そんな日々が続いていたある日、2―Eの教室にひとつの変化が起こった。 「初めて……はじめて、やっとクラス全員が揃って、俺は……俺は、嬉しいっっっっ!!!」 頻りに教壇の前でそう言いながら顔を手で覆って泣いているのは担任の梅ちゃん。(おそらく久々の登場だろう) 日ごろから……いや、2―Eの担任になってから報われない時を過ごし耐えてきた梅ちゃんの心のパロメータを嬉しさが占めていた。何故なら、今までずっと空いていた席がようやっと一人の生徒によって埋まったのである。 「ウマちゃん、そんなオーゲサな。そないにワイが恋しかったんか? なんや照れるわ~」 梅ちゃんの喜びようにその席を埋めた人間はヘラヘラと笑いながら言った。イスにロープでグルグル巻きにされながら。しかし、だれも疑問に思うものはいない。E組にとってこのような光景はもう見慣れた日常となんら変わりはないらしい。 「井上……グスッ……俺はウマじゃなくてウメなんだけどな……グス……。っ……まぁいい、E組の教室が埋まったんだからな! それに嬉しいのはそれだけじゃないんだ、……グスグスッずぞじり」 ずずず……と鼻を啜りながら呼ばれたため濁点がついてへんな呼び名になってしまった自分の名に、教科書を今にも引きちぎりそうに掴んで読んでいた茜は整っていたハズの顔を上げた。 「へぁ?」 茜の口から出てきた声は言葉を成していなかった。その顔はまるでこの世の生き地獄 を 味わい尽くしたかのような死人の様。肌はガサガサ、髪もボサボサ、極め付けに目の下には巨大なクマ。誰もこんな茜に近寄ろうとしない。近づいたら最後、生気を奪い取られそうだ。Black Listメンバーでさえも近づくのを躊躇っている。唯一、近づく者といえば……。 「ホラ、また間違えてる。お前、何遍間違えれば気が済むんだ?! ホントに頭ん中に脳ミソ入ってんのかよ」 持っている教科書らしき物で、ポカスカと容赦なく茜を殴る総司だけである。その総司もまた少しやつれている。心なしか髪のつやもない。総司は梅ちゃんの存在も無視して茜に英語を刷りこませる。 「問五の命令文は助動詞を使った文、<主語+動詞+(人)+(物)>=<主語+動詞+to[for]+(人)>の文に書き換えられんだろ? ふつうの命令文はmust[have to] 、否定文はmust not Let’s~はshall we~? になるって覚えとけ。あぁ、<命令文、and[or]~>はifを使って書き換えられるな。Run,and you can catch the bus.はIf you run,you can catch the bus’例文三の『I’ll show you my pictures.』は<主語+動詞+(人)+(物)>だから、『I’ll show my pictures to you.』<主語+動詞+(物)+to[for]+(人)>に書き換えれるだろ? この書き換えのとき、toを使う動詞はtell,give,show。Forを使う動詞は、make,buyとかを使うんだ。それじゃ、問六<主語+動詞+目的語+目的語>『私にあなたのノートを見せてください。』を並べ替えると?」 早口で説明する総司に対し、茜の目はグルグル回っていた。きっと頭の中もグルグル回っているのだろう。総司の言葉に優雅は首を捻る。 「あれ? テスト範囲にそんなとこあったっけ?」 優雅の言葉に浩也がため息混じりにつぶやいた。 「総司の説明したところ……多分、中学レベルですよ。中学のところからやり直してるんですか……」 「絶望的ね」 浩也の涙をぬぐう動作に便乗し、ハンカチを差し出しながら鈴菜がばっさりと切った。ありがとうございます。と言いながら目に溜まった涙をぬぐう浩也の傍らですっかり忘れられている晴貴にちょっかいをかけている椿をも無視して茜は総司に出された問題を必死で解いている。 「制限時間一分。これが解けなかったら今日の昼飯は抜きだからな」 総司の容赦のない台詞に茜の頭はフル回転だ。 「うぅ……えとえっと……Please show me your notebook?」 自信なさげに答えた茜は伺うように総司を見上げている。しばし教室に静寂が訪れる。思わずクラスメイト全員が総司の一挙一同に注目していた。総司はそんなこと知ってかしらずか、ふぅっとため息をつくと茜の額にデコピンを打ち込んだ。 「正解。やればできるじゃねぇか」 茜の正解に思わずクラス中が湧きだった。無理もない、なんせあの青桐 茜が英語の問題を(中学レベルだが)解いたのだから。 教室が興奮に包まれている中、教壇では梅ちゃんが涙の洪水をだしていた。 「青桐~、先生はっ……先生は嬉しいぞぉっっ! お前が真面目に勉強するなんてっ……嗚呼、教師をやっていて良かった!!!」 大袈裟である。