誰にも言わない?


 人工生命体に宿る心。そこには、希望と禁忌が、ほぼ同じ比率で交じり合っている。
 科学がもたらせるかもしれない、大いなる可能性のひとつであり、同時に、人が決して犯してはならない領域だとも思えるからだ。しかし、最終的にわたしたちの良識は禁忌の方に重きをおいてしまうのだろうか、心の宿った人工生命体の物語には、往々にして切なさと悲壮感と、そして来るべき悲劇を予感させる何かがある。
 だからこそ、架空の物語などにおいて「本来、感情を持ち得ぬ存在が抱く感情らしきもの」は、哀切や感傷を引き出す装置としてよく使われてきたのだろう。心を持っていないはずの存在が抱える感情の揺らぎは、その不自然さとある種のタブー感をもって、むしろ生物の感情以上にこちらに強く訴えてくる。この効果を利用し生命や心の大切さを説いた作品には、古くは『ピノキオ』があるし、手塚治虫の『鉄腕アトム』もそうだと思う。
最近、この手法を用いた、極めて切ない、それでいて美しい映像作品に出会った。とは言っても、映画やお芝居ではない。宇多田ヒカルという歌手が歌っている『can you keep a secret?』という歌のプロモーションビデオ(以下PV)だ。
「な~んだ、そんな話かぁ」などと言って、読むのを放棄すること無かれ! このPVは、本当に傑作なんだから…。

 さて、わたしの感懐を述べる前に、このPVのあらましについて説明しておかないと。
 PVの出演者は2名。ひとりは、歌い手である宇多田ヒカル本人。そしてもうお一方は、白く硬質なボディにピノキオのような長い鼻を持つロボット。通称PINOくんだ。
 物語は、朝もやにけむる部屋から始まる。目覚まし時計の音と共に活動を開始するPINOは、何かを探しながら部屋を徘徊する。リビングを、寝室を、そしてキッチンを…。しかし、お目当てのものは見つからないらしく、落胆する。そして、ソファーをじっと見つめたかと思うと、自身のメモリーに記憶されていた、過去の映像を再生し始めるのだ。そこには、PINOとたわむれる少女の姿が写しだされていた。まるで恋人同士のようにじゃれ合い、談笑を交わす2人。どうやらPINOが探していたものとは、この少女だったようだ。
 少女が見つからず悲嘆に暮れるPINOがテレビをつけると、そこには少女の姿があった。喜び、少女に歩み寄ろうとしてブラウン管に跳ね返されるPINO。ふとテレビの横に視線を向けると、そこには車の模型がある。その模型を見ながら、PINOは彼女とドライブする姿を夢想する。ハンドルを握っているのはPINO自身。助手席に座っいる少女は、うっとりとした表情でPINOにしなだれかかる。
 しかし、楽しい空想のひと時は、テレビの映像が途絶えると同時にパチンとはじけて消えてしまった。再びがっくりと肩を落とすPINO。まさにそのとき、切望して止まなかった少女が帰宅する…。
 とまあ、ざっとこんな感じの展開だ。

宇多田ヒカルという歌手を語るとき、必ずといってよいほど登場する言葉に「切なさ」がある。そしてこのPVも、やはり「切なさ」を抜きにして語ることはできない。
 何を持ってして、人は切なさを感じるのだろうか? それは人それぞれだし、状況や環境にもよるだろうが、わたしはひとつ「決して成就されることのない一途な想い」を見たとき、やりきれないほどに切なさを痛感してしまうのだ。
PVにおいて切なさを演出しているもの、それはロボットまるだしの外見をしたPINOくんに他ならない。このPINOの切なさは、少女に対する圧倒的な恋慕の情によって描き出されている。なぜわたしが、PINOの恋心に切なさを覚えるのか? それは、少女との関係においてその想いが永遠に同等に成りえない、という絶望的な事実のためなのだろう。どんなに強く思ったところで、血の通う人間である少女はPINOにとって彼岸の存在なのだ。モニターの中の少女に歩み寄りブラウン管にはじき返されてしまったシーンに象徴されるように、文字通り少女は別世界の住人だ。決して並び立つことはできない。対等にはなれない。両者の精神的関係において、常にイニシアチブを握っているのは少女なのだ。だからこそPINOは、少女を助手席に座らせ、自身がハンドルを握って車を駆り、彼女をリードする姿を夢想する。それが彼の夢。永遠に叶うことのない願い。
 そう、わたしたちは、この濃密ながらも硬質な愛情劇の主人公に、PINOを据えて見ている。わたしたちにとって感情移入すべき対象はPINOであり、あくまで少女のことは、PINOの視点を通じてしかうかがうことはできないのだから。
少女とPINOの関係における少女の優位性は、少女が帰宅する場面でクライマックスを迎える。やはりどこかぎこちない動きで少女を迎え入れ、歓喜の情を示すPINO。そんなPINOの目の前で、少女は自らの肉体を誇示するかのように艶やかに踊ってみせるのだ。おそらくPINOにせがまれたのだろう、踊る少女の表情は慈愛の情に満ちている。このPVの中で、初めて少女とPINOが直に接するこのシーンは、提供するものと享受するものの両者の関係が実に美しく描かれていて、見ている者の心に深く焼きつく。踊る少女の表情からは、求められていることに対する充足感と純粋な喜びが見て取れ、ほほ笑えましくすらある。しかしその裏に、与えるものとしての、ほんの少しの優越感と驕慢さが潜んでいるようにも思えるのだ。PINOの硬質に対する少女の肉感、無表情に対する自信に満ちた笑顔、白いボディに対する少女の黒い衣装。今回のPVの中で最も美しいこの場面は、鮮やかなコントラストが両者の違いを視覚的に浮き彫りにしている、このうえなく残酷なシーンでもある。
 がしかし、その直後に訪れるカタストロフが、この映像世界を構築していたいっさいを飲み込み、瞬時にしてネガとポジを反転させてしまうのだ。
 はじめて明かされた少女の視点であろう映像は、PINOのそれと一緒だった。対象物との距離を告げる数値。そして、赤みがかった視界に表示される「LOW BATTERY」の文字。とつじょ動きが緩慢になる少女。そして停止…。
少女は、いや、少女だと思われていたものは、ロボットだったのだ。
 この衝撃的なシーンを見るに至って、わたしたちははじめて気がつく。この哀切なる物語の主人公は、PINOではなく少女であったことを。それまでわたしたちがPINOに対して注いでいた同情、憐憫などの感情は、カタルシスを経たことにより増幅された形で少女に移行されるのだ。
「そうか、そういうことだったのか……」。
ゆっくりとかみしめるように事実を認識し終え、冷静さをとりもどしたあと、わたしたちは、今度は少女の心情に思いを馳せる。
 はたしてこの少女は、自分がロボットであることを知らなかったのだろうか。あるいは、自身の活動が停止しそうになって初めて、その真実をしったのだろうか。それとも、少女は自分がロボットであることを知りながら、それを懸命に隠していたのだろうか? 
 そのような仮説に考えが至ったとき、この映像に重なるようにして流れていた『can you keep a secret?』の歌詞の持つ意味が急激な勢いで膨張し、重く重くのしかかってくる。
「近づきたいよ、君の理想に」「近づけないよ、君の理想に」。
これまで、これらの歌詞はPINOの心情を歌っているのだと思っていた。しかし前述の仮説こそが真実なのだとしたら…。
「伝えよう、止めよう、このまま隠そう。逃げ切れなくなるまで」「今までずっと秘密にしてた」「悲しくないよ、君がいるから」。
これらの歌詞が、自身の正体を隠し、人間としてPINOに接していた少女の心境を歌ったものだとしたら…。もし相手が真実を知ってしまったら、相手は自分を欲さなくなるかもしれない。この秘密がバレたら最後、そこで楽しい日々に終止符が打たれてしまう。最も愛する存在を欺いてまで守りたかった関係の崩壊は、彼女にとって全ての喪失を意味するはずだ。そのような強迫観念と懐疑心にさいなまれ、漆黒の闇に追わるような恐怖を抱きながら毎日を過ごし、でもそんな不安を押し隠すようにしてPINOの前では、彼の究極の理想である「人間の少女」を演じつづけていたのだとしたら。そして最後、薄れゆく意識の中で、真実が露見してしまったという事実を悟っていたのだとしたら(いかん、自分で書きながら泣きそうになってきた)。
 動かなくなった少女を目の前にし、狼狽したような動きを見せるPINOは、こう少女に語りかけたのかもしれない。
「どうしたの? もっといつもみたいに踊ってよ」。
 少女は思ったのだろうか。
「ごめん、もう、踊れないんだ」。 

 どんでん返しがもたらすカタルシス、人工生命体に宿った感情、そして、不安定で危うさがぬぐえない関係にある男女(?)。
 手法そのものに目新しさはない。しかし、歌が流れるだけの5分あまりのイメージ映像に、これほどまで鮮やかに、見た者の感情を揺り動かす要素を盛り込んだ作り手の手腕は見事としか言いようがない。
このPVを見終わった後、心にはザラついた感触が残る。しかし、決して不快ではない。それは恐らく、最後に少女が「完全停止」したのではなく、あくまで「充電切れ」だった点にあるのだろう。充電すれば、少女は再び動き出すはずだ。そのとき、PINOはすでに少女に対する恋慕の情を失っているかもしれない。でもひょっとしたら、「理想」の名を借りた「虚構」を振りはらった両者は、これまで以上に深いところで感じあえるのかもしれない。
 「LOW BATTERY」。それはパンドラの箱の底に残った、希望なのだ。



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