そろそろ帰ってくるだろうと思って俺は、
麻衣が好物だといった”ラザニア”という食べ物を仕込んで、
オーブンの中に入れた。
あとは焼いたら完成だ。
冷蔵庫の中には女の子が好きそうなくだもの、
テーブルの上にはチョコレート。
俺はそういうことに疎いので、
彼女に喜んでもらえるように、ほとんど手当たりしだいに、
嗜好品を買い込んでいる。
幼い子供の機嫌をとる父親のような気分だ。
ちょっとでも気に入ってもらえればいいんだけど。
そわそわしながら待っていると、
バタバタと元気よく走る音が聞こえて、
ほぼいつもどおりの時間で彼女が帰ってきた。
「おかえり。」
ニヤケる顔をなるだけ我慢しながらドアを開けてやる。
そこには肩で息をして、少し元気がない表情の麻衣が立っていた。
「・・・お兄ちゃん・・・。」
寒いので早く入ればいいのに、
首に巻きつけたマフラーから出た鼻先を赤くして、
白い息をあげている。
「どうした?」
俺は優しく笑ってみせてから、
モコモコの手袋をした彼女の手をとり、
家の中へゆっくりと引き入れようと思った。
「麻衣、石ノ森くんにちゅーされちゃったよ・・。」
めずらしく弱々しい声で、
気が付くとその大きな瞳には涙を浮かべていた。
「そ、そっか・・。」
とりあえずドアに鍵をかけて、そのままぎゅっと抱いてみる。
無理矢理だったんだろうか、
やっぱり子供とはいえ侮れない行動力だ。
俺は検討違いに、幼いライバルの彼に感心してしまっていた。
「麻衣、お兄ちゃんとしか嫌なの。
他の人とちゅーしたくないの。」
腕の中でかわいらしく泣いている麻衣は、
本当に不安そうな顔をして俺の様子を伺っている。
いったいどういうキスだったのだろう。
俺が彼女にした一番ひどいものよりも、
彼のそれが勝っていたのならどうしよう。
「どんなふうにしたんだ?」
なだめる意味も含めて彼女にたずねた。
「自転車にゴミが挟まって、
しゃがんでとってから見上げたら、口がくっついた。」
状況を思い出しながら、彼女の涙が少しおさまる。
「こんな感じ?」
俺はそういうと、ちゅっと音をたてて、
麻衣の小さな唇に自分のを重ねた。
「・・・うん。」
うなづく彼女に、
「こうじゃなくて?」
そういってからまた、口付けていく。
今度はキチンと舌を入れさせてもらった。
麻衣がこんなに気にしてるっていうのに、
俺にとってはただの口実にしかならない。
どうどうと味わえるこんな機会を逃すまいと、
必要以上にむさぼっている。
顔がエロくなってなけりゃいいけど。
素直に俺に身を任せる麻衣は、
あまりの俺の執拗な動きに耐えかねて、
小さな肩を震わしながら、また泣き出してしまった。
「・・・こんなんじゃなかった・・。」
やっと唇をはなしてやると、
息をみだしたままで、俺の質問に答えている。
「じゃあ、それはキスじゃないよ。」
彼女の髪をなでて、
ついでに手で涙を拭ってやりながらそういった。
「それこそ口がくっついただけだろ。」
「本当?」
まだ腑に落ちない様子だったので、
「好きな人と気持ちよくなる為にすることだから、
それに・・・。」
俺は自分が続けようとした言葉に口をつぐんだ。
キスという行為は単独ではなくて、
抱きあうことのほんの一部であるからと、
言ってしまいそうになったのだ。
「お兄ちゃん・・。」
かなり落ち着いてきた彼女が俺を見上げている。
「麻衣ね、お兄ちゃんとちゅーしたり、
触ってもらったりすると気持ちいい。」
好きな女が腕の中で甘えてて、二人きり。
「・・・麻衣のこと、嫌いにならないで・・・。」
俺は自分の中から湧き上がる衝動を、
今はまったく押さえられそうにもなかった。
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