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その5 ~夕方の風景2~



「ええ、おっしゃることはごもっともです。私共の方と致しましても………。」


しかし人生ってのはマジで何があるかわかんないもんだな。

もう30分も電話してるんだぜ。いい加減終わって欲しいもんだ。


「はい、ありがとうございます。では早急に…。はい、はい、あーそうなんですか………。」


よし、そろそろ締めか…。もうたっぷり毒は吐いただろう。

ここまできたら十中八九こっちのもんだ。


泣きそうな顔で俺を見つめている女子社員に向かってウインクする。

顧客はともかく身内まで気を遣う自分を苦笑した。






よーっし! さすがだな俺。だてに苦情処理係を経験してねえってこった。

まあこの勢いだと大丈夫だろ。

次に向けるはVサイン。周囲に安堵と歓声が起こった。

それにしてもなんだな、この課の連中は役立たずが多いのか?

もうちょっとがんばればこれぐらいお前らでもできるってのがわかんないのか?

嫌なところはみんな俺に振ってきやがって…。

断らない俺も悪いんだが、もう少しでも努力ってもんをだな…、まあいいや。


「では今後は私、高鷲が担当させていただきますのでよろしくお願いいたします………。」


あ~あ、また担当が増えちまった…。仕方ないか…。

そろそろ一人で出来る仕事にも限界が来るぞ。う~む、由々しき問題だな。

なんだったら大原さんを俺専用の秘書につけて欲しいんだが…、って無理だよな。




「………いえ、このたびはとんだご迷惑をおかけいたしました。はい、失礼致します。」


受話器を置いて時計を見る。6時45分か…。

俺としたことが意外と時間がかかっちまった。苦情処理なんて久しぶりだしな…。

まったく退社まであと5分ってとこで災難だな俺も。


何をやっていたかというと、たまたま取った電話の相手がクレーマーだったってだけだ。



内線を通さずに直通できたために新人の娘が取っちまっただけさ。

うちの課にはこの手の電話が掛かってくることはまずないし、レアケースってところか。

なんとなく見ていて可哀想だったので無理矢理替わってやった。

本当に俺ってお人好しだな。間違いなく『いい人ね』って笑われるタイプだ。

そうだなそれについては今後じっくり話し合いたい。

かかる火の粉を払おうとして火事現場でバケツリレーしてるみたいなもんだからな。

元から消してんだ。別に悪いことじゃないだろ? …って何の話だ?


野次馬どもが自分の席へ戻る中、一人の女子社員が駆け寄って俺に詫びた。


「あのー高鷲さん。すいませんでした。」

「いいって、いいって。どうせあの客が悪いんだから。中川さんのせいじゃないって。」


そう中川さんは悪くない。全然普通の応対をしていただけなのだ。

それがなんだか微妙に機嫌損ねたらしく、あることないことを食って掛かられたらしい。

確かに見た目にいじめてみたくなる顔立ちはしているがそれが電話でわかるはずもない。

だから本当に運が悪かっただけなのだ。終業間際だしな。

もしかしてこの娘も占いが12位だったのかもしれない。乙女座!? 俺と気が会う?

なあんてな。まあ期待はそこそこにしておく。いつものことだ。


「でも…、私…どうしたらいいかわからなくなっちゃって…。」


うーん…。こういう仕草が可愛いってのは素敵だな。役に立って何よりだ。

君じゃなかったら飛んで帰るところだったさ。なんてね…そんなことないけどな。

こういう面倒ごとを引き受けるのが俺の役割みたいなもんだ。

公私共に…、とは涙が出そうで言いたくないんだが。


「あーわかるわかり。だってあの人、とんでもないヒステリーだったからな。
 ギャンギャン咆えてたしさ、電話越しに殴られそうだったよ。
 でも、また取引してくれるみたいだし、結果オーライじゃないの。」


久しぶりの強烈クレーマーには参ったが、冷静に対処すればなんとかなる。

それにもっときついやつを俺は知っているんで、こんなの痒い程度のもんさ。


「高鷲さん、今日は急いでいるんでしょ? ご迷惑おかけしたんじゃ…。」


ええ、そのきついやつが仁王立ちでいる姿を簡単に想像できるくらいにね。

急いでなくても結果は同じだから迷惑でもなんでもないって。


「別に大丈夫だよ。急用ってわけでもないし、うん。でもやっぱりまずいかな?」


ここでちょっと困った素振りをしてみるのもいいかもしれないと思った。

あー俺って最低…。それだと下心見え見えじゃんか。

でも貸しであるには違いないんだが…。ここは慎重に駆け引きすんのも面白いかも。


「ですよね。本当にすいません。あの…この埋め合わせは後でいたしますから…。
 その…。早くコンパに行ってください。私も…。」


そうだな。埋め合わせにはぜひともコンパでお願いしたいところだ。

中川さんなら綺麗どころを用意してくれそうだしね。

さぞかし楽しいコンパになりそうだ。

…って、今何言った?


「はい?」


ちょっと待て! なぜあんたがそれを知っている? 『私も…。』ってどういう意味だ?


「あれ? 高鷲さん。このあとコンパなんですか? 欧州亭でケーキ予約してたんじゃ…?」


横で大原さんがボソッと言った。

あー! やっぱりこの女、抜け目ねえ~! 昼食代は俺のおごりでチャラだろうが!

確かに女の子のプレゼントの相談に乗ってもらったけどさ。

自分だってパティシエ特製のケーキを堪能してただろが! 

…って、あれ? 別に動揺する理由ないぞ。だって、俺、コンパに行かねえもん。


「私も遅れて行くことになりそうなので。まだ仕事残ってますから。」


「って、中川さんが来るの?」


俺の質問にキョトンとした顔になる。この仕草もまた男心を狂わせそうだ。


「はい。大杉君に聞いてませんか?」


お、おおすぎぃぃぃぃー! 聞いてねえぇぇぇぞぅぅぅぅ!

数秒前まで素晴らしく、たった今から恨めしい後輩の席をチラッと見る。

いない…。

とっとと行きやがったか。くそっ!


「ああ、聞いてないけど…。そっか来るんだ…。でも残念だな。俺、キャンセルなんだ。
 ちょっと抜けられない用事が出来ちまって。」


って、大杉の野郎!! 最初から言っとけっての!

なんだがすごい美味しいシチュエーションを逃した気分だ。いや逃してる!

間違いなく逃してる! 絶対に逃してる!

そうとわかってりゃ、悪魔人形の顔なんか記憶の中で淡雪のごとく消滅してたのにー!


「えー来れないんですか? 残念ですう。」


俺だって残念だ。すご~く残念だ。

まあ君がそんなに落ち込むことはない。悪いのは悪魔人形なんだから。


「うーん、でもまた今度、コンパする時に来てくれればいいよ。」

「そうですか。私のせいでご迷惑をおかけしたんですから何かさせて下さい。」
 いつも高鷲さんにはお世話になってますし…。今だって…。」

「まあ、なんにせよたいした事ないって。
 そんなあらためて言われるのも違うと思うけどな。俺は俺に出来ることをしただけだしさ。
 今日だって世話になった先輩の家に行く用事なんだし。
 そんなに気を遣うことでもないと思うんだけどな。って、そろそろ行かなきゃ。 
 じゃあみんなによろしく言っといてくれ。それじゃ。」


軽く手を上げて中川さんに背を向ける。


 「あ…、お疲れ様でした。」


背中越しに聞こえる中川さんの声は何か心を引き戻すものがあるのだが…、我慢だ。

これ以上は聞いてられない気がした。なんだか辛すぎる。


「あ、高鷲さんお疲れ様でした。がんばってくださいね。」


大原さん。あなた何か勘違いしていませんか? 俺、このあとデートじゃないんですよ。

もしかして俺が誰かと付き合ってるとか本気で思ってんじゃないですか?

プレゼントの相談だって、ちゃんと小学生くらいの女の子って言ったはずですよ。

なぜか見透かされているような気がして嫌な気分だぜ、まったく。


自分でも訳のわからない複雑な感情になって会社を後にする。

さて、ケーキをとりに行くか…。




                         …続く。





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最終更新日  2007/03/01 04:15:25 AM
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