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■ ある警察官の話 ■



とある小さな町で殺人事件がおきました
小さな町ではめったに起きない
大きな大きな事件です
町にいる警察官は全員捜査に力をいれました
次々に容疑者はあがるものの
どの人も犯人ではありません
事件を捜査する警察官は次第に減っていって
とうとう定年まじかの老刑事と
大学を卒業したばかりの新米刑事二人だけになってしまいました

ある日新米刑事がホワイトボードにベタベタ貼られているうちの
1枚の写真を指差していいました

「やっぱりこいつが犯人じゃないすかね?」

老刑事はチラリと写真を見た後
鼻から煙草の煙をはきだしました

「動悸は?」

新米刑事は眉間に皺を寄せて口許を斜めに下げると
老刑事のトナリに座りました

「動悸は…わかりません けどアリバイがないのはコイツだけですよ?」

老刑事は新米刑事を鼻で笑うと
持っていた煙草を灰皿におしつけました

「話しにならん」

そう言って立ち上がった老刑事を新米刑事は呼び止めました

「そんなに動悸は必要ですか?」

あたりまえだ
そう言おうとして振り向いた老刑事のお腹に
ズブリと何かが刺さりました
目の前には無表情な新米刑事が立っています

「動悸なんてないんですよ」

老刑事は新米刑事の胸座をつかみました

「ナゼ…コンナ…コッ…」

新米刑事は胸座をつかまれたまま
静かに微笑みました

「ナゼ? だから動悸なんてないんですよ
 あの女性を殺した時も今こうしてアナタを刺した事にも
 動悸なんて存在しない」

老刑事はずるずると崩れていきます

「ただ純粋に 手に持ったナイフで誰かを刺したいと思った
 あえて言えばそれが動悸ですかね?」


警察官による警察官殺しは
小さな町だけではなく国全体に広がりました
老刑事を刺した新米刑事は拳銃で頭を吹き飛ばして死にました

事件の後の記者会見で
小さな町の署長さんは
動悸は何だったのでしょうという記者の問い掛けに
こう答えました

「厳しすぎる上司に耐えられなかったのでしょう」


小さな町で女性を殺した犯人は
未だに捕まっていません



FIN



動悸?動悸 動悸…?
どうして人は凄惨な事件に動悸を探したがるのだろうか
動悸があったところで許されるわけではないのに
動悸があったのだから人を殺してしまっても仕方がないとでもいうのだろうか
いや動悸があったからといって人を殺して良い理由になんかならないと
誰もが
特に誰よりも率先して動悸捜しをしている人達が
口を揃えて言うだろう
それならば何故動悸を探したがるのだろうか
何故なんだろう








■ ある老人の話 ■



毎朝街から少しはなれた丘を
犬と散歩している老人がいます
老人が街の門までくると
煉瓦造りの門の下には
毎朝少女が立っていて
小さなてさげの籠に入ったマッチを売っています
老人がペコリと頭を下げると
少女もペコリと頭をさげます

ある日老人は少女に話しかけました

「貴女はどうして毎朝ここでマッチを売っているのですか?」

少女は老人の瞳をしばらく見つめると
言いました

この門をぬけて少し歩いた丘の先に
この街を統括する地主の屋敷があります
私の両親は冷徹なその地主にかせられた
無理な借金のために自殺しました
兄弟達はみな別々の所へ売られていきました
とても悔しい
今すぐに殺してやりたいほど憎い
それでも臆病な私には家族の仇を討つ事もできません
何もできません
こんな私にできる事を
毎日 毎日考えました
地主を恨んでいるヒトはたくさんいる
もしそういうヒト達が
月々の借金を返すために地主の家に行った時に
たまたまマッチを持っていたら?
抑えられない憎しみを持っていたら?

だから私は毎日 毎日
ここでマッチを売っているのです


「その可能性はゼロに近いのではないですか?」

尋ねた老人に少女は寂しそうに微笑みました

「それでも私にはこんな事しか出来ないのです」


3日後
あるニュースが街をざわつかせていました

「あの地主が屋敷に火を放って自殺したぞー!!」

ある者は広場の前でくるくると踊り
ある者は歓喜のあまり無き続けました
あのマッチ売りの少女は
口許を斜めにして満足そうな
そしてどこか冷たい笑顔で
その様子を眺めていました



FIN







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