新しいバイトをはじめてしばらくたってから、
俺は人数の多いその会社での休憩時間は、
ある場所でとることに決めていた。
馴れ馴れしく話しかけては、
甘えて仕事を押し付けるお姉さま達から逃れる為だった。
平日にはいる時は昼休みに、夕方からはいる時は小休憩に、
偶然みつけたそのあき部屋には、
ときどき俺と同じように人目を逃れているのか、
女の人がラップトップのパソコンなんかを持ち込んで、
真剣に画面をみつめていた。
「あ、またさぼりだ。」
いた。と思った。
彼女はいつもいるわけじゃないので俺はうれしくなって、
すぐに近くまでいって、かわいい彼女の顔をのぞきこんだ。
「さぼってないよ、仕事してるんだよ~。」
スーツを着ているのできっと社員さんなんだろうけど、
やけに若くみえるその人は、
本当は一目みたときから俺を夢中にさせていた。
「カズくんこそ・・・もう休憩の時間?」
俺をいなそうとして時間に気がつき、
彼女はうーん、とのびをした。
他の人が勝手に俺を名前で呼ぶ中、(ひどい人は呼び捨てだ。)
彼女だけが最初にキチンと、
「あたしもカズくんって呼んでいい?」
なんて俺に許可を求めた。
俺がそう呼ばれてるって知ってるということは、
きっと同じ部署の人なんだろうなぁ。
「また、メシ食わないんですか?」
その時は昼休みだったので、俺はコンビニで買った、
おにぎりやらサンドイッチやらを持っていた。
「あとで食べる。」
そういってまたパソコンの画面を見る。
かたわらには殴り書きの文章が何枚も置いてあった。
「俺が打ちましょうか?」
入力にかぎらず、なんでも得意な俺が申し出る。
その能力につけこまれて、
雑用のかぎりをみなさんにおしつけられているけど、
彼女のやくにたてるのなら本望だ。
「そんなの悪いよ。」
でもみるからに俺がしたほうがはやそうだ。
「遠慮しないでください。」
となりのイスに座った俺は強引にパソコンをうばい、
紙を見ようとした。
「字が読みづらいから・・。」
彼女は恥ずかしそうにそれをとりあげ、
かわいい目で俺をみてくれている。
「じゃあ、読み上げてください、入力だけしますから。」
あとでわかったことだけど、その紙を渡してくれなかったのは、
読みづらいからではなくて、
そこには入力するべき文章が書かれていなかったからだ。
彼女はそのメモをたよりに自分の頭の中で、
資料を作成していた。
そんなこととは知らずにその時の俺は、
ただ彼女の綺麗な声にあわせて指先を動かしている。
文章だけに集中できた彼女は、
思ったより早く出来た事をすごく喜んでくれた。
「カズくんすごい早いね~。」
感心する彼女に得意げになって、
「前に入力のバイトもしてたんで。」
なんて笑っている。それよりも文章の内容が気になった。
「この新城さんって人、どんな人なんですか?」
資料のはじめにその人の名前があった。
よく噂だけは耳にしているその人に、
俺は会ったことがなかった。
「どんな人って・・・。」
うーん。と考え込む彼女に、
「女の人だけど、めちゃくちゃ仕事できるんでしょ?」
と聞いてみる。
「そうなのかな・・どうして?」
もしかすると彼女だってよく知らないのかもしれない、
俺が見かけたことがないくらいにエライ人なんだろうし、
たんに誰かに入力を頼まれただけなのかも。
「みんなが噂してるんです、男をさしおいて出世した、
とっても能力のある人なんだって・・・。」
「ふーん。」
なぜかうれしそうに笑っていた彼女に、
俺はその後、やっとそこではない場所で会うことができた。
「新城さん!」
という声を聞いてふりかえると彼女が車に乗り込もうとしていた。
運転手つきのその車にはお供の男性社員を従えて、
忘れ物なのか、彼女の名前を呼んで走ってきた人に、
あわててなにかを渡されている。
ドアを閉めるまぎわ俺の顔をみつけた彼女は、
ひらひらと俺に手をふり、ニッコリと微笑んだのだ。
新城紅葉。
クレハとの出会いはまさに、俺の人生をかえた。
PR
Comments