ALICE in Wonderland☆

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親友


私の嫌いな言葉のひとつに「親友」というのがある。

「親友」という言葉は、ひどく差別的だと私は思う。
その理由のひとつは、「親友」という言葉には明確な定義がないことだ。
たとえば「10年以上の付き合いがある人は親友」だとか、「月に20日以上会う人は親友」だとか、
そういう明確な定義があれば、差別的な感じはしない。
しかし、実際に「親友」とは、その人の主観によってのみ選別され、決定される。
その上、「恋人」のようにお互いの意思確認があるわけでもなく、
場合によっては「親友」というのは一方的な思い込みでしかないこともあるだろう。

それでは、一般的に言う「親友」と「親友ではない友達」との違いは一体何なのだろうか。
その違いのひとつには「何でも話せる」というのがあるかもしれない。
しかし、本当に自分の全てを何でも話せる人というのはいるのだろうか?
その「何でも」というのは、具体的になんなのか?
私は、自分のことを全て話し尽くせる人は、いないと思う。
というか、自分の全てを話す必要性など、全くないと思う。
友達は、たとえそれが「親友」であったとしても、ある一定の距離を置いて付き合わなければうまく付き合えないもので、
お互いに不可侵な部分というのは必ずあると思う。
友達に限らず、自分と他人を混同すれば、その関係はうまくいかないものである。

そうすると「何でも話せる友達が親友である」という定義は成り立たない。
他に考えられるのは、「悩んだ時に力になれる(なってくれる)」ということだろうか。
しかし、これもよく考えれば、友達なら当然のことであって、
親友だから力になるとか、親友じゃないから力にならないとか、そういうことには繋がらないような気がする。
もし、「親友だから力になる」という人がいれば、それこそ差別的である。


とは言え、誰でも友達の中にある程度の順位はあるのではないだろうか。
世の中、「気の合う人」と「気の合わない人」は必ず存在するので、
より「気の合う人」の方が高い順位になってしまうのは仕方が無いし、当然のことだと思う。
だから、より親しい人を示すために「親友」という概念ができてくるのも、当然のことだろう。
ただ、私が言いたいのは「この人は親友だけど、この人は親友じゃない」と一方的に決め付ける事で、
傷つく人がいるかもしれないということをわかってほしい。
むやみに「親友が~」と話をする人は、無神経な人だと私は思う。
親友でも、親友じゃなくても、友達に変わりないのだから、
あえてその差を明確にする必要はないのではないだろうか。

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