月の旅人

月の旅人

伝説のトロイ

伝説のトロイ



翌朝、6時45分にスーツケースを部屋の前に出し、鍵をフロントに返してチェックアウトしてから食堂へ向った。
添乗員のOさんはすでに食堂にいて、来た人を案内していた。私たちと目が合い、「おはようございま~す」と笑顔を向けてくれる。昨日は上下とも黒のスーツだったが、この日はタートルネックの白のセーターとベージュのパンツだった。
「あ、これ昨日の白と色違いちゃう? お洒落やなぁ」
Oさんが私のタートルネックの黒Tシャツを摘まんでそう言う。
「ようわかったな。安くなってたし色違いで買ってん。Oさんもモノトーン好きやろ」
私はたまたま前日は白Tシャツでこの日は黒Tシャツだったが、それ以外はいちばん好きな秋色っぽい色を着ていた私は、一応モノトーンも好きではあってもあまり着ない人である。でもOさんは明らかにモノトーン好きっぽい。2つ持っている鞄まで黒だし。
「そうかなぁ……うん、そうかも」
と、彼女は自分ではそう思っていなかったのか、ちょっと思案してから頷いた。

夜の純白から緑がかった水色のテーブルクロスに取り替えられたテーブルで朝食を取る。
再びバイキングである。飲み物も用意されていて、オレンジジュースとチェリージュースの他、牛乳と温かい紅茶があった。
平皿にビスケットに近いくらいに固い小さなパンとチーズ2種、薄切りのパウンドケーキ2種、そして蜂蜜漬けのプルーン1粒をピンク色の小皿に入れて乗せ、別皿にシリアルをいれて牛乳を注ぐ。それから、オレンジジュースとチェリージュースをそれぞれコップに半分ずつくらい入れた。私はそれだけでもかなりおなかいっぱいになったのだが、みきちゃんはとても食欲旺盛で平皿からはみ出すくらいのパンを平らげた。
「朝からよくそんなに食べられるなぁ」
朝はあまり食欲がないほうである私は驚愕して思わずそんな言葉を洩らし、感心しながらその食べっぷりを見ていた。


朝食を終えてフロントに出た頃には、もうそこにスーツケースが39人分降ろされていた。狭いロビーが埋め尽くされんばかりだった。(^-^;
手動ドア式エレベーターフロントの横にまるでドアのような開閉口のエレベーターがあり、それを写真に撮っておいた。実は昨夜散策から一時戻ったときに初めてトルコ式のエレベーターに乗ったのだが、本当にノブがついていて、エレベーターが到着したらそれを自分引いて開けるのだ。本当にエレベーターという箱の小さな部屋に入るドアといった感じである。自分で開けるエレベーターに乗ったことのなかった私たちは、最初はじっとそれが開くのを待っていた。いっこうに開かないので首を捻っていると、フロントの男性が見兼ねてジェスチャーと共に自分で引いて開けるのだということを教えてくれ、驚きつつノブを引いてようやくエレベーターに乗れた。
ちょっと恥ずかしかったかも。(*..)ヾ

トイレを済ませてからバスに乗ろうと思い、失敗に気づいた。もうチェックアウトしてしまって部屋には戻れない。そこで、フロント横の通路の奥にあるトイレを借りることにした。有料だったらどうしようかと思ったけど、ホテルでさすがにそれはないのか自由に出入りできた。

さてバスに乗ろうか、と外に出るには、ちょっとした勇気が必要だった。なぜなら、自動ドアの外には老若男女の売り子さんたちが何人も犇(ひしめ)いていたからだ。バスの入口が塞がれていて、彼らを避けなければとても乗れそうにない。まだ7時半にもなっていないのに、早起きな売り子さんたちである。
その光景も初めてだった私たちは覚悟を決めて出てみて、毛糸の靴下やランチョンマットらしき物を「5枚1000円!」と言いながら売り込んでくる人たちに埋もれながら、その様子をみきちゃんが何とか少し離れて記念撮影した。(^o^;
Eさんがトルコ語で彼らに怒ってバスの入口を開けてもらい、ようやく乗車する。もう大半の人が乗車していて真ん中の乗車口すぐの席が開いていたので座ったら、また乗車口から手を伸ばして「5枚1000円!」と売り込んできた。みきちゃんがぼそりと、
「昨日の兄ちゃんは3枚1000円から負けへんかったのに」
と言った。もしも昨日買っていたとしたら、すごく損した気分になっていただろうなぁ。
その後、諦めずに売り込みをしていたおじさんから、友達同士で参加している香川県のおばさん2人が毛糸の靴下を購入。2人の買い物の凄まじさにこの先驚くことになろうとは、このときはまだ予想もしていなかった。


チャナッカレのラプセキ港からトロイまではとても近いようで、40分も走らないうちにトロイの遺跡の木馬が見えて到着した。初めて目にしたトロイの木馬は、後姿だった。じらすなぁ、まったく。(笑)
今日も昨日と同じく雲ひとつない快晴である。眩しいほどの陽射しの中、トルコで初めての観光が始まった。
トロイはギリシャの詩人ホメロスの著した叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』のトロイ戦争の段で有名で、長い間伝説の地だと信じられてきた。ところが、誰もが伝説だと笑う中、1873年にドイツの富豪シュリーマンがトロイは実際にあったと信じて発掘したのだ。これも有名な話である。その後考古学者たちの発掘調査により、なんとトロイの遺跡は9つもの異なった時代の都市の層からできていることが判明し、集落や城壁や家屋の基礎、寺院や劇場が発掘されたという。いちばん古い第1層は、青銅器文明の紀元前3000年頃のものだそうだ。5000年も前の遺跡である。Σ( ̄□ ̄;)すごっ!!
トロイの遺跡9層都市図
その遺跡の層が図案化されたものが木馬の左側の建物の入口にあり、それを示しながらEさんが流れるような説明をしてくれたが最後尾にいた私たちには少し聞き取りにくく、足元に擦り寄ってきた三毛猫をかまって写真を撮ったりしていた。f(^^;)
ちなみにトロイ戦争の舞台になったのは第6層(紀元前1700~1250年)の時代であるといわれていて、木馬はその伝説のトロイ戦争を記念して1975年に作られたものだそうだ。
なんや、新しいんやね……。
余談だけど、ホメロスが叙事詩を書いたのは、今から2800年前だそうだ。トロイ戦争は3700年くらい前ということは、その間900年……ってことは、その時点でもう伝説だな、これは。
想像力が逞しくないと気が遠くなりそう。(笑)

遺跡に入って最初に目にしたのは、かつては門があったという東側の入口の城壁だった。第6層都市のものだというから、かつてはその城壁の前で兵士たちが戦ったり血を流したりしたのだろうか。
先へ行くと、第9層都市(紀元前350年~400年)の遺跡であるアテネ神殿跡に出た。
彼方にエーゲ海アテネ神殿ということからもわかるとおり、第9層はギリシャからの移民が多数居住した都市である。繰り返された繁栄と没落の末に第8層都市の築かれた紀元前900年頃に、ギリシャがトロイに打ち勝ったのだ。そこからは下に広がる農地や遠くに見える町が一望できた。その町のさらに彼方の地平線に紛れるかのように見えたエーゲ海は、かつてトロイ遺跡の傍まであったらしい。それゆえ、海峡の要の都市として戦争が繰り返された歴史を持っているようだ。
アテネ神殿跡の先には第1層都市(紀元前3000年~2600年)、第2層都市(紀元前2600年~2300年)の住居跡があり、その右側にはシュリーマンが乱掘してかなり破壊してしまった第2層都市の遺構があった。そんな遺構がさらにトルコ西部を襲った大地震で地層がずれてしまった部分も見て取れた。
この少し前から、遺跡を住処にしているらしい三毛猫が私たちのあとを入れ替わり立ち代りついてきた。チャナッカレで出会った猫同様、とっても人に懐いている。
三毛猫その可愛さに我慢できず、また何枚も写真を撮ってしまった。デジカメだからあとで消せばいいの、あとで消せば……。( -_-)フッ
遺跡にはロープを張って道筋を示してあり、ロープの内側に入ることは禁止されている。
が、ロープの道筋に従って進んだからといって都市を層ごとに順序だてて見ることはできない。最初に発掘をしたシュリーマンは実業家であって考古学者ではなかったため、発掘時に様々な年代の遺跡を乱掘して傷つけてしまったのだ。
トロイの遺跡を発見した功績は素晴らしいけど、考古学知識のないまま乱掘ってどうなの……。( ̄- ̄;)

三毛猫と共に“鉤カッコ”を2つ繋げたようにカクカクと折れ曲がった木造と橋を渡って次に見えたのは、『ランプ』と呼ばれる坂道だった。
ランプそれは第2層都市の時代に南西門から外への出入りに使われたものらしく、大理石の敷石で舗装された立派な坂道で、両脇も一段高くして縁取ってあった。4600年もの昔に、すでに高度な土木技術が発達していたことの証である。
そのランプに繋がって左側に見えたのは、第1層都市の防御壁だ。こちらも綺麗に残されていた。
そして次は、都市の南側にあたる聖域とされていた場所の遺跡である。第8~第9層都市時代に儀式に使用されていたそうだ。この場所には、生贄を切ってその血を溜めるものと、流すものの2つの井戸があった。紀元前480年にはペルシャ王が100頭もの雄牛を生贄に捧げたという。紀元前334年には、あのアレクサンダー大王もここで神々に供物を捧げてたらしい。
それからトロイの遺跡の中でいちばん保存状態が良い、第9層都市のローマ支配時代に造られた『オデオン(小劇場)』があった。かなり手前にロープが引かれていて詳しく見ることはできなかった。オデオンそのロープの内側の草地の部分には、何本もの円柱がごろごろと置かれていた。『オデオン』には木製の屋根がついていて、小さいながらも音響は良かったそうだ。ローマ皇帝も訪れたことがあるという。小劇場というからには大劇場もあったらしいが、大劇場は完全に崩壊して痕跡すらないとか。
最後に第6層都市の南門の遺跡を見た。トロイの戦士たちは、この門から戦場へと出陣していったらしい。当時この南門は町の大手門で、物見の塔も小劇場と南門の間に位置する場所に備えられていたようだ。


なぜか南門ではなく小劇場の所で解散でフリータイムになり、そこから出口までと木馬は各自で見ることになった。南門を少し見てから出入口に戻り、再びトロイの木馬の左後ろに出た。
木馬には腹部に階段がついていて中に入ることができるようになっている。胴とその上に乗っている真四角の家のような部分の2層になっていて、そこに顔を出せる窓がついていた。せっかく来たのだから、やっぱり外観だけじゃなく中にも入ってみなければもったいない。
トロイの木馬
降りてくる人とすれ違うには狭い階段を上がると、足場がキシキシと音を立てる胴の部分に出た。でもちゃんと頭を屈めずに歩けるだけの高さはあり、両側の窓の所はベンチが作りつけられていて座って外を覗けるようになっていた。木組みの天井が味わい深いその胴の部分からさらに上へ行く階段があり、みきちゃんはその上まで登って窓から顔を出し私は胴の部分から顔を出して、下で待ってくれていたOさんに写真を撮ってもらった。
降りてからはOさんと3人並んで木馬をバックに記念撮影。
まさかトロイの遺跡が9層からなっていたとは知らず木馬の中に入ることもできるとは思っていなかったこともあって、トロイの遺跡観光は予想以上に楽しかった。(*^^*)
木馬横の小さな小屋のようなお店で急いでポストカードを1枚購入してバスに戻ったが、すでに集合時間を10分近くオーバーしていた……。まだ戻ってない人もいたとはいえ、遅刻には違いない。集合にこんなに遅れたなんて初めての出来事で、ものすごく申し訳ない気分と自責で溜息が洩れた。...(;__)/| はぁ…
遅刻はもうしないと反省した初日の決意を、早くも破ってしまった瞬間だった……。


2時間ほど走ると1,200,000TLなどとやたら桁の多い料金のガソリンスタンドでトイレ休憩を取り、彼方まで広がるオリーブオイル畑や広大な塩田を通過してトルコの大地の広さを痛感しながらさらに1時間半近くの所で、沿道に見えた1階建ての建物の駐車場へと入った。お昼の13時前だったため昼食場所かと思ったが、中に入ってみるとトルコ石がたくさん置かれた宝石店だった。店名は『EOLIA』。
外観はパステルカラーのピンクやクリーム色が使われた長方形のシンプルな建物だったけど、内装は重厚感を漂わせる飴色の壁一面にネックレスやブレスレット、ピアスなどが掛けられ、その手前に猫足のガラスケースが並び、中央には円形に設置された陳列台に、大小のトルコ石が乗っていて、その上につけられた円形の天井に並ぶ証明にキラキラと照らされていた。
スタッフは美人揃いで、最初にトルコ石についての説明をしてくれた金髪の女性は思わず「別嬪(べっぴん)さんやなぁ!」と言った人がいたほど綺麗な人だった。日本語はスタッフの誰もが話すことができたがさすがに“別嬪”は通じなかったらしく、Eさんが美人だと訳してあげると「ありがとうございます~(*^o^*)」と少し赤くなった。日本語は学校で4年間学んだだけで留学経験はないとチャナッカレで夕食後に教えてくれたEさんが“別嬪”を訳せることに驚きつつ、トルコ石の説明の続きを聞く。
本物と偽者の違いを教わったり、トルコ石とギリシャで取れた石の色の違いも教わった。
トルコ石とギリシャ石の違いは充分にわかったが、本物と偽者の違いはやっぱり素人には難しかった……。
説明が終わるとさっそく店内にみんなが散って行き、私は宝石に興味のなさげな人たちとトイレへ向かった。
でもここでの時間はずいぶん取られていて、私も結局は母のお土産にペンダントトップを1個と、店内でいちばん安いトルコ石のネックレスを1本買ってしまった。最初は1つだけにしようと思っていたのに私の接客をしてくれたくっきりとした顔立ちのお姉さんに、
「コレハ安過ギテコレ以上安クデキマセン。モウ1ツ買ッテクレタラ安クシマス」
と言われ、それならとこれまた同じくらい安いペンダントトップを選んだ。そのまま会計に持っていって包装してくれたお姉さんだったが、その間にレジの人に提示された料金は何も安くなってはいなかった……。でも宝石など買った経験のなかった私はすっかり緊張して舞い上がり、「早く会計を」とでも言いたげにじっと見ている背の高いレジのお兄さんとお姉さん2人にさらに顔が熱くなって赤らんでいるのがわかって、とにかく早くしなければなどと思い込んで鞄の中に入れていた封筒の中から1000円札を数え出した。それをお姉さんたちが顔を見合わせて笑ったのを見てショックを受け、一刻も早くこの場を逃れたくなった。もう商品もいりません、といった感じだったが、そんなことが言えるはずもない小心者の私。o(-。-;)はぁ…
いちばん安いとはいえ、そもそも何も購入するつもりがなかったためほとんどお金を持ってきておらず、しかもトルコでは1000円札をたくさん持って行ったほうが便利と聞いていたので細かくしてきてあったのだ。
支払いが終わり商品をもらってレジから離れ、ホッと一息ついてから思った。
なんでクレジットカードで払わへんかった~んっ!?
と。そうすればクスッと嘲われることもなかったのに……。(T_T)
慣れない宝石など買うもんじゃないな。
ああっ、暗くなってきたっ!
でも購入した商品はシンプルで可愛く、ナチュラルにもフォーマルにもつけられるものだから、今は後悔していない。購入までの行程は忘れたい気もするけど……。f(^^;)
友達は最後の最後まで値段交渉をしていたが安くならず、全員にエルマチャイのサービスがあったあともそれは同じで、何も購入しないままお店を出る時間になってしまった。


5分ほど走ると町に入り、その5分後くらいに『ASKLEPION(アスクレピオン)』というレストランに着いた。
石畳の車道の端に摘みたての綿を荷台いっぱいに乗せたトラクターが停まっていて、バスも同じようにレストランの階段の前に停まった。
階段を上がると、そこに“くしゃおじさん”に似た風貌のおじいちゃんが日向(ひなた)ぼっこをするように円卓の横の椅子に座っていた。そのおじいちゃんの前を左に進むと12人掛けの長いテーブルが左右に5、6列並んでいて、テントの屋根から黄色に染まった陽光が降り、白いプラスチックの椅子をクリーム色に染めていた。ドアも壁もないそこは、車道からは植木で隔てられたテラスといった感じだった。テーブル席の対面にはプレートに並んだ熱々の料理がたくさん並び、平皿を持って並んだ人から順にそのカウンターの中にいたお店の人が料理を入れていってくれた。
<ロカンタここは『ロカンタ』というトルコの町にならどこにでもある大衆食堂だった。注文は店先に並べられたプレートの料理を指差して注文するセルフサービス方式である。トルコらしさを体験できたようで、ちょっと嬉しかった。それにピーマンにピラフを詰めた『ドルマ』やオリーブ油と野菜スープで煮込んだいんげん豆の『ピラキ』などのトルコ料理もどれもとてもおいしかったし、初めて飲んだ塩の味がするヨーグルト『アイラン』も気に入った。
実は食べる前に、トルコの“くしゃおじさん”の所へ行き、あまりに絵になるおじいちゃんだったので写真を撮らせてもらっていた。カウンターには39人が一度に並んだため行列になっていてちょっと時間がかかりそうだったから、その合間に。おじいちゃんはどうやら円卓に置いてあったランチョンマットを売っている人のようだったけど、片言の英語もさっぱり通じなかったため結局は何者かわからず終い。f(^^;)
食後は店主らしき恰幅の笑顔のいいおじさんと従業員の2人のおじさんに頼んで一緒に写真に写ってもらい、「おいしかったです。ありがとうっ」と握手をして、再び謎のおじいちゃんの前を通って階段下のバスに向かった。

バスの少し前では石畳を外して道路工事をしているお兄さんたちがいて、その中の1人なのか、それともただの通りがかりの人なのか定かではなかったが、Mさん夫妻と一緒に写真に入ってもらった。Mさんのだんなさんは英語を話せないのに、工事のお兄さんとサッカーのW杯の日本対トルコ戦の話で妙に盛り上がっていた。
おもしろいおじさんだ。(^o^)
その後私たち2人は、ドライバーのGさんとも一緒に撮ってもらった。Oさんに訊くと、「私もまだ喋ったことないねん。めっちゃ寡黙な人やで」という答えが返ってきた。それでもOさんが頼んでくれると快く私たちと並んで写真に写ってくれた。サングラスをしたままで私たちの間に立ち、ちょっと困ったように笑顔はなかったけど。でも「サンキュ~♪」と言うと口元に笑みを浮かべてくれた。
お、いい人そうやん。
そのはにかんだ笑みで、私の“いい人判断レーダー”に引っかかったGさんであった。(笑)



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