あい・らぶ・いんそん

別離5



暫く昏睡状態が続き、スジョンはイヌクの枕元から離れられずにいた。

スジョンが椅子に座ったまま、思わずうとうとすると小さな声で、イヌク

がスジョンを呼んだ。

「目が覚めたのね」

嬉しそうに笑うスジョンの顔を、イヌクは暫くじっと見つめてから言った。

イヌクはもう自分の命が、消えかけていることを悟っていたのだ。

「スジョン・・俺に・・夢を見させてくれないか。」

「どんな?」

「俺のために・・ウエディングドレスを着てくれないか?」

驚くスジョンに、イヌクは少し恥ずかしそうに・・・とぎれとぎれに言った。

「今度・・・生まれ変わるまで、待てそうにない・・。」

イヌクは静かに笑った。

「笑わないでくれ・・・おまえが出ていく前にドレスを買っていたんだ。

なんども捨てようかと思ったが、捨てられなかった・・・捨てずにいて良かったよ」

今にも命が燃え尽きそうなイヌクの願いを、どうして拒むことができる

だろうか・・。そして3年前に自分のためにウエディングドレスまで

用意していたにも関わらず、スジョンを自由にしたいと言ってくれた

イヌクの愛の深さが、改めて胸に突き刺さった。

「いいわ・・待っていて」

イヌクが指さすクローゼットに向かうと、そのドレスは大事に手入れを

されて、保存されていた。それを見たときに、イヌクはいつまでも自分

を待っているつもりだったのだと感じた。突き上げる悲しみに、涙をぬ

ぐいながらスジョンはドレスに袖を通した。


やがて美しくウエディングドレスを着たスジョンが現れ、イヌクのそば

に近づいた。

うつうつとしていたイヌクが目を開けて、昔のような穏やかな顔で幸せ

そうに笑った。

「あぁ・・きれいだな・・可愛い花嫁だ」

イヌクの細く長い指が、スジョンの頬をなでた。

「スジョン・・・イ・スジョン・・・俺のスジョン・・愛しいスジョン」

苦しそうな息づかいの中で、何度もスジョンを呼び、幾筋もの涙がイヌク

の頬に流れた。

「俺を許してくれ・・・おまえを守ってあげるどころか・・おまえを苦

しめ続けた」

スジョンはイヌクの手を握って、頭を何度もふった。

「そんなことないわ・・あなたにはいつも優しくしてもらったわ。私の

我が儘をいつも聞いてくれた」

イヌクがふ~っと大きく息を吐くと、スジョンは泣きながら、そっと

イヌクに口づけをした。

「あたたかで・・・柔らかな・・おまえの唇が好きだ。ありがとう」

とぎれとぎれになるイヌクの言葉に、スジョンは「お医者様を呼ぶわ」

と言った。

するとイヌクは、スジョンの手を握って「行くな」と言いう様に首を振った。

思わずイヌクに抱きついて泣くスジョンの髪を、イヌクは弱々しくも

優しくなでながら「泣くな・・・泣くな」とつぶやいた。

スジョンが悲しいときには、いつもイヌクがこうして慰めてくれた・・

あのころを思い出せば苦しいほどの切なさがこみ上げてくる。

「このまま逝かせてくれ・・おまえだけに看取られて静かに逝きた
い・・・」

「嫌よ・・死なないで。お願いだから」

「いいんだ、これで・・俺が生きていたらおまえを苦しめる。これで

良かったんだよ。俺も幸せだ・・・まるでおまえが、俺の嫁になった

ような気がするよ。この家は・・・好きなときに使えよ。俺とおまえ

の家だ。」

もう話すのが辛そうだった。

「これで十分だ・・これからはジェミンと・・仲良く・・幸せにな・・

あ・い・し・て・る」

そうしてイヌクは大きく息を吸い、静かに長く吐いた。

スジョンの手を握る力が失せていく。

「イヌクさん・・イヌクさん・・誰か・誰か来て」

スジョンは大声で叫んだ。

「いやよ・・逝かないで・・逝かないで~」

泣き叫ぶスジョンの声が空しく響いた。

そして・・・・夕陽が堕ちる頃、イヌクは一人静かに旅立った。

「いやぁ~」

イヌクの顔は安らかで、とても幸せそうに微笑んでいるかの様に見えた。

イヌクを揺り起こそうとして泣くスジョンの指先に何かが当たり、枕の

下に小さなものが光って見えた。

スジョンの指先にからみついて来たものは、あの頃スジョンがいつも身

につけていたクロスのペンダントだった。

あの日、イヌクのもとを去ったとき、ここに置き去りにしてきたものだった。

イヌクはいつもこれをもっていたのだろうか・・。

3年の間、このペンダントにスジョンの面影を求めて、抱きしめていたの

だろうか・・。

スジョンは大声を上げて泣いた。

「許して・・イヌクさん・・私を許して」


スジョンは泣きながらテラスに出た。夕陽に染まる空が悲しいほど美しく、

純白のドレスが茜色に染まっていた。

『俺も、あの夕陽のように静かに逝きたいな。』

イヌクの言葉通り、イヌクの魂が夕焼けの空に昇っていくのが見えた

ような気がした。

「何故、私なんかを愛したの?私なんかを愛さなければ、もっと幸せに

なれたのに・・。」

スジョンは立ちつくして、夕陽に向かって大声を上げて泣いた。

指先にもったクロスのペンダントが、沈む夕陽に反射してイヌクの

涙のように光って見えた。

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