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「聖書が教える聖霊の働き(2)」 2014年6月12日
インターネットのテレビ局CGNTV(Christian Global Network
Television)の番組「みことばに聞く」に当教会の牧師が出演しま
した。2013年11月5日放映 「神のことばである聖書」
「聖書が教える聖霊の働き(2)」
甲斐慎一郎
ヨハネの福音書、14章~16章
キリストは、「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたが
たは力を受けます」と言われました(使徒一章8節)。このことば
があまりにも有名なので、私たちは、聖霊が臨まれるというと、す
ぐ偉大な力に満たされることだけを考えてしまいます。しかし聖霊
は、私たちが力に満たされる前に、私たちの罪をきよめ、私たちを
愛に満たすために働いておられます。なぜなら罪をきよめられず、
愛に満たされないで、ただ力だけを振り回すのは非常に危険なこと
だからです。この「訣別の説教」は、力に満たされる前の聖霊の働
きについて教えています。
一、聖霊の働きについて
(1)誤りを認めさせる聖霊
--「その方が来ると、罪について、義
について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます」(16
章8節)。
人はだれでも、その人なりの罪観念というものを持っており、そ
の罪観念に違反する時、罪意識を持ち、良心の呵責に苦しみます。
しかし聖霊が来られないかぎり、この罪観念そのものが自分の都合
によって変えてしまう極めて身勝手なものであることに気がつきま
せん。それで聖霊は、神とキリストを信ぜず、身勝手に生きている
ことが罪であることを教え、その誤りを認めさせるのです。
(2)キリストをあかしする聖霊
--「真理の御霊が来るとき、その
御霊がわたしについてあかしします」(15章26節)。
今までの誤りを認めさせ、神の前に罪人であることを自覚させる
のは聖霊ですが、罪を自覚した人に、その罪からの救い主キリスト
を指し示すのが聖霊です。サタンは、罪を責めるだけで、人を自暴
自棄に陥れますが、聖霊は罪を自覚させるだけでなく、その罪から
の救い主キリストをあかしします。聖書は、「聖霊によるのでなけ
れば、だれも、『イエスは主です』と言うことはできません」と教
えています(第一コリント12章3節)。
(3)神のことばを思い起こさせる聖霊
--「聖霊は......わたしがあ
なたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます」
(14章26節)。
信仰の土台は神のことばです。私たちは信仰を持つために神のこ
とばを信じなければならず、そのために神のことばを思い起こさな
ければなりません。救い主キリストを指し示すのが聖霊ですが、そ
のキリストを信じて救われるために神のことばを思い起こさせるの
が聖霊です。聖書は、「弟子たちは、イエスがこのように言われた
ことを思い起こして、聖書とイエスが言われたことばとを信じた」
と教えています(2章22節)。
(4)真理に導き入れる聖霊
--「真理の御霊が来ると、あなたがた
をすべての真理に導き入れます」(16章13節)。
キリストは、聖霊にすべての期待をかけておられました。なぜな
らキリストでさえも聖霊が来られないかぎり、弟子たちを真理に導
き入れることはおできにならなかったからです。聖書は、「神のみ
こころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません」と教えて
います(第一コリント2章11節)。
(5)心の中に住まわれる聖霊
--「その方(聖霊)はあなたがたと
ともに住み、あなたがたのうちにおられるからです」(14章17節)。
私たちを真理に導き入れるのは聖霊ですが、それとともに神が私
たちのうちに住むようにさせるのも聖霊です。そして聖霊が私たち
の心を支配される時、私たちは、罪がきよめられ、神の愛が心に注
がれるとともに(ローマ5章5節)、奉仕の力にも満たされるので
す。
二、人間のなすべきことについて
この聖霊の働きに対して私たちのなすべきことは、次のようなこ
とです。
(1)聖霊を悲しませたり、消したりしないことです(エペソ4章30
節、第一テサロニケ5章19節)。
(2)御霊によって祈り、内なる人が強められることです(ローマ8
章26節、エペソ3章16節)。
(3)御霊の声に従い、御霊に導かれて進むことです(使徒8章26~
39節、16章6、7節)。
次回は、2014年6月19日「万物の改まる時を待ち望みなさい」です。
甲斐慎一郎の著書 → 説教集