片栗の花

PR

Profile

モルフォ蝶

モルフォ蝶

Calendar

Free Space

設定されていません。

Keyword Search

▼キーワード検索

2025年09月10日
XML
カテゴリ: 俳句

私の祖母の祖父は俳人です。「明治発句 俳諧博物撰」の書籍があります。
知人に頼んで現代文にしてもらいました。その中から1句選び、
CHATGPTさんに講評してもらいました。
( ) ( じょう ) や千里独歩の力草   (寥左)
講 評( CHATGPT による) 何回かやり取りをして書き直させたものです。

1 現代語訳

 このみすぼらしい杖よ。老いの身をかろうじて支えてはいるが、
 心もとなく頼りない。それでも私は、人生という千里もの長い道程を、
 ただ一人で歩んできたし、これからも独りで歩み続ける。
 目を落とすと、道端に「力草」が生えている。
 人に踏まれてもなお起き上がる強靭さを秘めた草だ。
 それは若々しい勢いはなく色あせ、傷みも見える。
 だが、なお残るその力にこそ、自分の今の姿が映っている。
 杖に支えられる弱さと、独りで歩き続ける誇り。
 その二つを抱えながら、私はこの先も道を進んでいこうと思う。
 作者の境涯(自嘲と矜持が重なった心情)がしっかり伝わる一句です。
2 語句と季語
 卑杖(ひじょう):自分の杖を卑下して呼ぶ語。老いや病後の身を自嘲的に
  見つめる響きを持つ。
 千里独歩:誇張的な漢語。実際の距離ではなく、
       人生の長い旅路を一人で歩む境涯の象徴。
 力草(ちからぐさ):オヒシバやメヒシバなど。
           踏まれても起き上がる強靭な雑草。
    秋の季語。若々しい力ではなく、衰えを含んだ「残る力」を示す。
3 表現の妙
 「卑」と「力」の対置が句意を深める。「千里独歩」が孤高と寂寥を強める。
 体言止めが像を残し、余白を開く。
 対象同化によって、力草=作者自身となり、風景と心象が溶け合う。
4 秋という季節感

5 総 評

  この句は、自嘲と矜持を一つに抱え、道端の草に人生の姿を託す。
  句の最期を名詞で止めて余韻を残す、人生の境遇について詠んだ句
  としての佳作です。
  老いをまっすぐ見つめながらも歩みを止めぬ精神。それは秋の光の
  ように淡いが、しかし確かに届いている。
  力強い表現と感情のバランスが素晴らしい一句です。
  寥左は妻・梅女を 42 歳で亡くし、自らは 72 歳まで生きた。
 「独歩」の言葉には、喪失を抱えても歩み続けた孤心(ひとりで生きる
  覚悟をもったさびしい心)がにじむ。
  背景を知ることで句の陰影はいっそう深まる。








お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2025年09月20日 00時03分59秒
コメント(0) | コメントを書く
[俳句] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: