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Impression-紅蒼-
人魚姫(短編)
深い深い海の底に人魚の国がありました。
そこには六人の人魚の姫が住んでいました。今日はその一番下の姫の誕生日。初めて外の世界を見れる日です。
一番下の姫は、早く海の向こうの世界に行きたいと思っていました。
「早くしてよ。もう、もたもたしないで。」
春香は裸足で砂浜を歩きながら後ろを歩く翼に言った。春香の茶色の髪が波風になびく。二人分の荷物を持った翼はつかれきった顔で叫んだ。
「自分の分ぐらい持てよ、オレはお前の荷物持ちじゃないぞ。」
春香は一瞬立ち止まる。持ってくれるのかと翼が期待の目で春香を見たが、春香はまた歩き出した。仕方なく、一度荷物を置いて帽子を深くかぶり直し、春香を追いかけた。
デートにしては大荷物。二人は、親の反対を押し切って家を飛び出した。理由は、春香の妊娠だった。まだ高校生だから、何をしているんだと、翼の両親は怒った。春香の親は、元々春香のに対して特にどうということはなかったから、春香自身はこのことを親に話していない。
けして二人は遊びなわけじゃなかった。いつか、結婚できたらいいねと。そう思っていた矢先のことで。あと二ヶ月で高校も卒業できる。翼の就職先も決まっていたけれど。
別にどうということはないけれど、とりあえず逃げてみる。高校生なりの抵抗。
「まぁ、男なんだし。アメリカじゃこういうの当たり前でしょ?」
にっこり笑うが、春香の言うことは納得できずに翼は言った。
「ここは日本だ。」
「口は良いの、さっさと動いて。」
「・・・分かったよ。」
しばらく海辺を歩いてから、テトラにのぼり、翼の持っていた小さなクーラーボックスを見ながら春香は聞いた。
「何か飲む?いろいろあるよ。」
「コーラある?」
「あ、それはない。」
じゃあ何があるの、と翼は聞く。えっとー・・・と春香はクーラーボックスを除いた。
「ポカリと・・・麦茶と・・・炭酸と・・・。」
「じゃあポカリ。」
ん、と翼に渡し春香も麦茶を取って蓋を閉めた。開けて一口、翼が言う。
「あんま冷たくないな。」
「そお?これぐらいが丁度いいのよ。
それよりも、さっきの話だけど。やっぱり翼のお父さんにきちんと話したほうがいいと思うの。」
「ぇー・・・だってもういいじゃん。」
「だめ。私はもう親とはほとんど絶縁だから・・・翼にはそうなってほしくないし・・・。」
「でもいいんだよ。」
「私はいいけど・・・生まれてくる赤ちゃんは・・・それは嫌よ。」
いつになく真面目な春香をみて、うん、と翼も答える。自分でもよく分からないが、春香に子供を生ませたいと思うのは一番思うことだった。親はまだ高校生だから、というが自分だってもう子供とは思っていない。好きな女を守れるくらい、それくらいはしたい。
「うん・・・・まぁ、今度ね。」
「もうっ。」
春香は怒って缶の紅茶を口にした。ぴりぴりした雰囲気でなんとも気まずくなったので翼は話を変える。
「さっきのひよこってさぁー、やっぱ一ヶ月だよな。」
ここに来る前に、公園で見たひよこ。なんでそんなところにひよこがいたのかはこのさい置いておく。
「さっきの?」
「そう。」
「あれは二ヶ月よ。あの大きさ、毛の量。一ヶ月なんておかしいわよ。」
「おかしくないって、二ヶ月だったらもっとふわふわしてるだろ?」
むかっとして、春香は言い返した。
「嘘よ。一ヶ月にしちゃ大きかったじゃない。」
「いーや、一ヶ月ってあれぐらいだね。」
こつこつと足音がして二人は言い争いをやめ、後ろを振り向く。小学生ぐらいの髪の短い女の子が、テトラの上に立っていた。
「さっきから何を言い争ってるの?」
少女は一言聞く。日曜日だし、海に人がいてもおかしくはない。春香は答えた。
「一ヶ月か、二ヶ月かの話。」
その前の話は、聞かれていないのを祈る。小学生には、関係のない話だし。
「何が?」
「ひよこ。」
「ひよこ?」
飲み終わった缶を手でつぶせるところまで潰し、翼は言った。
「さっき公園でひよこを見たんだ。そのひよこがどう見ても一ヶ月なのに、こいつが二ヶ月って言うからさ。」
「違うんだってば。二ヶ月よ二ヶ月。」
「一ヶ月だって、いい加減にしろよ。」
「なんなの、全く。」
二人のケンカがまたはじまった。少女は待ってよ、と言って二人を止める。二人は何?と言う顔で少女を見た。
「どっちも違うかもしれないよ。」
「ぇ?」
「もしかしたら一ヵ月半だったかもしれない。お姉さんたち、そのひよこに触ったの?」
「見ただけよ。」
春香は少女に言い返す。
「じっくり観察した?」
「いや、通り過ぎただけ。」
翼はあまり興味がなさそうに言う。
「じゃあ分からないよ。ただの黄色いゴミだったのかもしれないし。」
春香と翼は顔を見合わせて、すこし笑った。
人魚姫は十五歳の誕生日の夜、海の上にあがってきました。すると、空にはお起きは花火が上がり、大きな船が泊まっていました。
その船には・・・。
「あなた、一人なの?」
クーラーボックスから麦茶を出して、少女に渡す。少女はわざわざ二人が空けてくれた間を見て、静かにその間に座った。
「うん、一人。」
「誰かと一緒じゃないの?」
「・・・。」
「迷子?」
翼の言葉に、違う、と少女は答えた。
「馬鹿にしないでよ、私これでも今年14なの。」
「中学生なんだ。」
小学生と思ってた、と本心を隠して春香は言った。
「中学生か、なんていうの?」
少女がきょとんとして何が?と聞いた。名前、と翼が言うとああ・・・と少女が納得するように言った。
「もしかして、これがナンパってやつ?」
「い、いや。名前聞いただけなんだけど。」
「憧れてたのよ、本当は新宿とかで坂口憲次にの人がいいなぁ、とか思ってたんだけど。この際、わがままいっちゃだめよね。」
「失礼なやつだな、似てるじゃん。」
どこが、と春香がつっこむ。すこし考えて翼は答える。
「目とか、鼻とか?
じゃなくって、そういうことを言ってるんじゃない。ナンパなんかしてないだろ?」
翼は必死に否定するが、少女は自分の世界に入っているようだ。
「私、そう。めくるめく大人の世界に入るのよね。」
「・・・早く止めない犯罪になるわよ。」
最後の一口を飲んで春香は言った。翼は頭をかきながら落ち着いて、と言う。
「ちょっと、聞いて。俺が聞きたいのは名前だよ。君の名前。」
翼を見て、冗談です、と少女は言った。
「私は優、秋野優。」
「私棗春香、んでこっちが籐野翼。よろしくねー。
そういえば、優ちゃんはどこへ行くつもりだったの?」
「・・・海。」
「そこにあるじゃん。」
テトラの先にある海を見て翼が言った。
「違うよ、もっともっと遠くの海。お姉さん達は?」
「旅館に行こうと思ってたんだけど・・・こいつったら予約してなくって・・・。いっつも大事なところがぬけてるっていうか・・・。」
「そういう人、よくいる。」
「悪かったな、抜けてて。」
ふい、と顔を背ける。
「すぐすねるし、子供みたい。」
春香は笑って言った。三人で同じように寝転がってみると、空がよく見えてきれいだった。
「優ちゃん、中学って今学校だよね?春休みまでまだまだのはずだし。」
「いいの。」
「いいのじゃないよ、ちゃんと行かないとまずいって。」
翼がそういうが、あんなところいいんだって、と優は言った。数分沈黙になる。
「とりあえず・・・、いこっか。ここにいて日が暮れてもしょうがないし。」
翼は荷物を持って立ち上がった。
「うん・・・優ちゃんも・・・駅まで行こう。一緒に。」
三人で、海岸沿いをあるく。駅まで行っても、お互い帰る場所なんてないことは、今はまだ知らない。無人ホームの駅で、椅子に座る。しばらく黙っていると、優がすこしうつむいて、泣き出してしまった。
突然のことで、春香も翼もどうしていいかわからない。なにか傷つけたかと思い返してみるが、特に思い当たることはない。
「優ちゃん、ダイジョウブ?」
ハンカチを渡し、春香は言った。
「な・・・なんでもない。」
貸してもらったハンカチで涙をぬぐい、優は言った。なんでもない、というには悲しそうな顔だ。
「いきなりだし、俺達なんかした?」
「違う。」
「えと・・・何かあった?」
「何もない。」
「きになるので話してくれます?」
翼はちょっと言い方を変えて言った。
「話してみようよー。私達、別にとくに知り合いじゃないけど、特に知り合いじゃないから別にいいじゃない。ここだけの話。」
春香の言葉に、別に人に話すようなことじゃないもの、の優が言った。
「だからいいんだって、俺達が、その話を聞いてとくにどうしようって思ってもどうにもできないっしょ?」
丁度電車が来て、翼は乗り込みながら言った。
「楽しんでないー?」
「楽しんでないデス。俺はただの親切心から聞いてるだけです。」
流していた涙もとまり、優はすこし笑った。
「おもしろい人だね。」
「かっこいい人といってほしいな。」
「隠し事できないタイプね。」
「あ、わかるー?そうなんだよねー。おれって正直者だからさ。」
自分に酔っている翼をよそに春香は優に言った。
「こいつねぇ、浮気しても平気な顔にして私に言うのよ。ご親切に、相手の名前とケータイの番号まで教えるのよ。」
「許しちゃうの?」
「うーん・・・・。」
すこし考えて春香は笑った。
「正直すぎて怒るきなくしちゃうんだよねー。馬鹿馬鹿しいでしょ。」
「隠すのって、疲れるんだよ。それに、言いたいこと我慢してると禿げるぞ!」
「言いたいこと・・・。」
今の自分のことか・・・と考える。優には自分の言うことを、この二人はどうおもうだろうか・・・。馬鹿にするだろうか・・・。笑うだろうか・・・。同情の目で自分を見るだろうか・・・。哀れむ・・・?
「優ちゃん。」
「だいじょーぶ。根拠ないけど、話してごらん?」
船に乗っていた王子様に人目で恋に落ちた人魚姫。嵐にあった船から王子様を助け出した人魚姫。
浜辺に王子様を置いたが、目覚めた王子様が自分を助けたと思ったのは、側にいた王女さまだった。
「ふーん・・・。いじめ、ねぇ。」
翼はやっぱり、という顔をしていた。学校に行きたくない理由なんて、いじめか、それぐらいの理由しか思いつかなかった。身に覚えはないが、いじめっていつの間にか当たり前になっているものだ。
きぃー、と電車が駅で止まる。優の持っていたカバンから親指姫や人魚姫の絵本が落ちた。丁寧にそれを拾い、春香はすべてを優に渡す。
「親には話した?」
「・・・取り合ってくれなかった・・・から・・・。」
私の親もそうだったなぁ、と春香は思い出す。何をしても、どんなことをしても。自分達に、迷惑をかけるな、といつも言われていたっけ。
「この絵本ね・・・お母さんが小さい頃に買ってくれたの。親指姫はツバメの王子様と幸せになるの。でも人魚姫は・・・。」
「確か・・・声と引き換えに足をもらうのよね。そして王子様に会いに行くんだけど。」
「王子様はほかの女と結婚しちゃうわけだ。」
窓の外を見ながら翼は言った。そう・・・、と優は答える。確か、と付け加えるように春香は言った。
「王子様を殺せば人魚に戻れるのに・・・。人魚姫は身を投げて・・・泡になっちゃったんだよね。」
「可愛そうな人魚姫。」
優の一言に、そうかな、と翼は言った。
「かわいそうじゃない。」
優は聞き返す。
「あなたのために身を投げました、って感じじゃん。これってただの自己満足だよ。それに王子様だって気が重いと思うよ?第一お妃だっていい迷惑。
あなたの幸せは私のお陰。いかにも譲ってあげるわ、って感じじゃん。」
「そんなこと。」
「・・・ねぇ、その後、どうなったと思う?」
優の言葉をすこし遮って、春香が聞いた。
「どうなったって・・・、身を投げたんだろ。」
「違う、お妃と王子様。」
「あぁ・・・。」
翼はすこし考えた。
「別にどーもしてないんじゃない。だって騒いだところでどうにもならないじゃん。
・・・まぁ、あえて言うなら天国で幸せに暮らしてください。化けて出ないでね、って祈ったぐらいかな。」
最後の言葉は冗談っぽく言ったが、それを無視して春香は話を続ける。
「わかってないなぁ。知らないのよ?人魚姫が何でいなくなったか、残酷なのよ。」
「何でだよ。」
「だって、誰も人魚姫が身を投げたこと知らないのよ。それを見た人がいたとしても、理由が誰も知らない。」
「あぁ・・・・・そういわれれば・・・。まぁ、声がでないならしかたないか。」
「そんな簡単に終わらせないでよ。」
「じゃあどんな手を使ってでも真実を伝えたらよかったのかよ?本当は私が助けました、浜辺まで連れてきたのは私って。」
「そうよ。」
「その後はどうなる?」
「どうって・・・幸せに暮らすに決まってるじゃない。」
「それってかなり自己中。」
「でもそれで幸せになれるのよ。」
「他人を不幸のするじゃん。」
言い合いがまたはじまったが、今度は春香が自分で打ち切る。優ちゃんはどう思う?と、聞いた。
「んー・・・・。人魚姫は・・・タブン、知られたくなかったのよ。知られて王子様を困らせたくなかったんじゃないのかな。」
「でも・・・知る権利はあったわよね。おきさきは解放しただけで本当に助けたのは人魚姫なんだし。本当のことを知ったら王子様は結婚を考え直してくれたかもしれない。」
「そんなもんかぁ?たったそれだけで人を好きにはならないぞ。」
「だって命の恩人よ。」
「感謝と愛情は違う。」
「すっごく美人だったら?!」
春香の質問に、うん・・・、と翼は考え込む。
「あんたっていつもそうなんだから。」
優もすこし笑ってうなずく。その様子をみて翼は否定するように言った。
「じゃあ仮に。考え直したとして。そしたらお妃の立場まるつぶれじゃん。言わない方が幸せなときもある。」
「言った方が幸せな時もあるでしょ?」
すこし無言になる。すると、優が一言静かに言った。
「私も人魚姫になりたい。」
「なんで?イルカと泳ぎたい?」
「ううん。」
「ドーバー海峡でも横断する?」
「黙ってなさいよ、ちょっと。」
春香の一言で翼は黙る。そして、静かに優の話を聞いた。
「何も失わないでしょ、もう失ってるから。」
ふぅむ、と翼は考え込んだ。
「傷つけるだけなんだよな。お互い。」
翼の一言に春香は怒った。
「お互いの言葉なんて必要ないって言うの?」
「そんなこと言ってないだろ、だた。ただ声がなければもっと素直になれるかも、ってそう思っただけだよ。」
次の駅が見えてきて、三人は降りる準備をする。降りたところで、優が謝った。
「ごめんね、雰囲気壊して。」
「ううん、きにしないで、なんかすっきりした。これから・・・どうするの?」
「とりあえず、泊まる場所探す。」
にっこり笑って春香が言った。
「優ちゃん、あれ。」
遠くから、一人の女性が歩いてくる。誰だろう、と春香と翼が見ていると優が叫んだ。
「お母さん!?」
「優、探したのよ。」
春香も翼も見ている前で、優は叫んだ。
「今更何。私がいくら助けを求めても助けてくれなかったくせに。」
「優、ごめんね。」
母親の目にはうっすらと涙が見える。
「一緒に、話し合おう。お母さんが、一番悪かったんだよね。」
あぁ。。終わったな、と優は思った。イジメが終わったわけじゃないし、自分に何かが思ったわけでもない。けれど、今、何かが変わった気がした。
その顔を見て、春香も翼も静かに逆方向に歩き出した。それに気づき優は走って二人を追う。そして、春香に小声で聞いた。
「あのね、私聞いちゃったの。赤ちゃんの話。」
すこしびっくりしたが、春香は笑って言った。
「大丈夫、優ちゃんみたいに、いつか終わるわ。ごたごたとか。」
中学生になにを言っているのか、タブンよくわかってはないだろうが、春香はそう言ってさっきの話の続きをした。
「私思うんだけど・・・。人魚姫は、飛び込む勇気がなかったのね・海よりも深いところに飛び込む勇気が・・・。」
「海よりも・・・深いところ?」
「俺は飛び込んでみたいけどな。」
少し話が聞こえたのか、翼が言う。
「どこ・・・?」
「・・・海よりも深いところは・・・人の気持ちの中。分かっているようで、知らない世界ね。
でも、私たちは違うでしょ。優ちゃんも含めて、私たちは、人魚姫と違って。きちんと話せる。
だって私たち、人魚姫じゃないもの。」
もうきっと会うことはないけれど。きっと会えないだろうけれど。
ありがとう、と言って優は別れを告げた。
「なぁ、春香。」
「なぁに?」
「今度・・・もう一回会いにいこっか。俺の両親。」
「そーね。ちゃんと話そう。言いたいこと、言わないと後悔しちゃうわ。」
翼の左手を握ると春香は笑った。
ねぇ人魚姫、あなたは幸せだった?
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