*01






自分の存在意義について考えたことある?

尋ねた僕に“ちー”は
梅干しにだって負けないくらいの皺を眉間に刻んで顔を上げた

「ソンザイイギ?」

まるで初めて聞く外国語みたいに繰り返す

「何をする為に自分は生まれてきたのか?みたいな」

応えた僕を鼻で笑うと視線を読みかけの本に戻してしまった
それでも僕は独り言のように続ける

「たまに考えるんだ
 何の為に毎日勉強してるのか
 何の為に毎日生きてるのか」

ちーは態度こそ冷たいけれど
実はちゃんと話を聞いていて、何かしらの応えをくれるって事を
僕は知っている


ぺらり  ぺらり  ぺらり …


昼間の静かな屋上に紙を繰る音が響く
僕はといえば携帯を意味もなく開け閉めしながら
足元で列を成す蟻を見つめていた


ぱたん  ぱたん  ぱたん  ぱたん


この癖のせいで僕の携帯は
画面を掴んだだけでかぱりと開いてしまう
鮮やかな赤のボディに黒のアクセントが凄く気に入っているのに
だらしなく垂れ下がる姿を見ると
そろそろ変え時かと切なくなる
着実に携帯の寿命を縮めているとわかっているけどやめられない
癖とは一様にそういうものなのだ うむうむ
なんてくだらないことをぼうっと考えていたら
いつの間にか本を閉じていたちーと目があった
アルミフレームの華奢な眼鏡が少しずりさがっている顔はどことなく幼くて
普段の大人びた雰囲気との違いに
吹き出しそうになった空気を噛み殺す
もし僕が少しでも笑おうものなら
こいつは絶対へそを曲げて話をしてくれなくなるからだ

「道路の脇にはさ よく木が植えてあるだろう?」

ちーの話が突拍子もないのはいつもの事で
僕はそっと携帯をポケットにしまった

「アイツ等はさ、道路の景観を良くするってのと
 少しでも排ガスで汚れた空気を浄化するっていう
 “ソンザイイギ”を持って植えられてるだろ 多分だけど」

そういって左手で後頭部をがしがしと引っ掻き回す

「って事はさ生まれながらにイギがあるわけだけど
 それ本当に羨ましいと思うか?」

眼鏡の奥の灰色がかった瞳が小さく揺れる

「普通に考えて あの程度の数で
 排ガスだらけの空気を浄化なんてできる訳ないだろ?
 そこ通るやつだって汚ねぇ空気に顔をしかめるし
 この木植わってる意味あんのかよ!?
 とか思うわけだ
 枝が伸びりゃ邪魔だって切られたり
 花が咲きゃ下に落ちて茶色くなった花びらが汚いって罵られたりする
 木だって好きで道路脇にはえてるわけでも無いのにさ
 それに比べて公園にはえてるヤツ見てみ?
 道路脇みたいなイギは何もなくて
 そこまで汚なくもない空気の中でのほほんと育ってる
 枝は伸ばし放題、花が咲けば誉められる
 公園にきたじーさんや子連れの連中は
 “ここは空気が綺麗だ”とか “自然が気持ちいい”
 とかぬかすんだぜ? どう思うよこの不公平」

そこまで一息にしゃべると
ちーは眼鏡を外してごろりと仰向けに寝そべった
少し不機嫌そうな顔なのは
雲から覗いた光が強すぎるだけではないのだろう

「帰りに××通り脇の木に声でもかけていくかな おつかれって」

眩しく光る太陽を見上げながら呟いた僕に
ちーはニヤリと笑って本を顔にかぶせた

「やるなら脇を誰かが通ってるときにしろよな」

表紙からはみ出た栗色の髪が風になびいている
空からの光を反射して所々金色に煌めくそれはとてもやわらかそうで

「それじゃ俺ただの変人じゃん」

こういう穏やかな午後にはピッタリだと思った






■ フユトとチトセと屋上 ■








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