あめふりんの日記

あめふりんの日記

若きサムライのために


三島由紀夫

■人生について
人は、人生を始めてから、徐々に芸術を始める。私の場合は逆で、芸術を始めてから人生を始めたような気がしている。それはそれとして、一般的には、人生から芸術へというのが道筋であろう。
人生から芸術へという意味を、はっきりさせた芸術家は、たとえばカザノバであろう。
スタンダールは、自分の人生は必ずしも女にもてず、不如意に満ちていたが、何度も失敗を繰り返しているうちに、自分の夢を実現するには、文学しかないと気がついていった。
一方カザノバは、天賦の才によって次々と女性遍歴をやり、その人生の美果を思う存分味わった末にもうやることがないときまったところで、回顧録を書き始めたのであった。
これが芸術と人生との一つの勝負でもあり、競争でもある。われわれは、小説家から人生を学んでいるような錯覚におちいっているが、小説家の人生は貧弱なもので、広い世の中には、豊富な人生を生きた人はたくさんいる。
またその豊富な人生を生きた人の百分の一の人が、自分の人生を記録したいという欲望を持つであろう。
ところが記録そのものにも才能がいり、技術がいり、あらゆるスポーツや技術と同じように、長い修練の過程がいる。修練をしていては、人生は楽しめない。また冒険のただ中に記録の才能を訓練することはできない。
そこで、人々が自分の人生記録しよう、それを世にもおもしろい物語として、後世に残そうと思うときは、たいてい遅いのである。それがおそくなくて、最後の最後にギリギリに間に合ったのは、カサノバのような稀有な例となるのである。
一方では、スタンダールのように、人生が必ずしも思うとおりにいかない。女にも必ずしももてない。そうなることから、自分の人生の不満と、怒りと、夢と、詩とを、すべて一篇の小説に凝縮させるには、やはりこれはこれですばらしい才能がなければならない。なぜなら、それは無から有を生じさせ、想像力によって、別の世界をつくりあげることだからである。
想像力というものは、多くは不満から生まれるものである。あるいは退屈から生まれるものである。
われわれが危急に際して行動に熱中し、生きることにすべての力を注いでいるときには、想像力の余地をほとんど持つことができない。
もし、想像力がノイローゼの原因になるとすれば、空襲にさらされた戦争中の日本は、最もノイローゼの出にくい状況であった。
あの時代には、どろぼうも少なく、犯罪も少なく、人々の想像力の糧に、すべて戦争という、一民族のあらゆる精力をつぎ込まねば成功できない事業に集中していたのである。
さっき私は、自分の人生が、芸術よりもあとに始まったと言ったが、こういう小説家のほうが、実は多いのである。
二十歳で小説を書き出す人間は、二十歳までに感じたことをもとにして、その上で想像力を広げていくほかはない。
それは経験というよりは、感受性の問題である。
われわれは、感受性の傷つけられやすいもろさの中に、自分の人生との不調和を発見して、その不調和のギャップを埋めるために、ことばの世界に遊ぼうとする。それが、多くの小説家の成り立ちであるから、ほんとうの人生を味わうに足る、強い意志の力や、持続力や、その他の一人前の人間としての力は、したがって小説を書き始めたところから用いられることになり、人生に有用なはずの能力は、すべて小説家たることに有能な領域にささげられ、職業人として固定し、しかも自分の人生の最も純粋な、最も汚れのない、最も強烈な経験は、ただその少年期以前の、感受性の生活にだけも求めることができるのである。たびたび作家は、処女作に向かって成熟するということが言われるのは、作家にとって、まだ人生の経験が十分でない、最も鋭敏な感受性から組み立てられた、不安定な作品であるところの処女作こそが、彼の人生経験の、何度でもそこへ帰っていくべき、大事な故郷になるからにほかならない。
少年期のみならず、幼年期も、作家にとって大切な故郷である。そこでは、人生は経験でなく、夢にすぎない。理性ではなく、感性にすぎない。
しかも、おとなの責任は免れ、おとなたちによって保護されている。
話は飛ぶが、全学連の政治行為に、一種の芸術行為としての性格が抜けきれないのは、彼らが、なお、このような幼児的な、夢と観念の世界と政治とを、接着しているからである。
われわれは、人生の第一歩から、人生に満足し始めるわけではない。
満足している人間はごく例外的である。これは、どんな社会革命が成功しても、同じことであろう。
芸術はそこから始まるのである。


1969年ポケットパンチ5月号より

この翌年に割腹自殺をします。享年45歳。

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