K/Night

K/Night

昔語り


ようこそ、おいで頂きました。私は名も無き語り部、ここは昔語りをする場所にてございます。
さあさあ、お座りいただいて。どうぞ、このつまらなくも不可思議な話をお聞きくださいませ。

そう、この話は……ほら、そこにいる石を集めて積み上げている男の話でございます。
「一重組んでは父のため」
男はもうずっと、長い事こうして石を積み上げておりました。
「二重組んでは母のため」
しかし、その石の塔は、ある日は其処を遊ぶ子どもに、ある日は目を離していた隙に歩いていたサラリーマンに、ある日は男を気に食わない不良に、何度も何度も崩されておりました。
「あぁ……また鬼が来た」
呟く男の目には、全てのモノが鬼に見えておりました。老若男女、そしてそこらに生息する、どんな動物でさえ……。
そんなある日の事でございます。男は無慈悲な青年たちに、石を崩され、暴力を振るわれたのでございます。それは、男を人として扱うものではなく、モノとして扱う行動でございました。
「あぁ……鬼だ……」
 全ての事が終わり、青年たちが去っていったその後に残っていたモノは、ただの無数の石と、無残に転がった人の成れでございました。
「あぁ……」
 男の頬に、もう何年も流さなかった涙が零れ落ちておりました。垢と泥と血に塗れながらも、とても綺麗な涙が。
 男は、かつて罪人でございました。青年であった時、男は両親を殺したのでございます。足の不自由な父親、寝たきりの母親、家庭に誰かを雇う金も無く、働きに出かける時間もございません。頼れる親戚も居らず、男の限界はとうに超えておりました。両親はそんな男に懇願したのでございます。
『殺してくれ』
 両親もとうに限界だったのでございましょう。男は台所から包丁を持ち出し、両親の頼みを聞いたのでございます。
 残された男は逃げもせず、警察に連行され、数年を暗い牢屋で過ごしておりました。刑を終え、戻ってきた男には、もう何も残されてはおりません。男は何処へ行くわけでもなく、石を拾い集め始めたのでございます。一つ、また一つ、石を積み上げておりました。それは、子どもが親より早く命を落とした後、賽の河原で行うのと同じ事でございました。男は両親を殺した罪を、現世で石を積み上げる事で科しておりました。
「父さん、母さん……」
男は、ゆっくりと瞼を落としていきました。道行く人々はその姿を嫌悪の混ざった瞳で睨み付けておりました。

男が、この後どうなってしまったのかは、私は存じ上げません。もしかしたら、何処かで、そう何処かで石を積んでいるのかも知れません。


――蝶――
おや…貴方はまた随分と物好きなのでございますね? まだ、こんな話を聞きたいとは……。
 宜しいでしょう、今度はこんな話など如何でございましょうか。ある場所に舞い飛ぶ、蝶のお話しでございます。

「あ、蝶」
 彼女は思わずそう、言葉を零すと私の頭に手を置いた。その手に鼻を押し付けると、愛おしむように頭を撫でてくれる。
「また、あの蝶だわ。クロヒカゲやコヒョウモンモドキとは違う蝶らしいのよ。一体、何なのかしらね」
首を傾げつつ、彼女は私のリードを握ってその蝶の後を追う。濃い、紫の翅が光の具合でチラチラと光る。私は彼女が転ばないように、リードに気を付けつつ気遣った。
 その蝶は、どうやら新種のようだった。家にあった何時買ったのかも判らない、蝶の図鑑に載っていなかったらしい。名前が無いので、それを蝶と呼ぶしか無く、そしてその蝶は一度現れた時から日増しにその姿を頻繁に見せるようになった。
「この蝶がいるって事は、またあるのかしらね?」
 別に、新種かもしれないというだけだったら、一般人である彼女の興味はすぐに消えていただろう。なのに、彼女の興味をそそるというのは、その蝶の特徴についてであった。
「あの蝶が在る所には必ず、死体がある」
 クロヒカゲやコヒョウモンモドキも、確かに動物の死体に群がる習性がある。それだけなら別段、興味の対象になる事はない。その蝶の特徴と言うのは、
「ああ、やっぱり在ったわ。凄い蝶の群れ。この分じゃあ、無くなるのは物の数分もかからないでしょうね」
人の死体にも集まるというモノだった。そして、その蝶が死体に群がった後に残されるモノは、何も無いのである。其処に、元から死体など無かったかのように、痕跡は消えているのだ。
「どうしてなのかしらね? あの蝶は死を呼ぶのかしら。それとも、死に招かれるのかしら」
 死体を模る蝶の群れの前に屈みながら、彼女は私の背に手を回した。もう、彼女の感覚は麻痺しているのだ。死体は普通、こんな所で転がっているはずはない。しかしそれを日常と受け入れていく彼女は可哀想でもあり、また解放の日が近いという兆しでもあった。
 彼女が空を見上げると、空を覆いつくす程の、あの蝶が舞っていた。蝶は全てのモノに舞い降り、全てを消して行く。
「……綺麗ね」
空へと伸ばす手に、蝶がとまる。私は蝶に包まれていく彼女を見守る。漸く、彼女は眠る事が出来るのだ。
――テレビに映る画面に、キャスターがある村が土砂崩れに遭い、全員が死亡したと、伝えた――。

 蝶は死を呼び、また死に招かれる……彼女は、きっと安らかな眠りを得る事が出来たのでございましょう。私が、そう、あの忠実な彼女の僕として、傍らでその行方を見ていたのでございますから……。


――鳥篭――
まだ、この名も無き語り部の昔語りに興味がおありと見受けられる……。では、次の話にまいりましょうか。ある鳥が、鳥篭の中で捕まった話でございます。

長く、眠っていたようだった。
 目を開けて見えたモノは、見慣れた自分の部屋。何も、変わらない自分の部屋だ。唯一変わったと言うならば、窓の外を確認出来ないというだけ。窓には黒いテープが幾重にも張り巡らされて封をされていて、剥がしてもキリがなかったから途中で止めた。
私は立ち上がって、部屋のドアを開けて廊下に出てみるが物音一つ聞こえて来ない。誰もいないのだろうか。一階に続く階段を下っていくと、そこで初めてリビングに人の影を見つけた。兄だった。
お兄ちゃんと、呼びかけると兄は嬉しそうに笑って、私を抱き上げる。
「起きたんだね」
 その言葉からすると、私は今まで寝ていたらしい。あくまで眠っていたような感覚しか持てていなかったから、幾分心が晴れた。
 私は兄に、両親の事を聞いた。どうやら、見た限りでは両親は此処にはいないらしい。二人とも、共働きであったから家にいないのは不自然ではなかったが、聞かずにはいられなかった。一種の習慣のようなモノだろう。
 兄は両親については何も言わなかった。
 仕方がないので私は学校へ行く支度を始めた。先程時計を確認したが、とてもじゃないがゆっくりとしていられる時間ではない。兄が起こさなかったのが不思議なくらいだ。そして両親も。
朝食くらいなら抜かしても、すぐに給食の時間になるから大丈夫だろうと、私は玄関へ向かった。それを兄が止める。良く見ると、玄関も、部屋に存在する窓という窓が全て黒いテープで幾重にも封を施されていた。余りにも異様な光景だ。だが、兄はその理由を教えてはくれなかったし、知らなくて良い事なら重要ではないだろうと、私はそう思った。
「外へ出てはいけないよ」
 それが兄の口癖だった。
 初めのうち、私はその言葉に素直に従った。テープを剥がすのも面倒だったのもある。だが、いずれは飽きてくるものだ。部屋でする事にも限られてくる。話し相手は兄しかいない。テレビの電源は入るが何も流れない。完全に隔離された状態。
「外へは行っては駄目だよ」
 でも何処かへ行きたい。此処から抜け出したい。私は黒いテープを剥がした。兄の目を盗んで玄関を開ける。
 乾いた音が耳に届いた。
「あぁ、どうして開けてしまったんだい?」
 兄の声が聞こえた。倒れた私の体を家の中に入れた。真っ赤な血が、私の腹部から溢れ出して、お気に入りの服を染める。
「俺達はね、捕虜なんだよ。家に閉じ込められた捕虜。外へ出ると殺されるけど、家にいれば殺されない。約束を守らない、お前が悪いんだよ? 外へ出てしまったから」
 そうか、ここは鳥篭だったのだ。そして私と兄は翼をもがれた鳥なのだ。大人しく鳥篭にいれば良いものを、自分の状態も知らずに落ちた馬鹿な鳥が私だ。
 私は兄を見た。そして兄が作った鳥篭を見た。もう、後悔しても遅い。
 私は静かに目を閉じた。

私の腕の中に横たわった、哀れな彼女はもう、二度と飛ぶ事は出来ないでしょう。とても、とても哀れでございます。もし、彼女が鳥篭を出なかったのならば、また道は違ったかもしれましょう。唯、飛ぶ喜びは味わえなかったのでございましょうが……。

さて、先の昔語りにて、今日の召し物はお終いでございます。
お気に召した方も、お気に召さなかった方も、長きに亘るご拝聴、ありがたく存じます。また、何時ぞ何処かでお目にかかる事がありましたら、幸いにてございます。
この名も無き語り部の昔語り、これにて終幕とさせて頂きます。

                          【終】

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