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久々に気持ちのいい選挙結果を聞いた。阿久根市の市長選だ。このブログでも以前書いたが、極めて市民感覚の市長が不信任決議を受け、失職した。この市長は、市の職員の職務態度(怠慢など)に怒り、市長になって改善しようとした人だ。市民の多くが「公務員」とかかわりを持つ(身内)という地方の特性がありながら、80%以上の投票率を確保し、しかも再選を果たすというのは、見事だ。竹原さんその人はさることながら、竹原さんに投票した市民の皆さんが賞賛されるべきだと思う。阿久根市は、良識と常識を備えた、極めて健全な思想を持つ人々が多いということだと思う。“ブログ市長”竹原氏が再選 鹿児島・阿久根市長選 市長失職に伴う鹿児島県阿久根市長選は31日、投開票され、前市長の竹原信一氏(50)が、反竹原派の市議らが擁立した元国交省職員の田中勇一氏(56)を破り、再選を果たした。投票率は82.59%(前回75.50%)。 竹原氏は在任中に市議会や市職員への批判をブログで繰り返し、2度の不信任決議を受けて失職したが、「市民こそが主権者なのに議員や市職員は自分たちのために仕事をしている」と主張。景気が低迷する中で市政改革を望む市民の支持を幅広く取りつけた。 一方、田中氏は「ビジョンなき改革は単なる破壊」と、議会と対立し続けた竹原氏の手法を批判。市議会多数派や各業界からの支援を受けて「協調による市政運営」を前面に出したが、「改革の後退」との印象を拭いきれなかった。【2009年5月31日 産経新聞】反竹原派の議員は、頭が悪い。国交省の職員を擁立するとは。こういうところを見ると、「議員」とか「役人」は、市民や国民を見ていないことがよくわかる。自らの私利私欲を実現させるのが、「役職」だということだろう。竹原前市長を打ち負かしたいのなら、「役人」はない。いまや、日本国民の多くが、国の役人を信じてはいない。「税金のむだ使い」「天下り」「裏金」「提灯タクシー」など、一般国民にとっては忌まわしいばかりの不祥事を起こしている輩を敵対視しても、好んで受け入れるわけはない。竹原前市長に勝ちたいなら、市議の一人が立てばいいのだ。正当な意見があり、竹原市長の言い分に矛盾があるなら、絶対勝つ。が、それができないということは、後ろ暗いところがあるのだろう。阿久根市民は素晴らしい。政治に対する意識が高い。こういう選挙結果を見ると、「日本国民は、信頼するに値する」と思う。賢明で、常識的で、思慮深い。しかし、「世襲」をよしとする地域もある。こういう地域の人は、「自分」「地域」「政治」「日本」の棲み分けができていない。が、仕方ない。地方では、情報操作や議員による洗脳がしやすいし、現存する。しかし、膠着した地方行政は、日本全体に悪影響を与えるカビのような存在になる。阿久根市の人々を見習って、地方自治体のあり方を見直してもらいたい。国の行政がどうにもならない状態である上、地方政治がそれに追随していては、日本の将来はないに等しい。日本国民一人一人が、意識レベルを上げなければ。。。
2009.05.31
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子どものころから、特異体質のようです。体調が悪くなると、足の裏が痛くなります。その痛みは、24時間、四六時中私を困らせます。子どものころは、布団の中に入って足の裏をすりあわせていました。どうしてもその痛みがおさまらないときは、決まって幽体離脱していました。足の裏の痛みにいらいらしていると、天井の模様が歪んできます。「ウルトラQ」(ウルトラマンのようなヒーロが登場せず、暴れる怪獣を科学特捜隊が制圧するというストーリーで、極めて地味で盛り上がりに欠ける(ヒーローの登場を知っている者にとっては)子ども向けドラマ)のような、奇妙な歪み方をしたかと思うと、体がすぅっと浮きます。奇妙に歪んだ天井のすぐそばまで上がると、そのまま左右に移動します。父親の顔が真下に見えたり、兄のほうけた顔を見ておかしかったり。ひとしきり天井付近をさまよった後、再びすぅっと重力を感じて、寝床に戻ります。すると、不思議なほど体が軽くなっていて、足の裏の痛みも消えている。すると、そのまま眠ることができるのです。こういう経験を、子どものころ、何度もしました。そのとき、熱が出ていて、意識が夢うつつをさまよっていたのかもしれません。子どもだった私の記憶には、そうした物理的なデータはありませんが、足の裏が痛いときに限って、そんな経験をしたと記憶しています。最近、足の裏が痛い日々が続いています。押すと痛いところを探すと……「膵臓」「肝臓」「胃」「小腸」「大腸」……、消化器系は全滅って感じです。ストレスは侮れません。きょうあたり、天井まで浮き上がるのかもしれません。子どものころは、家の中だけの幽体離脱でしたが、いまは、外をうろついても大丈夫だと思います。子どものころに比べて、外敵から攻撃を受ける危険性も薄れたのではないかと。それにしても、あぁ……、足の裏が痛い。。。
2009.05.30
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今回の核実験やミサイルの発射は、「軍部の権力と力を誇示するため」、と見る専門家が多い。つまり、後継者を巡る国内の対立が起こさせたものだと。「共和国」を目指すと言いながら、最大権力者を「世襲制」で選ぶという、「共和国」の対極にある世界の話を長きにわたって続けている、わけのわからぬ国が「後継者」を次男にするか、三男にするかでもめているという。そんなことに、国際社会がつき合わされるのも、先進諸国が右往左往するのもあり得ない話だし、現状は大問題だが、「核」の脅威は無視できるものではない。米・クリントン政権時代から、北朝鮮が核を持とうとしていることは明白になっていたし、クリントンはあとちょっとで、北朝鮮に武力行使するというところまで来ていた。ブッシュは無関心だったが、現政権もクリントンと同じ民主党。夫の大統領時代を知るヒラリーの出方が見物だが、オバマはブッシュとは違うというところを北朝鮮政策でも見せようとしてくれたらいいと思う。このまま放置しておけば、北朝鮮の核に対する依存度がますます高まり、それは、技術開発へとつながり、ハワイまで射程圏内におさめているミサイルに核弾頭を積むことができれば、国際社会の脅威はさらに増大する。「瀬戸際外交」と言われながら、それを何年も続けている亡国の暴走は、いまだとどまるところを知らない。食糧難、飢餓、経済の崩壊、国民の違法行為、軍部の暴走と、国内に問題が山積しているにもかかわらず、核やミサイルの開発や実験に金を費やす国。拉致、麻薬密売、外国紙幣の偽造、武器密輸・密売、スパイ、マネーロンダリングなどなど、国際社会のルールを無視した傍若無人な国家犯罪や、各種条約(核拡散防止条約など)の批准を拒み、国際社会の一員になろうとしない、国の体をなさない国。中国やロシアに頼り、親と子のような、屈辱的な関係をよしとしながら、韓国や日本に対して、理解不能なほど強気な態度に出て敵に回し、そのアンバランスな状態を国際交渉の切り札のごとく利用する。彼らの暴走はいつまで続くのだろう。国際社会は、95年の大水害前から深刻になっていたという食糧難の状態が90年代を通じて続いたのを見て、「政権は長続きしない」と思っていた。が、20年近く金親子の政権は保持してきた。そろそろ、何とかしなければならないだろう。折しも、オバマ大統領が「核兵器のない世界を目指す」と発言した直後の核実験。国際社会は一致団結して事に当たる時期にきていると思う。いまを逃すと、また北朝鮮お得意の駆け引きの材料にされ、振り回されるだけだ。で、国際社会に何ができる?日本に、何ができる?
2009.05.29
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滅多に行かないのですが、ちょっとした拍子に行ったコンビニエンスストアでいつも思います。「どこがコンビニエンス?」と。コンビニの入荷タイミングは、1日に4回だとされています。朝、昼、夕方と深夜向けの食材のことです。コンビニによく行くという人は、食事の調達などが主な用件でしょうから、日に4回の入荷後の、混雑している時間帯に足を運ばれるのでしょう。入荷したての、新鮮で、しかも人気の食材をGETするためには不可欠な行動だと思います。が、私がコンビニに行く用件として、「食材の調達」というのはほとんどありません。コンビニ払いになっている通信販売の帳票を持参して払い込むとか、急な来客で飲み物を用意するといった用件ですから、食材の入荷時間には何ら興味がありません。ということは、繁忙時間帯の後、次の繁忙時間帯の間になってしまいます。この時間帯は、店の中には客も従業員も少ない。ゆえに、陳列棚の整理や商品の補充が主な業務になっていて、レジにいる人員は極めて少ないのです。ちょっと、食品の棚を見ようかと思うと、従業員が前に立って、一心に商品を補充しています。狭い通路。背後に客がいて、本を立ち読みでもしてようものなら、通り抜ける余裕は全くないのです。しかも、従業員は、客の動向に一向に無関心。客が、自分の立っている周辺の商品を見ていても、遠慮して身をかわすこともなく、デンと陣取って、「見せまい」としているかのような態度です。諦めて、飲み物の棚を見てみると、買いたい商品が売り切れています。よしんばバックヤードに在庫があったとしても、冷蔵されていないものを買うことになる。急な来客のための飲み物としては、用をなさないわけです。これも諦めて(自動販売機に頼ることにして)、レジで通販の支払いをしようとレジに向かうと、レジの台の上で宅配便の伝票を書いているおやじがいて、開いているレジはそこだけ。致し方なく、おやじの後ろに並んで待つことに。と、こんなときに限って、おやじと従業員がもめています。「ゴルフバッグを送るときは、専用のカバーが必要です」「え、カバー?」「お持ちじゃないですか?」「ない。かぶせなあかんの?」「はい……」「それ、タダやの?」そんなわけはない、と心の中で叫びつつ、「運が悪いなぁ」と落胆。持ち合わせがないとか、傷ついてもいいから、裸のまま送れないかとか、わけのわからないことを言っているおやじにうんざり。そのまま店の外へ。用件を全く済ますことができないままコンビニから出てくる虚しさ。若いアルバイターばかりで動いているコンビニなんて、こんなものです。先をよむことも、臨機応変に対応することも、周囲に配慮することもできるわけがない。そんな教育は受けていないのでしょう。事務所近くのコンビには、特にこの傾向が強いのです。多分、オーナーがダメなのでしょう。きっとオーナーだろうと思う50代のおやじが店にいることがたまにあります。顔を合わせると、「いらっしゃいませ、こんにちは」と平気で言います。「ダメだ、こりゃ」と思いました。需要の高い商品を厳選して置き(平均3000品目)、24時間営業していて、足を伸ばせば2店舗、3店舗とあるコンビニは、物理的にはコンビニエンスです。が、本当のコンビニエンスにはほど遠いところにある。「サービス」という精神を忘れ、物理的な簡便性だけに頼ってしまったコンビニは淘汰される時代に入っているように思います。気をつけてくださいよ、「いらっしゃいませ、こんにちは」と言っているコンビニオーナーのあなた!
2009.05.28
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自民党と民主党の党首による、党首討論が行われた。小沢代表のときには(麻生総理とは)一度も行われなかったので、両党にとっては初の党首討論となった。これを見ていると、溜息が出るばかりだった。「討論」とは名ばかりで、相手の弱点をつつくだけの麻生さんと、不器用にも防戦一方になってしまった鳩山さんの、「言い合い」「口ゲンカ」的なそれがあった。内容は予想できたものだったし、切り返しも極めて弱いものだったので、討論そのものの必要性が疑わしいものとなった。登場した話題は、●「西松建設」事件麻生「民主党・小沢代表代行は説明責任を果たしたとはいえない」鳩山「同じことをした人は自民党にもたくさんいたのに、一方にだけ捜査を行った。これが検察官僚が行うことか」→罪のなすりつけ合い。検察批判は、国民には関係のない話。●「友愛」論鳩山「総裁、首相になることが目的であって、なって何をやるかが決まっていない。代表選挙のときに申し上げたのは、友愛社会を建設したいと」麻生「問題は今、話はこの種の理念・抽象論ではなく、現実問題。社会保障の問題もまた、安全保障の問題点については、極めて不安を抱かざるを得ない」→空虚。論点が合っていない。全く違った思想(はないか。欲)を持つ相手とは、討論しようがない。●補正予算鳩山「(「アニメの殿堂」などを例に挙げて)あまりにもめちゃくちゃ。官僚任せの弊害極まりない」麻生「経済危機にきちんとした対応をしていった」与えられた時間は45分間だったらしいので、もっとたくさんのテーマが登場したのだと思うが、新聞などで把握できるのは、これくらいだろうか。冒頭、麻生「どちらが内閣総理大臣としてふさわしいか、政権担当を担う力があるかと」鳩山「一番大事なことは、時の総理がこの国をどのようにしたいか」という発言で始まった割には、このことに深く言及されることもなく、西松問題や景気対策、補正予算、拉致問題(北朝鮮問題)など、喫緊の政治課題等に対する討論の姿勢も中途半端だった。「二大政党制」という政治の大転換機の渦中にあるこの二人が、この程度の討論しかできないというのは、日本の未来を暗澹たるものにすると断言してもいいのではないだろうか。どちらが政権与党になっても、「この党首の党なら任せられる」と国民が思わなければならないはずなのに、そう思った国民は皆無ではないだろうか。レベルが低い。アメリカ大統領選のように、「討論を尽くす」ということが日本の政治土壌にはない。ディベートが得意な政治家は少ない。世襲や前職にまつわる人々のつながりの中に生じる「情」や、その土地の「事情」に左右されて政治家になったという、実のない人間が多い。そういう意味で言えば、竹中平蔵氏のように、大量のデータを持ち、常に情報を分析して言葉にする日常(講義・講演など)があり、専門家との意見交換を欠かせていない人のディベート能力はすごいと思う。あ、政治家にも得意な話術がある。「すり変え」だ。人の質問や主張には一向に答えず、自分の都合のいい話ばかりをする輩がやたらと多い。「TVタックル」のような番組に登場する政治家は、それなりに自信があっての出演だと思うが、非常に情けないことになる。すり変えの応酬で、「政治家の都合」がどの党にも存在し、「党利党益」と「保身」しかその視界にはないのだとはっきりと認識できる。今回の党首討論は失敗だった。こんなことならいっそ、裏取り引きでもして、両党にメリットがもたらされるシナリオをつくればよかったのだ。国民とは関係のないところでのケンカなど、見ていて何の感慨もないし、賛同も反対もない。つまり、「無駄」だったということ。ま、シナリオなどつくってマスコミにバレたら、メリットが何十倍かのデメリットへと変容してしまうことは免れないが。
2009.05.27
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ネットアンケートに答えることがよくあります。メリットといえば、所属している会からポイント(現金代わりとして使えたり、景品と交換できたりするもの)がもらえる(といっても、1~3点という、人をバカにしたようなもの)というのが主流。以前、大企業の販売促進の仕事をしていたとき、リサーチ専門企業に調査を依頼したことがあります。顧客カードを元に、電話をかけ、100問近い質問事項を言葉巧みにこなしていく調査員が収集したデータを集計し、分析し、分厚い冊子に仕上げて納品してくれます。この調査費用は、1サンプル1万円でした。シートアンケートでは見えてこない、回答者の回答のブレや気持ちの揺れを調査員が会話によって見事に修正し、「使えるデータ」に仕上げていきます。もちろん、ある意味での「誘導」も存在するでしょう。会話とはそういうものです。しかし、用意された回答項目をチェックしていくだけのシートアンケートにはない、項目と項目の間の情報がすくい取れます。そうして得られた調査結果は、整合性の取れたものになる確率が高い。調査員も回答者も、頭の中でシミュレーションしながら思考できるからです。アンケートは、得られた情報を、何らかの「基礎データ」として活用するために行うもの。しかし、最近のネットアンケートは、「これって、アンケートを取って役に立つのか?」と思うものが多いように思います。なぜなら、「回答がない」質問項目が余りに多いのです。が、チェックしなければ次に進めないので、無理やりチェックして(うそになることが多い)、次の項目へ。すると、うその回答の続きの質問だから、再びうそをつかないと、あてはまる項目がない。そんなアンケートで、まともなデータが得られるわけがないのです。例を挙げるなら……こんな質問がありました。●過去1年間のクレジットカード利用状況をお教えください。□月に1度程度利用した。□月に数度利用した。□週に1度以上利用した。□カードには加入していない。ここには、月に一度以下しか利用していない人がチェックする項目はありません。月に一度程度も利用しない人は、「カード未加入」になるとは……。こういう質問項目が結構多いのです。アンケートを制作する人の度量の狭さ、というか、シミュレーション能力の低さが原因だと思いますが、こんな質問には、まともな回答が得られないばかりか、この分析を間違うと、他の質問すべてが意味のないものになってしまいます。ネットアンケートは、楽天のような、サンプルをたくさん持っている組織の一人勝ちだと思います。スポンサーはどうせ、一人幾らという計算で費用を払っているのでしょう。が、楽天からもらえるポイントは、1~3ポイントという、屁のようなもの。こんな状況で取ったデータがまともなわけはないのです。アンケートをつくる者、サンプル(回答者情報)を提供するもの、会員網を持っている者の意識が低過ぎます。商品開発等にかかわるマーケティングや販売促進といった、企業にとって経営の根幹にかかわる非常に重要な情報を収集する、という姿勢ではありません。ネットという余りにも便利なツールを活用するのは、未来の日本の経済活動にとっては必要不可欠なことだとは思いますが、それを安易に利用し過ぎだし、利用する際のポリシーと理念が余りにも乏しいと思います。ネットアンケートの回答内容がどれほど活用に価するような高度なデータになっているのか、いま一度検証すべきときにきているのではないでしょうか。少なくとも、どれほど頑張っても、選べない質問項目があるアンケートなど何の意味もないと、自戒していただきたい。ネットという「情報ツール」は、「情報」の重みを崩壊させたように思います。特に、楽天が実施するアンケートは顕著です(私見)。ほかにも、問題が表面化しているものがあります。ある業界の主流になった企業は、心してその務めを果たし、社会の害(経済活動全般におけるシステムの崩壊をもたらすような行為)にならないよう注意するのは基本。哲学やモラル、ポリシーを持って企業活動をしてもらいたいものです。
2009.05.25
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楽天からのメールを開け、何気なしにアクセアスした先に、こんなものを見つけました。嗚呼!【大好評!】絶大な人気★乙女チックな男のミニスカ★★★!!というタイトルです。こ、こ、これは……、男性向けの商品のようですが、な、な、何を意味しているのか、全く理解ができないのです。どなたか、教えていただけませんか!?これを身につけるシチュエーションは?そのとき、ズボンはどんなことに?これをして、何がどういいのですか?どうして、これが大好評なのですか?私には、全く意味不明です。しかも、楽天市場でこんな商品を扱っているとはつゆ知らず…。いや、たまたまショップが出している商品にこんなものが混じっていても、それはそれでいいとしましょう。が、楽天市場から来たPRメールを開いたときにこれが出てきたのは、かなりのショックです。これって、普通ですか?こんなものを着けている男性って、多いのですか?よしんば、これを着けているときに運悪く事故に遭い、病院でズボンを切り裂かれるようになった場合、医療関係者は当たり前のごとく看過してくれるのでしょうか。私だけが取り残されているのか……。としても、すんなり受け入れられない事態です。
2009.05.24
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「高見山」の現役時代を見た、という人は、40歳前後になるでしょうか。「相撲」という、極めて日本的な世界に、45年前に飛び込んできた外国人、それが「高見山」(帰化したので、日本名:渡辺 大五郎(わたなべ だいごろう)、米国名:Jesse James Wailani Kuhaulua(ジェシー・ジェームス・ワイラニ・クハウルア)、愛称はジェシー)です。192cmという長身、日本人にはない足の長さ、もみあげ、オレンジ色のまわし、たどたどしい日本語……、テレビの中に展開される高見山の姿は、多くの日本人には、大変な違和感を抱かせたことでしょう。最初は「違和感」が「嫌悪感」に近い感覚だったように思います。しかし、そのうちに、「違和感」が「個性」になり、「愛着」になっていきました。なぜでしょう。排他的で、既成概念を壊すのが苦手な日本人が、「外国人力士」に対してどうして好感を持ってしまったのでしょう。それはつまり、高見山の「素直さ」だったのだと思います。日本人が最も好む、「素直さ」「順応性」が、彼の人柄とぴったり合致したからだと思います。しかも、折よく、「貴乃花」(先代)という好敵手がいた。「大と小」、「弁慶と義経」と称された二人は、常にいい取り組みを見せてくれました。200kg超の高見山と100kgちょっとの貴乃花。当然、高見山が勝つと思いきや、貴乃花が強い足腰を生かして土俵際の大一番を演じてくれます。負けた高見山も、勝った貴乃花も、ものすごくすがすがしい。「相撲」というものの基本だと思います。勝った力士は喜ばない。負けた相手を尊重するのと同時に、精神性を重んじる競技であることを自覚しているから。高見山は、現役を引退してから、「東関親方」となり、後進の指導に当たりました。同郷のハワイから、小錦や曙がやってきました。高見山が、外国人力士1号でよかったと思います。「相撲界」というものを深く理解し、順応し、角界に貢献してくれたことは、相撲を愛する日本、そして日本人にとって、大変な功労者だと感謝していいのだと思います。自由で、おおらかで、ファンキーで、フランクなジェシーがいてくれたから、しかも、日本の精神を理解しようと努力し、相撲を愛し、自制をいとわず、先輩の厳しい教えに耐え、涙し、苦痛を感じながらも、後進に不要な圧力を与えず、人間性を尊重する指導をしてくれたから、日本人以上に礼儀正しく、でも、個性を失わない外国人力士が数多く輩出されたのだと思います。このことを思うと、「朝青龍」が残念です。指導者が違うと、こうも違うのかと。ジェシーは、明日、定年退職をするそうです。もしかしたら、ジェシーの人生は、新たに始まるのかもしれません。それは、日本人としてかもしれないし、アメリカ人としてかもしれません。私は、日本の相撲界の一時代を築いた功労者に、心から感謝したいと思います。親方、できれば、これからエンターティナーになってもらえませんか?「二枚、二枚」は、すばらしいパフォーマンスでした!※という記憶があったのですが、「二倍、二倍」が正しいようで。失礼いたしました!
2009.05.23
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新型インフルエンザに感染した人(学校)に対する、ひどい誹謗中傷が続いているそうだ。「新型インフルエンザが発生しているとわかっていて、なぜNYになんか行かせた!」「首都圏を恐怖のどん底に突き落とすのか!」「関西人はこっちに来るな!」「関西に行くな! ウイルスをもらうぞ!」などなど。実態は、こんなものではないらしい。直接学校に電話がかかってきて、「引率教師を殺す!」などと物騒なことを言う人もいるのだとか。この傾向は、中国や韓国でも同じだそうです。特にネット上での誹謗中傷がひどい。中国では、海外旅行できる「富裕層」への批判という意味合いが強いようですが、日本ではそうではありません。感染したこと事態を「罪」であるかのように攻撃する人々が多いようです。感染者は被害者です。新型インフルエンザにかかりたくてかかったわけではない。ひどい症状に苦しみながら、誹謗中傷を受けるなど、言いようのない苦痛を感じているでしょう。感染したとうすうす感づいているのに、外出をやめなかったとか、安易に病院や人の多い場所(学校など)に行って、不要な感染者を増やしたというような事実がよしんばあったとしたら、その行動に対しては問題があったと指摘すべきです。しかし、いまの日本で起こっている誹謗中傷の嵐は、意味のない個人攻撃です。このことを分析してみると……、1.だれかが「感染」したという事実に対して、自分も「感染」の可能性を感じる。 2.「新型インフルエンザへの恐怖」を感じる。3.感染報道を幾度となく耳にする間に、その「恐怖」は非常に大きくなり、そこから逃げ出す方法を考える。 4.感染者を攻撃し、怒りによって不安を押し込めることで、「安心」を得ようとする。 5.攻撃が終わるとまた「不安」を感じる。 6.再び、違うターゲットに対して怒りを爆発させる。という行動パターンが見えるようです。本能から来る不安回避行動です。悪気はないのだと思います。が、受けた方にはまったく迷惑な話になる。これとは別に、ただ単に、「憂さ晴らし」が目的という人も多いようですが、こういう人は、何に対しても文句を言う人で、各所でブラックリストに載っていることでしょう。いずれにしても、他人を攻撃したとて、自分の不安は解消されるわけがない。感染した人が快方に向かい、無事退院した事実を知って、安心を得ればいい。もし運悪く、自分が感染したとしても、感染者と同じような行動を取れば、命を落とすほどのことはない、と、たかをくくっていればいいのです。神戸や大阪を蔑視する人々が少なからずいるようですが、海外渡航歴のない高校生の感染は、完全に「被害者」です。外から持ち込んだ人は責められないで、被害を受けた高校生が非難されるのは、どう見てもおかしい。ことほどさように、関西各地で出ている感染者はいずれも被害者です。関西に旅行に来て、感染してしまった首都圏の人も被害者です。細心の注意を払っていたのにN.Y.で感染してしまった女子高生も間違いなく被害者です。それほどウイルスは強力なのです。被害者を責めるのはやめましょう。いつ自分が感染して、「加害者」扱いされるかわからないのですから。
2009.05.22
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新型インフルエンザは、関西でさらに感染範囲を広げ、首都圏にも感染者を出しつつ勢力を拡大しています。多分、海外から帰ってきた人の中で、新型インフルエンザに罹患した人は、地方都市にはたくさんいたのだと思います。けれど、症状が悪化せずに回復したり、季節型インフルエンザと診断されて、中央に報告されなかったのではないかと。遺伝子レベルでの検査が迅速にできるのは、大都市圏だけではないでしょうか(憶測ですが)。地方では、医者が新型インフルエンザを疑うこともなく、「風邪」などと診断されていてもおかしくないと思います。ゆえに、関西圏、首都圏といった、対応が万全な地域だけが目立ってしまった、しかも、「学校」という特殊な環境ゆえに、複数の感染者を一気に出してしまい、余計に目立ってしまった、ということだと思うのです。それはそれで仕方ありません。連日のマスコミの加熱報道はいかがなものかと思っていましたが、「自分の地域は大丈夫?」という国民の不安にこたえるためには、ある程度致し方ないことです。が、「感染者の足取り」と称して、感染した人の行動を調べ上げて、事細かに報道するのは、どうも行き過ぎだと思います。感染者を出す可能性のある場所や路線、時間帯を通知するだけでいいし、感染者の自宅の最寄り駅までがわかるような情報開示はすべきではないと思います。ところが、きょう、そんな態度を一変させました。一部のテレビ番組では、批判めいたことを言うコメンテーターもいましたが、一斉に態度を変えたのは、きょうのことでした。「大阪、兵庫の学校閉鎖措置は行き過ぎ」「経済に与えた影響は甚大」「政府、厚労省の方針は正しかったかの検証をする必要がある」「新型インフルエンザの性質から言って、いちいち感染者の発生を報道するのは意味がない」「日本の対応は、海外の対応とかけ離れている。国債社会と足並みを揃える努力が必要だった」などと、各番組ごとに言い出したのです。経済界を牛耳る大きな団体が動いたのでしょう。確かに、経済界に与えた被害は甚大です。かすかに回復基調にあった景気は、再び一気に後退しました。外食産業、百貨店業界、レジャー産業、鉄道等交通機関、観光地……、枚挙にいとまがないほど多くの業界が、大変な被害を受けました。報道による災禍が大きい。報道がなければ、感染者が増えたか……検証は難しいでしょう。報道があったから、感染を食い止めることができたか……こちらも同様。「発熱相談センター」や「感染症外来」についての情報は出していましたが、発熱相談センターへの相談内容が、発熱者からのものではなく、「手洗いの仕方」、「マスクの扱い方」、「妊婦にタミフルは有効か」といった、本来の業務以外の相談に時間と人手を割かれたり、症状のある人がいきなり病院を訪れるなど、中途半端な知識を得た人が、現場を混乱させたのも事実。ワイドショーなどでこの話題を扱うのではなく、マスコミは自らの役割を果たすべくきちんとした「広報番組」を仕組むべきだったと思えるというのは確かです。しかし、各局とも、不安と恐怖をあおるだけあおった。マスコミはその程度のもの。特にテレビは視聴率至上主義ですから、面白おかしく番組をつくるのが癖です。お固い「広報番組」など、何のメリットもない。そんな姿勢が透けて見えるのに、いまさら、政府や役所の批判をして、「危機管理ができていない」「強毒性と弱毒性の両方の対応マニュアルがないのがおかしい」など、「そもそも論」を展開することこそ滑稽です。国や役所を批判する前に、自らの姿勢や番組を検証した方がいい。マスコミの報道に哲学と一貫性があったなら、「風評被害」は起こらなかったし、学校閉鎖になっていながら、繁華街をうろつく学生など出なかったに違いない。感染者が出た学校の校長先生が泣くようなこともなかった。所詮は、大スポンサーに頭を叩かれて、態度を一変させただけのことだと思いますが、国民にとっては、マスコミから得る情報がほとんどなわけですから、不毛な議論はさておいて、まず、国民生活の安心と健全性を確保する報道姿勢を示してもらいたいものです。
2009.05.21
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八王子と川崎の女子高生(同じ学校)が新型インフルエンザに感染したようです。アメリカから帰国直後で、一人はどうやら成田検疫をすり抜けた形だったとか。周辺座席の濃厚接触者の感染、または、リムジンバス内での感染が予想されますが、願わくは、そうした感染がないことを祈るばかりです。首都圏と関西圏の被害度(経済損失)はケタが違います。感染速度や感染者数の発生度合いも、比べ物にならないでしょう。しかし、よしんば感染が拡大しても、関西のように、学校閉鎖になった高校生が街中をうろついたり、カラオケボックスに群がったりするようなことはないでしょう。首都圏の人々は理性的で、秩序を守る訓練ができている。意味不明な感染の拡大は食い止められるでしょう。しかし、密かに潜入した感染者が多ければ、そんなことも言っていられない。いまからは、厳重な警戒が必要です。免疫のないウイルスに対して、体がどんな反応をするかわからない。それこそ個体差があるはずです。しかも、感染者が多くなればなるほど、ウイルスが変異する確率が高くなります。その上、鳥インフルエンザと混ざってしまうようなことになったら最悪です。それにしても、高校生ばかり、というのは不思議です。会社員や乳児も感染しましたが、ごくわずかです。体力のある高校生だからか、重症化せずに済んでいることだけが幸いです。感染拡大が沈静化するには、まだ少し時間がかかりそうです。できるだけ外出を避け、外を歩くときは、人との間を2m以上開け、マスクをつけ、帰宅したらイソジンでのうがいと手洗いを励行。収束するまでの辛抱です。必ず流行はおさまりますから。
2009.05.20
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兵庫県と大阪府下の学校(中高、一部小学校も)は、きのうから学校閉鎖になっている。厚生労働省も、大阪府も、兵庫県も、医療機関も、てんやわんやの大騒ぎをして、やむなくこう決定した。感染源を特定できず、「学校」という閉鎖的と濃厚接触を余儀なくされる空間では、感染が爆発的に拡大する可能性もあり、行動半径の広い高校生は特にスクールバスや公共の交通機関、駅や商業施設を通して多くの人々に感染させることが確実だ。この措置は、間違いではなかったと思う。ここ数日の感染者数の増加度を見てみると。(欧米諸国では、「学校閉鎖は必要ない」という指針を出したそうだが、その裏には、「経済活動への影響回避」という、大人の事情が隠れていることを忘れてはならない)すると、アホ高校生たちは、カラオケボックスに行列をつくったらしい。学校閉鎖の意味がない。「自分の学校からは感染者が出ていない!」と言っているらしい。しかし、「これからも出ない」という確証はどこにもないし、自分が感染していない、と断言できる材料は何一つない。事実、学校をまたいで、多くの感染者を出してしまっている。「学級閉鎖の日数は、夏休みが減らされる。いま遊んで何が悪い」とも言っているらしい。学校はどんな指導をしたのだろう。親はどう言っているのだろう。実に恥ずかしい事態だ。こういう人間が、日本の感染者数を増大させ、世界で3番目に多くの感染者を出すに至ってしまったのだ。これからも、感染者はたくさん出るだろう。こういう高校生がいるならなおさらだ。日本全国に感染者を出し、そのうち0.4%は死亡する。1000人感染したら、40人、1万人感染したら、400人。季節性のインフルエンザは、毎年1000万人の感染者を出し、1万人ほどが亡くなる(季節性インフルエンザの致死率は0.1%)。季節性インフルエンザにはワクチンがある。あらかじめワクチンを接種した人の多くは、感染を回避できる。が、今回のインフルエンザにはワクチンがない。1000万人の感染で済めばいいが、それ以上になる可能性もある。もちろん、気温と湿度が上がれば勢いは弱まる。しかし、11月くらいになると、再びパワーアップする。「弱毒性」という言葉を過信してはいけない。高校生にもなって、学校閉鎖の意味すらわからない若者がたくさんいる日本だ。しかも、「熱が出ない」という感染者もいるようだ。タミフルやリレンザの備蓄数も3500万人分ほどだ。例えば、新型インフルエンザに1億人が感染し、40万人が死亡したら……。さらに、変異を起こして、より毒性の高いウイルスになったら……。一口に「杞憂」だと断ずることは、できなくなってきた。
2009.05.19
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きょう、通勤時間帯に外に出てみた。わが事務所は大阪の中心地に位置しているので(梅田から一駅)、朝夕の通勤時間帯は大阪の各地から出勤してくる人で通りがいっぱいになる。通りを行く人々のほとんどがマスクを装着していた。特に女性は100%近かった。表情にも多少の緊張感があったように思う。駅や電車、商業施設といった人の集中するところを通過するのを余儀なくされる人々にとって、マスクは必需品なのだろう。が、過信は禁物だ。「ウイルス除去」という高性能マスク以外は、「飛沫カット」程度の機能しかない。「インフルエンザにかかっている人が、他人に飛沫感染させない」ためのツールであって、100%「予防」できるマスクは少ないというのが現状だ。また、使い方を誤ると、マスクで漉したはずの大量のウイルスが手などを介して体内に入ってしまう危険性がある。くれぐれも注意したい。今回の新型インフルエンザは、香港A型やソ連A型に性質は似ていて、毒性も同じくらいらしい。が、感染力が強く、致死率も0.4%ほどになるだろうと予想されている(季節性インフルエンザは0.1%)。致死率については、早計に結論が出ないだろう。サンプルになるのは、メキシコとアメリカくらいで、分母が定かではない上、死亡者の死因を特定できていない例があることは想像に難くないからだ。日本がこれほどのスピードで感染拡大したのは、教育機関がインフルエンザを甘く見ていた証拠だ。この時期の「交流試合」はないだろう。毎年、季節性のインフルエンザが発生する時期には、平気で「学級閉鎖」をしている。それと同じ感覚でいたのだろう。「学校」という場所が、大量感染の根源になることは、だれもが知っているところだ。今回は、「新型」ということで、「パンデミックを阻止しよう」と世界的に呼びかけられていたし、「国」としての責任があるだろう。WHOは、日本における感染状況によっては、フェーズを引き上げて、「パンデミック」とすることを検討する、と言っている。文明国として、非常に恥ずかしいことだ。お隣の国・韓国では、日本を感染危険国として対策を取るらしい。日本からの渡航者を空港で徹底的に検査する。足止めもあると発表している。経済的なダメージが大きくなる。奈良で1,000人以上の学生や職員が症状を訴えているらしい。関西ばかり、というのが不思議だが、そのうちに関東を初め全国に蔓延するはずだ。マスクが店頭にない、とパニックになっている場合ではない。社会の機能を維持するためには、「多少の犠牲は仕方ない」という判断を国がすることも考えられる。その「犠牲」が自分にならないように、自衛策は講じないといけないだろう。
2009.05.18
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テレビ局のアナウンサーとか、グルメリポーターといった人種の中には(というか、大方のような気がするが)、おかしなことを言う人が多い。元来、食べ物の外見の論評や、食べたときの感想を言うのは難しいものだ。「五感」に支配される「食べる」という行為は、右脳で行う。それを情報として左脳が受け取り、「言葉」に置き換えるのだが、悲しいかな、左脳は「理論的」で「言語的」なので、右脳の「感性」をうまく言葉にできない。頼りになるのは「記憶」だけだ。過去に似たような経験があれば、それを思い出して、そのことを言葉に置き換えようとする。他人が言っていたことを活用しようと必死に記憶を繰る。ゆえに、食べてから言葉にするまで、多少の時間を要する。つまり、ある程度の「経験」を積むことと、その「経験」に対して自分や周囲の人が的確な「論評」をしたことのあるものだけが、「感覚」を「言葉」に変えることができる、という構図になるのだ。食べてから相当時間がたっても、何も言えず「うまい!」という言葉に終始するのは、経験に基づく記憶がないからだ。ということは理解できているし、テレビのグルメリポートに多くは期待していないのだが、せめて、何らかの言葉が聞きたい。スイーツを食べて、「フルーツのような、例えば、さくらんぼのような自然でほのかな甘味」というのなら、何となく口の中が少し甘くなる。が、「これなら、甘いものが苦手な人でも大丈夫」と言われても、何の情報にもならない。この「○○なものが苦手という人にもおすすめ(大丈夫)」という言葉がグルメリポート界(そんなものがあるのかどうか)に蔓延している。確かに言いやすい。が、意味がない。○○なものが苦手な人は、そのリポートに何ら魅力を感じていないし、チャンネルを変えているかもしれない。それより、リポートを楽しみにしている「甘いもの好き」が、がっかりするだけだ。「脂っこいものが苦手、という人でも大丈夫です」「魚料理はちょっと、という人におすすめです」「アルコールがダメ、という人もいけると思います」言葉がないにもほどがある。これは、食べ物に対して、余りにも無造作に育ってしまった結果だろう。「食べたい」という欲もなく、「おいしい」と感じることもなく、食べ物ときちんに対峙することなく、何気なく口にしてきたから、言葉にすべき記憶もなく、左脳が働かない状態になっているのだと思う。そんなリポートを見る人もまた、言葉を持たない人種だから、それでいいのか。視聴率が取れる「グルメ」というカテゴリーを捨てたくないテレビ局は、グルメ番組はもちろん、各種バラエティー、報道系情報番組、果ては報道番組にさえ、グルメ情報を差し込む。日に何度も目(耳)にするそんなリポートに、おかしな違和感を感じ続けているのは、私だけだろうか。先日、伊勢だったか、和歌山だったかの高級アワビを口にした局アナが「消しゴムみたいですね」と言った。漁師さんはカンカンだった。生中継だったため、スタジオのパネラーも大慌てだった。きょうもまた、何度かこんなリポートを目(耳)にするのだろう。ふう。
2009.05.17
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神戸の公立高校の、渡航歴のない生徒3名が、新型インフルエンザに罹患したとの報道がなされました。予想できたことです。G.W.中の海外旅行者の多さと、成田空港検疫で、感染していた高校生の近くに座っていた人々が検疫をすり抜けた時点で、こういう例は、多々あると理解できました。メキシコでは3月初旬からインフルエンザの災禍があったと報道されていたのに、レジャー優先で海外に出た人の何と多かったことか。しかも、「新型」インフルエンザです。毒性の強さも、感染力の強さも、免疫の存在も、何もかもがわからなかった気持ちの悪いときに、感染国に平気で渡航できる人がたくさんいたのです。日本には。で、持ち帰りました。空港検疫では、引っかからなかったでしょう。「潜伏期間」がある感染症だから。しかも、「明日から仕事ですから、会社に出ます」と多くの人が言っていました。高校生が犠牲になりました。電車の中か、学校内か、地域からかはわかりませんが、新型インフルエンザへの感染が確認された高校生3人の高校には、疑いのある生徒が100人ほどいるらしいのです。これを書いている間に、5人の感染が確認されました。感染者は、100人どころではないと思います。こういう事態に直面するとしたら、心構えが重要だと思いますので、ご存じのことと思いますが、いま一度、新型インフルエンザの正体(わかっている部分だけですが)をおさらいします。このインフルエンザは香港A型、ソ連A型と酷似しています。ゆえに、「タミフル」「リレンザ」といった特効薬が有効です。が、ワクチンはまだできていません。アメリカから、株は届きました。5月初旬でしたから、9月から11月までに、ワクチンができます。でも、2,500万人分ほどだとされています。優先接種される、医療関係者、消防関係者、警察関係者、役所職員、ガス・電気・水道といった公的機関、教育関係者といった人々でほぼ消費。「弱毒性」と言われています。「強毒性」との違いは、弱毒性:呼吸器にのみ感染する強毒性:呼吸器以外の臓器にも感染するということです。「感染力」は「非常に強い」らしい。空気感染で、世界中に蔓延する危険性があるということです。インフルエンザウイルスは、湿度と温度があれば冬眠(夏眠?)に入るので、もう少ししたら、日本国内では沈静化するだろうと思われます、が、秋から冬にかけて復活しますので、しかも、そのときに、どういうウイルスに変異しているかわからないので、さらに感染の恐怖が広がります。日本では(他国のことは知らないので)、「ウイルス」と「細菌」の違いを余り知らずに論ずる人が多いですが、この二種類の生物は、全く違います。ウイルスの基本構造は、粒子の中心にあるウイルス核酸と、それを取り囲むカプチドと呼ばれるタンパク質の殻から構成された粒子。その大きさは数10nm(ナノメートル)から、数100nmですが、他の一般的な生物の細胞の100~1000分の1程度の小さな生物です。「細菌」と呼ばれる病原菌と「ウイルス」は、決定的に違います。「細菌」の存在は、あらかたその存在や構造が解明されていますが、「ウイルス」は、よくわかっていない。なぜなら、「進化形」だからです。より小さく、より強い生命力を得、より環境に対して強靭になっていきます。今回問題になっている新型インフルエンザウイルスについては、一説では、11月の(これから湿度と温度が上がる北半球では、ウイルスの活動は休止されるだろうと予測されていますが、逆の気候になる南半球では、猛威をふるうと言われ、ウイルスの変異も予想されています)インフルエンザ流行期には、世界で20億人が感染すると言われています。ワクチンがないいま、幼児やご老人が感染したら、高い確率で死者を出すし、ワクチンができる6ヵ月以内に感染者数を爆発的に増やしたり、ウイルスが変異したら、予防策はもちろん、治療薬にも期待できないと思われます。日本人は感染症に弱い。細菌やウイルスには、余りさらされていないという環境があるからでしょう。でも今回は事情が違います。神戸の高校生は、「二次感染」かもしれないし、「三次感染」かもしれません。潜伏期間を最大限と考えると二次感染だし、潜伏期間が若干短かったとしたら、三次感染になります。ということは、相当な感染者がいることは予想に難くない。他人に迷惑をかけないようにしようとするなら、感染源にならないことです。★極力外出を避ける。★他人と会わない★仕事や学級は欠席する★病院へ行くときは、手順を確認するといったところでしょうか。が、そんなことを意識している輩はいません(それに留意するなら、この時期に海外に行くことなどしないでしょう)。感染者が無秩序だから、非感染者が注意しないといけない。いずれにしても、無造作に外を歩いたり、食事をしたり、人と話したりすることができなくなってしまったような気がします。インフルエンザの死亡率は、決して低くありません。0.1~0.4%と言われていますが、分母が大きくなれば、相当な数になります。季節性のインフルエンザは、幼児と老人が死者の80%ほどを占めていると思われますが、親戚などに死者を出せば、その恐ろしさがわかるでしょう。「インフルエンザ」は「細菌」による「風邪」ではなく、「ウイルス」による「感染症」です。しかも、ウイルスの正体は解明されていない。甘く見ないことです。特に関西には、既に蔓延してしまっていることが予想に固くない。外に出るときは、「自分が感染し、他に感染させることがないように」という意識で、予防策を講じることです。「パンデミック」と認定されるのは、間もなくです。それもこれも……、安易に海外に行った人の罪科だと思えてなりません。自国の利益となるような、ビジネスや、医療や、技術の交流のために海外に渡ったのではない、自己の悦楽のために危険を侵した人々、そんな、富裕層の暴挙に怯えて身を固くする人々が存在することに、何ら不平を言うことができないというのは、^渡航の自由を認めている日本にとっては難しいことなのでしょうか。グローバリゼーションを是としている日本に生きる者には、拒否できない情勢でありましょう。我が身を守るのは、自分です。
2009.05.16
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内閣官房副長官の鴻池参議院議員が職を辞した。日本国中(世界中と言ってもいいかも)が新型インフルエンザに振り回されたG.W.中に、W不倫旅行を楽しんでいたというのだから、「内閣官房副長官」の肩書きは返上せざるを得ないだろう。同行した女性は、1月にも問題となった当事者だったようだ。鴻池さんも「彼女とは4年くらいの付き合い。途中で切れたこともあったが……、男女の仲というのは、難しいもの」と週刊誌に語ったとのこと。こういう事実は、世間ではごまんとあることだろうと思う。「W不倫」「ゴルフ&温泉旅行」というのは、特にありがちなシチュエーション。が、「議員パス」で電車に乗ったというのは、事情が違う。「公人」が「公務」を行うときにしか許されない行為だろうと思う。しかし、多分、どの議員も恒常的にこういうことをしているのだろう。「内閣官房副長官」の職を辞す、ということが、適切な責任の取り方かどうかはよくわからないが、それはそれでいい。「間質性肺炎」で入院したとのことだが、その真偽を問う権利も必要もないので、触れないでおこう。この人は、大変正直な人だと思う。テレビ出演し、政治のことはもちろん、それ以外のことについて発言するときも、余り考えることなく自分の意見を口にするし、それゆえに誤解を招いたり、不適切発言をすることも多いようだ。そんな人が女好きだったのがいけなかった。他人に、美人の彼女を見せびらかしたい衝動を抑え切れないし、彼女のおねだりを断ることができない。2泊3日とは、かなり大胆な気がするが、それほど彼女のことが好きだったのだろう。「情熱的」といえば、そうとも言えるし、「好き者」と言えばそうだ。が、昔から、「英雄色を好む」だし、68歳にしてこれほどの元気があるから、政治家をやってられるのだろう。アドバイスするとしたら、「不倫はやめておきなさい」ということと、「議員特権は極力利用しないように」ということだろうか。どちらも、不快に思う他人が存在するからだ。奥さんが許してくれるなら、独身の女性と好きなことをすればいい。議員特権を使わないなら、公人ではなく、私人としての行動になろう。ただし、役職に対応する心構えは常に持っていなければならない。話は変わるが、身の回りには、元気な60代が多い。それに比べ、50代、40代の元気がイマイチだ。戦前に生まれた人は、生命力があるということだろうか。30代、20代になると、「男性」としての魅力を備えた人が極めて少ない。「タイプは?」と聞かれて「年上の女性」と答える男性に、何の魅力も感じない。若い女性に色気を発揮できる男性は、貴重な存在になったのかもしれない。鴻池さんは面白い人だ。事の顛末をテレビなんかで面白おかしく語ってほしい。きっと、オチのある、楽しい話をしてくれると思う。が、まずは奥さんに詫び、支持者に詫び、後援会に詫び……。やはり、議員や法曹界の人間は、女好きでない方が楽なようだ。
2009.05.15
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昨日、「ブックオフ」のネタを取り上げたら、ふと思い出したことがあって、町の本屋さんの話をば。小学4年のとき、八尾のど田舎地域から泉北ニュータウンに引っ越しました。そこに「市連マーケット」というのがあって、その地域の人はすべてそこで買い物をしていました(開拓したて、という土地柄だったので、買い物ができるのは、そこしかありませんでした。じきに駅向こうに「ダイエー」ができたので、間もなく衰退してしまいましたが)。私は、小学2年のときから、小学館発行の「小学2年生」を買い始めました。それは小学生の間じゅう続き、毎月、マーケットの本屋さんに買い求めに通っていました。もちろん、まんが雑誌や単行本、文具(文具も置いていました)などを購入するために、月に数度は行っていたと思います。中学に入るときにどうしようかと迷いました。部活動を始めたりして、小学生のときのように、本屋さんに行く機会がなくなるだろうと思ったし、そんな本より、「セブンティーン」や「平凡」「明星」のような、ちょっとおませな雑誌に興味を持っていたからです。が、「中一時代」のCMを百恵ちゃんがやっていて、それに負けて「中一時代」を買うことにしました(ちなみに「中一コース」は淳子ちゃんがCMしていました)。いつものマーケットの本屋さんに行くと、「毎月、配達してあげるよ」と言ってくれます。お父さんから息子さんに代が替わり、サービス方針が変わったのだと思いました。が、500円もしないような雑誌を家まで届けてもらうのは気が引けたので、「いえ、学校の帰りに寄りますから」「おねえちゃん、1丁5番やろ。配達に行くおうち、ほかにもたくさんあるから、行ってあげる」私の家の場所を知っているのが意外でしたが、そう言ってくれるのなら、と、受け入れることにしました(後で考えると、毎月、欠かさず購入してもらうための戦略だと思いましたが、サービスとしては、ありがたいことです)。そうこうして中学の3年間、本屋さんとつき合うことになりました。そんな本屋さんとも、お別れのときがきました。高校に入るのを機に、その類の書籍を購入するのをやめたのです。本屋さんは寂しそうにしました。「高校○年生」という本もあるし、「蛍雪時代」というのもありました。いまとなっては、理由ははっきりとは覚えていないのですが、本屋さんに「もういいです」と断ったのです。高校へ通うには、マーケットと反対側にある駅へ行く必要があります。帰りには、ダイエーに立ち寄ることはあっても、反対側にあるマーケットにわざわざ行くことがなくなりました。本屋さんから足が遠のいてから2年ほどたった高校2年の秋の夜(19時くらいだったか…)、「ピンポーン」チャイムが鳴りました。私が出ると、本屋さんが息を切らせてドアの向こうに立っていました(うちは団地の5階だったので、上るのが大変でした)。私は、この人が訪ねてくる意味が全くわからず、呆然としていました。「おねえちゃん、おめでとう! 入賞したんやね!」そう言う本屋さんの手には、「蛍雪時代」がありました。全国小説コンクールで2席に入賞したのですが、その結果が「蛍雪時代」に掲載されたのです。「あ、ありがとうございます」「これに載ってるから」本屋さんは、私に「蛍雪時代」を渡そうとします。「あ、じゃ、お金を……」「いいって! 記念やから、上げるから取っといて!」「え、いいんですか?」「うれしいわぁ。おねえちゃんが小説で賞を……」我がことのように喜んでくれます。私に「蛍雪時代」を持たせて、本屋さんは帰っていきました。そのときには、そこまで思い至らなかったのですが、本屋さんは、いつもたくさんの本を読んでいたのではないかと思います。少なくとも、配達するような本については。「蛍雪時代」だけを読んでいたとは考えにくいですから。しかも、私のことを覚えていたということは、ほかのお客さんのこともしっかりと覚えているということだと思います。町の本屋さんは、その気になれば、本を通して客の好み、思考や嗜好、興味のある分野を分析することができる。それらと住所、名前とを覚えてくれているとしたら、すごいことです。コンピューターのデータベースより、はるかに客の人間性を分析・把握しているのだと思います。あの本屋さんは、私をどんなふうに記憶しているのか……。というようなことを思い出し、あの本屋さんへ行ってみたくなりました。まだ、本屋さんをやっていらっしゃるかな。
2009.05.14
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中古CD・DVD・ゲームソフトや古本の買い取り・販売で急速に成長した企業といえば、「ブックオフコーポレーション」だ。1990年に1号店をオープンさせてから、わずか20年足らずの間に900店舗もの店舗網をつくり上げてしまった、時代の寵児的存在だ。が、ここへ来て、経営状態が怪しくなってきた。不正経理問題などが背景にあるようだが、それだけではない何かがあるようだ。機を見るに敏、そんな状況を出版大手や印刷グループが放っておかなかった。ブックオフ株3割取得 出版不況背景に講談社、小学館、集英社など 大日本印刷グループと、講談社、小学館、集英社の大手出版3社は13日、中古本販売のブックオフコーポレーションの株式計約31%(議決権ベース)を、筆頭株主の日本政策投資銀行系のファンドなどから取得すると発表した。出版不況の中、消費者の間で定着した中古本市場を取り込み、新刊本の販路活用や、店舗のノウハウ取得などを探るとみられる。 株式取得は20日を予定しており、大日本印刷は議決権の7.17%を取得して筆頭株主になる。このほか、大日本印刷傘下の丸善と図書館流通センターがそれぞれ6.06%、4.19%を取得し、講談社、小学館、集英社は各4.66%を取得する。 大日本印刷は株式取得の理由を「中古本を含む出版業界全体の協力・共存関係を構築し、業界の持続的な成長を実現させていくため」(広報室)と説明。近く同時に取得した6社とブックオフとの間で協議を始めるという。 大日本印刷は丸善、図書館流通センター、ジュンク堂を傘下に収めたほか、今月には主婦の友社との資本・業務提携を決めるなど、相次いで出版事業の強化策を打ち出している。 ブックオフは全国に1000店舗超(スポーツ用品販売など含む)を展開し、中古本市場を開拓してきたが、不正経理問題などが発覚して経営が悪化、政投銀系など2つのファンドが、それぞれ約15%ずつを創業者側から取得し筆頭株主となっていた。【産経新聞 5月13日】「ブックオフ」が出店した地域では、町の書店が大きな打撃を受けた。客足を奪われるばかりではなく、町の書店で万引きをした書籍をそのまま「ブックオフ」で売る学生が続出するという現象が日本各地で起きた。“換金”というシステムを悪用したものだが、考えてみれば、容易に起こり得ることだ。また、中古市場が繁栄すれば、必ず新品市場は衰退する。CD、DVD、ゲーム、赤ちゃん用品などのグッズに至るまで、幅広い業界が売り上げダウンを余儀なくされた。大手出版社は反撃に出た。店舗内に「新品コーナー」を設けるという。新刊書や新作ゲームの中古買取があっても、店頭には出さないなどの措置を講じて、新品を売る算段だろう。出版物にはシリアルナンバーをつけておき、店頭に持ち込まれたときに正常に売買されたものかを判定したり、書店を追跡したりできるようにするかもしれない(万引き防止や万引き犯検挙の一助)。販売するカテゴリーを限定するなどして、地域の書店との共存を図るための対策を講じるかもしれないし、「ブックオフ」がつかんでいるエリア情報を活用して、地域内活性の方策を生み出すかもしれない。いずれにしても、相反する業界が一つになることが、消費者にとってよしと出るか否かは、いまのところ定かではない。しかし、経済社会に存在する、本当の意味での「競争」はなくなった。そこに存在するのは、売り手の理論に支配される地域の特殊な消費構造だ。今後の動きを見てみたい。
2009.05.13
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先日目にした記事が、改めて日刊ゲンダイに取り上げられて、わけのわからぬ論評が付け加えられているのに驚いたので、ちょっと触れてみる。おバカ路線がスポンサーの我慢の限界を超えた!? 4月28日に発表されたある調査がTV界で話題になっている。調査を行ったのは「優良放送番組推進会議」なる聞きなれない団体。トヨタ、NTT、パナソニック、東京電力など、テレビ局にとっては番組スポンサーとして喉から手が出るほど欲しい大手企業26社で構成する団体で、テレビ番組の質向上を図るため、今後、毎月1回テレビ番組に関するアンケート調査を公表する方針という。 で、28日に発表されたのは、NHK、民放で放送される37の報道番組のうち、優良と思われる番組。この調査で1位に輝いたのが、なんと、テレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」(WBS)だったのである。以下、「おはよう日本」「クローズアップ現代」「ニュース7」(いずれもNHK)、「サンデーモーニング」(TBS)と続いている。「この結果は仰天です。報道番組に限ったとはいえ、通常の視聴率調査なら『報道ステーション』(テレビ朝日)や『ニュースウオッチ9』(NHK)や『NEWS ZERO』(日テレ)などの方が上位に来るはず。『WBS』なんて5%前後の地味そのものの番組。それがいきなりトップですから、業界人が驚くのも当然です」(テレビ誌記者) 中には「キャスターの小谷真生子がオジサンの好みにピッタリ」という冷めた見方もあるが、だったらNHKの青山祐子だって、日テレの小林麻央だってオジサン好みには違いない。それなのに「WBS」が1位に躍り出た理由は何か。「この団体が設立された理由と大いに関係がある」とみるのは、ある放送評論家だ。「視聴率を気にしすぎるあまり、おバカ番組だらけになってしまった現在のテレビ界に対するスポンサーからの強烈なメッセージということです。TVマンたちは“高視聴率=スポンサーが喜ぶ”と思って低俗番組を作り続けているのでしょうが、実は決してイコールではない。むしろ、スポンサーたちは徐々に“良質な番組を応援した方が企業イメージが上がる”と考えている。それがなかなか理解されないので、あえてショック療法に出たのではないか。分かりやすく言えば、今のおバカ路線がスポンサーの我慢の限界を超えた、ということです」「WBS」は派手な効果音を使うことも、妙なアイドルタレントを起用することもなく、経済ニュースを中心に地道な番組作りを続けている。他局の制作スタッフは、今回の調査結果を肝に銘じるべきである。(日刊ゲンダイ2009年5月7日掲載)この論評は完全に破綻している。そもそも、大手企業26社に聞いたのは、「優良と思われる番組」であって、「スポンサーになりたい番組」ではない。であるにもかかわらず、「TVマンたちは“高視聴率=スポンサーが喜ぶ”と思って低俗番組を作り続けているのでしょうが、実は決してイコールではない」と、的外れな分析をしている。そんなこと、当たり前だ。「優良番組」の1位になった「WBS」は、まさにこうした企業の新技術、新製品、SP戦略、経営戦略などを包括した「企業活動」をリアルタイムに取り上げる「経済番組」である。この番組のネタとして取り上げられるべく、あらゆる企業がプレスリリースを送付し、代理店を利用し、売り込みをかける。この報道番組的情報番組に取り上げられることは、日本経済新聞のビジネス欄に潜り込むことと同様、経済界の注目を浴びるに違いない一大事なのだ。それに引き換え、それ以下に雁首を揃える「おはよう日本」「クローズアップ現代」「ニュース7」(いずれもNHK)、「サンデーモーニング」(TBS)は、純粋な報道番組であり、ビジネス界が感じる旨味はほとんどない。「クローズアップ現代」は、報道に連動した時事ネタを扱うが、一企業の宣伝になるようなことは扱うわけがない。つまり、「WBS」は、「企業として興味がある番組」であり、「自分たちを好ましい方法で紹介してくれる」という、手前勝手な内容に傾倒しているだけのこと。「スポンサーになる」という行為と連動するわけがない。しかも、番組をスポンサードするとしたら、番組企画を提示され、目標視聴率を承認し、採用タレントやスタッフ構成に口出しした挙げ句に出来上がった番組であるはずだ。そこには、「視聴者層(消費者層)」やら、「ターゲット層」やらと、視聴者を一くくりにする物理的文言で人間をとらえる、極めて非人間的なやり取りと、経済活動の効率化を目指す(売らんかな主義)だけの思想のもとに制作される、極めて思想哲学のない、低俗な番組が存在したとて、何ら疑問はない。そうでないなら、これほどまでにばかな番組ばかりが制作されるわけがない。日本文化の発展や、正しい教育、社会の安定、政治の不正の暴露、経済界の因襲の是正、地域社会のあり方など、国の将来を明るくするような番組の制作を企画し、それに賛同するスポンサーがあらわれていないというのは、いかがなものか。テレビ局側が企画しないのではない。そんな企画にスポンサーがつかないのだ。それは、この業界に身を置いている者として断言できる。なぜか……視聴率が取れないからだ。が、視聴率が取れないことを忌み嫌うのは理解できる。それだけ、一般国民に見られていないということだからだ。ということは、意義のある番組を見ない視聴者が一番ダメということになる。ま、そういうことだ。低俗な番組をつくっているのは、スポンサー企業であり、それをつくらせているのは、ほかでもない視聴者ということ。結論。「タダでメディアから情報を得ようとする視聴者層は、バカに支配されている」ということが言えるかもしれない。バカをつくったのは、テレビであり、テレビはバカに支配され、バカを相手にした番組しかつくれなくなった……。これでは、テレビに未来はない。制作陣の低レベル化は是正する必要がある。が、画期的な改革ができない限り、テレビが情報メディアとして生き残る確率は、激しく低くなると思う。しかしそれでも、スポンサー企業も、テレビ制作者も、この最悪の状況を打破できる理論も方法論も持たないだろう。だから、ここまで来てしまったのだ。
2009.05.12
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「弁当男子」「草食系男子」に続き、「スイーツ男子」が増殖しているらしい。「弁当男子」:会社に手作りの弁当を持参して恥じない男性群。独身に限らず、 嫁の分まで弁当づくりをしているという既婚男性も。「草食系男子」:女性に対してガツガツしていない。恋愛より友人や家族を 大切にする。異性を特別視せず、一人の人間として扱う。「スイーツ男子」:甘いものを好む。自分で手作りするのも好き。スイーツの 食べ歩きやスイーツショップの研究に余念がない。こういう男性を見て、「男らしくない」と断じるつもりはない。「男らしい」の何たるかを知らない世代を相手に、大人気ないことを言っても始まらない。しかし、これほどまでに“女性化”する男性を見て、違和感を感じないわけにはいかない。それに引き換え、女性は“男性化”していると言ってもいいと思う。年下の男性を好み、男性に対して「かわいい」と言っていとわない感覚は、「母性本能」ではなく「支配欲」というか、「征服欲」のようなものだと思えてならない。この逆転現象の根源は何だろうか。「ジェンダーフリー教育」だと思って疑わない。「ジェンダーフリー」という言葉は、誤解を招くということで、いまでは使われていないそうだが、当時の定義としては、「従来の固定的な性別による役割分担にとらわれず、男女が平等に、自らの能力を生かして自由に行動・生活できること」(デイリー新語辞典/三省堂)だそうだ。この悪しき理論で教育された1980年代前半から90年代にかけての子どもたちが、おかしなことになっているのだ。「区別」と「差別」を混同し、「性」の特性や生物学的違いを無視する上、「文化」や「風習」など社会を形成する貴重なファクターをも排除しようとする支離滅裂な思想が跋扈していた時代の教育は、じきに破綻を来した。いまとなっては、耳にすることも少なくなった言葉だが、教育を受けた子どもたちは大人になり、おかしな現象をつくり出している。「甘いものが好きな男はダメ」とは言わない。が、少しは“周囲が自分をどう見るか”を考えてもいいように思う。自分や自分の言動を客観視できない若い世代が大人になっている。女の子のように「スイーツ大好き」と言ってはばからないのは、しかも、そこに「男」としての格好よさのかけらもないことに気づかないのは、うそ寒いばかりだ。高倉健さんも甘いものが好きらしい。が、健さんは、格好よく甘いものを食べてくれそうな気がするし、仮に子どものようにうれしそうに食べていても、それは彼のスタイルだと肯定することができる。哲学も思想もあり、自分だけの流儀やスタイルを持っているから。ま、「甘いものよりお酒の方が……」と言ってはばからない私がこんなことを言うのは、「その方がうそ寒い」と言われてしまうと容易に想像できる。なので、このくらいにしておこう。ただ、「スイーツを食べ過ぎると、カルシウムが不足してイライラするので要注意」とだけ忠告しておきたい。
2009.05.11
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ちょっとした事情があって、夜1時から2時間と少し、歩くことになりました。10kmほどの距離です。アップ・ダウンがほとんどない行程だったので、1時間5kmのペースで歩けたと思います。10km歩くのは、さほど難しいことでも、しんどいことでもないのですが、さすがに深夜の街を歩くのは怖い気がしました。途中、何台かの自転車とすれ違いましたが、後ろから来られても、前から来られても、身を固くせずにはいられませんでした。どんな用があって、深夜の街を走っているのだか……。そんな時間でも、煌煌と明かりのついている場所が幾つかありました。ラーメン店と24時間営業のファストフード店(牛丼店など)です。ガソリンスタンドは、営業していても、照明は暗い。省エネ体制なのか、余り客が来なくてもいいのか。昼間、車でよく通る道を歩いたのですが、車だからか、昼間だからか、これまで全く気づかなかったのですが、気持ちの悪い場所があるのです。街灯が少ない、民家がない(人気がない)、廃墟がある、といった物理的な原因に由来するものではないと感じることのできる、気持ちの悪い場所です。気の澱みというか、磁場が狂っているというか、空気が重い。だれかに見られているような、後ろからだれかがついてくるような、おかしな感覚が身を包みます。こういう場所は、事故が多かったり、変な事件が発生したりするのではないか、などと思いながら通りました。都会の深夜は怖い。そうこうして家に戻ると、左足の薬指の筋がツンツンつるのです。ヒールのある靴を履いていたので、疲れたのでしょう。翌朝、右足の付け根が痛いのに気づきました。左足をかばって、変な歩き方になったのかもしれませんが、歩いているときは、全く意識していませんでした。もしかすると、右の靴が微妙に合っていないのかもしれません。それ以外の障害はありませんでした。筋肉痛もないし、骨や筋の異常もない。右足の付け根の痛みもすぐに治まりました。10kmというと、2万歩を少し切るくらいの歩数でしょうか。毎日はしんどいですが、週に1度くらいは歩いてみてもいいのではないかと思っています。(日々は1万歩を目標に歩いていますが)できれば、晴れた日の朝に。いつもは見えないものが、見えるような気がします。気候もいいし、新緑も目にまぶしいし、生き物たちも元気になる季節。「幸せ」の第一条件は、「健康」ですから。
2009.05.10
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大阪の高校生二人と引率の先生(40歳代)のようです。成田の医療施設で治療を受けているそうで、症状は安定しているとか。周辺にいた人たち49人も足止めされて、10日間経過観察するのだそうです。大変なことです。その間、仕事もできず、外部との接触もできません。が、それは、致し方ないこと。こういう措置があるとわかって海外に出たのですから。これはある意味、水際作戦として成功したと言えるのでしょう。ただ、熱がなく、機内検疫を通過してしまった高校生がいたため、その周辺の座席に座った人が既に国内に入ってしまった可能性が高いとか。このことは、「日本に、確実に新型インフルエンザが入った」ことを意味するのだと思います。海外渡航もせず、周囲にそういう人がいないという環境であるにもかかわらず、感染してしまう人がぞろぞろと発生するのは時間の問題だと思います。にしても、教育機関の対応は不十分でした。こんな時期に感染国に語学留学するのだから(留学時には、その情報はなかったようですが)、それなりの対策をしなければならなかったのは明らか。滞在先ではもちろん、日本に帰ってくるというときに、どんなことを注意し、どんなことをしてはならないか、学校や教育委員会が密に連絡を取って、指示する必要があったでしょう。学生の一人は、滞在中に体調を崩してカナダの医療機関で診察を受けたそうです。そのときに感染したのかもしれないし、既に感染していて、その医療機関内で、感染を広めてしまった可能性もあります。いずれにしても、軽卒な行動です。いま、各地(特に東京)の保健所は、しっちゃかめっちゃかになっているようです。海外渡航し、帰国した旅行者(体制が整わないという理由で、メキシコとアメリカ本土のみ)の体調を10日間、追跡調査している最中だとか。今年のG.W.に海外を旅行した人ははものすごい数になったようですから、電話追跡対象者の数も尋常ではないはず。医療機関の「診察拒否」問題も深刻なようです。電話相談センターに電話したら、「一般的な医療機関へ」と指示され、普通の病院(隔離病棟を持たない)に行ったら、「相談センターの証明書を持ってこい」とか「ほかの病院に行ってくれ」などと言われたということです。これは一重に、厚労省、保健所、医療機関の情報共有ができていないことや連携が悪いことが原因。厚労省の危機管理能力が低いのです。数年前から、秋になると「新型インフルエンザ」「SARS」「パンデミック」「ワクチン」とうるさく言っておきながら、日本国内で感染者を出したときの対応方法を周知徹底していなかったことは、致命的です。5月末あたりで、一旦収束すると見られていますが、その間、ウィルスが変異して、より強力(強毒性)のウィルスになる可能性もおおいにあるし、これから冬へと向かう南半球の各地で猛威を振るい、莫大な感染者を出すことも予想されています。しかも、豚の体内に戻ったウィルスが他のウィルスと混ざり合って、さらなる新型インフルエンザが生まれることも考えられます。いずれにしても、新型インフルエンザは日本に入ってきました。暑い季節になる前に、一般市民に感染者を出すでしょう。次の秋、大変なことになる可能性は否定できません。マスクの効果など大したことはありません。我々にできることは、よしんばインフルエンザにかかっても重症化しないように免疫力の高い、健康的な体にしておくことです。「ワクチン」など、フル生産しても2500万人分だけです。医療機関、警察、自衛隊、消防署、役所、政治家、電気、ガス、鉄道など優先的に提供される分だけで終わりです。「タミフル」や「リレンザ」も不足します。今回のインフルエンザにはこれらの薬品が有効だそうですが、変異して別のウィルスになった場合、効果のほどが怪しいし、新薬がすぐさま生産されるわけがありません。皆が自己防衛すべきとき。役所や医療機関に頼り切る日本人体質は卒業する必要があるのではないでしょうか。
2009.05.09
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最近、イライラすることが多いので、というより、夜も眠れぬくらい、解決不能な問題が多くて、精神的に追い詰められているのかもしれません。この問題のおかげでG.W.も取れず、日夜イライラする日々を送っていたものだから、きのうはきつい言葉となって表出してしまいました。そんなことを考えていたわけではないのに、幸せそうな人に対する恨み節となって噴出したように思います。大人気ない……、反省。きょうも、いろいろあります。解決不能な問題をそっちに置きながら、進めなければならない仕事がたくさんあります。予定どおり、着々と進んではいるのですが、どうも、解決不能な問題が心にしみつくように広がっていて、何をするにも力が出ない。「解決不能」なんて言っていないで、解決する方法を見つけるのも一つだと思うのですが、物理的な問題ではなく、人の性格とか、やり方とか、考え方といった、こちらからは触れられない問題なもので…。「話し合いをすればいい」とアドバイスをしてくれた人がいましたが、話し合いすらできない。何をどう話しても、堂々巡りになってしまうのです。何度も、何日も、試みましたが、無駄でした。はて、きょうも不毛な努力を強いられるのでしょうか。という理由で、きのうのブログが誕生しました。不本意ですが、書いて、公開してしまったものをいまさら消去するのはどうかと思うので、そのままにしておきます。ご覧いただける方は、上記の事情を考慮してくださいませ。……さて、仕事しよ。
2009.05.08
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G.W.中、「新型インフルエンザ」の話が出なかった日はない。震源国のメキシコばかりではなく、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、スペインなど、世界各国に感染の疑いがある人々が認識される中で、海外に旅立った人は多い。「マスクを持って行きます」などと言って、空港で大量にマスクを購入した人があったようだが、『マスク』の効能を知らない人がほとんどだ。パッケージをよく見てほしい。「花粉・インフルエンザウィルス飛沫99%除去」などと書いてあるに違いない。それに間違いはない。では、それの意味するところは…。「飛沫」は、インフルエンザにかかった人が、咳やくしゃみによって吐き出す飛沫を意味する。つまり、「インフルエンザ感染者が他人に飛沫感染させない」という機能を備えたマスクだということだ。ウィルスは、「飛沫感染」のみではない。もちろん、「粘膜感染」もする。それ以上に、「空気感染」が怖いのだ。マスクを着けたとて、空気感染は防げないし、インフルエンザにかかっている人が、他人に「飛沫感染させない」という意志は実現できても、空気感染は防げないし、インフルエンザにかかっていない人が空気感染を防ぐことはできないのだ。「マスク」とは、その程度のもの。もちろん、住友3Mのような、高性能のマスクを発売している企業もあるが、これは、一般の人の手に入るものではない(入手は可能かもしれないが、かなり高価)。医療関係者や、企業契約した、鉄道、役所、警察、自衛隊といった、特殊な人々のために開発されたものだ。では、一般市民が新型インフルエンザを防ぐ手立てはないのか!?YES!世界と自由に行き来できるいまの社会にあって、インフルエンザウィルスの侵入を阻止するすべはない。なぜなら、この休暇中に、感染国を訪れた人々の意識の低さを見れば、火を見るより明らかだからだ。「メキシコ」「アメリカ」という陸続きの地域の感染ならいざ知らず、既にヨーロッパにも飛び火していたにもかかわらず、ハワイから帰ってきた人たちが、「知らなかった。ハワイでは、マスクをする人などいなかった」「ハワイは島だから、来ないものだと思っていた」という能天気なコメントを発していた。国際空港の検疫所では、海外から戻ってきた人々の検疫をしている。空港での検疫ばかりではなく、帰国から10日間、追跡調査(電話)を実施しているようだ(by 保健所)。やっているのが公の機関である以上、それらにかかる費用は税金で賄われている。世界じゅうが「新型インフルエンザ」で大騒ぎしているときに、「ハワイは関係ないでしょう」と、我存ぜぬという顔で海外に出かけ、リゾート気分を満喫し、思いっきり楽しんで帰ってきたら、成田(や関空)で検疫されて、時間がかかって、うざったい、と言ってはばからない人たちに対して、なぜ、海外どころか、近所のファミレスで外食することさえままならない人たちが、尻拭いをしなければならないのか!日本は、「自重」というものを知らない世の中になった。ハワイから帰ってきた人たちは、悪びれもせず、「あ、明日から会社に出ます」と言っていた。日本人の特徴だろう。「まさか自分には……」という、他人事の感覚がいつもある。平和ボケだろう。もしも自分が感染していたら、「会社に出る」という行為によって、どれほどの人が害を被るかわからないという状況で、こういうことが言えるだろうか。一般的に適用される「傷害罪」(故意に、他人に風邪(感染による病)を移した)ではなく、「殺人未遂罪」にしたらいい。季節性であれ、「インフルエンザ」の死亡率は、決して低くない。新型インフルエンザについては、死亡率が定かではない。季節性のインフルエンザを上回らないとは限らない。いっそのこと、アメリカやヨーロッパ以上の感染者を出して、日本国民としても行動のあり方、倫理のあり方を考え直す機会になればいいと思う。自分たちだけ楽しみを謳歌して、国内に凶悪(弱毒性と言われているが、今後どんな変異を見せるかわからない)なウィルスを持ち込んだ人間が、罪に問われないということは、それ以外の人間にとっての不利益になることは明らか。「渡航の自由」以前に、「ウィルスを持ち込んだときの罪」を規定してもいいのではないだろうか。(もちろん、必然性の度合いがあるが)
2009.05.07
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以前から不評だったでしょう、TV番組の途中で入るCMのタイミング。視聴率の低迷とか、若者のTV離れとか、スポンサー離れとか、TV業界を取り巻く状況がよくないことはご承知のとおり。でも、CMに関する視聴者の不満を聞き入れることをガンとしてしてこなかったTV局のこれまでの姿勢は、いまだ変化を見せていません。情報ワイドなど情報系番組はますますひどくなっているように思います。制作費圧縮のため、スタジオパネラーに感想や意見を求める比重が上がって、ダラダラ感を隠そうともしないくせに、VTRに入るとすぐにCM。ダイジェストなんかを見せながら視聴者の関心を引くと同時に提供クレジットを入れ、CMへ。そのCMがまた長い。テレビショッピングなんかが入ると最悪。ようやく番組に戻ったと思ったら、3秒ほどの映像と(嘘に近いような)コメントが入り、好奇心をかきたてられます。と、再びCM。ものすごく腹が立ちます。CMのスポンサーを「いやな企業」だと感じます。こんなふうにCMを入れることに抵抗がないという宣伝部の神経を疑います。TV局は、CMスポンサーによって成り立っているということは理解できています。スポンサーは金のなる木。だから、CM中の視聴率を下げない方法論を考える必要があることも理解できます。しかし、その方法論をこんなセコいやり方に完結させる発想の貧困さは今後のTV界の衰退を占うものだと思います。そろそろ、視聴者を無視するやり方を考え直さないと、「知りたい情報を 知りたいときに 知りたいだけ」取り出せるネットとの差をどんどん広げることになると思います。違いましょうか。
2009.05.06
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朝、「サンデープロジェクト」にチャンネルを合わせた。番組の内容を事前に知っていたわけではなかったが、日曜の朝は報道番組が少なく、他の番組ではきちんと報じていなかった「新型インフルエンザ」のことを詳しく報じるのではないかと思ったというだけで、大した意図はなかった。「新型インフルエンザ」関連の報道の後、「医薬品のネット販売規制」のネタに入った。三木谷さんと自民党の鴨下氏との直接対決、という形だった。「医薬品のネット販売規制」と「楽天の動き」の概要(テレ朝番組HPより抜粋)今年6月から改正薬事法がスタートし、現在薬局などで販売されている薬の多くが、インターネットや通信販売で購入できなくなる。これに対し、楽天、ヤフーなど不況にもかかわらず成長を続けるネット事業者らが反旗を翻している。この反対運動の先頭に立つのが、「楽天」をベンチャー企業から業界首位に育て上げた三木谷浩史社長だ。今、彼が最も精力を注いでいるというのが、この医薬品の規制の問題だ。「時代錯誤だ!」と規制をぶった切る三木谷氏は、100万人の反対署名をネットで集め、行政側と徹底抗戦する構えだ。一方、日本薬剤師会に代表される規制推進派は、「副作用のある薬は、ネットでは安全は確保できない」とあくまでインターネットの規制にこだわる。議論は平行線をたどったままだ。そもそもインターネットでの医薬品販売はなぜ規制されるのか?薬をどうしたら安全に購入できるのか?本当の消費者利益とは何なのか?鴨下さんの説明は全く意味がわからなかった。「ネット販売では、安全性が保てない」「30週も(多分)下剤を飲み続けているお嬢さんがいたりしましたよ」などと言っていたが、対面販売でも、同様のことが言える。対面販売が万能だと言える根拠は何一つない。下剤を飲み続けたお嬢さんは、ネット販売だから下剤を飲んだわけではないだろう。ネットがなくても、幾つかの薬局・薬店を渡り歩けば、やすやすと下剤を手に入れることができる。人はどうか知らないが、ドラッグストアなどで私は余り薬品の説明を受けたことがない。「どれがいいですか?」と聞くと、必ず利益率がいいか、キックバックなどのメリットがある商品をすすめてくるからだ。急を要するときでも、事前に薬品メーカーのサイトやネットの「薬品検索」で成分や効能を調べてから薬局・薬店に行き、銘柄を指定する。ネット販売でメリットを感じる人(利用者)はいても、不便を感じたり、危険性を認知するという人はいないだろう。それなら、街の薬局に行けばいい。要は、ネットで薬を買うことにメリットを感じる人が買っているわけで、ネット販売による事故が起きているという事実もなければ、利用者からそういった声が出ているということもない。ではなぜ、規制するのか。天下り先からの要望だろう。日本薬剤師会、ドラッグストア業界、大手薬局グループなどの有力企業や団体に厚生労働省の天下りを大勢受け入れたのだろう(これが成功した暁に、受け入れを約束しているのかも)。全く根拠が薄弱で、いいがかり的な感じがする。ネット販売の薬品は、それなりに割引されている。店舗を持つ薬局・薬店にすれば、そんな値引き競争にはついて行きにくいだろう。また、商圏がせいぜい500mの薬局・薬店に対し、ネットで全国(さすがに世界は相手にしにくいと思うが)を商圏とした商売を展開する企業に太刀打ちするのも並大抵ではないだろう。だからといって、意味のわからない理論をくっつけて、規制をしようとする動きは、「規制緩和」という世の中の流れから逆行していると思う。言い換えれば、役所の権限を新たに一つ確保するということだ。納得できる理論があれば、ネット販売をしていた業者も、それなりの工夫をして対抗しようとするだろう。が、理論が破綻していては、対抗のしようがない。解決策は一つ!楽天にも、厚生労働省の天下りを大量に受け入れることだ。証券関係の事業のためには金融庁や財務省の、あ、出店している業者の不正や犯罪行為があったときのために警察庁の、水産関係や農作物の販売への規制を回避するために農水省の……、キリがない。ま、そんな者どもを受け入れれば、出店料や広告企画などの費用が跳ね上がり、果ては商品の価格に転嫁されるわけだから、天下り受け入れは絶対ダメ。うまい汁を吸ってぬくぬくと太る役人を飼うほど、庶民の財布は豊かではない。楽天は、これからも各業界の攻撃対象になるだろう。「一人勝ち」の企業には、妬みや嫉みが渦巻く。各業界が徒党を組んで押し寄せてくるに違いない。まずは、楽天の利用者が、不当な規制がかかりそうになったら、きちんと声を挙げることだ。放っておけば、役人や政治家が、庶民の生活を意のままに動かそうとする。これまで、さんざんひどい目に遭ってきたのだから、これからはそれを許さない姿勢を見せねばならない。何にしても、きょうのサンプロで、政治家に哲学も、理論も、熱意も、信念もないことが明らかになった。鴨下さんは確か、医学博士だったはず…。ふむふむ。
2009.05.03
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以前にも書いたが、やっぱり気になるので、違う切り口で再び。★なぜか「ッ」が入る ex)「ウェッブ(WEB)でニュース見てる?」 ex)「ミュージッシャン(musician)になるのは大変やで」 ex)「頭が痛い? バッファリン(バファリン)飲んどき」 ex)「若いときのキッスは熱いからなぁ」 ex)「ヒットラー(Hitler/綴りを見る限りはヒトラー)は悪い奴やで」この「ッ」が「くどさ」や「ダサさ」を醸し出しているとは思わないのだろうか。★全く違う言葉と間違える ex)「バルブ(バブル)が崩壊してから、ワヤですわ」 ex)「このワイン、ボルト(ボトル)がおしゃれやね」 ex)「その話に近親感(親近感)を覚えます」 ex)「キミ、ダックジャニエル(ジャックダニエル)飲む?」指摘するのが難しい。本人は信じ込んでいるので。★英語が変 ex)「あの、宇宙人の映画、あ、そうそうイーテー(E.T.)見た?」 ex)「いま人気のミュージッシャンのスィーデー(CD)買ったよ」 ex)「このビルのインフォアメーション(information)どこ?」 ex)「アメリカのプッシュ(ブッシュ)大統領は最悪だったね」「癖」の領域なので、口出しはしない。★読み間違い・勘違い ex)「いつもじゅんぷうまんぽ(順風満帆/じゅんぷうまんぱん)とはいかないよ」 ex)「この店、ふいんき(雰囲気/ふんいき)がいいね」 ex)「この写真、焼き回し(焼き増し)してくれる?」 ex)「神戸のきゅういりゅうち(旧居留地/きゅうきょりゅうち)に行こうよ」 ex)「オリーブオイル、中でもバージニアオイル(多分、エクストラバージンオリーブオイルのこと)っていいらしいね」枚挙にいとまがないが、今回はここまで。またの機会に。
2009.05.02
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