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サボテンが我が家に来てから今日で6日目、毎日見ていて、花の咲く時間がある程度決まっていることに気が付きました。
花が開くのは13時頃、閉じるのは16時頃と大体決まっています。太陽が出ている・出ていないには関係ないようです。
きちんと動画でも撮っておけば良いのでしょうが、まるでカントさんの散歩のようです。そうでなければならない何かの理由でもあるのでしょうか?

例えば、このサボテンの遠い先祖が砂漠に住んでいた頃、受粉して実を付けるために必要な昆虫が、この時間になるとやってくるとか、勝手な想像をしています。
私が小学生だった頃、4~6年の時の担任は「◯◯モト タケキヨ」という名前の結構年配の先生でした。我々生徒達は秘かに「ホケキヨ」先生と呼んでいました。

この先生はすごく園芸好きで、ある時、子供達一人ひとりに小さなサボテンの鉢をくれました。
なにしろ団塊の世代ですから、当時の小学校は一クラスに50人以上いたので、サボテンを増やすのは大変だったことでしょう。
そして先生がサボテンを選ばれたのは、遊び盛りの子供達のことだから、水遣りを忘れてもすぐには枯れないだろう、ということだった思います。
それを家に持ち帰った私は、サボテンだけで飽き足らず、昆虫採集のついでに山で採って来たヤマブドウなどの山野草を鉢に入れて横に石を置き窓辺に飾ったりして、盆栽のまねごとをしていました。
そういう意味では、ちょっと変わった小学生だったかもしれません。
それがずっと続いて今でも園芸好きになっているのですから、小学生時代の担任の影響というものはものすごく大きいものだということを今頃になってつくづく感じています。
ついでに、この先生にまつわるもう一つのエピソードを書きます。今ならあり得ない話ですが、もう50年以上も前の話、時効になっているから「もういいでしょう」。

当時から、担任の家庭訪問というのは一年に一回ありましたが、家庭では料理お酒付きで先生を接待するというのが普通だったようです。
訪問のスケジュールがあらかじめ分かっていて、私の母親はせっせと準備をして先生の到着を今か今かと待ち構えていました。
そこに、この先生「コンチワー クリーニング屋 で~す・・・」と、結構出来上がった状態で玄関に入ってきました。すでに各家庭で接待されてきたのでしょうね。
何を話して言ったのか分かりませんが、多分私のことなどほとんど話さないで帰っていったのではないかと思います。
旭川市という田舎町だったこともあるのでしょうが、そんなことは全く問題にもならないごく普通の事、というおおらかな時代でしたね。
サボテンの話も含めてちょっと大げさな脚色でもすれば、当時の小学校を舞台にした45分もののドタバタドラマでも作れそうです。
