「好きな人が出来た。」
 授業の空き時間に、和美と二人きりになった時を見計らって沙紀はそう言った。すると和美は一瞬驚いた顔をした後で、すぐに笑顔になり質問を浴びせ掛けてきた。
 「ほんとに?誰?あたしの知ってる人?」
 「和美も会ったことある人だよ。」
 「えー、誰?教えなさいよ。」
 「前から私の憧れだった人。私が和美と会った頃からずっと、かっこいいって言ってた人。」
 そう言ったなら和美にはわかるだろう。沙紀はいつも和美に、沖田先輩がかっこいい、先輩は理想の人だと言っていた。
 「まさか・・・沖田先輩?」
 「正解。・・・それで、実はもう付き合ってる。」
 和美は、今度はさっき以上に驚いた顔をした。
 「マジで!?凄いじゃない!いつ頃から!?」
 「一週間くらい」
 「やったねー沙紀。ずっと好きだったんだもんねー。おめでとう!」
 「うん・・ありがと。」
 和美があんまり大げさに喜んでくれるから、沙紀はなんだかくすぐったかった。田中君と別れてからそれほど間もないのに新しい彼氏が出来たなんて、ひょっとしたら批難されるかもなんて思っていたから、余計に嬉しかった。
 「それでかー。沙紀、最近ずっとテンション高かったもんね。」
 「えー、そうかなあ」
 「そうよ。なんだかいつもより活き活きしてたし、それに、時々携帯のメールみながらニヤニヤしてたし。」
 沙紀は、自分がそんなにわかりやすく幸せを表面に出していたのだと思うと、恥ずかしかった。確かに、最近の私はあんまり幸せすぎて、自分でもちょっと浮かれすぎてるんじゃないかと思っていたけれど。
 沙紀は、沖田先輩と屋上から夜景を見た日以来、先輩と付き合うことになった。付き合い始めてからまだ1週間しか経っていないのだが、この一週間は沙紀にとって、本当に幸せな日々だった。

 詳しく聞かせろという和美に連れられて、沙紀は学校の近くにあるチェーン店の喫茶店に入った。喫茶店の中は学生や若い人が多くて賑やかだったが、これくらいの方が話やすい。沙紀は、和美に今の自分と先輩とのことを話した。

 「沖田先輩と付き合ってみてからね、なんか、今までの恋愛はなんだったんだろうって思うのよね。こんな言い方するのは良くないんだけど・・。でもそれくらい、今の自分の先輩に対する気持ちは、私が今まで付き合った人たちへの気持ちとは全然違うの。」
 「ああ、なんか可哀想だねー。今まで沙紀と付き合ってきた人達が。」
 和美は笑いながら言った。私は、確かに今まで付き合ってきた人たちにちょっと申し訳ない気がした。でも、それは事実なのだ。今の先輩との恋愛に比べると、今までの恋愛が冗談だったかのような気さえしてくる。それほどまでに、今の恋愛に対して沙紀が持っている熱は大きかった。
 「たしかに、今までも、付き合ってる時はその人のことが本当に好きだったんだけど・・。なんて言うか、今の先輩に対する気持ちは、それまでの自分の気持ちと比べものにならないくらい大きくて・・。あー、なんて言ったらいいのかな。とにかく、先輩のことがすごく好きなの。」
 沙紀は、自分の気持ちを上手く言えなくてもどかしかった。いつもそうだ。沙紀は自分の気持ちを言葉にすることが苦手だ。
 それというのも、沙紀はあまり自分の気持ちを言葉にしたことがなく、友達同士で恋の話をするような時も、なんとなく、と言って済ませてきたからだ。今まではなんとなく好きで、なんとなく嫌になって・・沙紀にとって恋愛とはそんな感じだった。そのせいで、言葉にすることが難しいから、言葉にするのを避けていた。だから沙紀は、自分の気持ちを人に伝えるということに慣れていないのだ。

 ただ、沖田先輩への恋は、なんとなくでは無かった。そして、今の自分の気持ちを、沙紀はどうしても人に伝えたいと思っていた。先輩のことが好きだという気持ちが心の底からどんどん溢れてきて、言葉にでも出さなければ心が一杯になってしまいそうだった。

 沙紀は、話に夢中ですっかり冷めてしまっただろうコーヒーをなんとなくかき混ぜながら、なんとか自分の気持ちを言葉にまとめながら、話を続けた。
 「なんか、今まではどんな相手と付き合っていてもどこか冷めた目で相手のことを見ていたのよね。でも、沖田先輩と付き合ってから、恋をすると冷静じゃいられなくなるんだって初めて知った。・・・今思えば、私は本当の恋をしたことが無かったのかな・・。」
 いつもぼんやりと彼のことを思っていて、胸が苦しくなって。
 相手のことはなんでも知りたくて、私のことはなんでも知って欲しくて、相手の中にどんどん入っていきたくて・・。
 彼はそれほど自分のことを思ってないのかもって不安になったり、彼がもし居なくなったらって考えて涙が出たり。
 沙紀はスプーンをかき混ぜる手を止めて、コーヒーを口に運んだ。もうすっかり冷めている。よくコーヒーを飲めば頭が冴えて考えがまとまりやすいというけど、沙紀はそんなカフェインの力を感じたことはなかった。
 今も、頭の中では先輩への言葉にならない思いがどんどん湧き出てきて、まとまらない。
 「でも、良かったじゃない。そうやってほんとに好きだって思える相手ができて。私、なんだか嬉しいなー。」
 和美は、本当に嬉しそうな笑顔で言った。
 「ありがとう。」
 自分の恋愛を和美がこんな風に喜んでくれて、沙紀は素直に嬉しかった。
 「だって沙紀ってさあ、恋愛に限らず、何に対しても無関心でいつも落ち着いてるじゃない。あの沙紀が、こんな風に熱い恋愛をするなんて、すごく面白い。」
 「なによそれ。人が恋してるのを見て、楽しんでるだけじゃないの。」
 「そう。人の恋愛って面白いのよ。」
 「・・・まあ、そうだよね。」
 和美から面白がられているのはちょっと癪だが、沙紀も人の恋愛は見ていて面白いと思う。だからしょうがない。
 「なんにせよ、これからもうまくいくように応援するよー。」
 「うん。・・ありがとう。」
 沙紀は、なんだかんだで和美は良い友達だと思った。
 和美には言わなかったが、沙紀の中には、今の幸せがいつかは無くなってしまうという不安があった。その不安は、彼のことを思えば思うほど大きくなる。けれど和美の応援するという言葉に、沙紀は自然と元気付けられて嬉しかった。
 自分に出来ることは、少しでも先輩とうまくいくように頑張るだけだ。沙紀はそうして、今後も沖田先輩との関係がうまく行きつづけるだろうということを願った。


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