
「秘境西域八年の潜行」
西川一三 (上巻) 1990/10 中央公論新社 文庫 583p、
(中巻)
659p 1990/12、
(下巻)
657p 1991/01
Vol.2 No.276~8 ★★★★☆
本書は1967~8年に発行されたものが、90~91年に再編集・再発行された。内容については、 他書
数冊
で、すでにイメージはできている。帰国後20年を経て、3年をかけて執筆された本書は、原稿用紙で3200枚、文庫本のレベルでも1900ページ! 当ブログとしては、単体の印刷物としては、もっとも長編に属する一冊だ。
内容は著者が20代で体験したモンゴル・チベットにおける8年間のスパイ活動の記録。8年間と言えば、2920日、一日について原稿用紙一枚以上の記録が残されているのだから、もうほとんど最高級に克明な記録である。もともと才能があったのだろうし、その才能があればこそ、興亜義塾に合格し、またそこで訓練を受けたからこそ、その卓越した記憶力が発揮されている、と言えるだろう。
モンゴル人のラマ僧に変装しての旅行は、自ら死地に飛び込む冒険である。かつて日華事変勃発の直前、やはり善隣協会に籍をおく笹目恒雄がラマとなって同じ経路をチベットに向けて出発した。笹目氏は、しかし、青海省に入って中国官僚に捕われ、送還されるまで西寧の監獄に半年ばかり呻吟のやむなく、ついにその目的を達しなかった。戦前すでに日本人の踏査はきわめて困難だった。まして抗戦たけなわのこのとき、万一発覚すれば当然闇から闇へ葬られる運命にある。
(上)582p あとがき 後藤冨男
いつかはでてくると思っていたが、ここでようやく笹目恒雄の名前がでてきた。別名、笹目秀和、人呼んで「笹目仙人」は「モンゴル神仙邂逅記」1991を著している。笹目仙人の著書を読む限り、どこか自らが超能力を得て、自らのために法を求める、という姿勢があったのだが、正木茂の 「さらに深くチベットの歴史を知るための読書案内」 のなかの「日本人が体験したチベットを知るために」にでてくる日本人たちは、自らのために「法」を求める、というところが少ないように思う。
情報収集のため、大蔵経を日本に運ぶため、という「大義」がどうしても前にくる。その中にあっても西川は20代という若さもあったのだろうが、地を這うような漂泊の旅路は類を見ないほど過酷である。そして、それでこそ、土地の人々へのまなざしがやさしい。
行住坐臥常にラマ教徒の口にしている、「オム マ ニ バト メ フム」の六字真言は「オム」は梵語で古代インドの三大シバア、ビシュヌウ、ブラハムの、シバアのア、ビシュヌウのウ、ブラハムのムの三音からとった仏の象徴、功徳に対する讃嘆の叫びであり、「マ ニ」は同じく梵語で宝珠の義で、「バト メ」はチベット語で蓮華の意、「フム」は梵語で仏法を擁護維持する諸仏に対する感嘆詞で、即ち「願う所他なし蓮華の上の宝座」の意味である。
下巻においては、モンゴル、チベット、ブータンばかりではなく、インドやネパールにおける旅行記が展開されている。本書は実に膨大であるが、著者が全力投球で一生で一冊という勢いで書いているので、その説得力に圧倒される。個別的な記述にも留意しながら、再読する価値は大いある貴重な記録だ。
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