afrodisiac

コンドリーザ・ライス

rice

コンドリーザ・ライス(Condoleezza Rice, 1954年11月14日-)

1954年11月14日、アラバマ州バーミンハムに生まれる。
父親は牧師と学校長を務め、母親は音楽教師。
8歳のとき、クー・クラックス・クランの爆弾テロで友人の黒人女性が殺される事件がおこるなど、人種差別の中で育つ。

両親は常々、教育が人種差別に対する最高の防御になると教える。
ニューヨーク・タイムズとのインタビューで、彼女は両親から「今は、ウールワースでハンバーガーを食べることはできない(人種差別で)。しかし、大統領に上り詰めれば可能になる。」と良く聞かされたと語っている。
彼女自身も成功するには、人の二倍努力しなければならないと常々語っていた。

15歳で、デンバー大学に入学。
入学時は、ピアニストになるべく音楽専攻を登録。
しかし、マドレーン・オルブライト(ビル・クリントン政権下で、女性初の国務長官)の父ヨセフ・コルベルの影響を受け、専攻をソ連の国際関係の研究に切り替える。
1971年、19歳優等で卒業。

ノートルダム大学で政治学修士号を取得1975年。
デンバー大学へ戻り、政治学博士号を取得する(1981年)。

在野時代より既に戦略学の分野で非常に優れた研究者として声望を得ており、クラウゼヴィッツ的戦略学の世界的権威ピーター・パレットの論文集にもその論文が掲載されている(Makers of Modern Strategy: From Machiavelli to the Nuclear Age、1986年)。
1989年から1991年まで、ジョージ・H・W・ブッシュ政権に参画。
国家安全保障会議東欧ソ連部長として、ソビエトおよび東ヨーロッパの専門家として、辣腕を振るう。
日本にも度々訪れ、海上自衛隊などでソビエト連邦に関した講義を行った。

1991年、スタンフォード大学に戻る。
1993年、最年少、女性初、白人以外初のスタンフォード大学の事務局長になる。

2001年より国家安全保障補佐官として、ブッシュ政権の外交政策立案に当たる。
アメリカ同時多発テロ事件後のアフガニスタン戦争やイラク戦争など強硬政策を推進。

2004年、パウエル国務長官の辞任を受けて国務長官に就任。


※クラウゼヴィッツとは、プロイセンの軍人/軍事評論家。
彼の著書「戦争論」は軍事戦略書。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: