時々鬱々日記

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チチエセ(4)君子「虎」変


>          君子「虎」変
>                       > 
>  私は、阪神タイガースが大嫌いであった。昭和24年、小学校5年生の頃
> だったと思う。
>  大阪天王寺の小学校などでは、少しは阪急ブレーブスフアンはいたが、
> 殆どがタイガースフアンで巨人フアンなどいなかった。
>  川上哲治選手が好きで、大の巨人フアンだった私は「闇売り新聞、ヤミ
> ウリジャイアンツ」とからかったタイガースフアンの餓鬼連中には、いつも
> 悔しい思いをしていた。
>  その頃の阪神タイガースは、藤村、真田、若林と言ったいい選手もいたが
> 関西風のチームカラーで、なんとなく泥臭く、もう一つぱっとしなかった。
>  それが私のタイガース嫌いの理由であった。
>  当時の川上は赤バットでかっこよかった。
>  弾丸ライナーのホームランをよくうってくれた。ラジオから聞こえるアナウ
> ンサーの興奮した声は、野球少年の私の心を躍らせてくれたものだ。
>  今でも鮮明に覚えているシーンがある。
>  彼が逆転さよならホームランを打ったときだ。
>  昭和25年の夏の昼下がりのことだったと思う。
>  その時は、巨人と南海ホークスに対戦で、ラジオに齧り付き放送に熱狂
> していた。
>  しかし、運悪く親父にとっつかまり、家庭菜園の施肥の為に「肥たご」を
> 担がされてしまった。
>  音量を大きくし「肥たご」の先棒をいやいや担ぎながら聞いていると、
> 5対2で負けていた巨人が2死満塁で、中原投手が投げた最後の1球を
> 川上が何とさよなら満塁ホームランを打ったのだ。
>  こんなことがあるのかと、うわの空で放送に気を取られ、先棒を離しかけ
> たため危うく糞尿の洗礼を受けるところだった。
>  川上が「テキサスの哲」といわれ、衰え始め巨人熱も少し冷めてきた頃
> 長島茂雄が入団し、若々しい巨人が再び私を虜にした。
>  しかし、今度は昭和53年の江川ドラフト「空白の一日」問題で、私の巨人
> びいきにも、またまたかげりがでて来た。
>  強くなる為には、何でもありという考えに疑問を感じたからで、この事件で
> 私にとって巨人は並みの球団に成り下がった。
>  そして長島が引退し、原監督になってしまった紳士面した巨人へのこだ
> はりは全く消滅してしまった。
>  そんなとき、星野監督により換骨脱胎されたタイガースが、以前のような
> 泥臭いチームカラーを翻し、颯爽と私の前に出現したのである。
>  巨人と決別し、55年ぶりに宗旨をかえ、今年から君子「虎」変することにし
よう。
>  「悪いことはすぐ改める」というのが、君子豹変のもともとの意味と言うが
、
> 私の「虎」変がバブル経済のごとく、うたたかの夢に終わら無いことを願う
> が切である。
>        平成15年7月19日




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