「西蔵漂泊(上)」
チベットに魅せられた十人の日本人
江本嘉伸 1993/03 山と渓谷社 単行本 293p
Vol.2 No.272 ★★★★☆
上下二巻になっており、そこに「チベットに魅せられた十人の日本人」が紹介されている。上巻においては、 木村肥佐生 、西川十三、能海寛、寺本婉雅、成田安輝らが相互の関係をたどりながら、その時代を生きていったかが、簡潔につづられている。
イントロは、木村から始まり、次に西川との関わりが展開される。であれば、本来なら、目の前に、西川十三「秘境 西域八年の潜行」上・中・下(全三巻)があるのだから、こちらから読み始めるべきであろうか、と思われる。
しかし、この西川の「秘境・・」は、文庫本とはいえ、上・中・下、三巻合わせると、ゆうに1900ページに至ろうとする大冊である。もともと小説などのストーリー物が苦手な当ブログとしては、この本が正木晃の
「さらに深くチベットの歴史を知るための読書案内」
の中の一冊でなければ、できれば
さて、意味じくも今回この江本の著作の中で、木村と西川のつながりと比較から始まったので、きわめて興味深く読んだ。木村は「JAPANESE AGENT IN TIBET」といわれながら、自らがスパイであったことをひけらかしつつ、最終的には、なにやら大学の中にそれとなくふさわしいポジションを見つけて、如才なく世渡りをしたように見えるが、西川は違う。
二人は興亜義塾という「人材養成機関」p40のほぼ同期に属した先輩後輩であり、また戦時中のチベットやモンゴルの情報収集をした似たような経歴をもちながら、性格もかなり違うし、とくに、終戦後の、日本に帰ってきてからの、身の処し方に大きな差異がありそうだ。
盛岡の中心地、県庁通りに面して小さな店がある。あたりの立派なビルとくらべていかにも素朴な、昔ながらの雑貨屋風のたたずまいが親しみやすいのか、道をたずねる車がよく停まる。
「姫髪」という看板を掲げたこの理美容品卸し店の主が、その昔、モンゴル僧になりきり、チベットに潜行した稀有の体験の持主であるとは、通りすがりの運転手はもちろん、地元市民もほとんど知らない。
p90
西川は、正月元旦を除いた一年364日、働きづめに働くp90。お得意さん400軒を回りながら、「自分のことは自分でするしかない。だれひとり助けてくれる者はいない」というチベット語のライフスタイルを崩そうとしない。
西川の「秘境・・」は、木村の表面での活躍や著書に誘発されるようにして書かれたようだ。
知られているように、木村の著作は、1957年、毎日新聞に頼まれて講演をした際、ぜひその内容を本にしたいと言われ、講演速記録をもとにまとめられたものである。むろん、最終的には木村が加筆して、自身の作品に仕上げている。十年の体験にしては短いものであるが、モンゴルやチベットについて新鮮な情報をもたらした、という点で貴重な記録であった。
だが、西川には不満だった。命をかけて歩き通した旅である。現実はもっとさまざまなことがあった。もっと細部を伝えなければわからないのだ、と言いたかったのであろう。
けっきょく、芙蓉書房が西川の本を出版したのは、十数年後の1967年になってからである。3200枚は、出版の常識では多すぎるであろう。しかし、西川十三の旅を伝えるにはそれだけの分量が必要であった。 p113
木村の本 を読みながら、「どうも書かれているとこと、書かれることのなかったことに、差がありすぎる感じがする」などとのたまわっていた私であるが、今度は、じゃぁ、「もっと細部までお伝えしましょう」と西川に居直られると、これもまたたじたじとなってしまうのも事実である。
このほか、この本に書かれている人々はその段になったらそれなりに分かってくるだろうが、ひとつだけ気になったのは、ドルジェフについての記述があるところ。
ドルジェフはロシアこそチベットの伝説の北方の理想郷「シャンバラ」であり、ロシア皇帝はチベット仏教を改革、ゲールク派の祖となったツォンカパの化身だとして、そのことを本に書いたという。
p269
このドルジェフは、異説としてG. I. グルジェフと同一人物だとする本もある。しかし、ここではなんと、ドルジェフの写真というものも掲載p271されていて、この写真が真実なら、まずはまったくの別人だったということになろう。

なんとも物騒な話だが、木村が紹介したカムパのことわざに、こんなのがある。
人殺さずば食を得られず、寺遍歴せねば罪業消滅せず
人殺しつつ寺めぐりつつ、行け行け、南無阿弥陀仏(オムマニペメフム)
p61
この本、1940年生まれのジャーナリストによって1993年に、書かれた本であるが、種本となっているのは、現在私たちが図書館から借りてくるような同じ本である。自分のチベット・ネパールなどの旅行体験を加味しながらまとめられているので、視点としては、2008年現在の私たちとあまり変わらない感性が受け取れる。白黒ではあるが、さかんにでてくる現地の広大な原野の風景画像には、たびたびハッとさせられる。
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