大陸が眠るまで。

~2~





(やっぱりコイツか)

シェリルの店に着くまでに大体の見当はつけていたが、
隅の席で背筋を伸ばして椅子にかけていたのは、果たして「あの」男だった。
ケタースヘルの最深部で、顔を血で染めてぶっ倒れつつも、にへらと笑っていた、あの気色悪い魔術師だ。

(まったく、あの学者先生の考えはわからん)


一週間前のことだ。
いきなり呼び出されるのはいつものことだが、その用件がどこの馬の骨ともしれない男の護衛だという。
しかも、護衛される当人に気づかれないように、あちらが生命に関わる危険におちいるまでは決して手出ししないように、
なんていうムチャクチャな条件つきだった。

『あなたを見込んで、お願いします』

理由は訊くな、と目が言っていた。

『んで、ハリス先生よ、そいつの名前は?』

『名前……えーと、今の名前は……なんでしたっけ?』

オレに訊くな、と目で言ってやった。


とにかく、依頼どおりにケタースヘルからその訳アリらしい男を連れ帰ってきてから、一週間が経った今日。
また呼び出されて行ってみれば、バフォラートとかいう魔術師をここへ連れて来い、と。

そこで根城にしていると聞いたシェリルの店へ来てみれば、
件の魔術師がなにやらブツブツ呟きながら呑んでいたというわけだ。

洗いざらしの紺色の長衣の襟に、密度の濃い黒髪が少しかかっている。
後ろから表情をうかがうことはできないが、なで肩気味の背中にあらわれる「軽さ」は隠しようがない。
以前見られた妙な気負いがなくなった分、余計に覇気がなく感じられる。

(ふん、深刻ぶった坊やってトコか)

いったんシェリルに確認をとったあと、彼はずかずかと卓に歩み寄った。
床のきしむかなり大きな音がしたが、魔術士は気づかなかったらしい。

(完全に自分の世界に入ってやがる)

だから魔術師って人種はイヤなんだ――「彼」は内心舌打ち混じりに思った。
今、彼の手に棍棒の一振りでもあれば、無防備に背中を向けている目の前の男など間違いなく一撃で仕留められる。
どんなに思索を深め、自分のうちに理想の世界を見出したとしても、すぐ後ろに迫った危機を避けられなければ何の意味もない。
あのときだってそうだ。魔術士が目の前の敵にかかりきりになっているときに、それを狙って回り込もうとした骸骨やら屍人やらを彼の斧が撃殺しなかったら、今頃魔術士はそれらの仲間入りしていることだろう。

魔術士のつむじを見下ろしながら、彼はひとつため息をつく。
折りよく魔術士が杯をあおり、彼らの視線が偶然に、はじめて出会った。

(北方の色だな)

黒々とした瞳の色に、そんな考えが頭をよぎる。

「バフォラートってなぁ、あんたかい」

唇から杯を離し、顎を少し引いて肯く魔術士。

「仕事だ。ついてきてもらおうか」




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