大久保らしい。

「くそっ。」

シンジは降りるやいなや、ゴミ箱にジャンプを叩きつけた。

「へっへっへっ。もらいまっさ。」

ドキッとした。朝、父親に厳しく怒られたことを思い出していた。受験をしないで会場から逃げ出したことがばれ、家を飛び出した時と同じ気持がした。

「なんで、後つけるのさ。」今度はびっくりしながらも、はっきりとした口調だった。

「へっへっへ。勝手じゃろ。ワシはこの本達に用事があるんじゃ。こいつらは宝じゃ。」
薄気味悪いオヤジは恥ずかしげもなくゴミ箱に手をつっこみ漁ると、さっき捨てたジャンプともう一冊別の雑誌を満面の笑みで握りしめていた。

「おい。坊んず。悪いこと言わんから、家に帰れ。どうせ家出して帰れないでいたんだろ。」

「別に。オ、オッサンには関係ねーだろ。」何にも話していないのに全て見透かされているようでドキッとした。

ポンとシンジの背中を叩くと、


「雑誌は捨ててもオラが拾うが、お前の人生は誰も拾わんど。」


 オッサンは何かを言い足そうとしたが、黙って行ってしまった。

これがシンジと奇妙な親爺、ゲンとの痛烈な出逢いであった。

シンジはゲンの後ろ姿が父親の背中のようで、ホームの端からずっと見送っていた。


【第2話:もぎ取られた羽】

黒(クロ)は焼き鳥にただ串を刺す、そんな仕事をしていた。ただそれだけの仕事である。上手い焼き鳥を食わせることが生き甲斐であった時期もあるが、そんな夢は単なる自己陶酔にすぎないことを思いしらされた。

クロはいつしかそれを夢とよばず、「そんなモノ」とつぶやくようになっていた。

「客なんぞ、何もわかっちゃいねえ。」

彼の最近の口癖だった。合理主義という名の下に、綺麗に飾られた実態は全て金なのである。その言葉を吐いた瞬間に、神から与えられた透魂は卑しい魂となり果てた。
神が作りだした「奉仕の心」と悪魔が作り出した「金」という魔物。同天秤にかけた卑しい魂は自ら薄笑いを浮かべ天秤に乗った。

今や客は無惨に殺された鳥の死肉を食わされている。その様相はまさに地獄図だった。

その中に、シンジの父もいた。

「て、転勤ですって。私が。」

「む。やむ得ないだろう。君しか適任がおらんのだ。」

「...しかし、部長。」

口答え出来ないことはわかっていた。自分の最大の能力は「無抵抗」である。社会に出て初めてわかったことは、実力と金は全く結びついていないことである。
そしてそれを受け止めることであり、ここで死肉を喰らい、絶望を語り合うのである。人は絶望を通り越して無抵抗になるのである。学歴という人種差別を信じ切っている妻がいる。そして自らもそれを信じようと痛烈にもがいていた。自分が子供の頃、親から言われた言葉。

「勉強しろ。」

この言葉だけがただ真実であると我が息子にも毎日繰り返すのであった。せめてシンジだけは有名な進学校に進ませ、自分と同じ道を歩ませてはいけない。

身勝手な親心は強烈なナイフとなって少年の心を刺した。父は、息子が手作りの飛行機を大事に机の中にしまってあることを知らない。シンジが5才の頃、自分が何気なく紙と割り箸で作ってあげたものだ。そんなことはすっかり忘れ、1年前に買い与えた高価なプラモデルのことを思い出していた。目と口を同時にくゆらせながら。。。

「あの頃は、俺もいい父親だったはずなのにな。」

シンジはそのプラモデルを爆竹で破壊した。作り上げたその夜に。
自分でもなぜだかわからなかったが、親の尺度にはない自分の心の何かがそうさせた。

その夜、初めて自分を忘れて、我が息子を殴った。

その手は痛かった。財布が風邪をひいたことよりも、モノの大切さ、いや、自分の真心をわかってくれない息子の行動を本当に理解出来なかったのだ。

そしてこの哀れな父親のたった一つの喜びは、クロの焼いた死肉を有り難そうにかじることだけとなった。
れば

【第3話:拾い屋一番星】

「呟ん。」

「なんだ。またケムケムか。いい加減にワシから離れろや。」

「ヒョ、ヒョ、ヒョ。つれないこといわんで。オラも賭場で一儲けさせろや。」
呟(ゲン)とケムケムは最近いつも一緒の行動を取っていた。というより、
ケムケムが呟につきまとっていると言う方が正しかった。

「賭場」と言っても、バクチ場ではなく、拾い屋の職場ともいうべき、「拾い場」を指す隠語である。仲間の中には「狩場」と呼ぶ者もいるが、呟は何故か「賭場」と言っていた。

ケムケムは電車担当の拾い屋であった。電車担当を別名ポッポ屋と呼ぶ。

ケムケムは、昔はちんけなスリなぞをやっていたが、何故か最近この道に入ってきた男である。そして、呟が一から「拾い」を教え込んだ。
ケムケムは労働を嫌った。ポッポ屋を任されながらも、電車に乗るのを嫌った。昔のクセが出てしまうことを恐れたのかもしれない。
ゴミ箱
「ヒャッ、ヒャッ、呟。もう、今日は終わりにしようや。」

「じゃ、上手いラーメンでも食おうや。」

呟は行きつけのラーメン屋、「男爵」に連れて行った。

「ここはダシが違う。」得意そうに呟が微笑む。

いかのわたをバターで炒め、焦がし醤油で味付けしたこくのあるスープ。これが意外とあっさりしている。そこに浮かぶ揚げ玉葱がうれしい。
店主が打つコシのある太麺にからみも抜群だ。何かひと味足してあるに違いない。太麺に合う出汁(ダシ)の工夫がしてあるのだろう。このイカゴロラーメン。最近呟は病みつきになっていた。

「呟。俺はこの商売、向いてないかもしれんよ。もうめんどくさいんキョ。」

「最初はそんなもんだよ。慣れだ。」

「.....へぇ。」

 ケムケムは生返事をしながら左手をカウンター・テーブル下でごぞごそ動かした。

その瞬間、ケムケムの左手は強い力で握りしめられた。その腕の暖かさにヒヤっとした。

「やめとき。」

 呟の腕である。

「盗るンじゃねえ。俺らは獲るんだ。」

遠く、深い眼差しだった。

いいか、ケムケム。こんなこといつまでもやっちゃなんねーぞ。人が作ったものを奪うんじゃないんだ。
自分が自ら作ったものを人に与えるんだ。それが本当の仕事というもんだ。

ケムケムはこの時ほど、呟の腕をたくましく感じた時はなかった。そのみなぎる誇りに、ケムケムははっとした。かさぶたがほろっと取れ、なま暖かい何かが心の中に流れ出した。

「だったら、ゲン、あんたよう。なんであんたみたいな奴がこんなことやってんだ。」

ゲンはいきなり黙ってしまった。



【第4話:BRCの掟】

拾い屋の一日は、それぞれ違うが、呟の場合、朝イチで駅の売店をチェックする。
どの雑誌が何曜日に出るのかは、もうすっかり覚えてはいる。しかし、その日の出物の状態を知るため、この確認を怠らないのだ。
世間を騒がすニュースがある日は新聞がよく売れる。その結果、マンガなどの雑誌類が通常より売れないことをよく知っていた。こういう日は、一日が長い。賭場での出物が少ないからだ。呟の明晰なコンピューターが今日も冴える。売店の並びをちらっと見ただけで、高値の出物をすぐ探り当てた。
そしてその出物1本に集中し、つり上げるのが彼流だった。
人呼んで、「拾う死に神」。

それは鰹漁師のレベルではない。ハゲタカが死臭で獲物を探り当てるほどの動物的本能であった。ケムケムの嗅覚は、そのハゲタカを追う嗅覚であった。このずるがしこい器用さは、現代においては特殊技能と言えるものかもしれない。

そして、拾い屋達はつり上げた出物をBRC本部にスタンバイしている各エリア担当に手渡すのだ。これが拾い屋に与えられた「ルール」ある。

BRCをご存じだろうか。

拾い屋の世界は深い。今や会社組織が主流となっていた。BRC(ブック・リサイクル・カンパニー)とは、東京を中心にこのマーケットで急成長をとげた闇の会社である。表向きはちり紙交換業を営んでいることになっているが、その実態は拾い屋の総元締めであった。
「拾い」行為を行う際は必ずBRCに加盟しなければならない。勝手に行えば、暴力的制裁を受けることになる。
朝公園でカラスに目玉をくりぬかれた者、東京湾に浮かんだ者、数え切れない残虐な骸(ムクロ)が何度も目撃されている。
この世界に住む者はそれが全てBRCの仕業であることを知っていた。BRCに属することは太陽の昇る方角よりも当たり前の事実となっていた。

加盟と言っても、特段上納金を支払うわけではない。ただ、「BRCのルールに従う」ことを了解すればいいだけである。そう。ただ与えられた「ルール」に忠誠を誓い、従えば。。。

社会のルールから外れた流民はただ別のルールによって、やはりまた囲われるのである。
飼い犬は残虐な飼主から逃げ出した後も、何故かまた別の家で飼い犬になることを望むという。
自由を得た犬が先ず学ぶこと、それは、自由とは生きるため「自由」ではなく死ぬための「自由」であるという現実。

ケムケムは最近この世界に入ってきた新参者である。
BRCに加盟したての者はビギナーズと蔑称され、1か月間、ただやみくもに公園のゴミ箱のあさりを行う。
通称「どぶさらい」。
この修行は辛い。本、新聞、残飯、、、何でも構わず、BRC本部がその日指定したモノを全て拾わされる。
これは羞恥心をなくさせるための行であり、
この1か月という期間は常人の感覚を簡単に麻痺させ、過去やプライドまでをも捨てさせるに充分な期間であった。

この荒行を終えた後、ビギナーズは正式なBRCメンバー(社員)と認められ、いっぱしの仕事を任される。
ケムケムは1週間前にこの荒行を終えたばかりであった。
ケムケムのどぶさらい中、その監視係を呟が行った。もちろんBRC本部命令である。呟はケムケムのどぶさらいが終わると、何故かBRCに所属することを辞め、突然行方をくらませた。そして、今は突然死という恐怖に日々追われるフリーの身となっていた。彼にとって、「狩場」はまさに命の「賭場」になったのだ。

そして昨日、偶然電車内でケムケムに発見されたのである。ケムケムは本部に報告すべきこのことを、恩義を感じてか、通告しなかった。

ただその代わり、ケムケムの特殊技能の嗅覚で、呟につきまとっているのである。

売店

【第5話:ゲタ】

BRCの本部は上野にある。BRC本部職員は持ち込まれた雑誌の裏に鉛筆でナンバリングを行う。これは売れ残りを管理するためだ。
そして、運び担当である「運び屋」に手渡すのだ。

BRCの商売方法はこうだ。
運び屋はナンバリング後の雑誌(お宝さん)を各担当エリアの売り場(通称:出店)に持って行き、80円で卸すのだ。
出店の売人はこれを1冊100円で売る。決して100円を下回る金額で販売してはいけないのだ。
それがよく駅周辺で売っている「あれ」である。
運び屋が出店に持ち込んでから1週間が過ぎた時点で「売れ残り」であり、運び屋がBRC本部に持ち帰る。

一冊あたり、出店の売人は20円のマージンをもらい、残りがBRC本部が「管理する利益」となるシステムだ。
運び屋と拾い屋は日給制となっており、運び屋は運んだ冊数×3円、拾い屋は1冊あたり特級50円、ゲタ30円。
網棚からの拾い物は「特級」、ゴミ箱からの拾い物は「ゲタ」と呼ばれている。
拾い屋

出店で売れ残りがあった場合は、BRCは1冊あたり70円で出店から買い戻すことになっている。
そして、売れ残りのしわ寄せは拾い屋に来るのである。売れ残りの冊数分、拾い屋は給料から天引きされる。
売れ残れば、特級だろうがゲタだろうが「0円」なのである。そのための「ナンバリング」なのだ。
誰の出物かはすぐわかるようになっている。呟の特級、3冊目であれば、「ゲ-特-3」と表示される。
「売れ残り」は、本部が回収して、ちり紙交換行の商品として使用される。

本部と運び屋の利益率が最も高まる商品は「ゲタ」であり、かつ、売れ残る方が本部にとって好ましい。ゲタものは売れ残る確率が高い。よって、本部が要求する「お宝さん」はいつもゲタであった。
運び屋も返品を望んだ。売れようが売れまいが、往復して運んだ冊数分だけ金がもらえる。よって売れない方が返品分の運び分儲かるのだ。おかしな仕組みである。
そして、このシステムのからくりが上手く出来ているところなのだが、拾い屋と出店の売人は、売れる方が儲かるのである。(紙に書いて計算してみて欲しい。)
この利害関係の対立が奇妙なシステムを成り立たせていた。

どぶさらい
↓1か月
拾い屋(現在100人程度)
↓1年
出店の売人(現在200店舗、200人)
↓1年
運び屋(現在50人、1エリア4店舗)
↓2年
本部管理職員(10人)

徐々に安定するこのシステムにあこがれを抱き、数年耐える者もいるのは確かであった。ナンバリングを行うだけの本部管理職員を目指して、みなハツカネズミのように車輪を走り続けるのだ。
ただ、この理不尽な4年と1か月が耐えきれず辞めていく者も多い。

【第6話:ケムケムの子守歌】

「ヒョー、ヒョッヒョ」

薄気味悪い笑い声とともに、出っ歯をつきとがらせた、その醜悪な顔は得意気であった。

ここに堕ちて来た者は全て、一般社会ルールからの脱落者である。どこでも雇ってくれない身である。

ケムケムもその定石通り、いや、最初からまっとうな社会生活なぞを送っていない。
彼は孤児であった。自分の名字も知らない。

小さい頃から、周りの大人に言われ続けた。

「あー煙い。煙いよ。全く、この子は。」

周りの子供達も馬鹿にして連呼した。
「やーい。ケムケム、煙たいケムケム。」

彼は幼な心に壁を作った。小さな心に頑丈過ぎるほどの。そしてその外側にささやかな鎧をまとった。それが人をあざ笑う、この不吉な笑いである。
この陰険で醜悪な顔つきは周囲から気味悪がられ、彼を正常な精神状態へとは導くはずもない。正常な精神は所詮「身の安定」を保証された者に宿るのである。

だが、食べていくためには、むしろその方が好都合であった。全うに生きる人々を簡単に騙すことが出来るからだ。
彼は人を欺き、社会を欺き、もはや自分の運命までも欺こうとしていた。
自然の摂理でケムケムは犯罪者となり、スリの常習者となっていたのだ。

「ヒョッヒョ。このままどこかでのたれ死にするさ。」

だが、そう心の中でつぶやく瞬間、一抹の絶望感に屈しそうになり、橋のたもとにいる「カタミミ」に逢いにいくのであった。
ケムケムは片耳のこの犬に出逢ってから、ずっと面倒を見ている。
それは、その哀れな姿から同情したわけではない。


子犬は自分の容貌や状況に悲観したりしないからである。


ただ生きるために、
お腹をすかせてただ吠えるだけである。
そして、ケムケムに甘えて寂しがるだけである。

その純粋な「生」にケムケムは感動した。

ケムケムには眩しかった。すっかり冷え切ったはずの心にも、暖かい「何か」が湧き流れ出していたのだ。生まれてこの方、初めての感情であった。

「ヒョッヒョッ。時間だけは、俺もお前も同じ。。。。」

そうつぶやくと、何かに追われるように、彼はスリを続けた。カタミミに命を与え続けるために。

カタミミの鳴き声は、子守歌のようであった。

彼は知らない間に既に得ていたのだ。

人間が最も渇望し、そして得られないとあがく、

「幸せの青い鳥」を。


【「俺が獲る」第7話に続く】



© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: