まい・らびりんす

猫のいた生活


これから思い出すまま、我が家での猫の一生を書いていきます。
*本牧緑ヶ丘時代・・・
日記にも書きましたが、、、昭和63年山下公園での花火大会の日、7月20日に我が家に紛れ込んできました。
わたしよりおしゃれなところで生まれました、、野良猫だけど。
当日は社宅の裏からしか見えないのだけど花火大会ってことで夫の友人が10人ぐらいかな、来ていました。
その帰りに門を出たところで誰かが「黒猫がいるよ」って。
それが始まりの日です。
多分誰にも拾ってもらえないようなブスの黒猫。
野良猫でいたら蹴飛ばされていたんじゃないかって思う。
しっぽの先が曲がっていたけど、それは直らなかった。
すでに家には雑種のわんこがいたんですけどお構いなし、全然、ウゥ~なんてこともなく。
それだけ飢えてたのか、最初の2,3日はわんこのご飯横取りしてました。
次第に贅沢になっちゃったけど。
わんこがメスで優しかったのもあるけど、先に犬がいる場合は仲良しになるらしいです。
わんこが横になってると、そのおなかに寄りかかるように猫も寝てたりしましたけど、今みたいに簡単にカメラがなくてそういう写真がなくて残念。
放し飼いでも、車も来ないちょっと道路から入ったところで自由自在に遊んでた・・庭も広かったし、楽しかったろうな。
絶対に飼ってくれると確信した後はすっかりお外が好きみたいでした。
でもはじめての恋の季節の後にちゃんと去勢しました。
子どもはできてたかなぁ・・。。

*野毛山公園近く時代・・・
第1回目の引越し。
引越しの日どこかへ行ってしまって、わたしはすっかり意気消沈。
でも夜、用があって行ったときに電気をつけたら「ニャ~」と鳴いて帰ってきたのです。
猫はどこかで引越しを見ていて、いなくなってびっくりしていたかもしれません。
ダンボールの山の中、3日ぐらい、まったく外へ出ずに家の中をあっちへ行ったりこっちへ行ったり、、何か確かめてるみたいでした。
さぁ~て、一旦外で遊び出したらきっと楽しくて仕方なかったに違いありません。
公園には毎日出かけていたでしょう。
野毛山公園は野良猫が結構います。
公園の周囲はあまり車も入ってこないので安心できるところでした。
けんかをして傷ついて帰ったこともありました。
子どもによればその後3日ぐらい家でじっとしてたとか。
ここでもわんこと仲良く暮らしてました。
わたしが小さな子猫を拾ってきたら、なんとじっと家の中を見るだけで入ってこなくなってしまったのです。
仕方なく子猫は獣医さんへ・・拾ってこなきゃよかったと本当に後悔しました・・あの猫ちゃんには可哀そうなことをしました・・嫌な思い出です。。
この2軒の家が猫にとって一番楽しい時代だったろうな。
雨が降ろうが雪が降ろうが外へオシッコに行っていた。
隣の家でやっていたらしいけど・・社宅だったから文句も言われなくて済んだ・・お庭の手入れなんてしてる人じゃなかったし。
こんな楽しい家だったけど2年半でまた引っ越すことに。
今度はアパート形式の社宅。
犬はもらったところへ帰し猫は外へ出さないようにしなくてはならなくて、大変だったが、そうしないと飼えないので仕方なかった。
窓のところで何時までも「みゃ~みゃ~」鳴いていたっけ。
こうして書いていると楽しかった思い出が次々と甦ってきて悲しい。。

「猫と犬の画像」

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