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昼間の暑さを引きずるように光る夕日が
街も河原も染め上げている。
真っ赤な水の流れる音を耳に感じながら
僕らは黙々と地面を掘っていた。


僕の手にはビニール傘
秋の手には赤いヒール


その辺に棄ててあったゴミだから
折れようが土まみれになろうが
誰も文句は言わないだろう。

「フユト」

手は止めず目線は地面を見つめたまま
秋が口を開いた。

「うん?」

今にも眠りそうな間抜け声で聞き返した僕に秋は少しだけ微笑んだ。

「お前死ぬのってどう思う?」

地面を掘ることだけに専念していた僕の頭は半分以上機能停止状態で、
スタンバイ状態のパソコンが
キーボードの信号に反応するようには
応えられなかった。
昔から僕はひとつの事に集中すると他の事が疎かになる質で
全くもっておつむの性能が良くない。
そういう訳で2人の間にはただただ土を掘る冷たい音が響いた。
どれだけそうして土を掘っていたんだろう
錆びきった僕の頭にようやく質問が受理されて、
脳みそが鈍々と動き出した時に
待ちきれなかったのか秋は新しい質問を投げかけてきた。

「じゃあさ、今から5秒後に死ぬのと、
 これから先100年生き続けるのと、
 どっちが怖い?」

せっかく動き出したポンコツが、危うくエンストしそうになる。

「急にそんな事言われてもなぁ」

そう返すのが精一杯で
自分の耳や鼻、体中の穴という穴から
煙がたちのぽっていく気がした。

「俺はこれから100年なんて考えるのも嫌だね
 それならいっそ5秒後に死んだ方が良い」

掘り出した土に紛れた石を、
秋は川面に向けて勢い良く放り投げた。
ヒュッという鋭い音の後に小さな小さな、
川の流れにかき消されそうな程小さな音で
ぽちゃん、と水しぶきがあがった
僕は馬鹿みたいに半開きの口で、
綺麗な弧を描きながら飛んでいく石を見つめていた。
目をこらせば広がっていく波紋が見えるような気がして、
見えない川面から目が離せないでいたら
僕の開いたままの口が勝手に言葉を放っていた。

「どうして?」

ありきたりな質問だな、そんな事しか言えないのか?
動き出した脳みそが頭の隅で冷静に反論する。
そしてその裏で僕は見えない川面を見つめる。

「怖いからだよ」

静かな秋の声に
頭の中で同心円状に広がる波が見えた気がした。

「怖いからか」

目の端に風になびく白い毛が映る。

「死ぬのよりも生きてる方が全然怖いね」

そう言って秋はまた1つ石を投げた。
石はやっぱり綺麗な弧を描いて飛んでいったけれど、
ぽちゃんという音は聞こえなかった。

「そろそろ埋めるか」

傘を地面に置いて息を吐いた僕に

「女の人のヒールって怖ぇのな、
 立派な凶器になる」

そういって秋は穴と土まみれのヒールを交互に指さすと
イタズラが見つかった子供みたいに笑った






■ アキとネコとカワとイシと ■








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