Impression-紅蒼-

Impression-紅蒼-

プロローグ


 マイクも置いてしまったし、この声援の中だ。誰も聞こえてはいないだろう。ニット帽をかぶった背の低い男は笑顔で手を振りながらもう一人のバンダナの男に言った。
 「これってさ、もう帰っていいのかな。」
 客席からは誰もその声は聞こえてはいない。バンダナを頭に巻いていた男は観客を横目で見ながらニット帽の男に近づいた。
 「さぁな。何か言うまで待ってるか?一応。」
 「え~。それめんどい。俺早く帰りたいし。」
 ピッと、バンダナの男がつけていた時計が鳴る。二人が顔を見合わせると丁度照明が落ちた。ライブのためにつけていたイヤホンをはずすと二人はジーンズのポケットに忍ばせてあったもうひとつのイヤホンを付け直した。それからスイッチをつけると雑音とともに少女の声が聞こえた。
 『ヴォイエッジ、各自ミッションスタート』
 よし、と二人は手を叩きあってまだ暗いステージから観客席に飛び降りた。観客は一体何が起こっているのが分からず、ざわめいている。人の合間をぬって客席の最後尾まで走りきると今度は壁伝いに2階席へ登った。気づかれるかとも思ったがそうでもないようだ。登りきると2階の階段を走り、また最後尾まで着くとニット帽の男が言った。
 「目標セット。ナイト・・・、配置完了。」
 するとイヤホンからも続々と完了、の声がかかった。再び、少女の声は言う。
 『ロブ・・ミッション。レッツゴー。』
 その言葉に全員が答える。Yes sir。
 観客席頭上に突然シーファが現れた。シーファは空中を飛べる機械で、ライブの会場などでもよく演出効果に使われていた。観客のほとんどがそのシーファを見て口々にいろいろなことを叫んだ。シーファを操っていたのは二人の仲間、ビショップのスノウ、という男で今はゴーグルをかけている。乗れよ、という合図を指で出した。二人は二回の客席からシーファに飛び乗った。
 「あれシュウよ。」
 「リュウもいるわ。」
 ニット帽の男はシュウ(本名咲羅 秋)、そしてバンダナの男はリュウ(本名龍埜 剣)。二人は人気グループDay Timeのメンバーで、そして盗賊でもあった。
 「んじゃ、またね~。皆。」
 秋が手を振っていうのと同時にスノウがシーファを更に上に上昇させ発進させた。剣はバンダナが取れそうになるのに気づいて自分の右手でバンダナを押さえた。
 『ターゲット、キャッチアップウィズ・・・。』
 三度目の声が聞こえる。二人はシーファの上から街を見た。上空500m。そこまで大きなビルは無いこの町。シーファに乗るには好都合だった。
 「剣、あれだ。」
 秋は指差しながら言う。スノウはその声に少しシーファを低く飛ばすと、剣もようやく秋の指差す方にターゲットを発見できた。
 『ナイト・・・ロブ。』
 4度目の通信はナイト、二人だけにきた命令だった。その言葉に剣はわかってる、と言って秋の名前を呼んだ。
 「ん。分かってる。」
 秋も剣もスノウと同じゴーグルをかけた。随分と会場から離れてしまい、町の様子も工場地帯になっている。明かりもほとんど無い。シーファの明かりも消すとスノウはできる限りエンジン音を小さくした。
 今回のミッション奪うこと、それもナイルという伝説の本だ。もともと美術館に寄贈されていたらしく、ヴォイエッジ(彼らの所属する盗賊名)もそれについて調査していたが彼らより先に別の盗賊が今夜、その本をそこから盗んでいったのだ。だから今回のミッションは「奪う」に変更された。
 その本にはとにかく重大なことが書かれているらしい。
 「やりますか、剣。」
 「やられますか。」
 「すのーう。ぎりぎりまでここにいていい?」
 こくり、と頷くとスノウはもと以上に上昇した。剣は町全体とターゲットを見比べて、ターゲットの行きそうな、そして行けそうな、更に誘い込みやすい場所がないか探した。
 「どっかあった?行けそうなとこ?」
 秋はニット帽をかぶりなおしながら言った。
 「そうだな・・・。2、3箇所。」
 「じゃあもう少し待ってみる?」
 「・・・いや。」
 『クイーンからナイトへ。クイーンからナイトへ。』
 知った声がイヤホンから聞こえ二人は耳を澄ませた。
 『クイーン、ラブです。状況をお伝えします。』
 ラブ、と名乗った女性はそう言った。聞こえにくいその声に、スノウにもうすこし上昇するように伝えた。剣より目のいい秋にターゲットをまかせイヤホンに集中した。
 「こちらナイト、剣。」
 『ターゲットの進む方向を。ルウ建物横での確保が安全です。』
 「リョウカイ。」
 同じくイヤホンで聞いていたスノウにだとよ、と剣が言うとルウという会社の工場近くにまで行って降ろしてもらった。秋はシーファから降りると笑ってスノウに言った。
 「ありがと、スノウ。」
 スノウは何も答えずシーファはすぐに空へ飛び立ち、北の空へ消えていった。しばらくして二人は数人の走る音が聞こえ話すのを止めた。ターゲットが近づくのが分かる。秋は靴慣らしをしながら、その音のするほうを向いた。
 「ぐずぐずするんじゃないよっ。」
 女の声がした。来たね、との秋の言葉にあぁ、と剣は軽く頷いた。靴慣らしを止めた秋は暗闇から走ってくる人影を見た。一番前にいる女の手にはしっかりと本が握られてる、それを確認して秋は叫んだ。
 「こんばんわ~。皆さんのその本、頂きに上がりました。」
 「なっ。」
 本を持った相手を含め、他3人。驚いた顔をしたが、秋以外にも剣の存在に気づき警戒した。すると本を持っていた女が睨むようにして言った。
 「ま~たあんた達かい。まったく・・・毎度毎度。」
 少し呆れた顔で言った女に剣は言う。
 「何言ってんだ。俺達のエモノ先に横取りしてるのはそっちだろ。それに奪うのが盗賊の仕事、そっちも奪い返せばいい。」
 「ふん。悪いけど、今日のエモノは頂くよ。」
 剣はふん、と少し言うと秋も前に出た。
 「悪いけど、ガキとチビには興味が無いんでねぇ。」
 突然、女は煙幕の玉を投げつけた。煙を直に吸った秋と剣は苦しさのあまり座り込んでしまった。煙幕は2.3分ほどで消えたが、本とともに奴らも消えてしまった。
 秋はつけていたゴーグルをはずしながら言う。
 「・・・ムカツキ・・・。」
 「は?」
 剣がごーぐるをはずしながら聞いた。秋はそんな剣を無視して右腕を差し出した。
 「かなりムカツキ。絶対負けないし!」
 「お・・・お前。」
 慌てて剣が秋の服の端を持つ。しかし静止も聞かず、秋は指をパチン、と鳴らして叫んだ。
 「gate。」

 「お頭。今日はエモノ、手に入れられましたね。」
 部下の一人の言葉に、本当だよ、とおかしらと呼ばれた女は言った。
 「全く・・・あんた達は役立たずだねぇ。あんなガキとチビにやられてるなんて。」
 「俺はもうガキじゃねぇけど。」
 「えっ?」
 フッと、自分の横を誰かが通り過ぎたかと思うと、手に持っていたはずの本が剣の手に渡っていた。早業も早業、女は口をあんぐりとあける。剣はにやっと笑って言った。
 「運動不足じゃねぇの?オバサン。」
 「なんだってぇ?・・・そ・・・それよか、あんた達ここにどうやってきたんだい?ここは一本道だから追いかけるしか出来ないはずなのに・・・。」
 剣は本を向こう側にいた秋に投げながら言った。
 「さて、どうしてでしょう。とりあえず。」
 「ナイルの本、ロブかんりょ~~。」
 秋の言葉に女は唇をかむと悔しそうに言った。
 「まだ奪われちゃいないよ。」
 また何かを投げつけようとする。女の仲間達も何かをポケットから出している。剣は何かを分かったようにつぶやいた。
 「煙幕のお次は・・・。」
 剣はダン、と強く地面を蹴った。すると地面から月型の壁のようなものが出てきた。女の投げたものは地面に当たり、激しく光ったが分厚い壁の前では無意味に等しかった。
 「ムーン。」
 剣の言葉にばらばらと壁が崩れる。剣は崩れる壁の破片をはらいながら言った。
 「ま、閃光が妥当なとこだな。」
 秋は壁伝いに剣のところまで走っていくと二人は手を叩きあった。
 「俺達の勝ち~~。15勝0敗ってカンジ?」
 「16勝だろ。」
 「あ・・・あんたたち紋章師かい。」
 女が言うとまぁね、と秋は言って右腕を出した。
 「そんじゃ、またね。椿さん。」
 パチン、と指を鳴らすと秋と剣は消えてしまった。椿、と呼ばれた女は少し驚いていたがすぐに部下に怒鳴った。
 「まーた、逃げられちまったじゃないか。」


 『・・・ターゲット、ロブ。ミッション完了。』

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