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2012.04.29
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カテゴリ: 昭和~・評論家

『司馬遼太郎の「かたち」』関川夏央(文春文庫)

 えー、冒頭文庫本の読書報告の3回目になってしまいました。今回で、頑張っておしまいにしたいと思います。

 前回の文章の真ん中当たりに、私は関川夏央のお話(随筆、評論含む)の面白さを、「山田風太郎的面白さ」と書きましたが、文体的にもよく似たこんな感じがあります。

その前夜、酒席で「大サービス」をした司馬遼太郎は、腰部近辺の痛みの鍼治療を受けるため自室に退こうと立ち上がりながら、和田宏と中央公論社の山形真功に、部屋へ来ないか、といった。スウィートだから次の間がある。そこで治療が終るまで飲みながら待っていてくれ、というのである。夜半に部屋まで、それも治療中に、そんな誘われかたははじめてで、和田宏はとても意外な気がした。
 和田宏にとって、またほとんどの編集者たちにとって、この名古屋が司馬遼太郎との最後の語らいの機会となった。


 これは司馬遼太郎が亡くなる1966年の正月の話なんですが、こんな書き方は明らかに伝奇小説的な書き方、いわゆる「語り」の文体ですね。
 一昔前の文芸評論家なら(たぶんちょっと恥ずかしく思ったりするのかも知れませんが)こんな書き方はしません。でも、このほうが、間違いなく面白いですね。

 (以前『坊っちゃん』について本ブログで取り上げた時に、「坊ちゃん」の通っていた学校はどんな学校であったかということなどを考察した関川夏央の文章に触れましたが、その時も、読んでいてあっと驚くようなストーリー性(伝奇性)を持った評論の展開でありました。)

 さてそんな関川夏央の司馬遼太郎論ですが、これも前回の最後に、一言だけ書きましたが、本書は司馬遼太郎の小説についてはほとんど言及していません。なぜなら、筆者が対象として取り上げた亡くなる前の10年間に、司馬遼太郎は一作も小説を書いていないからであります。
 この10年間、司馬遼太郎の書いたものは(単発的な作品をはずすと)、『この国のかたち』と『街道をゆく』シリーズだけでありました。

 「エッセイ書くと小説書けんようになるねん」というのが司馬自身の言葉でしたが、そしてその通りとなった10年間、言い換えれば、本来司馬遼太郎が司馬遼太郎である第一義的な仕事を外した後の司馬遼太郎の、いったい何を、関川夏央は描くのかというと、実はこういった「寝技」的な書き方が、関川文芸評論の特徴であります。

 白樺派を描くのに、武者小路実篤の「新しき村」運動を中心に据えたり、前述山田風太郎を描くのに架空の対談の形を用いたりと、様々な仕掛けを施しています。
 本書も同様で、小説を書かなくなった小説家を描くという形を取りながら、結局筆者が描いているのは、総体としての司馬小説の実体評価であり、その様な実体を生んだ作家の苦悩でありました。
 まずその評価ですが、それは一言で言えば、

司馬文学は永遠の青春文学であった

ということであります。
 そしてこのように評価される歴史小説作家としての苦悩の対象が、大きく二つあったと筆者は説きます。

 その一つは、司馬遼太郎評価を巡る有名な部分ですが、『この国のかたち』の第3回に出てくる、司馬遼太郎がやや冷静さを欠いたような、「鬼胎」「異胎」という言葉を用いて呼んだ、日露戦争の勝利から太平洋戦争の敗戦までの四十年のことです。
 関川は、しかしこの時期は間違いなく、あのさわやかな『坂の上の雲』の時代が生んだものだと説きます。つまり、一つの時代=青春が終わったのだと。

 もう一つは、晩年に司馬遼太郎が遭遇してしまったバブル景気であります。
 特に司馬が憤ったのは、地価の急騰でありました。日本国民がこぞって、国土を安易な経済対象としたことに、司馬は激しく反発し、太平洋戦争敗戦後の、何もなかったが未来だけは開かれていたような日本社会の帰結が、この有様かと苦悩します。

 そして本当に司馬の苦悩を深めたのは、この両者の時代の迷走の根幹に、「国民=民衆」の意思が大きく関わっていることを「国民作家」司馬遼太郎が熟知しているという事だと筆者は説きます。

 最晩年の司馬遼太郎が、自分はたぶん21世紀には生きていないだろうという文を書き、小説を捨ててまで生き急いだように日本の未来への提言をし続け、そしてそのあげくの死について、筆者はこんな風にまとめます。本書の結語であります。

 一九九六年二月十二日午後八時五十分,史上最高の青春小説の書き手にして、晩年には強烈な憂国の思いから、「この国のかたち」を、文字どおり精魂こめて十年間書きついだ偉大な作家、「司馬さん」は長逝した。七十二年と六カ月の、はなばなしくも実り多い生涯であった。

 しかし、もし「司馬さん」が今生きていたとしたら、……いえ、二十一世紀の憂いの限りの日本の姿をお見せしない方が、きっと「司馬さん」への、我々のせめてもの志でありましょうか。


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Last updated  2012.04.29 08:02:09
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Comments

シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  いつも読ませていただいてます。あのせ…
analog純文 @ Re[3]:無理筋仮定を考えてみる(12/28)  七詩さんへ、重ねてのコメントありがと…
七詩 @ Re[2]:無理筋仮定を考えてみる(12/28) analog純文さんへ 私もときどき読書日記を…

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