Supica's room

Supica's room

閉鎖的な空間 ホワイトシャンプー 眼鏡



パスタもステーキも寿司もフライもスープもサラダもコロッケも漬物も味噌汁もクッパもビビンバもラーメンも蕎麦も鍋も餃子もフランスパンもバターも生クリームもケーキも・・・、玩具の箱のように腹は満たされている。

ソファーの上で自分の膨れた腹を眺める。

丸い。

なにもこんなに食べなくてもよかった。

人間とは、ある種の飢餓が限界に達すると、その後のことは何も考えることが出来ないのだ。

別に夏でも冬でもない、ありふれた日常の一つの出来事。

しかし、僕の腹は膨れていた。

そういえば飲み物も何も飲まず、食べ続けたのか。

大儀そうに立ち上がる僕。

冷蔵庫を開ければビールはある。

必要なものは必要な時に存在する。

プルトップを思い切り弾き、喉の鼓動を聞く。

あれから三時間も経っていたのか。

僕は12時きっかりに食べ物を胃の中に流しこむことを始めた。

その間、テレビは言葉を僕に投げ続けていた。

しかし、何故これほどの食糧が僕の家にあったのだろう。

いや、僕だってこれくらいの料理は簡単に作ることが出来る。

サラダなんて冷蔵庫の野菜を簡単にちぎってドレッシングをかければ、サラダそのものだ。

もし作れない料理が出てきたのだとしたら、コールガールを選ぶように電話で注文するだけだ。

何も問題は無い。

それにしてもよく食べたものだ。

僕は自分の腹を舐めるように撫でた。




「何回もあなたに電話したのよ。」

と彼女は言った。

「ごめん、家に居なかったんだ。」

「何処にいたのよ」

「神宮球場。いい試合だった。ペタジーニの逆転ホームランで入来は目を丸くして口を開けてたよ。それはすごいホームランだったんだ。打った瞬間僕は感じた。これはヤバイってね。そして結果どおりさ。」

と僕は言った。

ビールはこれで10本目だ。

「嘘つかないで。それはこの前あなたがどこの誰だか分からない女の子と観にいった試合でしょ。」

「今日も行ったんだよ。その女の子と。」

「ふうん。」

と彼女は言った。

テレビからはヤクルト戦雨天中止の言葉が交叉していた。

「今は暇でしょ。」

彼女はトースターにパンを入れながらそう言った。

「ビールを飲んでる奴で忙しい奴はいないよ。」

10本目のビールも底が見えてきた。

「外を見てみなさい。あなたは何も感じないと思うけど。」

僕は窓を覗き込んだ。


いつもの光景だった。

丸くなった死体がそこらへんにゴロゴロ転がっていた。

あるゆる木々は同じ方向になぎ倒され、地面には何も生えていなかった。

10分くらい眺めていれば、ふらふらと人間が歩いてきて、空中に縄を引っ掛け首を吊る。

禿山になった山々は、夜になると暗い影を垂れ流す。

どこからかタタタタタ、と銃の音が聞こえる。

音が聞こえると隣の家からは無邪気な笑い声がする。

「ブレーメンの音楽隊が来たんだ!」

と誰かが叫ぶ。


「これがどうかしたのかい。」

11本目。

「何も感じないの。」

と彼女は僕に訊いた。

「何も感じないわけじゃない。けれど、これは同じ世界のことじゃないか。世界のどこかに毎日行なわれてることだ。いまさらどうしようもない。」

沈黙が部屋に満たされる。

僕はそれによって押し潰される。

「私は最近感じてきたの。あなたとの平和な共同生活はとても幸せだった。でも、私は知ってしまった。知ってしまった以上、私はもう一度生まれ変わらなければならない気がするの。それを知らないとは言えないのよ。」

彼女は綺麗だった。

不完全だった。

背筋をスッと伸ばしていた。

黒い髪は腰まで伸びていた

そして、そのまま子供を連れて出て行った。

二度と戻ることは無かった。





僕は毎日を同じように繰り返していた。

テレビのキャスターからはマンガのような白いフキダシが口から垂れていた。

今日も新しい公害病が見つかったらしい。

明日も明後日も見つかるらしい。

それを伝えることに意味はあるのか。

知れば知るほど責任は山のように積み重なる。

一体どれから片付ければいいんだ。






ある日、窓の外を見ると彼女が子供を焼いていた。

子供の身体から吹き出る炎は、美しかった。

星空に吸い込まれるように火の粉は上っていく。

彼女から伸びる黒い髪と黒い影。

68本目。









必要なものは必要な時に存在する。

だからその時代に生まれたことを恨んじゃいけない。

どうしようもないことだって確かにあるんだ。










そんな僕の家にも爆弾が落ちてきた。

焼夷弾が7,8発。

油を撒き散らし、火が点けられた。

あっという間に火は僕の生活を飲み込んだ。

僕はビールを放り投げて外に飛び出した。

僕だってそんな時に呑気にビールは飲めない。

外に出ると、大きな鼻と大きな身体と金色の髪を持つ鬼が、僕を待っていた。

鬼が僕の身体を触ると、触った部分がケロイド状になった。

「ありがとう。これで僕も君を憎めるよ。」

僕の口からもマンガのような白いフキダシが垂れた。

そして静かに地面に流れた。

やれやれ。









僕は彼女を見つけた。

子供達を焼いたその場でずっと立っていた。

僕の家から出て行くときと同じ姿勢で。




「丸くなりましょう。」

「丸くなろう。」



僕らは地球の上で丸くなった。


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